美少女たちが金を払えば耳かきをしてくれる。しかも好感度が高い   作:三重知貴

11 / 33
オタク友達・鳴海ゆず。耳かきパート。

 賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶという。ならば僕は、愚者の中の愚者、キング・オブ・フールだ。だが、愚者にも学習能力はある。先日までの僕は、欲望という名の暴走機関車だった。生徒会長、陸上部エース、図書委員、アイドル、そして化学教師。一日で複数の女性を渡り歩く「ハシゴ耳かき」という暴挙。確かにそれは、極上のフルコースを一気食いするような、背徳的な快楽だった。美女たちの残り香を纏いながら次の美女へ向かうスリルは、何物にも代えがたいものがあった。

 

 しかし、僕は気づいてしまったのだ。それは「消費」であって「鑑賞」ではないと。次から次へと刺激を求めて移動するあまり、一人ひとりとの濃密な余韻を噛み締める時間を放棄していたのではないか。フランス料理のメインディッシュの直後に、二郎系ラーメンを流し込むような真似は、真の美食家(淑女の膝ソムリエ)としてあるまじき行為だ。

 

 そして何より、僕の財布は悲鳴を上げていた。だが、天は僕を見捨てなかった。待ちに待ったバイト代が入ったのだ。口座残高の数字が増えた瞬間、僕は全能感に震えた。これはいわゆる「重課金兵」のメンタリティだ。金はある。軍資金は潤沢だ。

 

 だからこそ、僕は誓った。もう過ちは繰り返さない。今日からは「一日一人」。一人の美少女と真摯に向き合い、その深淵を覗き込み、骨の髄まで堪能する。量より質(クオリティ)の時代が来たのだ。

 

 その記念すべき「質」の追求、第一弾にふさわしいターゲット。王道の美少女でも、分かりやすい属性持ちでもない。もっと奥深い、発掘する喜びに満ちた原石。

 

 僕は放課後の教室で、ターゲットを定めた。

 

 クラスメイト、鳴海ゆず(なるみ ゆず)。

 

 教室の隅、カーテンの影になる「ベスポジ」を陣取り、猫背で携帯ゲーム機に熱中している少女。ボサボサ気味の髪を適当なゴムで縛り、分厚い黒縁メガネが顔の半分を覆っている。制服の着こなしもだらしなく、スカートの下にはエンジ色のジャージを履いている始末。クラス内でのカーストは、間違いなく「圏外」。空気のような、あるいは背景のモブキャラのような存在だ。

 

 だが、僕は知っている。彼女がただのモブではないことを。この学園のあらゆる噂、裏事情、そして誰と誰が付き合っているかまで把握している「情報通(インフォ・ブローカー)」であることを。そして何より――その分厚いレンズの下に、国宝級の美貌を隠していることを。

 

 「隠れ美少女」。この甘美な響き。普段は冴えないオタク女子が、ふとした瞬間に見せる絶世の美しさ。そのギャップこそが、今の僕が求める「質」なのだ。高嶺の花である生徒会長やアイドルとは違う、泥の中に咲く蓮の花を見つけるような、独占的な喜び。

 

 僕は意を決して、彼女の聖域(ATフィールド内)へと侵入した。彼女はゲーム画面から目を離さない。こちらの接近に気づいているはずだが、完全に無視を決め込んでいる。

 

「んー、おつー。今、レイドボス周回中だから話しかけんな。……死ぬ。あ、死んだ。クソが」

 

 挨拶代わりの舌打ち。可愛げのかけらもない。だが、それでいい。その愛想のなさが、これからの展開をよりドラマチックにするスパイスなのだ。ゆずはゲーム機をスリープさせ、ようやく僕の方を向いた。分厚いメガネが光を反射して、表情が読めない。

 

「で? 何用? またノート写させてくれとか? それとも今期のアニメの感想戦?」

 

 僕は無言で、懐から「弾薬」を取り出した。千円札ではない。五千円札でもない。諭吉――いや、新紙幣の渋沢栄一だ。おろしたての一万円札。その圧倒的な「暴力」を、彼女の目の前に提示する。言葉はいらない。僕の真剣な眼差しと、最高額紙幣の輝き。それが全てを物語る。

 

 ゆずの眉が、メガネの奥でピクリと動いた。ゲーマーの彼女にとって、現金とは即ち「魔法石」であり「ガチャチケ」だ。その価値を、彼女は誰よりも理解している。

 

「……は? 何これ。カツアゲの逆? 慈善事業?」

 

 僕は首を横に振る。そして、自分の耳を指差し、次に彼女のジャージ姿の膝元を指差した。さらに、人差し指を立てて「1」を示す。今日はハシゴしない。お前だけだ。この一万円は、お前一人のためだけに用意された対価だ。そんな熱烈なメッセージを目力だけで送る。

 

 ゆずは一瞬ポカンとし、次の瞬間、ニヤリと口角を吊り上げた。その笑みは、小悪魔のような計算高いものでも、聖母のような慈愛に満ちたものでもない。もっと下世話で、共犯者めいた「ニチャア」という擬音が似合う笑みだ。

 

「……へぇ。あんた、ついにそこまで堕ちた? 噂は聞いてるよ。『耳かき行脚の狂人』って」

 

 不名誉な二つ名だ。誰がつけたのか問い詰めたいが、今は甘んじて受け入れよう。しかし、さすが情報通。僕の奇行は既に筒抜けだったらしい。だが、今日の僕は違う。匂いも消した。後ろめたさもない。ただ純粋に、彼女を求めているだけだ。

 

「白鷺会長、陸上部の早瀬、図書室の月見里先輩、1年のましろちゃん、果ては蓮見ちゃんまで……。手当たり次第に膝枕ねだって回ってる変態がいるって、裏掲示板で持ちきりだよ?」

 

 僕は胸に手を当て、深く頷いた。そうだ、私は変態だ。だが、今日は「一途な変態」だ。その誠意(一万円)を受け取ってくれ。

 

 ゆずは「うわぁ……」と引いたような顔をしたが、視線は一万円札に釘付けだった。彼女は今、期間限定ガチャで爆死して素寒貧なはずだ。僕の情報網(という名の推測)も伊達ではない。この交渉、勝てる。

 

「……まぁ、いいけどさ。ちょうど今、期間限定ガチャで爆死して素寒貧だったし」

 

 ゆずは素早い手つきで僕の手から万札を抜き取った。商談成立だ。

 

「その代わり、場所変えるよ。ここじゃ落ち着かないし、誰かに見られたら『変態と関わりのあるオタク』ってレッテル貼られて社会的に死ぬから」

 

 彼女は立ち上がり、ジャージのポケットにゲーム機を突っ込んだ。

 

「ついてきな。……とっておきの『機材』がある場所、案内してやるよ」

 

 機材?不穏な単語に首を傾げつつ、僕は彼女の背中を追った。

 

 ◆

 

 案内されたのは、旧校舎にある「現代視聴覚文化研究会」、通称「現視研」の部室だった。部員はゆず一人という噂の、実質的な彼女の私室だ。部屋の中は、美少女アニメのポスター、ショーケースに並んだ高価なフィギュア、積み上げられたゲームソフト、そして複数のモニターが鎮座する、まさにオタクの要塞。漂うのは、古びた電子機器の匂いと、微かな紙の匂い。他の美少女たちのような甘い香りは一切ない。だが、この生活感こそが今の僕には心地よい。

 

「適当に座ってて。準備するから」

 

 ゆずは部屋の隅にある長机を片付け、そこに座布団を敷いた。そして、棚から何やら物々しいアタッシュケースを取り出した。カチャリ、とロックを外す。中から出てきたのは、普通の竹製耳かき……ではない。

 

 先端に小型カメラとLEDライトが搭載された、最新鋭の「イヤースコープ」だ。さらに、その映像を出力するためのタブレット端末まで用意されている。僕は目を見開いた。まさか、ここまでガチな装備が出てくるとは。

 

「ふふん。伊達に情報通やってないっての。耳かき動画(ASMR)界隈のトレンドは、今や『可視化』よ。自分の耳の中を見ながら掃除される……この背徳感とカタルシス、味わわせてあげるわ」

 

 予想の斜め上を行く展開だ。だが、悪くない。オタク女子ならではの、テクノロジーを駆使した耳かき。これぞ僕が求めていた「新しい刺激」であり、一万円の価値があるアトラクションだ。

 

「ほら、ここ寝転がって。……あ、その前に」

 

 ゆずは僕を見下ろし、ふぅ、と息を吐いた。そして、あのもっさりとした黒縁メガネに手をかけた。彼女の雰囲気が変わる。だらしないオタクから、プロの仕事人へ。いや、もっと別の何かへ。

 

「……仕事(ビジネス)だからね。オプション代込みってことで、本気出してやるよ」

 

 彼女がメガネを外した、その瞬間。

 

 世界が変わった。時が止まった。

 

 それまで「モブキャラA」だった彼女の顔から、ノイズが消え去った。現れたのは、少女漫画の主人公も裸足で逃げ出すほどの、圧倒的な美少女だった。大きな瞳は、星を散りばめたようにキラキラと輝き、長い睫毛が憂いを帯びた影を落とす。メガネの跡がわずかに残る鼻筋は通っており、唇は薄い桜色。ボサボサに見えた髪も、彼女がゴムを解いてサッと手櫛を通すと、さらりとした黒髪のヴェールに変わった。

 

 「隠れ美少女」というレベルではない。これは「擬態」だ。世を忍ぶ仮の姿を解いた、姫君の降臨だ。僕は声にならない叫びを上げた。なんだそれは。詐欺か? 魔法か?いや、これこそが真実。僕だけが知る、鳴海ゆずの正体。

 

「失礼ね。素材はいいのよ、素材は。ただ、メンテが面倒くさいのと、変な男に絡まれるのが嫌だから封印してるだけ」

 

 ゆずは少し照れくさそうに顔を背けたが、その仕草すらも画になる。やばい。一万円以上の価値がある。この顔を、至近距離で見られる権利だけで、僕はもう元を取ったと言える。いや、追加料金を払うべきかもしれない。

 

「ほら、さっさと寝て。……膝枕、して欲しいんでしょ?」

 

 彼女はジャージの太ももをポンと叩いた。制服のスカートの下にジャージ。普段なら「ダサい」と感じるそのファッションも、今の彼女がすると「無防備な部屋着姿の美少女」という破壊力抜群のシチュエーションに変わる。僕は震える足で近づき、そのジャージの感触へと頭を沈めた。

 

 ――落ち着く。高級なシルクでも、鍛え上げられた筋肉でもない。履き古されたジャージの、少し毛羽立った感触。その下にある、柔らかすぎず硬すぎない、等身大の女子高生の太もも。気取らない、飾らない、まるで実家にいるような安心感。それでいて、見上げれば絶世の美少女が僕を見下ろしているという、脳がバグりそうなギャップ。匂いは……無臭だ。いや、微かに、お日様に干した布団のような、あるいは安価な石鹸のような、清潔で素朴な匂いがする。これだ。この「生活の匂い」こそが、今の僕には最高のアロマだ。

 

「……んじゃ、始めるよ。まずは現状確認から」

 

 ゆずの手が、僕の耳に触れる。指が細い。爪は短く切り揃えられている(ゲーマーだからだろう)。彼女はイヤースコープを慎重に挿入した。

 

 目の前のタブレット画面に、僕の耳の中が映し出される。鮮明なハイビジョン映像だ。自分の内側を晒け出す恥ずかしさと、それを彼女に見られているという羞恥プレイ。

 

「うわ、汚な。……いや、嘘。結構キレイじゃん。あちこちで掃除されてるもんね」

 

 毒舌と共に、的確な実況が入る。ドキリとした。だが、今日の僕は「ハシゴ」をしていない。僕の耳は清廉潔白だ。彼女もそれに気づいたのか、画面を見る目が少し丸くなった気がする。

 

「……ふーん。今日は、まだ誰の手も入ってないんだ。まっさらじゃん」

 

 そうだ、まっさらだ。お前のためだけに残しておいたのだ。僕は心の中で力説する。彼女の声色が、少しだけ弾んだように聞こえた。

 

「じゃあ、私がイチから『攻略』してあげる。……動かないでよ。ここ、クリティカルヒット狙うから」

 

 カリッ。スコープの先端のアタッチメントが、汚れを捉える。画面と、実際の感覚がリンクする。視覚と触覚が同時に刺激される、未体験の快感。すごい。これがテクノロジーの力か。自分の耳の中が掃除されていく過程を、美少女の膝の上で、美少女と共に鑑賞する。なんという倒錯。なんという贅沢。

 

「でしょ? 解像度が違うのよ、解像度が。……ふふ、あんた、画面見て興奮してんの? 変態すぎ」

 

 ゆずはクスクスと笑う。その笑顔が、眩しい。メガネを外した彼女の顔は、あまりにも整いすぎていて、直視すると目が潰れそうだ。だけど、口を開けばいつものオタク口調。このアンバランスさが、僕の理性をガリガリと削っていく。

 

 ふと、彼女が画面から目を離し、僕の顔を覗き込んだ。視線が絡む。近い。美しすぎる顔が、すぐそこにある。

 

「……ねぇ。あんたさ」

 

 画面を見つめながら、ゆずがポツリと言った。

 

「一万円も払って、こんなジャージ女の膝枕でいいわけ? もっと、いい匂いのする子とか、柔らかい子とか、いたでしょ」

 

 彼女は自信がなさそうだ。自分が「モブ」だと思い込んでいるからだろうか。僕は強く首を横に振った。そして、真っ直ぐに彼女を見つめ返す。『こんな』じゃない。お前がいいんだ。お前という隠しキャラ(シークレット)を見つけられたことに、俺は今、感動しているのだ。

 

 僕の熱視線を受けて、ゆずの顔がボッと赤く染まった。耳まで赤い。スコープを持つ手が、プルプルと震えている。

 

「……っ、な、なによその目。……キモい。キモいけど……」

 

 彼女は視線を泳がせ、タブレットの画面に逃げ込んだ。

 

「……課金してくれたユーザーには、神対応するのが運営の義務……だし」

 

 声が震えている。普段の「オタク仲間」としての距離感が、音を立てて崩れていく。ただのクラスメイトから、男と女へ。その境界線を越えた空気が、狭い部室に充満していく。

 

 カチッ。彼女はタブレットの電源を切った。視覚情報は遮断された。残ったのは、暗闇と、彼女の太ももの感触と、そして直接的な耳かきの感触だけ。

 

「……目が疲れるから。こっからは、手動(アナログ)でやる」

 

 それは言い訳だ。彼女も、僕の顔を見るのが恥ずかしくなったのかもしれない。あるいは、機械越しのコミュニケーションではなく、直接触れ合うことを選んでくれたのかもしれない。

 

 カリ、カリ。震える指先が、僕の耳を愛おしむように撫でる。さっきまでの「作業」とは違う。そこには、不器用な照れと、微かな独占欲が混じっている気がした。

 

 僕は目を閉じたまま、確信した。一万円? 安いものだ。僕は今日、学園最大の秘宝(レアアイテム)を手に入れたのだ。オタクで、モブで、美少女で、情報通。属性てんこ盛りの彼女との時間は、まだ始まったばかりだ。ハシゴなんてしなくて正解だった。この一人との時間を、一秒たりとも無駄にはできない。

 

 ◇

 

 1時間後。すっかり日が暮れた部室で、僕は膝枕から開放された。耳の中は、かつてないほどクリアだ。物理的な汚れだけでなく、心の澱みまでスコープで除去された気分だ。

 

 ゆずは既にメガネを装着し、髪もボサボサに崩して「モブモード」に戻っていた。だが、その頬はまだ少し赤い。

 

「……はい、終了。お疲れ。課金あざっした」

 

 ぶっきらぼうに言う彼女。僕は立ち上がり、制服の埃を払った。そして、深々と頭を下げた。ありがとう、最高の『神運営』だった、と。

 

「……うっさい。……また、ガチャで爆死したら、相手してやらなくもないけど」

 

 それは「また来い」という遠回しな誘いだろうか。僕はニヤリと笑った。ああ、いつでも課金しに来る。俺の今の『推し』は、間違いなくお前だからな。

 

「っ!? ……バカ! 早く帰れ!」

 

 ゆずは真っ赤になって、クッションを投げつけてきた。その反応すら可愛い。僕は部室を出て、廊下を歩き出した。足取りが軽い。今日は誰の匂いもしない。ただ、彼女のジャージのかすかな洗剤の匂いだけが、鼻先に残っている。匂いでバレるリスクもなく、一人の時間をじっくりと堪能できた満足感。これだ。これが「正しい耳かき道」だ。

 

 クラスメイト、鳴海ゆず。彼女の「メガネの下」を知っているのは、世界で僕だけ。その優越感が、僕の心を温かく満たしていた。

 

 さて、明日は誰にしようか。いや、もしかしたら明日もまた、この部室に通ってしまうかもしれない。そんな予感を抱きながら、僕は夜の校舎を後にした。




豆知識 1日5回耳かきは多い

ここから一日一回投稿になります

ここから先の展開について、どういう方向性が見たいかのアンケートです。参考程度なので確定ではないです。

  • このままヒロインを増やし続ける
  • 主人公取り合いルート(親友視点)
  • 主人公取り合いルート(ヒロイン視点)
  • 各ヒロインルート書く
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。