美少女たちが金を払えば耳かきをしてくれる。しかも好感度が高い   作:三重知貴

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大和なでしこ・笹川佳。ラブコメパート。

 

 

 ――水は、低い方へと流れる。人の心もまた、安らぎという低い場所へと流れ着くもの。

 

 私、笹川佳(ささかわ けい)は、茶道室の静寂の中で、炉の炭が爆(は)ぜる微かな音を聞いていた。3年生という立場。茶道部の部長という肩書き。そして、周囲が勝手に作り上げた「氷の女王」だの「高嶺の花」だのという虚像。

 

 それらは私を孤独な高い場所へと押し上げる。誰も私に気安く話しかけない。誰も私の隣で、無防備な顔を見せない。遠巻きに眺められ、崇められ、そして敬遠される。それが私の日常であり、諦めにも似た平穏だった。

 

 あの日、彼が現れるまでは。

 

 彼は、水が流れるように自然に、私の懐へと飛び込んできた。私の作った高い壁など存在しないかのように。「先輩」と慕い、時には甘え、時には子供のような笑顔を見せる。

 

 私の凍っていた時間は、彼によって溶かされた。茶道室という、時が止まったような空間に、彼だけが鮮やかな色彩を持って現れる。私はいつしか、放課後のこの時間を、一日の中で最も待ち焦がれるようになっていた。

 

 そして今日。彼はまた、驚くべき形で私の心を揺さぶった。

 

 ◆

 

 障子が開き、彼が入ってくる。その所作には、迷いがない。いつものように「遊びに来た」という軽い足取りではない。何かに突き動かされるような、切実な気配を纏っている。

 

 彼は私の前に正座し、深く頭を下げた。そして、懐から封筒を取り出した。

 

 一万円。封筒の厚みと、透けて見える紙幣の柄でわかった。高校生にとって、それは大金だ。娯楽に使えば、どれだけの楽しみが得られるだろう。友人と遊び、美味しいものを食べ、欲しい物を買う。そんなキラキラした青春の権利(チケット)を、彼は今、私の前に差し出したのだ。

 

 彼の瞳が語っている。自分の耳を指差し、私の膝を指差す。

 

 ――あなたに癒やされたい。――この一万円は、あなたへの奉納だ。

 

 その真摯な眼差しを受けた瞬間、私の胸の奥で、熱いものが込み上げてきた。

 

 ああ、愛おしい。なんて愚かで、なんて純粋な人。

 

 他の生徒たちが、私のことを「近寄りがたい」と遠ざける中で、彼だけが私を求め、身銭を切ってまで会いに来てくれる。それも、何か具体的な物品やサービスを求めているのではない。ただ、「私との時間」に価値を見出し、全財産に近いものを捧げてくれている。

 

 これは「献身」だ。彼なりの、不器用で、けれど最大限の愛の表現。

 

 私は彼が他の少女たちの元へ通っていることを知っている。風の噂や、ふとした時の彼の様子で察していた。これまでは、あちこちを渡り歩き、その残り香を纏って私の元へ来ることもあった。

 

 けれど、今日は違う。彼は真っ直ぐだ。他の誰にも目をくれず、誰の気配も纏わず、ただ私だけを目指してここへ来た。

 

 「1日1人」。彼の中で、何かが変わったのだろうか。その変化が、私を選んでくれたという事実が、たまらなく嬉しい。

 

 私は微笑みを深め、彼を招き入れた。お金など、本当はいらない。けれど、彼の覚悟を無下にはできない。私はそれを、彼からの「結納」のようなものとして、大切に受け取ることにした。

 

 ◆

 

 「……ようこそ、私の箱庭へ。」

 

 彼が私の膝に頭を乗せる。着物の正絹(しょうけん)が擦れる衣擦れの音。ずしりと重い、彼の頭の感触。

 

 温かい。何枚もの着物を重ねているのに、彼の体温はそれを通り越して、私の肌に直接触れているかのように伝わってくる。

 

 見下ろすと、彼はすでに目を閉じ、安らかな顔をしていた。外界の喧騒を遮断し、私の膝という「結界」の中で、彼は完全に無防備になっている。普段、廊下ですれ違う時は、男子生徒らしく背筋を伸ばしている彼。けれど今、ここでは、ただの甘えん坊な子供のよう。このギャップを独り占めできる優越感。私は道具箱から、愛用の煤竹(すすだけ)の耳かきを取り出した。黒く光るその細い棒は、私の指の延長だ。

 

 そっと、彼の耳に入れる。彼はビクリともしない。絶対的な信頼。私が彼を傷つけるはずがないと、信じ切っている。

 

 カリ……コソ……。静寂な茶道室に、微かな音が響く。ししおどしの音。湯釜の湯が沸く音。そして、耳かきの音。

 

 これらは全て、彼と私のためだけの音楽だ。

 

 「……ん、ここですね。」

 

 指先に伝わる感触で、彼の疲れを探り当てる。耳の中は、正直だ。彼は疲れている。学園祭のような騒がしい日々、入り乱れる人間関係、そして彼自身の迷い。それらが、耳の奥に澱のように溜まっている。

 

 私はそれを、一つ一つ丁寧に取り除いていく。祓い清めるように。祈りを込めるように。

 

 (……他の女(ひと)のところへなど、行かなければよろしいのに)

 

 ふと、暗い独占欲が顔を出す。生徒会長の完璧さも、陸上部の明るさも、私にはないものかもしれない。けれど、彼女たちにこの「静寂」が作れるだろうか?彼を、繭(まゆ)の中に閉じ込めるように守り、癒やすことができるだろうか?

 

 いいえ、できない。彼を本当の意味で休ませることができるのは、私だけ。大和なでしこと呼ばれる私の、この「重たい」ほどの包容力だけ。

 

 私は空いている手で、彼の頬を包んだ。熱い。生きている人間の熱。氷の女王と呼ばれた私の手が、彼の熱で溶かされていく。

 

 「……ねえ、君」

 

 問いかけても、彼は答えない。心地よさそうに寝息を立て始めている。それでいい。言葉など、この空間には野暮なだけ。

 

 私は心の中で、彼に語りかける。君は知っていますか?茶道には「一期一会」という言葉があります。たとえ毎日会っていても、今のこの瞬間は、二度と巡ってこない。だからこそ、全身全霊で相手をもてなすのだと。

 

 私は今、その精神で君の耳を掃除しています。これが最後になっても悔いがないように。……いいえ、嘘をつきました。

 

 最後になんて、させません。明日も、明後日も、十年後も。君が私のお茶を飲み、私の膝で眠る未来を、私は諦めない。

 

 カリッ。少し深めに、耳の奥を掻く。彼が小さく身じろぎする。その反応さえ愛おしい。

 

 (……君を、このまま畳の下に隠してしまいたい)

 

 そんな妄想が頭をよぎる。神隠しのように、彼をここから出さず、ずっと私だけのものにしてしまえたら。お腹が空いたら、お菓子を作りましょう。喉が渇いたら、お茶を点てましょう。眠くなったら、膝を貸しましょう。外の世界のことなど忘れて、永遠にこの薄暗い部屋で、二人きりで……。

 

 ……ふふ。いけませんね。修養が足りません。でも、それほどまでに、今日の彼は魅力的すぎるのです。「一万円」という覚悟を持って、私を選んでくれた彼が。

 

 私は耳かきの梵天で、彼の耳を優しく撫でた。仕上げ。そして、マーキング。私の残り香を、彼の鼓膜に染み込ませる。

 

 「……じっとしていてくださいね。」

 

 反対側を向かせる。彼が私の帯に顔を埋める。私の中心に、彼の顔がある。心臓の音が伝わってしまいそうだ。

 

 でも、恥ずかしくはない。私の鼓動が、彼にとっての子守唄になるのなら、もっと激しく打ってもいい。

 

 時はゆっくりと流れる。影が伸び、部屋が茜色から群青色へと変わっていく。夜の帳が下りるその瞬間まで、私は彼を離さなかった。離せなかった。

 

 ◇

 

 別れの時は、静かに訪れた。彼が身を起こす。憑き物が落ちたような、清々しい顔をしている。私の膝の上で、彼は再生したのだ。

 

 私は炉の前に戻り、最後の一服を点てた。シャカシャカシャカ……。茶筅の音が、別れの挨拶の代わりに響く。

 

 彼が茶碗を受け取り、飲み干す。その所作は、初めて会った頃よりずっと洗練されていた。私の色に染まっている証拠。

 

 彼がお菓子を口にする。「想い人」。その銘に込めた私の気持ちに、彼は気づいただろうか。いいえ、気づかなくていい。言葉にすれば陳腐になる想いもある。口の中で溶けて、甘い余韻だけが残れば、それでいい。

 

 彼が帰り支度を整え、障子を開ける。外の空気が流れ込んでくる。魔法が解ける瞬間。

 

 「……君。」

 

 呼び止めずにはいられなかった。彼が振り返る。逆光の中に立つシルエット。

 

 私は正座したまま、彼をじっと見つめた。「……また、いらしてくださいね。……いつでも、お待ちしておりますから。」

 

 深く、深く頭を下げる。これは「茶道部の先輩」としての挨拶ではない。君の帰りを待つ「女」としての誓いだ。

 

 彼が出ていった後も、私はしばらく頭を上げたまま動けなかった。静寂が戻ってくる。けれど、それは以前のような冷たい孤独ではない。彼の温もりが残る、優しい静寂。

 

 私は懐紙入れの横に置かれた封筒を手に取った。一万円。彼の汗と、覚悟の結晶。

 

 「……使えませんね、こんな大切なもの。」

 

 私は封筒を胸に抱いた。これは、お守りにしよう。彼が私を一番に選んでくれた、記念すべき日の証として。

 

 私は立ち上がり、茶道室の窓を開けた。夜風が入り込む。中庭の向こう、校門の方へと歩いていく彼の背中が見える気がした。

 

 3年生・笹川佳。卒業までの時間は、そう長くはない。けれど、焦る必要はない。水が低い方へと流れるように、彼もまた、私の元へと還ってくるのだから。

 

 「……私の心は、いつも君と共にあります。」

 

 夜空に向かって呟く。月が綺麗だ。次の茶会には、彼にどんなお菓子を出そうか。もっと甘くて、もっと絡みつくような、忘れられない味にしよう。

 

 私の「おもてなし」は、まだ終わらない。君が完全に、この畳の上から離れられなくなるその日まで。




豆知識・笹川佳の見た目は高校生は思えない

ここから先の展開について、どういう方向性が見たいかのアンケートです。参考程度なので確定ではないです。

  • このままヒロインを増やし続ける
  • 主人公取り合いルート(親友視点)
  • 主人公取り合いルート(ヒロイン視点)
  • 各ヒロインルート書く
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