美少女たちが金を払えば耳かきをしてくれる。しかも好感度が高い 作:三重知貴
――世界は、いつだってピントがずれている。
私たちを見る人々の目は、いつも膜が一枚張っているようだ。教室でも、廊下でも、教師たちでさえも。「浜奈さんたち」「双子ちゃん」「どっちがどっち?」。そんな言葉が、挨拶代わりに投げかけられる。悪気がないのはわかっている。人間は、情報の処理を効率化したがる生き物だから。似ているものはまとめる。区別がつかないものは同じ箱に入れる。それは生物としての生存本能であり、脳のリソースを節約するための省エネ術だ。
だから、私たちは諦めている。いちいち訂正するのは面倒くさい。カロリーの無駄だ。「私が恵里菜です」「私が友理奈です」と名乗ったところで、翌日にはまた間違えられる。その徒労感を味わうくらいなら、私たちは「二人で一つ」の存在として、曖昧な輪郭のまま生きていくことを選んだ。
期待しない。求めない。主張しない。
それが私たちの処世術であり、この気怠げな(ダウナー)態度の正体。私たちは鏡の中でお互いだけを見つめ合い、自己完結した世界でまどろんでいれば、それで幸せだった。私たちを区別できない世界なんて、私たちにとってもどうでもいい世界なのだから。
……はずだった。
あの男の子が――私たちの鏡を割り込んでくるまでは。
◆
放課後の視聴覚準備室。彼が去った後の部屋は、急速に闇に沈んでいく。埃っぽい空気と、古い機材の匂い。けれど、寒くはない。カーペットの上には、まだ彼の体温の残滓がある。そして、私たちの胸ポケットには、彼が置いていった「重み」がある。
私たちは、どちらからともなく身を寄せ合い、再びカーペットの上に転がった。右に私、恵里菜。左に私、友理奈。いつもの定位置。けれど、二人の間には、見えないけれど確かな「彼」の気配が挟まっている。さっきまで、ここに彼の頭があった。私たちの太ももを枕にして、無防備に晒されていた彼の命の重み。
「……ねえ、恵里菜。」 「……なあに、友理奈。」
私たちは天井のシミを見つめながら、同じタイミングで瞬きをした。心臓の鼓動が、少しだけ早い。いつもなら、この時間は泥のように眠っているはずなのに、今日は神経が冴え渡っている。
「……あの子、バカだよね。」 「……うん、大バカ。計算ができない人。」
言葉は悪態だけれど、声色は甘い。口元が勝手に緩んでしまうのを止められない。
今日、彼はここに来た。二つの封筒を持って。一万円が入った封筒を、二つ。計二万円。
高校生にとって、それがどれだけの大金か。何日バイトをすれば稼げる額か。私たちは知っている。彼が決して裕福なわけではないことも、日々のお昼代を節約していることも、噂で聞いている。
それなのに、彼は支払った。「二人セットだから割引」とか、「同じ顔だから一人分でいい」とか、そんな効率的な考えは彼にはない。彼は、私たちを「二人」として扱った。恵里菜には恵里菜の価値を。友理奈には友理奈の価値を。それぞれの対価として、満額を提示した。
(……ほんと、変な人)
私たちは心の中で苦笑する。でも、その不器用な誠実さが、どうしようもなく胸を打つ。
世の中の人は、私たちを「ニコイチ」の商品として見る。一つ買えば、もう一つオマケでついてくるお得なパック。でも彼は違う。別々の「宝石」として、それぞれに値段をつけてくれた。その封筒の厚みは、そのまま彼の「認識の重さ」だ。その事実だけで、私たちはご飯3杯……はいけないけど、丸一日寝ていられるくらい満たされた気分になる。お金が欲しいわけじゃない。彼が「何かを削ってでも、私たち二人に報いたいと思った」という事実が、最高の栄養分なのだ。
◆
「……見分けられたね、今日も。」「……うん。迷わなかった。一秒も。」
友理奈が嬉しそうに呟く。そう、そこが一番の重要ポイントだ。お金よりも、何よりも。
彼が私たちの部屋に入ってきた時。私たちはあえて、何も名乗らなかった。髪型も同じ、服装も同じ、寝転がるポーズも同じ。親でさえ、遠目には間違えることがあるこの状況。意地悪なテストだったかもしれない。もし彼が間違えたら、適当にあしらって帰そうと思っていた。
けれど、彼は間違えなかった。右手を私の頬に、左手を友理奈の頬に伸ばし、確信を持って頷いた。その瞳には、「当てる」というギャンブルの要素は微塵もなかった。「知っている」という、当たり前の事実確認だけがあった。まるで、リンゴとミカンを見分けるかのように当然に。
(……どうしてわかるんだろう。)
不思議で仕方がない。私には私の、友理奈には友理奈の「魂の波長」があるなんて、彼は言うけれど。そんなもの、私たち自身にだって見えないのに。鏡を見ても、自分たちがどっちなのか時々わからなくなることさえあるのに。
でも、彼の目は特別だ。彼の目を通すと、私たちは「鏡像」ではなくなる。私は「姉の恵里菜」という輪郭を持ち、友理奈は「妹の友理奈」という色彩を帯びる。彼に見つめられると、輪郭線がくっきりとする。自分が自分であっていいのだと、許可されたような気持ちになる。世界中でたった一人、彼だけが持っている魔法の瞳。それを独占したいと思うのは、罪だろうか。
「……ねえ、あの時の感触、覚えてる?」「……覚えてる。右耳、赤くなってた。」「……左耳は、熱くなってた。」
耳かきの時間を思い出す。二人の太ももの間に、彼の頭が沈み込んだ時の感覚。W膝枕。男の子の夢だなんて言うけれど、私たちにとってもそれは特別な儀式だった。
恵里菜である私は、彼の右側を担当した。理性的で、静かなアプローチ。姉として、彼を包み込み、癒やしてあげるというスタンス。彼の耳の中は、正直だった。緊張と、緩和と、そして快感が入り混じって、ピクピクと反応する。それを指先で感じるたびに、支配欲のようなものが満たされていった。私が彼をコントロールしている。私が彼を気持ちよくさせている。その全能感は、何にも代えがたい。
友理奈である私は、彼の左側を担当した。本能的で、甘えるようなアプローチ。妹として、彼に絡みつき、依存するというスタンス。彼の手を握り、耳たぶを弄り、私の存在を刻み込む。彼が困ったように、でも嬉しそうに反応するのが楽しくて仕方がなかった。私が彼を惑わせている。私が彼を捕まえている。その独占感は、甘い蜜のようだった。
「……私達、性格悪いよね。」「……うん。彼を混乱させて楽しんでた。」「……でも、彼も喜んでた。」「……ドMなのかな。」
右と左から、別々の刺激を与える。彼が処理しきれずにフリーズする様子は、最高に可愛かった。普段はあちこちの女の子のところへ行っている「遊び人」のくせに、私たちの前では手も足も出ない。ただ、挟まれて、翻弄されて、されるがままになっている。
その無力な姿が、愛おしい。もっと困らせたい。もっと私たちで埋め尽くしたい。彼の脳内のメモリを、全部「浜奈姉妹」で埋め尽くして、他の女の子のことなんて考えられないようにしてやりたい。
◆
「……あの時さ」友理奈が、天井に手を伸ばしながら言った。「……彼、私たちのこと『選べない』って言ったよね。」
そう。私たちが「どっちが好き?」と聞いた時。究極の二択。普通なら、どちらかを選ぶか、あるいは答えを濁すかだ。でも彼は、私たちの手を握り、首を横に振った。「両方だ」と。「両方いなきゃダメだ」と。
「……強欲だよね。」「……うん。最低の浮気者。」「……でも、正解。」
もしあそこで、彼がどちらかを選んでいたら。私たちはきっと、彼を部屋から追い出していただろう。たとえ選ばれたのが自分だったとしても、もう片方が傷つくような選択をする人を、私たちは許さない。私たちは二人で一つ。私の半身を否定することは、私を否定することと同じだから。
彼はわかっているのだ。恵里菜と友理奈は、二人で一つの世界を作っているということを。片方だけを切り離すことは、ナイフで体を半分に切るようなものだと。
彼は、私たちの「不可分性」を尊重し、その上で「個」を愛してくれた。「二人とも必要だ」という言葉は、私たちにとってのプロポーズのようなものだ。私たちは二人とも、彼に選ばれたのだ。
(……他の女の子には、悪いけど。)(……譲る気なんて、さらさらないよね。)
私たちは視線を交わし、ニヤリと笑った。生徒会長も、幼馴染も、アイドルも。彼女たちは「一人」で戦っている。でも、私たちは「二人」だ。癒やしの量も2倍。甘えの量も2倍。そして、逃げ場を塞ぐ壁の厚さも2倍。
彼がこの「W膝枕」の味を知ってしまった以上、もう他のシングル膝枕では満足できなくなるはずだ。左右からの同時攻撃(ステレオ・アタック)。あんな贅沢な体験、他では絶対に味わえない。私たちは、彼の感覚を書き換えてしまったのだ。もう、私たちなしでは満たされない体に。
◆
ポケットから封筒を取り出す。二人分の一万円札。並べてみる。どちらも同じ顔(栄一)だけど、私たちには輝いて見える。これは、彼の一部だ。彼の労働、彼の時間、彼の生命力が変換されたもの。
「……これ、どうする?」「……使えないよね。」「……うん。重すぎる。」
コンビニでお菓子を買うのとはわけが違う。これは、彼からの「貢ぎ物」であり「契約金」だ。
「……貯金?」
「……うーん。何か、お揃いのもの買おうか。」
「……彼を縛るための、鎖とか?」
物騒な冗談を言い合って、私たちは声を殺して笑った。鎖なんていらない。私たちはもう、見えない糸で彼をぐるぐる巻きにしている。彼もまた、自分からその糸に絡まりに来たのだから、自業自得だ。
「……ねえ、恵里菜」友理奈が、私の手を握った。その手は少し湿っていて、熱い。「……もし、世間が『どっちか一人を選べ』って言ったら、どうする?」
それは、私たちがずっと避けてきた問い。双子の宿命。恋愛において、最後は一対一にならなければならないという社会のルール。倫理観。法律。常識。それらが私たちを引き裂こうとする日が来るかもしれない。
私は天井を見上げたまま、淡々と答えた。「……選ばせないよ」
友理奈の手を強く握り返す。痛みを感じるくらい、強く。
「……彼には、そんな残酷なことさせない。私たちを切り離そうとする世界なら、世界の方を拒絶する。」
「……だよね」
「……うん。私たちは、二人で彼を愛するの。二人で彼を囲い込むの。」
世間の常識なんて、この視聴覚準備室には届かない。ここは私たちの王国だ。王様(彼)は一人でも、お妃様は二人いたっていい。むしろ、その方が彼も幸せになれるはずだ。私たちがそう決めたのだから、そうなる。誰も不幸にならない、たった一つの結末。
「……彼、また来るかな。」
「……来るよ。サムズアップしてたもん。」
「……ぷっ。あんな古いポーズ、真顔でやってたね。」
「……うん。ダサくて、可愛かった。」
彼の帰り際の姿を思い出して、愛しさがこみ上げる。私たちの「お仕置き」という誘惑に対して、彼は逃げるどころか、親指を立てて応えた。あの男の子は、見た目以上にタフで、そして強欲だ。私たちの愛の重さを、受け止める気満々だ。
(……覚悟してね)
私たちは心の中で彼に語りかける。これまでは、ただの「クラスメイトの双子」だったかもしれない。背景にいるモブだったかもしれない。でも、これからは違う。私たちは、君の人生に寄生する、甘い毒になる。
恵里菜の静けさという沼。友理奈の熱情という沼。二つの沼が繋がって、巨大な湖になったら、もう泳ぎ切ることはできない。ただ、ぷかぷかと浮かんで、沈んでいくしかないのだ。私たちが沈ませないように、ずっと支えてあげるから。
◆
「……お腹すいたね。」「……うん。帰ろうか。」
私たちは起き上がり、互いの制服を整え合った。髪を撫で、襟を直し、リボンの歪みを正す。完全に「対称(シンメトリー)」な姿に戻る。完璧な双子。誰にも見分けられない、美しいコピー。でも、中身はもう以前とは違う。「彼に見分けられた」という自信が、私たちの背筋を少しだけ伸ばしてくれる。
学校を出て、夜道を歩く。並んで歩く足音も、呼吸のリズムも、すべてが重なる。街灯の下、二つの影が長く伸びて、やがて一つに溶け合う。
周りから見れば、不気味なほど似ている双子だろう。何を考えているかわからない、暗い二人組だろう。
でも、今の私たちは孤独じゃない。私たちの違いを知っている人が、この世界のどこかにいる。私たちの名前を、迷わずに呼んでくれる人がいる。それだけで、夜道が少し明るく見える。世界が少しだけ、優しく見える。
「……次に来た時は、もっと凄いことしちゃう?」友理奈が悪戯っぽく笑う。
「……たとえば?」「……うーん。四つの手で、全身マッサージとか」「……彼、死んじゃうかも」「……ふふ。そしたら、骨まで愛してあげる。」
物騒で、甘い会話。これが私たちの日常。私たちの愛は、重くて、暗くて、そしてどこまでも深い。
「……待ってようね。」「……うん。爪、研いでおく、」「……耳かきも、新しいの買おうか。もっと気持ちいいやつ。」
私たちは手を繋いだ。その手の温もりは、私たち自身のものであり、彼のものでもあるような気がした。
同級生・浜奈姉妹。二人の魔女は、今宵、一人の少年という「獲物」を共有する喜びを知った。この幸せな共犯関係は、誰にも邪魔させない。
「……大好きだよ」「……愛してるよ」
夜空に向かって、同時に呟く。二つの声が重なり、一つの祈りになって、星空へと吸い込まれていった。
私たちの世界は、もう閉じた円環じゃない。彼を含めた、三角形(トライアングル)。一番安定して、一番強い形。
さあ、次はどんな風に彼を挟んであげようか。想像するだけで、明日からの退屈な授業も、少しは楽しめそうな気がする。私たちの「まどろみの王国」への招待状は、彼にしか渡さないのだから。
私たちの瞳に映るのは、もう鏡の中の自分たちだけじゃない。あの、少し間の抜けた、でも愛おしい彼の笑顔だけだ。彼がまた、ふらりと迷い込んでくるその時まで。私たちは、とびきりの静寂と熱情を用意して、眠ったフリをして待っていよう。
豆知識・2人でひとつ
本年もよろしくお願いいたします。
ここから先の展開について、どういう方向性が見たいかのアンケートです。参考程度なので確定ではないです。
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このままヒロインを増やし続ける
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主人公取り合いルート(親友視点)
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主人公取り合いルート(ヒロイン視点)
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各ヒロインルート書く