その男、目指すは最強の剛剣。   作:volcano

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何か前回の話、そうだいに月日を間違えてしまってました。すいません。




黛道場との別れ

1997 5/21 石川県

 

 

一人の青年のことを記そう。彼の名は宮本剣治。黛大成に師事する弟子達の中で最も強い青年。幼少期より積み重ねてきた技量は”壁超え級”とまではいかないが、なかなかに優れている。彼の戦闘スタイルは実にシンプルなもの。基本に忠実な典型的なスタイルが彼の売りだ。決して目立つような技や豪快な動きなどせず、基本にそった無理のない動きはなかなかに崩しにくく、高い評価を受けていた。師・大成もいずれは師範代の地位についてもらおうと考えているほどである。

 

そんな彼が今、苦戦を強いられていた。相手とは力こそ宮本の方が上であったが、速さは断然むこうの方が上だった。

 

 

「やぁぁああああああッ!」

「ぅくッ...!」

 

 

相手は休むことなく打ち続けてくる。試合が始まってから五分、攻防は激しく続いていた。

 

 

 

「はぁッ!」

 

 

対戦相手の一撃が防具の上から胴に打ち込まれる。威力こそないが、ほんの少し体制を崩させる効果はあった。その僅かなスキを、対戦相手は逃さない。

 

 

「だりゃあああああああッ!!」

「ッ...!?」

 

 

全身を回転させて、発生した遠心力を上乗せして、渾身の一撃を先程とは違う側の胴に叩き込まれる。それは剣道技で”逆胴”と呼ばれる技。相手のスキをついた見事な一打に審判は声高らかに叫ぶ。

 

 

「一本...! 勝負ありッ!」

 

「(....負け、た....)」

 

 

宮本剣治は愕然とした。握りしめた竹刀を落さなかったのは、体にしみついた教えによるものだろう。試合を観戦していた黛流の弟子達も開いた口がふさがらなかった。表情には出していなかったがそれは彼等の師である黛大成も例外ではなかった。

 

 

「...ふぅ、何とか一本とれた。」

 

 

対戦相手は防具を取って汗だくながらも達成感のある表情をしていた。今、黛流最強の門下生・宮本剣治と相対しているのは、屈強な大男でも老齢の剣客でもない。

 

 

彼が今対決していたのは、大成の弟子の中で最年少の少年。齢六歳の雪代烈だった。

 

 

 

///////////////////////////////////////

 

 

「(素晴らしい....たった一年で剣治に勝ってしまうとは..)」

 

 

黛大成は感動し、感服した..雪代烈の才能に。宮本剣治の実力は師である大成が一番よく知っている。その実力は決して簡単に破れるようなものではない。しかし、烈は勝った。

特出すべきは烈の”状況判断力”だ。今日の試合だけに限らず、この一年烈を鍛えた大成はよく知っている。烈は自分の手持ちのスキルで”今、何が一番効果的か”を瞬時に判断できる力があった。その力があるから、烈は自身より体格のいい相手であっても劣勢にならず、互角レベルの勝負ができるのであった。

だが、いかに優れた”状況判断力”を持っていようと、僅か六歳の子供が大人との真剣勝負に勝つなど予想だにしなかった。

 

 

「(.....あの子は、私が思っていた以上の麒麟児だ。いずれは私を追い越すことだろう...)」

 

 

「すごいなぁ、烈! 剣治に勝つなんて!」

「まさかオチビが勝つとはな...予想外だった。」

「....今回は僕の負けだ。だが、次は負けないぞ。」

 

「おわ、ちょっと、あぅぁあッ...!」

 

 

弟子達に囲まれもみくちゃにされている烈。その様子から烈の人格の良さが見てとれる。もしこのまま烈が黛に居てくれるなら、弟子達にも良い影響になるだろう。来年から剣を習い始める娘の由紀江にもしっかりと指導してくれるだろう。できることなら、これからも此処に居てほしい...

 

”叶わぬ願い”と知りながら、大成は願った。

 

 

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その夜

 

烈は大成に呼ばれ、大成の部屋に来ていた。広さ八畳ほどの和室に大成と烈は向かい合わせになる形で座っていた。

 

 

「はなしって何? ししょう。」

「.....今朝、私に一通の手紙が来てね..」

 

「?」

 

 

師・大成の顔にはいつもの柔和な笑みはなかった。重く、真剣な顔立ちの師を見て烈は何事かと心構えする。

数十秒の沈黙の後、大成は口を開いた。

 

 

「.....烈。依然、私が言った言葉を覚えているかい?」

「?」

 

「一年前....私は君に、”君のお爺さんのふるっていた剣術を使える人がいないか探す”と言った。.......烈、君のお爺さんの剣を扱う人が見つかった。」

 

「ッ!」

 

 

烈は目を大きく開いた。尊敬し目標とする祖父と同じ剣を使える人物が見つかったのだ。それはつまり...

 

 

「じゃあ、その人のところに行けば、じいちゃんの剣を俺もつかえるようになるってこと!?」

「.....あぁ。先方も君の弟子入りを受け入れるそうだ...」

 

「....! やった..やった!」

 

 

烈は喜んだ。夢だった祖父の剣が手の届く範囲にまできたのだ。一年前、何も分からずただ我武者羅に体をいじめていた昔と違い、今は黛に師事したおかげで剣の基礎が身に付き強くなった。今なら、遠く羨望するだけだったあの剣をものにできるかもしれない。そう思うと胸の高鳴りを止めることはできなかった。

 

 

「.....ただ、烈。一つ、問題がある。」

「...え?」

 

 

神妙な顔で大成は烈に告げた。

 

 

「その人は.....この国にはいないんだ。」

「? どういうこと...?」

 

「烈...君は、中国の『梁山泊』、詳しく言うと『水滸伝の成立史』を知っているかい?」

 

 

「梁山泊」

”優れた人物たちが集まる場所”、”有志の集合場所”という意味をさす言葉として日本では認識が高い。

そして、これは武に携わっている者でもごく一部しか知らないことだが、実は梁山泊にはその地名と同じ名をもった小さな集落があるのだ。そこは世間とは隔絶された場所で、その名に相応しくよりすぐり武勇達が修練に勤しむ”武の秘境”。人の世の裏でその力を披露してきた傭兵集団。烈の祖父と同じ剣を扱えるその人物は、その梁山泊にいるのだ。

 

 

「だが....その人は...君一人を師事するためにこちらには来られないと言うんだ...」

 

「......それって..」

 

「つまり、烈。君がその人に師事してもらうには.....君は国外に行かなければならないんだ。」

 

 

重々しく、大成は告げた。大成は先方と何度も話をした。何とかこっちに来てくれないかと。しかし、向こうは考えを変えなかった。というのも、梁山泊は少数の集落であり弟子達に師事する者が少ないのだ。その人物は今現在も多くの弟子達をかかえているため、烈一人を特別扱いできないということなのだ。したがって、烈がその人物に師事してもらうには、烈自身が梁山泊に赴かなくてはならないのだ。

 

 

「....梁山泊には、烈ほどの年の子供も多くいるらしいし、生活面も保障してくれるそうだ。だが....向こうに行くとなれば、烈...君は一人で行かなくてはならない。私も、道場の弟子達も、君と一緒に行けないんだ。」

 

「......ひとりで..」

 

 

一人。その言葉が烈の心の深い部分にふれる。たった一人の肉親を失ったとき味わった何とも言い表せないあの感情がほんの一瞬、頭をよぎった。ドロドロとした泥のような感触が烈の心臓をはっていく。

 

 

「烈.....私は、まだもう少し、此処にとどまってもいいと思っている。」

「...ししょう?」

 

 

一瞬見せた曇りの表情を察してか、大成はいつもの優しい声を烈にかける。

 

 

「君はまだ六歳。焦らなくとも時間は充分にある。それに君には素晴らしい才能がある。今日の試合で私はそれを確信した。君のその力ならば、様々な未来を選べるだろう...私自身、君に傭兵団に行かれるのは、正直気が乗らない。 もう少し、此処にいることも私は悪くないと思う。だが、決めるのは君だ。烈...君は、どうしたい?」

 

「....俺は...」

 

 

此処に残るか、去るか。烈は真剣に考える。

烈は大成には強い恩を抱いている。大成と出会わなければ今の自分はいないと断言できるほどに。烈の頭の中でいろんな思い出がよみがえる。黛道場の兄弟子達、師・大成と過ごした日々。辛くも楽しかった稽古。由紀江と遊んだこと。黛家と一緒に旅行に出かけたこともあった。どれも大切でかけがえのない思い出ばかり。此処に残れば、きっとこの先もっと素敵な思い出を作っていけることだろう。師・大成に学ぶべきことはもっとあるだろう。

 

 

......

 

 

そして、様々な思いのはてに、

 

 

 

烈は、答えを出す。

 

 

「.....ししょう、俺...ここがすきだよ。」

「......」

 

「ししょうも、道場のみんなも、由紀江もおばさんも、みんなだいすきだ....」

 

「烈....」

 

 

「.......でも..」

 

 

烈は俯いていた顔を上げる。その目に、迷いはなかった。

 

 

「俺....やっぱり、じいちゃんの剣がいい。じいちゃんの剣で”最強”をめざしたい..!」

 

 

此処で味わった全てはかけがえのないもの、それは確かなことだ。でも、烈は忘れられない。祖父のあの姿を、雄姿を。目指そうと思った夢は変わることはない。その決意は、最初から決まっていた。

 

 

「....そうか..」

 

 

その答えに、大成はいつもの柔和な笑みで応える。その答えが分かっていたかのように。しかし、その笑みはどこか寂しげだった。

 

 

「....分かった。先方にはそう伝えるよ。詳しい連絡は後になるが、旅立ちはだいたい三ヶ月後くらいになるだろう。それまでの間に、皆に別れを言っておきなさい。」

 

「うん....」

 

 

そう言って、烈は部屋を後にする。部屋の扉に手をかけ、部屋を去る前に、烈は大成にふり向きなおった。

 

 

「あ、ししょう。」

「ん? 何だい?」

 

「俺、じいちゃんの剣が一番すきだし、カッコいいって思ってるけど....」

 

 

 

「....ししょうの剣もすきだよ。じいちゃんのつぎに、いや、じいちゃんと同じくらいカッコいい..!」

 

「.....そうかい。ありがとう..」

 

 

そう言って、烈は大成の部屋を去って行った。

 

 

 

 

///////////////////////////////////////

 

 

「.......やはり、こうなったか...」

 

 

烈が去った後、一人になった自室で大成は湯呑に入った緑茶をすすりながら、先程の会話を思い返していた。

 

 

「....何故、私は”あんなこと”を烈に聞いたのだろう..」

 

 

それは、烈が一瞬顔をしかめたときだ。大成はどこか誘導するように烈に此処に残らないかともちかけた。

そのとき、大成は自分でも何を言っているんだ、と思った。烈の意見を尊重すると言っておきながら自分の希望通りに誘導しようとしたなんて...

 

 

「...まったく、自分がこんな欲深な人間だったとは...剣に携わりもう数十年、そういった雑念はふり切れていたと思っていたのだがね。」

 

 

答えは分かっていた。あのとき、無意識のうちに自分は烈を懐に残したいと思った。それは親心からくる心配ではなく、彼の師匠として...剣客として抱いた感情。剣に携わり、多くの弟子達を育ててきて初めて抱いた感情だった。

 

 

「.....あの子を、私の手で育ててみたかった...」

 

 

大成のそのつぶやきは、誰にも聞かれることなく静寂の夜に吸い込まれて、消えた。

 

 

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そして、三ヶ月の時はあっという間に過ぎていった。

 

雪代烈は今、大荷物を抱えて空港にいた。後一時間後には、烈はこの国からいなくなる。空港には、烈を見送ろうと黛の関係者が大勢来ていた。黛道場の弟子達は大きな弾幕を持ってきていて、烈は少し照れくさかった。

そして今烈は...

 

 

「...な、なぁ..もう泣くなよ..由紀江...」

「ひぐ..! ぅっ、く...で、ぅぅ..!」

 

 

泣きじゃくる由紀江を泣き止ませようと奮闘中だった。

烈が黛を離れ一人梁山泊に行くと告げた三ヶ月前、道場の兄弟子達は驚きはしたが、皆烈が夢のために決断したと聞いて笑顔で応援してくれた。師・大成の妻も「息子がいなくなるみたいでさみしい」と言っていたが、兄弟子達と同じく笑って送ろうといつも明るく接してくれた。

が、一人だけ猛反対、というより烈がいなくなるのが嫌でしかたなかった人がいた。そう、由紀江だ。

ただでさえ兄のように慕っていただけでなく、来年から始まる稽古では一緒に頑張ろうと約束もしていたのだ。突然のことに由紀江は大泣きしてしまい、それは三ヶ月たった今でも変わらなかった。

 

 

「...ぅうっ! でも、あきら、さん...すごく..とおく、に..行ってしまわれ、..ひぃぐぅ..!」

「だ、だけど..一生会えなくなるわけじゃあないだろ? いつか帰ってくるから..」

 

「い、いつかってぇ、ぇ..」

「..え、あぁ...うん、いつか、は....」

 

「うぇえええええんッ!」

 

 

もうどうすればいいか烈には分からなかった。兄弟子達もかればっかりはどうしようもないと、遠巻きに見ていた。烈は目で大成になんとかしてくれと合図する。大成もさすがにどうしようもないかと察してくれ、由紀江の頭を優しく撫でる。

 

 

「心配いらないよ、由紀江。烈ならすぐ帰ってくるさ。」

「ぅぅ..ちちうえぇぇ..」

 

「由紀江がそんな悲しい顔だと、烈も安心して旅立てないよ。さぁ、笑って見送ろう。」

「...ぅぅ、あきらさん...ぜったい、か、かえってきてくださいねぇ..!」

 

「うん...ちゃんと帰ってくるよ..」

 

 

由紀江の頭を撫でて、烈は約束する。来年一緒に稽古するという約束を破ってしまったため、今度こそ守らなくては...

 

 

「烈...慣れない地で分からないことも多くあるだろうけど、しっかりとね。くじけず、この一年間やってきたように精進を怠らなければ、きっと君の夢は叶う。それに、君の根性なら、例えどんな辺境の地でもやっていけるだろう。」

「ししょう....あいかわらずむずかしくて、よく分かんないよ。」

 

「はははは! これは失敬...さぁ、そろそろ時間だ。」

 

「うん....みんな! 行ってきます!」

 

 

「「「行ってらっしゃい!!」」」

 

「ぅぐ...お、おげんきでぇ..!」

 

 

一年間、ともに過ごした”家族達”に別れを告げ、雪代烈は空港を後にした。

 

雪代烈は旅立つことを選んだ。行先は傭兵集団『梁山泊』。その選択が吉と出るか凶と出るかは、誰にも分からない。

 

 

 

 




今回の話、重要な回なんですが少しあっさりしすぎた気も...
読者の皆様はどれくらいの濃度が良いんでしょうか? 参考にしたいのでよろしければご意見お願いします。

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