美少女たちが金を払えば耳かきをしてくれる。しかも好感度が高い   作:三重知貴

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中二病・刈谷千尋。ラブコメパート。

――世界は、いつだって残酷で、退屈だ。

 

 教室の窓から見える空は灰色で、クラスメイトたちの会話はノイズのように耳障り。私、刈谷千尋(かりや ちひろ)は、そんな無機質な日常に抗うために、「魔王」という鎧を纏った。眼帯、包帯、黒い手袋。難解な言葉を操り、見えない敵と戦うフリをする。そうしていれば、誰も私を傷つけないし、私も誰かを傷つけずに済む。「痛い子」と遠巻きにされることは、孤高の証だと言い聞かせてきた。

 

 でも、本当は知っている。鎧の下の私は、臆病で、寂しがり屋で、どこにでもいるただの1年生だということを。

 

 そんな私の「設定」を、唯一壊さずに、土足で踏み込んでくる人がいる。

 

 中学の文化祭。私はクラスの出し物の衣装係だったけれど、つい趣味全開でゴシックな衣装ばかり作ってしまい、クラスの女子たちから「こんなの着れないよ」と陰口を叩かれていた。居たたまれなくなって、一人で準備室の隅で泣きそうになっていた時。通りかかった先輩――彼が、私の作ったマントを手に取って言ったんだ。

 

『へえ、これすげーカッコイイじゃん。魔力が宿ってそう』

 

 バカにするでもなく、引くでもなく。まるで少年のようなキラキラした目で、私の「世界」を肯定してくれた。『俺、これ着て呼び込みしていい?』

 

 彼はそのマントを翻し、本当に廊下で「勇者求む!」なんて叫んで、客を集めてくれた。その背中を見た瞬間、私の世界の色が変わった。彼は、私のヒーロー(勇者)だ。魔王である私が、勇者に恋をするなんて、物語の理(ことわり)に反しているかもしれない。でも、止められない。

 

 だから私は今日も、彼がふらりと現れるのを待って、この旧校舎の空き教室に結界を張っているのだ。

 

 ◆

 

 放課後の「第2空き教室」。遮光カーテンで閉ざされた闇の中、私はLEDキャンドルの炎を見つめていた。右目の邪眼(カラコン)が乾いて痛い。でも、外すわけにはいかない。いつ彼が来てもいいように、完璧な「魔王」でいなくちゃ。

 

 ガララッ!

 

 突然、引き戸が開いた。心臓が跳ね上がる。逆光の中に立つシルエット。……来た。センパイだ。

 

 私は慌てて座り直し、マントを翻した。「ククク……」と不敵な笑みを浮かべる準備をする。また「ノート貸して」とか「購買のパンが売り切れだった」とか、そんな他愛のない話をしに来たに違いない。それだけで、私は一週間分の魔力(元気)をチャージできる。

 

 なのに。彼が懐から取り出したものを見て、私の思考回路はショートした。

 

 一万円札。しかも、新紙幣の渋沢栄一。キャンドルの明かりを受けて、ホログラムが虹色にギラついている。

 

 (……は? え、なに? お金?)

 

 状況が理解できない。センパイ、カツアゲされたの? それとも私に借金?いや、彼はそのお札を、私の目の前に突き出してきた。まるで、神への供物のように。

 

 そして、無言のままジェスチャーをする。自分の耳を指差し、次に私の膝――包帯とニーソのアシンメトリーな絶対領域――を指差す。

 

 ――契約だ。――一万円払う。俺を癒やせ。――そして、今日は「お前」だけだ。

 

 彼の瞳が、雄弁に語っていた。その目には、迷いがない。いつもの「陽気な先輩」の目じゃない。もっと切実で、熱っぽくて、獲物を狙うような「男」の目。

 

 (ちょ、まっ……ええええええ!?)

 

 内心で絶叫する。耳かき? 膝枕? 私に?しかも一万円って、高校生のお小遣いじゃありえない金額だよ!?センパイ、気でも触れたの!?

 

 「……な、なんだそれは。……光の勢力の、結界破りの護符か……?」

 

 声が震える。必死にキャラを保とうとするけれど、足がガクガクしているのが自分でもわかる。だって、センパイが。あの憧れのセンパイが、私にお金を払ってまで「触れたい」って言ってるんだよ?パニックにならないわけがない!

 

 彼は引かない。無言で、もう半歩、距離を詰めてくる。いわゆる「圧」。上級生特有の、有無を言わせないオーラ。

 

 (ち、近い! 顔がいい! 無理無理無理!)

 

 私は後ずさりしようとしたけれど、後ろは黒板だ。逃げ場がない。彼の視線が、私の眼帯、包帯、そしてスカートの裾をなめるように移動する。

 

 (うぅ……断れない……!)

 

 私は「押しに弱い」。設定上は「最強の魔王」だが、中身はただの小心者の後輩だ。大好きな先輩に、こんなに熱烈に求められて、断れるはずがない。それに……。

 

 彼から、他の女の匂いがしない。いつもなら、生徒会長の紅茶の匂いや、運動部の汗の匂いが微かにするのに。今日の彼は、無臭だ。いや、夕暮れの風の匂いだけがする。

 

 つまり、彼は今日、本当に私だけのところに来たんだ。生徒会長でも、アイドルでもなく。この「痛い」後輩を選んでくれたんだ。

 

 その事実に気づいた瞬間、拒絶する言葉なんて全部消し飛んだ。「……貴様がどうしてもと言うなら、特例として契約を結んでやろう」

 

 精一杯の強がり。心臓が口から飛び出しそう。一万円を受け取る手が、汗で滑りそうだ。

 

 ◆

 

 「……さあ、贄(にえ)となるがよい。」

 

 震える声で告げると、彼は迷わず私の膝に頭を乗せてきた。ドサッ。(ひゃうっ……!)

 

 変な声が出そうになるのを必死で堪える。重い。男の人の頭って、こんなに重いの?そして、熱い。包帯越し、ニーソックス越しに、彼の体温がダイレクトに伝わってくる。まるで火傷しそうだ。

 

 彼を見下ろすと、そこには無防備な寝顔があった。目を閉じ、力を抜き、私に全てを委ねている。

 

 (……信じらんない。無警戒すぎでしょ、センパイ)

 

 教室ではあんなに快活で、みんなの中心にいるセンパイが。今は私の膝の上で、借りてきた猫みたいに大人しくなってる。この独占欲。この優越感。ヤバい。ニヤけそう。

 

 でも、同時に凄まじいプレッシャーが襲ってくる。耳かきなんて、自分以外にしたことない。もし失敗して痛がらせたら?「やっぱり下手だな」って幻滅されたら?「一万円の価値ないな」って思われたら?嫌われる。それだけは絶対に嫌だ!

 

 (落ち着け、千尋。お前は魔王だ。深淵の支配者だ。耳垢の一つや二つ、消し去れないでどうする!)

 

 私は手袋を外し、素手になった。通販で買ったドクロ付きの耳かきを取り出す。手が震えて、チェーンがカチャカチャと鳴る。うるさい。私の緊張が音になって漏れてるみたいだ。

 

 「……術式展開。……深淵の探求(ディープ・ダイブ)。」

 

 震える手で、彼の耳に挿入する。指先が彼の耳たぶに触れる。ビクッと彼が反応しないかヒヤヒヤする。でも、彼は静かに受け入れている。

 

 (……あ、先輩の髪、意外とサラサラしてる)

 

 耳掃除をしながら、空いた手で彼の髪に触れてみる。普段は遠くから眺めることしかできなかったセンパイ。文化祭の時、マントを羽織って笑ってくれたセンパイ。その人が今、私の手の中にいる。

 

 涙が出そうになった。嬉しい。本当に、夢みたいだ。

 

 「……くっ、手強いな。……貴様の耳には、千年級の怨念がこびりついているようだ……」

 

 嘘をついた。怨念なんてない。綺麗な耳だ。でも、そうでも言わないと、この甘い空気に耐えられそうになかった。間が持たない。私の心臓の音が、彼に聞こえてしまいそうで怖い。

 

 (……バレてないよね? 私がテンパってること)

 

 チラッと顔を見る。彼は目を閉じたまま、穏やかな顔をしていた。よかった、寝てるのかも。

 

 少し安心して、作業を続けようとした時。彼がパチリと目を開けた。至近距離で、視線が絡む。

 

 (ひいっ!)

 

 彼は無言で、自分の耳を指差し、次に私の口元を指差した。ジェスチャー。「フーッとしてくれ」。

 

 (は…………ぁ!?)

 

 思考が停止した。え、待って。なにその要求。息を吹きかけろってこと?耳の中に?私の息を?

 

 「……き、貴様、何を求めている……? 風の精霊の加護をよこせと……?」

 

 動揺して声が裏返る。顔から火が出るどころか、全身が沸騰しそうだ。そんなの、恋人同士がやるやつじゃん!あるいは、かなり上級者向けのプレイじゃん!私みたいな初心者に、いきなりハードル高すぎでしょセンパイ!

 

 でも、彼は真剣な眼差しで頷いた。引かない。絶対に引かない構えだ。一万円払ったんだから、それくらいのサービスは当然だろ、という無言の圧力。

 

 (……うぅ、このドS! 変態! 好き!)

 

 拒否したい。恥ずかしすぎて死にそう。でも、断ったらセンパイが悲しむかもしれない。それに……私も、ちょっとやってみたいかも。センパイがどんな反応するか、見てみたい。

 

 「……わかった、わかったから! ……特別だぞ!」

 

 私は観念した。顔を近づける。彼の耳が目の前にある。彼の匂いがする。男の人の匂い。頭がクラクラする。

 

 「……ふーっ」

 

 精一杯の「黒き息吹」。自分でも驚くほど、熱い息が出た。彼がビクンと大きく震える。その反応を見て、私は恥ずかしさで爆発した。

 

 (わあああああ! やっちゃった! やっちゃったよ!)

 

 すぐに離れる。ぜぇ、はぁ、と息が上がる。何これ。何の拷問?私の方がダメージ受けてるんですけど!

 

 でも、彼は満足そうだった。とろけるような顔で、恍惚としている。「ありがとう」と言わんばかりに、目が潤んでいる。

 

 その顔を見たら、ストンと腑に落ちた。ああ、この人は、私のこと「痛い子」だなんて思ってない。私の「設定」も、「不器用さ」も、全部ひっくるめて楽しんでくれてるんだ。

 

 (……ズルいなぁ、センパイは。)

 

 こんなの見せられたら、もっと好きになっちゃうじゃん。魔王の仮面なんて、とっくに剥がれ落ちてる気がする。今の私は、ただの恋する後輩だ。

 

 反対側の耳に移る。今度は彼が私の方を向く。カーディガンのボタンが、彼の鼻先に触れる距離。私の鼓動が、彼に伝わってしまいそうだ。

 

 「……右耳には、さらに凶悪な魔獣が……」

 

 震える声で実況を続ける。もう、何を言ってるのか自分でもわからない。でも、やめるわけにはいかない。この時間が、永遠に続けばいいのに。

 

 センパイ。知ってますか?私、センパイのこと、ずっと見てたんですよ。センパイが他の女の人と仲良くしてるのを見て、悔しくて、枕を濡らした夜もあったんですよ。だから、今日。私を選んでくれて、本当に、本当に嬉しかった。一万円なんていらない。センパイがここにいてくれるだけで、私は世界征服した気分になれるんです。

 

 ◆

 

 儀式が終わった。彼は起き上がり、スッキリとした顔で私を見た。憑き物が落ちたみたい。私の拙い魔法でも、彼を救えたのかな。

 

 「……ふん。どうだ。……我が浄化の力、思い知ったか。」

 

 精一杯の強がり。涙声にならないように必死だった。

 

 彼は深く頷き、手を合わせた。そして、懐からさらに千円札を取り出そうとした。オプション料? チップ?

 

 (まだ出すの!? もう勘弁して!)

 

 私は慌てて止めた。これ以上は無理。私のキャパシティがオーバーフローする。これ以上もらったら、本当にセンパイの奴隷になっちゃう。

 

 彼は素直に千円をしまい、立ち上がった。帰ってしまう。寂しい。行かないで。もっとここにいて。喉まで出かかった言葉を、必死で飲み込む。

 

 彼は出口で振り返り、無言でサムズアップをした。「また来る」の合図。キラリと光る歯が見えた気がした。カッコよすぎる。

 

 「……ま、また来るがよい。」

 

 私は震える声で告げた。「……貴様の魂が、再び闇に染まった時は……。……我が、祓ってやらんこともない。」

 

 ガララッ、と扉が閉まる。彼が去った後の教室。静寂が戻ってくる。

 

 私はその場にへたり込んだ。全身の力が抜けて、スライムみたいになる。手袋を外し、自分の熱い頬を冷やす。

 

 「……はぁ、はぁ……。死ぬかと思った……」

 

 独り言が漏れる。心臓がまだバクバクしている。膝には、彼の頭の重みが残っている。カーディガンのポケットには、一万円札。

 

 取り出してみる。センパイの体温が移っている気がする。これは契約金だ。彼が私を「指名」した証。

 

 (……また来るって、言ったよね?)

 

 サムズアップ。あれは嘘じゃないはずだ。センパイは、私のこの「痛い」儀式を気に入ってくれたんだ。

 

 私は立ち上がり、窓のカーテンを少しだけ開けた。夕闇の中、校門へと歩いていく彼の背中が見える。小さくなっていくその姿を目で追いながら、私は決意した。

 

 (……もっと、練習しなきゃ。)

 

 耳かきも。膝枕も。もっと上手くなって、センパイをメロメロにしてやる。あの生徒会長にも、幼馴染にも負けないくらいの、「闇の安らぎ」を与えてやるんだから。

 

 「……フフフ。愚かな光の住人め。」

 

 私は窓ガラスに映る自分に向かって、ニヤリと笑った。眼帯の下の素顔は、きっとだらしなく緩んでいるだろう。

 

 「……もう逃さないぞ。……貴様は、この魔王・刈谷千尋の『最愛の眷属(しもべ)』になったんだからな。」

 

 中二病・刈谷千尋。彼女の孤独な戦いは、今日で終わった。これからは、「大好きな先輩」と共に歩む、新しい物語(ラブコメ)が始まるのだ。

 

 さあ、次はどんな儀式で彼をもてなそうか。拘束魔法? それとも魅了の魔眼?妄想は尽きない。私の闇の力(恋心)は、今まさに覚醒したばかりなのだから。




豆知識・忘れてるけど主人公はラブコメパートにおいて最強

ここから先の展開について、どういう方向性が見たいかのアンケートです。参考程度なので確定ではないです。

  • このままヒロインを増やし続ける
  • 主人公取り合いルート(親友視点)
  • 主人公取り合いルート(ヒロイン視点)
  • 各ヒロインルート書く
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