「追ってた? どういうことですか?」
ミナトは聞き返す。
「どういうことって……」
女はミナトから顔を背けた。
「僕のクチートはあいつにさらわれました。もう、一刻の猶予もありません。あいつはどんどん街にいる他のポケモンたちも吸収していくかも。話してください、知ってることを全部」
「そんなには知らないって言ってるでしょ」
女は言う。
「私が知ってるのは、ただ……水晶玉と、街から人やポケモンたちが消えるってことと……それからさっき感じた、連れ去られた人たちはまだ誰も死んでいない。水晶玉の中に生きているであろうってことだけ」
「どうして……そんな断片的な話だけを……」
「ニューラ……パッチール……」
女は言った。
「え?」
「あなたが今モンスターボールの中に入れている手持ち。当たってるでしょ?」
「はい、当たってますけど……でも、なんでそんなことが……」
「見えるの。普通の人には見えないようなものが、私には。だから今回も見えた。街の人たち、ポケモンたちが水晶玉によって吸収されるのを。あのポケモン、エーフィの仕業だってことは、実際に見るまではわからなかったけど……」
「凄い、じゃあ、追えますか? あいつのこと」
「やってみるわ」
女は目をつぶった。
やがて呟く。
「まだ近いわ。今、路地に降りたところよ。路地の中を走っていく。追いかければ間に合うはずよ!」
女は走り出した。ミナトとブラッキーもそれに続く。
そして路地を曲がったところで、前方を走っていくエーフィの姿が目に飛び込んできた。
「いた! でも、逃げられる!」
ミナトは叫んだ。
「いいえ、逃がさないわ! ゲンガー! 退路を塞いで!」
女はモンスターボールを投げた。銀色の光とともに、ボールの中からゲンガーが飛び出してエーフィの行く手を塞いだ。
「ゲンゲロゲーッ!」
ゲンガーは鳴いた。
「フィ……」
エーフィは相手を睨みつける。
「まずい……攻撃が来る! ブラッキー、加勢して!」
「待って!」
女は言う。しかし間に合わず、ブラッキーはエーフィに飛びかかった。
エーフィは地面を蹴り、壁の凹凸を綺麗に伝って屋根の方に向かっていく。
「あっ、逃げ……」
それからミナトは女の方を見て謝った。
「ごめんなさい、逃がすつもりは……」
「あなたは今、あのエーフィを倒そうとしてなかった?」
「え、だって、街の人やポケモンたちは、みんなあいつに……」
「私もゲンガーも、あいつを止めたかった。ただそれだけよ」
「倒さないでってことですか? でも、あいつは現に酷いことを」
「そうよね、酷いことよね。酷いことだってくらい、私もわかってる。でも、人間もポケモンも、何度だってやり直せるから。私だってそうだったから。あのエーフィにはやり直して欲しい。それが私の願いよ」
「あなたは……過去に……何かあったんですか?」
「えぇ……まぁ、色々と」
女は目をつぶった。その脳裏に、綺麗なドールハウスや小さな人形たちの姿が浮かぶ。
「あの子、きっと寂しいんだわ」
「え……?」
「誰にも自分のこと、理解してもらえなくて。きっと似たような力を持った仲間に恵まれなかったのね。ひとりぼっちで、寂しくて……だから、友達が欲しかったんだと思うわ」
「ゲン……」
ゲンガーが歩いてきた。そして女を慰めるようにその肩に手を置く。
「ありがとう、ゲンガー。今私がこうしていられるのは、あなたが来てくれたおかげでもあるのよ」
それから女はゲンガーをモンスターボールに戻した。
「だから、これからのことは、私に任せて欲しいの。いい? わかった?」
「は、はい、わかりました。でも……そろそろ、あなたの名前を教えてくれてもいいんじゃないですか?」
「それは……」
ナツメは少し視線を落とした。
「あ、名乗りたくないんですか?」
「ううん、でも名乗ると、みんなを怖がらせてしまうかもしれないから……」
「僕、怖がりませんよ。あなたが本当はとっても心優しい人間だってことが、今はもう、わかってますから」
「そう。だったら言うわね」
女は少し笑顔を見せた。
「ナツメ……よ。ヤマブキジム、ジムリーダーの」
「そうですか……。じゃ、ナツメさん、行きましょう。エーフィを追いかけて」
「……って、本当に怖がらないのね、あなた」
「え、だって……」
「ヤマブキジムの悪評は聞いてるでしょ? 私が昔犯した罪のせいで……」
「でも、今のナツメさんはいい人だ。だからそれでいいじゃないですか」
ミナトはにこりと笑った。
「変な子ねぇ」
ナツメは言う。それからビルの壁面に取り付けられていた非常用階段を上がり始めた。
ミナトもそれに続く。ブラッキーは壁面の凹凸を利用して器用に壁を昇っていった。
やがてたどり着いたのは、ビルの屋上だった。隣には高いビルが立っており、その壁が越えられない壁のようにそびえ立っている。
そしてエーフィはそこにいた。だが屋上にいるのはエーフィだけではなかった。右目に傷のあるペルシアンに率いられたニャースの群れ、そして数匹のヨマワル、ベトベターもいる。みんな、エーフィを取り囲んでいた。
「ブラッ……」
ブラッキーがそれを見て、まるで嫌悪感を抱いたように鳴いた。
「何をやってるんですか? あのポケモンたち」
ミナトはナツメに訊く。
「私のテレパシーによると、どうやらエーフィを街から追い出したいようね。『お前は俺様たちの縄張りを荒らした。何匹ものポケモンを連れ去った。お前のような化け物はこの街からでていけ』って、ペルシアンが」
「確かにそうかもしれないけど……でも、みんなで寄ってたかってあんなことをするなんて」
「ブラッ」
ブラッキーも同意をしたように鳴いた。
「ブラッキー、エーフィに加勢してあげて」
「ブラッ!」
ブラッキーはエーフィの元へと跳んでいき、その隣に着地をした。
「フィ?」
エーフィは首を傾げてブラッキーを見上げる。
「ブラァァ……」
ブラッキーはエーフィを囲んでいたポケモンたちに向かって唸り声を上げ、威嚇を始める。
「私、説得してくるわ」
ナツメはポケモンたちの方へと向かう。
「あっ、ナツメさん! 危な……」
ナツメは振り返る。
「大丈夫よ、この先に暗い未来は見えなかったから」
そしてナツメはポケモンたちに向かって両手を組み合わせ、目をつぶった。一瞬、彼女の身体が光るオーラをまとったように見えた。
「戦いを……」
とポケモンたちの脳内に直接ナツメの声が響いた。
「やめるのよ。エーフィは悪気があって水晶玉にポケモンたちを閉じ込めていたわけではないわ。彼女はただ、寂しかっただけ。理解してくれる友達が欲しかっただけなのよ」
「ペルニャ〜」
ペルシアンが唸り声をあげる。
「エーフィ、私が友達になってあげるわ。そしたら、水晶玉に閉じ込めた人たちを解放するって……約束してくれる」
「フィ……」
エーフィは視線を落とした。
「だ、そうよ。それでもまだ、エーフィと戦うというのなら」
ナツメはモンスターボールを取り出した。
「このヤマブキシティのジムリーダー、ナツメが相手になってやるわ」
「ペルニャ……」
ペルシアンはニャースたちを率いて去っていった。他のポケモンもエーフィの前から姿を消す。そこにはエーフィとブラッキー、そして少し離れた場所にいるミナトだけが残された。
「エーフィ……」
エーフィはそう鳴いて水晶玉に右前脚を乗せた。すると水晶玉は砕け、そこから無数の光が飛び散る。光はやがて、行方不明になっていた人やポケモンたちの姿に変わっていく。
「クトー!」
クチートがミナトに飛びついてきた。
「クチート、よかった! 無事だったんだね!」
「クチ〜」
クチートはミナトをぎゅっと抱きしめた。
「ブラッ」
ブラッキーもミナトの方へとゆっくりと戻ってくる。
エーフィとナツメはお互いに向かい合っていた。
「エーフィ、私とあなたはもう友達よ。これからは誰もあなたを追い出そうなんてしないわ。だから……」
ナツメはモンスターボールを取り出した。
「フィ」
エーフィは自らモンスターボールに入っていく。
ミナトは行方不明者のうち、未だ持ち主のわからないポケモンたちを連れて街を歩いていた。時刻はすでに夕刻となっていた。
ミナトのすぐそばをクチートが歩いている。ミナトは両手にキノココを抱えあげていた。
「あっ!」
そんなミナトの姿をサクヤが見つける。そしてサクヤはジュンサーさんと一緒にこちらへと駆けてきた。サクヤの頭にはイーブイ所長も乗っている。
「お前、そのキノココは……」
「えっと……街で行方不明になってたポケモンのうちの一匹だと思うけど……」
「いや、それはいいんだけど……まさか、もう全部解決しちまったのか?」
「うん、多分ね。もう、こんな事件も起きないと思うよ」
「あのなぁ……」
サクヤは言いかけてやめる。
「いや、まぁ事件は解決したし、別にいいかな。おい、ミナト、今日の夕飯はお前が作れ、俺、お前の料理がいちばん好きだからな」
ふたりは笑いながら事務所への帰り道を歩き始めた。
【次回予告】
ミナト「僕とクチートの出会い、それは三年前の雪の日にさかのぼる。あの日、僕はずっとひとりぼっちで……クチートもたったりとりで……。次回『ミナトとクチート! 雪の日の出会い』をお楽しみに!」