美少女たちが金を払えば耳かきをしてくれる。しかも好感度が高い   作:三重知貴

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オタク友達・鳴海ゆず。ラブコメパート。

――この学園は、巨大なギャルゲーの舞台だ。

 

 私、鳴海ゆず(なるみ ゆず)は、この世界の構造(システム)を理解している数少ない「観測者」だ。教室を見渡せば、属性過多なヒロインたちが跋扈している。王道の生徒会長、スポーティな幼馴染枠(的な陸上部)、クールな図書委員、あざとい小悪魔後輩、そしてダウナー教師。まるで開発者が狙って配置したかのようなSSR級の美少女たちの中心に、一人の男子生徒がいる。

 

 クラスにいるあいつ。彼こそが、この物語のプレイヤーであり、主人公だ。そして私は?私は、背景だ。教室の隅、カーテンの影という定位置(安置)でゲーム機をピコピコといじり、たまに主人公に攻略情報(ノート)を渡すだけの、名前付きモブキャラ。『クラスメイトA』。それが私の役割(ロール)であり、最も居心地の良い場所だ。

 

 私はこのポジションを気に入っている。ヒロインレースに参加するのはコストパフォーマンスが悪すぎる。自分を磨き、愛想を振りまき、主人公の鈍感さに一喜一憂し、他のヒロインと泥沼のキャットファイトを繰り広げる……想像しただけでSAN値が削れる。それよりも、安全圏から彼らのドタバタ劇を眺め、「うわぁ、またイベント発生してるよ」とニヤニヤしながら、その情報を裏掲示板に流して小銭を稼ぐ。それが私の生存戦略だ。

 

 私は「情報通」として、裏の顔を持っている。彼がどの日、誰のルートに入ったか。生徒会室で何分過ごしたか。理科準備室の鍵がいつ閉められたか。そんなログ(記録)は全て私の頭に入っている。

 

 「耳かき行脚の狂人」。それが、私が彼につけた密かなあだ名だ。彼は欲望のままにヒロインたちを渡り歩く、とんでもないプレイヤーだ。バカだなぁ。男って本当に単純。私は画面の向こうの彼を、あくまで「面白いコンテンツ」として消費していた。

 

 ……はずだった。

 

 今日、彼が私の前に立つまでは。

 

 ◆

 

 放課後の教室。私はいつものようにレイドボス周回に勤しんでいた。視界の端に彼が映る。どうせまた、誰かのルートに入りに行くのだろう。今日は誰かな? ローテーション的に生徒会長? それとも1年の小悪魔ちゃん?私の予想に反して、彼の足は私の机の前で止まった。

 

 話しかけられた気配に、私は適当に片手を挙げて応対する。モブに話しかける用事なんて、ノートか、課題か、金の無心くらいしかない。周回中なのだ。邪魔をしないでほしい。私は視線をゲーム画面に固定したまま、彼を追い払おうとした。

 

 だが。彼が懐から取り出し、私の目の前に突き出した「アイテム」を見て、私は操作をミスりそうになった。

 

 一万円札。しかも、新紙幣の渋沢栄一だ。鮮烈なホログラムが、夕日を受けてギラギラと輝いている。

 

 ……は?バグ?テキスト読み込みエラー?私の知る限り、彼の所持金ステータスは常に「貧困」のはずだ。ヒロインたちに貢ぎすぎて、明日のパンにも困っているという情報が入っている。それが、一万円?

 

 彼はおもむろに、自分の耳を指差し、次に私の膝――ジャージ姿の太ももを指差した。さらに、人差し指を一本立てて、真剣な眼差しで私を見つめてくる。

 

 ――耳かき。――膝枕。――そして、今日は「1」人だけ。

 

 言葉はなくとも、情報のプロである私には、その意図が痛いほど伝わってきた。彼は、この私が「情報通」であることを知っている。つまり、私が彼の「女遊び(耳かきハシゴ)」を知っていることも、当然理解しているはず。その上で、私に来た?

 

 しかも、一万円。相場は知っている。生徒会長はタダ(プライスレス)、陸上部は数千円、図書委員もその程度。なのに、私にはその倍以上の金額を提示してきた。

 

 ハシゴはしない。今日は、お前だけだ。その一万円は、お前というコンテンツを楽しむための、全力の課金だ。

 

 彼の瞳が、そう語っていた。

 

 コントローラーを持つ指が止まる。画面の中で私のキャラが敵の攻撃を受けて倒れたが、どうでもよかった。

 

 ――私だけ?

 

 嘘だ。どうせ口先だけだ。男なんて、みんな「君だけだ」って顔をしながら、裏で他のルートを攻略してるに決まってる。私はそうやって、ゲームの中でも現実でも、たくさんの嘘を見てきた。

 

 私は彼の全身をスキャンするように観察した。服の乱れはない。汗の匂いもしない。甘い香水の残り香もない。私の情報網(ネットワーク)にアクセスするまでもない。目の前の彼は、今日、放課後のチャイムが鳴ってから誰とも接触せず、真っ直ぐ私のところに来たのだ。

 

 ……調子狂うなぁ。ここで断れば、私はいつもの「モブ」に戻れる。「うわ、キモっ」と笑い飛ばして、彼を追い返せばいい。

 

 でも、手が勝手に動いた。一万円札を掴んでいた。お金が欲しかったから? ガチャ資金が尽きていたから?違う。彼が「私を選んだ」という事実を、確定させたかったからだ。彼が私に向けたその熱量を、無視することができなかったからだ。

 

 私は無言で立ち上がり、彼を自分の城(現視研の部室)へと誘導した。

 

 ◆

 

 部室の鍵を閉める。カチャリという金属音が、世界の境界線を引く音のように響いた。ここからは、私のフィールドだ。ポスターやフィギュアに囲まれたこの空間なら、私は最強のオタクになれる。

 

 私はとっておきの機材――イヤースコープを取り出した。ただの竹耳かきじゃつまらない。どうせなら、徹底的にマニアックに、彼を驚かせてやりたい。「さすが鳴海、変なもの持ってるな」と呆れられたい。そうすれば、私たちの関係は「変なクラスメイト」と「変態な客」という安全なラインのままでいられるから。

 

 彼が私の指示に従い、素直に座布団の上に寝転がろうとする。その背中は、私を信頼しきっているように見えた。

 

 ――一万円。脳裏に、さっきの紙幣がちらつく。彼は、私に最高額のチップを払った。私の「モブ」としての仮面にではなく、私という人間に。

 

 なら。それに見合う「商品」を提供しなきゃ、釣り合わないじゃない。いつもの、ボサボサ頭でメガネを掛けた、愛想のないオタク女のままじゃ、優良誤認(詐欺)になっちゃうじゃない。

 

 私は、メガネに手をかけた。これは私の防具だ。「美少女」という面倒な属性を封印し、平穏なオタクライフを送るための拘束具。これを外すのは、家の中だけと決めていた。誰にも見せない、私だけの素顔。

 

 でも、今日だけは特別。だって、彼は「特別」な対価を払ったんだから。神運営として、ユーザーには最高のエンターテイメントを提供しなきゃいけない。

 

 私は彼を見下ろし、ゆっくりとメガネを外した。髪を縛っていたゴムを解き、手櫛を通す。視界がクリアになるのと同時に、空気が変わるのがわかった。

 

 彼が息を呑んだ気配がする。床に寝そべったまま、彼が硬直している。その目が、驚愕に見開かれ、私を凝視している。

 

 「誰だ?」「魔法か?」「これが、鳴海なのか?」

 

 声には出していないけれど、彼の心の声が聞こえてくるようだ。その反応。その、魂を抜かれたような顔。

 

 ……ふふん。いい気味。内心、私はガッツポーズをしていた。知らなかったでしょ?いつも教室の隅にいる地味な女が、実はSSR級のポテンシャル(隠しステータス)を秘めてるってこと。ざまあみろ。あんたが追いかけてた生徒会長やアイドルにも、ビジュアル値だけなら負けてないんだから。

 

 私は彼を膝に乗せた。ジャージ越しに伝わる、彼の体温。近い。予想以上に、男の子の顔が近い。普段は画面越しに二次元のイケメンキャラを愛でているけれど、生身の男子、しかも気になっている相手が膝の上にいる破壊力は、桁違いだった。心臓の音がうるさい。彼に聞こえてしまわないか心配になるほど、バクバクと鳴っている。

 

 私は平静を装って、イヤースコープを操作した。タブレット画面に、彼の耳の中が映し出される。私は意地悪な実況をしてやろうと身構えた。「うわ、汚な」とか言って、彼を弄ってやろうと。

 

 でも、言葉が出てこなかった。

 

 綺麗だった。物理的な意味じゃない。そこには、「誰の痕跡」もなかった。

 

 情報通の私にはわかる。もし彼が今日、他の誰かに耳かきをされていたら、耳の中には微細な傷や、あるいは綿棒の繊維、そして何より「他人の気配」が残っているはずだ。でも、今日の彼の耳は、まっさらだった。誰の手にも触れられていない、無垢な状態。

 

 彼は本当に、学校が終わってすぐに、脇目も振らずに私のところに来たんだ。他のヒロインたちの誘惑(ルート)を全部断ち切って。

 

 その事実に気づいた瞬間、胸の奥がキュンと締め付けられた。

 

 本当に、私だけなんだ。今日この時間、彼を独占しているのは、生徒会長でもアイドルでもなく、この私。「モブ」の私が、「主人公」を独り占めしている。

 

 私は画面から目を離し、彼の顔を覗き込んだ。彼も、画面ではなく、私を見ていた。その瞳には、私の素顔が映っていた。そこには、いやらしさや値踏みするような色はなく、ただ純粋な「感動」と「好意」が浮かんでいた。

 

 ――ズルい。そんな目で見ないでよ。そんな目で見られたら、調子に乗っちゃうじゃない。私なんかが、ヒロインになれるんじゃないかって、勘違いしちゃうじゃない。

 

 顔が熱い。耳まで真っ赤になってるのが自分でもわかる。こんなの、キャラじゃない。私は冷静な観測者で、皮肉屋の情報通のはずなのに。今の私は、ただの恋する乙女(チョロイン)じゃないか。

 

 たまらなくなって、私はタブレットの電源を切った。これ以上、画面越しに冷静なプレイなんてできない。機械の目を通すのは、もう終わり。ここからは、私の指と、あんたの耳だけの、アナログな通信だ。

 

 私は直接、彼の耳に触れた。震える指先で、彼の輪郭をなぞる。熱い。彼の体温が、指先から流れ込んでくる。

 

 愛おしい。この無防備な寝顔も、私の正体を見て驚いてくれた顔も、全部私だけのものだ。

 

 ねえ、気づいてる?あんたは「隠しキャラを見つけた」って顔をしてるけど。見つかったのは、私の方だよ。あんたが私を見つけてくれたから、私は今日、初めて「物語」の中に入れた気がする。

 

 モブキャラAが、名前のあるヒロインになった瞬間。そのトリガーを引いたのは、あんただよ。

 

 耳かきを動かしながら、私は密かに誓った。もう、観測者には戻らない。他のヒロインたちがなんだ。あいつらは「表」の顔しか見せてない。でも私は、あんたに「裏」の顔を見せた。この秘密の共有は、どんな甘い言葉よりも強い絆(フラグ)になる。

 

 一万円分のサービス?そんなの、とっくに超えてる。私のこの高鳴る鼓動と、熱っぽい体温。これが、私からの本当の「対価」だよ。

 

 ◆

 

 時間が過ぎ、彼が帰る時。私は急いでメガネをかけ、いつもの「鳴海ゆず」に戻った。素顔のままで別れるのは、なんだか名残惜しすぎて、寂しくなってしまうから。それに、まだこの「美少女モード」は、ここぞという時の切り札にしておきたい。

 

 彼が立ち上がり、私に深々と頭を下げる。何も言わなくても伝わる。「ありがとう」と、「また来る」という意志が。

 

 彼は満足そうに笑っていた。今日一日の選択に、一片の悔いもないという顔で。その笑顔が、私に向けられたものであることが、どうしようもなく嬉しい。

 

 彼が出ていった後の部室。私は一人、座布団の上に崩れ落ちた。さっきまで彼が頭を乗せていた場所に顔を埋める。彼の匂いがする。他の誰とも混ざっていない、彼だけの匂い。

 

 私はクッションを抱きしめ、足をバタバタさせた。ニヤけが止まらない。鏡を見なくてもわかる。今の私は、人生で一番だらしない顔をしている。

 

 机の上に残された一万円札を取り出し、蛍光灯にかざして見る。これは使えない。ガチャには回せない。額縁に入れて飾っておきたいくらいだ。だってこれは、彼からの「本命チョコ」であり、「契約金」みたいなものだから。

 

 私はメガネを外し、机の上の鏡を見た。そこには、頬を赤らめ、目を潤ませた美少女(自分で言うのもなんだけど)が映っていた。

 

「……メンテナンス、しなきゃな」

 

 ボサボサの髪じゃダメだ。トリートメントを買おう。肌の手入れも、もっと念入りにしなきゃ。ジャージも……まあ、部屋着としてはアリだけど、たまには可愛い服も買おうかな。コンタクトにするのもアリかもしれない。

 

 だって、次また彼が来た時。もっと驚かせてやりたいじゃない。「前回より可愛くなってる」って、言わせてやりたいじゃない。彼を、私の魅力で殴り倒して、二度と他のルートに行けないようにしてやりたい。

 

 私はスマホを取り出し、いつもの裏アカウントを開いた。『速報:主人公、今日の放課後は現視研に直行。他ヒロインとの接触なし』そう打ち込んで、投稿ボタンを押す。

 

 そして、心の中で付け加える。『追記:主人公は、鳴海ゆずの攻略ルートに入りました』

 

 ふふ。覚悟しなよ、主人公。隠しキャラの攻略難易度は、メインヒロインより高いんだからね。私がその財布も、ハートも、全部搾り取ってやるんだから。

 

 ……あーあ。早くまた、課金しに来ないかなぁ。今度は、特別ログインボーナスとして、耳かきだけじゃなくて……いや、それはまだ早いか。

 

 私は一万円札にキスをして、大切に財布の奥へとしまった。私の物語は、ここからが本番だ。




豆知識・この学校は申請すれば部屋を好きにできる

ここから先の展開について、どういう方向性が見たいかのアンケートです。参考程度なので確定ではないです。

  • このままヒロインを増やし続ける
  • 主人公取り合いルート(親友視点)
  • 主人公取り合いルート(ヒロイン視点)
  • 各ヒロインルート書く
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