美少女たちが金を払えば耳かきをしてくれる。しかも好感度が高い   作:三重知貴

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幼馴染・如月紗英耳かきパート。

 長い旅だった。生徒会長の完璧な技術、陸上部エースの健康的な弾力、図書委員の静謐な管理、アイドルの甘い毒、女教師の気怠い包容力、そして隠れ美少女の秘密の共有。この学園に点在するあらゆる「萌え」の聖地を巡礼し、僕は多くのものを得た。快楽、癒やし、スリル、そして男としての経験値。

 

 「1日1人」。この禁欲的かつ贅沢なルールを導入してから、僕の耳かきライフは洗練の極みに達した。一人ひとりのヒロインと向き合い、その魂に触れる時間。それはまさに、自分探しの旅でもあった(過言だ)。

 

 そして今。潤沢な軍資金(バイト代)を懐に、僕は旅の終着点へと足を向けていた。そこは、学校ではない。放課後のチャイムと共に校門を出て、住宅街を歩き、僕の自宅……の、すぐ隣にある一軒家。

 

 幼馴染、如月紗英(きさらぎ さえ)。2年生。

 

 生まれた時からずっとそばにいる、腐れ縁にして至高の存在。栗色のロングヘア、柔らかい雰囲気、誰にでも好かれる愛想の良さ。漫画やアニメなら、間違いなくパッケージの中央を陣取る「メインヒロイン」の風格を持つ少女。

 

 彼女には、尖った属性はない。生徒会長のような権力も、アイドルのような知名度もない。だが、彼女にはそれらを全て無効化する最強のカードがある。「幼馴染」という、積み重ねた時間の重み。そして、「あ、こいつが最終的に選ばれるんだな」と誰もが直感する、圧倒的な「勝ちヒロイン」オーラだ。まぁ彼女に主人公がいるのかは知らないが。

 

 僕は彼女の家のチャイムを鳴らすことすらせず(合鍵を持っているわけではないが、彼女はいつも開けて待っている)、玄関のドアを開けた。「ただいま」と言いたくなる衝動を抑え、リビングへと向かう。そこには、夕飯の下ごしらえをしながら、エプロン姿で微笑む彼女がいた。

 

「あら、いらっしゃい。……おかえりなさい、かな? 早かったのね、あなた」

 

 「あなた」。彼女は昔から、僕のことをそう呼ぶ。名前でも、あだ名でもなく、まるで長年連れ添った夫婦が互いを呼び合うような、自然で、それでいて逃げ場のない響き。この二文字だけで、僕の心臓はギュッと掴まれる。

 

 紗英はトントンと包丁を置き、手を洗ってこちらに向き直った。優しげな垂れ目。少しふっくらとした桜色の唇。エプロンの下は私服のニットワンピースで、体のラインが柔らかく浮き出ている。攻撃力はない。だが、防御貫通・即死級の「包容力」がある。

 

 僕は無言で、懐から封筒を取り出した。諭吉――ではない。今日は、さらにその上を行く。バイト代の残り、その大部分を詰め込んだ、厚みのある封筒だ。金額にして数万円。これまでのヒロインたちへの支払いが「対価」だとするなら、これは「献上」であり「生活費」だ。

 

 僕は封筒を彼女の前に置き、正座をした。そして、自分の膝をポンと叩き、次に彼女の膝を指差し、最後に目を閉じて「全てを委ねる」ポーズをとった。

 

 言葉はいらない。幼馴染の阿吽の呼吸。「金は持ってきた。俺を甘やかしてくれ。いや、俺を元の場所(ここ)に還してくれ」。

 

 紗英は封筒を見て、少しだけ目を丸くした。だが、他のヒロインたちのように驚いたり、笑ったり、怒ったりはしない。彼女は困ったように、でも嬉しそうに眉を下げ、ふんわりと微笑んだ。

 

「もう……あなたってば。またそんなことして」

 

 彼女は封筒を手に取ると、中身を確認もせずに、リビングの棚にある缶ケース――「二人の貯金箱」と書かれた古びた缶――にしまった。

 

「とりあえず、預かっておくわね。……将来のために」

 

 「将来」。その言葉の重みに、僕は震えた。何の将来だ。結婚資金か。新居の頭金か。彼女の中では、僕たちの未来は既に確定事項として処理されているのかもしれない。その揺るぎない自信。これぞ、勝ちヒロインの余裕。

 

「いいわよ。……今日は、いっぱい甘えたい気分なんでしょ?」

 

 紗英はソファに座り、ニットワンピの裾を整え、ポンポンと自分の太ももを叩いた。特別な場所へ連れて行くわけでも、特別な機材を出すわけでもない。ただ、いつものリビングの、いつものソファ。それが、何よりの特別。

 

 僕は吸い込まれるように、彼女の元へ這い寄り、その膝へと頭を預けた。

 

 ――帰ってきた。頭を乗せた瞬間、脳裏に浮かんだのはその言葉だった。柔らかさ、温かさ、匂い。すべてが「正解」の形をしている。理緒のような筋肉の反発も、静のような骨格の儚さもない。ただひたすらに柔らかく、適度な肉付きがあり、僕の頭の形にフィットする。オーダーメイドの枕ではない。僕の頭が、彼女の膝に合わせて進化したのかもしれない。そう錯覚するほどの一体感。

 

 漂ってくるのは、夕飯の出汁の匂いと、彼女愛用のシャンプーの香り。ドキドキするような香水ではない。深呼吸をしたくなる、日々の営みの香りだ。

 

「……ふふ。お疲れ様、あなた。……毎日、大変だったわね」

 

 紗英の手が、僕の髪を優しく撫でる。彼女は何も聞いてこない。僕が他の女のところへ行っていたことも、散財していたことも、全部知っているはずなのに。「浮気してたの?」なんて野暮なことは聞かない。「どうせ最後は私のところに帰ってくるんでしょ」という、慈愛と確信に満ちた手つき。

 

 僕はマイ耳かきセットを出そうとしたが、紗英はそれを手で制した。そして、テーブルの上にあった、見慣れた竹の耳かきを手に取った。昔から使っている、ごく普通の耳かき。だが、彼女の手にかかれば、それは伝説の聖剣(エクスカリバー)となる。

 

「じっとしててね。……あなたの耳の形、私が一番よく知ってるんだから」

 

 スッ。自然な動作で、耳かきが入ってくる。異物感がない。まるで最初からそこにあった体の一部のように、滑らかに侵入してくる。

 

 カリッ、サクッ。力加減が完璧だ。僕が「そこ!」と思うポイントを、コンマ一秒のズレもなく捉える。思考を読む能力者か。いや、これが幼馴染スペック(10年以上のデータベース)のなせる技か。

 

「……ここ、痒いんでしょ? 知ってるわよ」 「……あ、ちょっと凝ってるかも。耳回しもしてあげるわね」

 

 彼女は耳かきの合間に、指先で耳のマッサージをしてくれる。温かい指が、凝り固まった耳の付け根を揉みほぐす。気持ちいい。刺激的な快楽ではなく、泥のように溶けていく安らぎ。

 

 他のヒロインたちとの時間が「イベント」だとするなら、彼女との時間は「日常」だ。非日常の刺激は魅力的だが、人は非日常の中では生きられない。結局、人はこの温もりに帰巣する運命(さだめ)なのだ。

 

 僕は目を閉じ、まどろみの中で彼女の声を聞く。

 

「……ねえ、あなた」

 

 耳掃除を続けながら、紗英が穏やかに語りかける。

 

「いろんなところに行って、いろんな景色を見て……楽しかった?」

 

 僕は小さく頷く。楽しかった。最高だった。だが、今はここが一番だとも思う。

 

「そう。……なら、いいの。男の子は冒険するのが仕事だものね」

 

 肯定された。嫉妬も、束縛もなく。ただ、広い海原へ旅立つ船を見送る港のような、壮大な肯定。

 

「でもね、覚えておいて」

 

 カリ、と少しだけ強く、耳の奥を掻かれる。痛くはない。ただ、ドキッとするような、心臓に響く感触。

 

「どんなに遠くへ行っても、どんなに素敵なものに出会っても……あなたの帰る場所は、ここだけよ」

 

 それは呪いのような言葉だった。けれど、世界で一番甘くて、心地よい呪い。

 

「ご飯を作って、お風呂を沸かして、こうやって膝枕をして……あなたが『ただいま』って言うのを待っているのは、私だけ」

 

 紗英の顔が見えない。けれど、声色だけでわかる。彼女は今、聖母のような、そして勝利の女神のような、無敵の笑顔を浮かべているはずだ。

 

 彼女は僕の「浮気」を許しているわけではない。ただ、「勝負にならない」と思っているだけだ。一時的な快楽を提供する他のヒロインと、人生そのものを共有する自分。土俵が違うのだと。

 

 耳かき棒が引き抜かれ、反対側を促される。僕は素直に寝返りを打ち、彼女の腹部に顔を埋める形になる。ニット越しに伝わる柔らかさと、トクトクという穏やかな鼓動。これが、僕の精神安定剤(トランキライザー)。

 

「……ふふ。甘えん坊さん」

 

 紗英がクスクスと笑い、僕の頭を抱きしめるように撫でる。その指に、指輪はない。けれど、僕には見えない鎖が見える。彼女と僕を繋ぐ、太くて強固な運命の鎖が。

 

 耳掃除が再開される。テレビからは夕方のニュースが流れ、キッチンからは炊飯器の蒸気が上がる音がする。この完璧な「家庭」の風景の中で、僕は完全に骨抜きにされていた。

 

 生徒会長も、アイドルも、ギャルも素晴らしい。けれど、この「日常」という名の暴力には勝てない。毎日味噌汁を作ってくれる人が最強なのだ。

 

 僕は抵抗する気力を失い、彼女の膝の上で、ただの「あなた」に成り下がっていた。紗英の膝は、世界で一番柔らかい檻だ。そして僕は、自ら進んでその檻に入り、鍵をかけてしまった囚人なのだ。

 

 ◇

 

 「……はい、きれいになったわよ。あなた」

 

 至福の時は終わり、紗英が僕の頬をツンとつついた。僕は起き上がり、夢から醒めたような心地で周囲を見回す。日は完全に落ち、リビングには温かい照明が灯っている。

 

 紗英は立ち上がり、キッチンへ向かった。

 

「ご飯、もうすぐできるから。……食べていくでしょ?」

 

 疑問形ではない。決定事項だ。僕は頷く。断る理由も、断る意志もない。

 

「今日はハンバーグよ。あなたの好きな、チーズインのやつ」

 

 僕の好物を完璧に把握している。胃袋まで掴まれている。勝てるわけがない。

 

 僕はソファに座ったまま、キッチンに立つ彼女の背中を見つめた。エプロンの紐。揺れる髪。その背中から、「私が正妻ですが何か?」というオーラが立ち上っているように見える。

 

 如月紗英。彼女は「攻略対象」ではない。この物語の「エンディング」そのものだ。

 

 僕はふと、棚の上の「二人の貯金箱」を見た。あの中には、僕が今日渡した数万円が入っている。そして、これまで僕たちが共有してきた時間や思い出も、見えない形であの中に詰まっているのだろう。

 

 ハシゴも、散財も、全てはこの場所に帰ってくるための助走だったのかもしれない。そう思わせるほどの、圧倒的な説得力が彼女にはあった。

 

 「……あなた、お皿並べてくれる?」

 

 彼女の声が飛ぶ。僕は「はい」と心の中で返事をし、立ち上がった。もう、客ではない。この家の、彼女の隣にいるべき「パートナー」としての振る舞いを求められている。

 

 僕は食器棚を開け、慣れた手付きで皿を取り出す。二つの皿。二つの箸。二つのグラス。テーブルに並べられたそれらは、まるで未来予想図のように、僕たちのこれからを示唆していた。

 

 ……まあ、悪くない。いや、むしろ最高だ。世界中の美女に膝枕をされたとしても、最後の晩餐は、このちゃぶ台で、彼女と向かい合って食べたいと思うだろう。

 

 僕はキッチンへ向かい、ハンバーグの乗った皿を受け取る。紗英が僕を見て、とびきりの笑顔を見せた。

 

「……ふふ。これからもよろしくね、あなた」

 

 その言葉の意味を深く考えるのはやめよう。ただ、この甘くて温かい沼に、肩まで浸かっていればいいのだ。僕の長い旅は、ここで一つの結末を迎える。最強の幼馴染による、完全なる勝利。僕は幸せな敗北者として、彼女の作ったハンバーグを噛み締めることにした。

 

 だが俺の旅はまだ終わらないのである!




豆知識・本当に終わらない。馬鹿は止まらないから

ここから先の展開について、どういう方向性が見たいかのアンケートです。参考程度なので確定ではないです。

  • このままヒロインを増やし続ける
  • 主人公取り合いルート(親友視点)
  • 主人公取り合いルート(ヒロイン視点)
  • 各ヒロインルート書く
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