その日、ポケモンサービスの事務所を訪れたのは、ひとりの女の人だった。茶色い髪を三つ編みおさげにし、大きな丸メガネをかけた女性だ。
女性は一匹のポケモンを抱えていた。
そしてそのポケモンを事務所の真ん中にあるテーブルの上へと置く。
「ミヤビさん」
サクヤがミヤビに声をかけた。
「久しぶりですね、あなたがここに来るのは」
「ブイッ!」
イーブイ所長がミヤビの連れてきたポケモンの傍に飛び降りる。
「へぇ、見た事のないポケモンだなぁ。この辺りでは野生で見かけないポケモンですよね」
ミナトはそのポケモンを見て言った。
「エリキ?」
ポケモンは首を傾げる。
「エリキテルです。カロス地方のポケモンですよ」
「へぇ……私のコジョンドとどっちが珍しいかしら」
ツキホは言う。
「どっちもどっちだろうな」
サクヤが言う。
「でも、今日はどんな依頼なんですか?」
ミナトはミヤビに尋ねた。
「はい、実はこの子の新しい持ち主が決まるまで、ここで預かっていて欲しいんです」
「新しい持ち主?」
サクヤが聞き返す。
「えぇ、この子……持ち主だったおじいさんが亡くなってしまって……。ほかのポケモンはみんな貰われていったんですけど、この子だけが残ってしまって……。持ち主は私が責任をもって探します。だからお世話だけでも……」
「相変わらず、大変そうですね」
サクヤは言う。
「ポケモンを保護する仕事っていうのも」
「本当はこの子の世話も私ができればいいんですけど……他の子たちのお世話もあるから……」
「いいんですよっ、さっさっ、エリキテルのお世話は俺たちに任せてください」
サクヤはそう言うとミヤビを事務所の扉へと案内した。
「ほーんと、わっかりやすいよねぇ、サクヤって。ミヤビの頼みになると、すぐに……」
「うん……」
ミナトは頷いた。
「って、どうしたの? ミナト。なんか元気ないみたいに見えるけど……」
「クチ……」
クチートはミナトの顔を見上げた。
「え? 元気? あっ、う、ううん、そんなんじゃなくって……」
「じゃあどんなんなのよ」
「ちょっと、昔を思い出しちゃって……」
「昔?」
「うん、僕がここに来る前の話だよ」
ミナトは部屋の扉に目を向けた。
サクヤはミヤビを見送りに部屋を出たところだった。
「クチートと出会った時の話……まだ、誰にも話してなかったっけか」
「うん」
ツキホは応接室のソファに座った。ミナトもその向かい側に座る。
「はい、ジュース」
ツキホは冷蔵庫から取り出した缶ジュースをミナトの前に置いた。自身も缶ジュースを開けて飲む。
「クチ!」
クチートはミナトの隣に座った。
「はい、クチートの分も」
ツキホはクチートの前にジュースを置いた。ミナトはその缶を開けてあげる。
「クチ……」
クチートは両手で缶を持ち、ジュースを飲み始めた。
「で、話さなきゃだめ?」
ミナトは言う。
「うん、だってそこまでもったいぶられちゃ、気になるじゃないの」
「うーん、そうだなぁ。でも僕とクチートの出会いの話をする前に、ちょっとだけ、僕がどうやってこのヤマブキシティにやってきたのかも話さないとね」
「あれ、ミナトはヤマブキ出身じゃなかったんだ」
「違うよ、僕の出身はシンオウ地方、アラモスタウンって街だったんだ」
「シンオウ……アラモス……。聞いたことない場所だわ」
「近い大きな街でいうと、コトブキシティが有名かな」
「へぇ、まぁいいわ、続けて」
「うん、僕はアラモスタウンで育って……そこで小さい頃から色んなポケモンと触れ合って大きくなったんだ。ゴーディって建築家が造った庭があるんだけど、そこにはたくさんのポケモンたちが生息していてね」
「ポケモン好きのミナトらしい幼少期ね」
「それでも……三年前のあの日、僕の人生は変わってしまった」
「三年……前?」
「うん、両親が亡くなったんだ。アラモスタウンで、同じ日に……」
「同じ日に、それって……」
「シンオウ地方の伝説、知ってる? 時間をつかさどるポケモン、ディアルガと空間をつかさどるポケモン、パルキアの話。あの日……僕たちの街に突然、その二体のポケモンが現れて……戦いを始めた。戦いに巻き込まれた街は壊されていって……」
ミナトは目を伏せた。
「僕の両親は逃げ遅れたんだ。それで、倒れてきた柱の下敷きになって……それから……」
「そんな……」
「あの日からずっと、僕の両親は見つかっていない。遺体も……ね」
「その後……ヤマブキシティに?」
ミナトは頷いた。
「遠い親戚が住んでたから。で、僕は学校に通って……十歳の誕生日を迎えたってわけ」
ミナトはここで言葉を切った。
「ポケモンを手持ちにすることができる年齢になったってことね」
ミナトは頷いた。
「僕と同い歳の子たちはみんな、学校をやめてポケモントレーナーになるための修行の旅に出ていった。でも僕は……それができなかったんだ。だって、僕の両親はポケモンのせいで死んだみたいなものじゃないか」
「それで……街に残ったんだ」
「うん……」
ミナトは頷く。
*
ミナトの思考は三年前の冬の日に飛んでいた。ミナトは友達と一緒に公園を歩いていた。
「なぁ、博士から初心者用のポケモン、見せてもらったか?」
「まだだけど本で読んだよ。カントー地方の初心者用ポケモンは三体、ゼニガメとフシギダネとヒトカゲ! 俺、ヒトカゲが欲しいなぁ! なんたってメラメラ燃えるほのおタイプだよ!」
「えぇ、あたしはゼニガメがいいなー、あのくりっとしたお目目が可愛くって……」
ミナトの隣で友達は盛り上がっている。
「ミナトはどうするんだよ」
「僕は……いいかな」
ミナトは視線を落とした。
「え?」
「僕、旅に出るつもりはないから。ポケモンだって、持つつもりはないから」
ミナトは立ち止まる。
「えーっ、なんだよそれ、お前、ポケモンと一緒にリーグ制覇したくないのか?」
「そうよそうよ! 一緒にコンテストに出場したりとかー」
「それって、そんなに楽しいことなのかな」
「え?」
「僕は……いいんだ。ポケモンと一緒に……旅なんて……したくないし」
「ちぇっ」
ミナトの友達は歩き出した。
「行こうぜ、あいつ……本当につまんないやつだよな」
ミナトは胸の前で拳をぎゅっと握りしめた。
「これで……いいんだよ。だって僕は……ポケモンのこと……嫌いだから」