ミナトはゴムタイヤの山を挟んで向かい側にいる女とフーディンをじっと見た。
「助けて……くれたんですか? 僕のことを二度も」
「だとしたら……何?」
女は冷たく言う。
「え、だったら……ありがとうございますなんですけど……」
「そう」
女はどこか無関心といった様子だった。
「あの、名前は」
とミナトは言う。
「僕はミナトっていいます。あなたの名前を……」
「聞かない方がいいわ」
女はフーディンをモンスターボールに戻した。
「え、でもそんなことって……」
「それよりもあなたたち、何をしているの?」
「調べてるんです。街で人やポケモンが行方不明になる事件が起きているって聞いて……」
「調べて……どうするの? 止めるの?」
「だって、みんなきっと、家に帰れなくて寂しい気持ちになってるだろうから……」
「例えば、行方不明になった本人たちが家に帰りたくないと思っていても?」
「なんでそんなこと……言うんですか」
「なんでって、そういう可能性だって、考えられなくもないでしょ」
「でも……僕は取り戻します。本当の事情がわかるまでは、何もしないなんてことは……できないんで」
「そう、じゃあ……ヒントだけ出してあげるわ」
女は言う。
「ヒント? あなたは何か知って……」
ミナトは身構えた。
「一日に二度、同じ悲劇に見舞われる。これって一体、どういうことかしらね」
「二度も……」
ミナトは思い出していた。一回目は工事現場の前で、そして二回目はここで……。
ミナトはビルの屋上を見上げた。クチートも同様に視線を上に向ける。
「誰かが……僕たちの命を狙っている? この事件を調べて欲しくないと思ってる人がいるってこと?」
「さぁ、そこまではわからないわ。でも、相手は警告をしているってことよ」
女の口調はあくまでも冷たかった。
「でも、それでも僕は……途中で投げ出したくないです。だって、大切な人と離れ離れになることが辛いのは、よくわかっているつもりですから……」
「大切な人と……。うん、そう、わかったわ。でももしかしたら、次にこの街から消えるのはあなたかもしれない」
「止めますよ。絶対に」
ミナトはビルの裏側に取り付けられていた鉄骨階段を上がり始めた。
「ブラッキー、屋根の上だ! 屋根の上に残されていた匂いを辿ろう! そうすればきっと、犯人にたどり着けるはずだ!」
「ブラッ」
「クチ!」
二匹のポケモンもミナトに続いて階段を駆け上がった。
女はその様子をじっと眺めていたが、やがて視線を落とし、立ち去っていった。
*
ミナト、クチート、ブラッキーたちは屋上へとたどり着いた。
ブラッキーは屋上の匂いを嗅ぎ始めた。
「ブラッ」
やがてこっちだという様子でしっぽを振ると走り始める。
「ちょっと、ブラッキー! 待ってって」
ミナトはクチートを抱き上げるとブラッキーを追い始めた。
ブラッキーはビルの屋根から屋根へと飛び移っていく。ミナトもそれに従い、屋根から屋根へと飛び移った。
やがてブラッキーは、あるビルの縁にたどり着き、そこから地面を見下ろした。
空き地だった。隅には無数の木箱が積み重ねられている。そして、空き地の真ん中に、一匹のポケモンがいた。
「あのポケモンは確か……」
ミナトはポケモン図鑑をかざす。
「エーフィ。たいようポケモン。イーブイの進化形。額の石には、太陽のパワーを集めている。パワーがなくなると石の色はくすんでしまう」
「エーフィか」
「ブラッ」
ブラッキーは空き地へと飛び降りていく。
「行こう、クチート!」
ミナトもクチートとともに外付けの螺旋階段を降りる。
空き地にたどり着くと、ブラッキーとエーフィが向き合っていた。
エーフィは何故か、首から水晶玉のような飾りがついたネックレスを下げている。
「ブラッ」
ブラッキーは鳴いた。
「エ〜フィ」
エーフィも返す。
「ブラッブラッ」
「フィ……」
エーフィは目を細めた。次の瞬間、空き地の隅に置かれていた木箱の山が空中へと持ち上がった。
「サイコキネシスだ。きっとあぁして鉄骨やゴムタイヤを落としてきたんだな」
ミナトが言う。
木箱は空中を飛び、ブラッキーに襲いかかってきた。
ブラッキーは右に左にと跳躍をして、エーフィの攻撃をかわす。
「よし、いいぞ、ブラッキー、あくのはどうだ!」
「ブラッ……」
ブラッキーの額の模様が光を発し、そこから黒く光る結晶が放出された。
その時、エーフィが首から下げている水晶が発光した。そして周囲のものをまるで超強力な吸引機のように吸い込んでいく。
「ブラッ!」
ブラッキーもその引力に飲み込まれた。
「ブラッキー!」
ミナトは叫ぶが、それよりも先に動いたのがクチートだった。
「クチ!」
クチートは飛び出すと、ブラッキーの身体に体当たりをした。しかし今度はクチートが水晶玉の引力圏に捉えられてしまう。
「クチート!」
ミナトはクチートに向かって飛び出していた。
クチートはみるみるうちに水晶玉へと吸い込まれていく。
「行っちゃダメだ!」
ミナトは叫び、クチートの腕を掴んだ。
「ク……チ」
クチートは歯を食いしばって鳴く。クチートの身体はもう半分ほどが水晶玉へと吸い込まれていっている。ミナトも少しずつ水晶玉の中へと引き寄せられていく。
「クチート。離すもんか。君は僕にとって大切な……」
「ブラッ!」
ブラッキーがミナトの袖に噛みつき、引っ張った。
「手伝ってくれるのか、ブラッキー!」
「クチ……」
しかしクチートもミナトもブラッキーも、このままでは水晶玉の中に完全に吸い込まれてしまいそうだった。クチートの身体は、もう、頭と肩と腕くらいしか見えていない。
「これくらいのことで……負けて……」
ミナトも歯を食いしばった。
その時、ミナトの両足をがっちりと掴んだ者があった。
「クチートの手を離しなさい。あなたまで吸い込まれることになるわ」
「でも、僕は……!」
ミナトは振り返って言い返す。
あの時の女の人がミナトの足をつかみ引っ張っていた。
「水晶玉に閉じ込められたからといって、死ぬわけじゃないわ」
「クチ……!」
クチートは大顎をミナトの方に向けると、ミナトの腕に噛み付いた。
「痛いっ!」
ミナトは思わずクチートから手を離す。
「クトォォォォォォォッ!」
クチートは水晶玉の中へと吸い込まれていった。
「クチート……」
ミナトは地面に腰を下ろして言った。
「エフィッ」
エーフィは壁のでっぱりを足場にして、ビルを登って逃げていく。
「死ぬわけじゃないって、言ってるでしょ?」
女はミナトに話しかけた。
「わかってますよ。でも……手を離しちゃったから……」
それからミナトは立ち上がる。
「あいつが……あぁやって街の人たちを連れ去っているのなら、僕が倒さないと」
ミナトはモンスターボールを取り出した。
「待って」
だがそこで女がミナトを制する。
「エーフィを追ってたのは私よ。だから、私にやらせてちょうだい」