美少女たちが金を払えば耳かきをしてくれる。しかも好感度が高い   作:三重知貴

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王子様・桜花神楽。耳かきパート

懐の温かさは、勇気の質量に比例する。長きにわたる労働(バイト)の対価として手に入れた、分厚い封筒。その中身は、単なる紙切れではない。日常の殻を破り、関係性を次のステージへと押し上げるための最強の「触媒」だ。

 

 僕には、どうしても超えたい一線があった。学園の頂点に君臨する「王子様」こと、3年生の桜花神楽先輩。彼女とは、委員会活動やちょっとした雑務を通じて、それなりの交流がある。廊下ですれ違えば親しく言葉を交わすし、彼女がふと見せる「疲れ」や「素の表情」を垣間見ることもある。おそらく、僕は彼女にとって「ただの後輩」以上の、ある程度心を許せる存在にはなれているはずだ。

 

 だが、そこから先へ進めない。彼女の周りには常に「王子様」としての完璧な城壁があり、取り巻きの女子生徒たちという堀がある。そして何より、彼女自身がその役割を演じることに徹しているため、親しい友人という距離感から、一歩踏み込んだ「共犯者」になるきっかけが掴めずにいた。

 

 だからこそ、僕は今日、この「弾薬」を用意した。言葉や態度だけでは崩せない壁を、圧倒的な「誠意(物理)」で突破する。金がある。時間もある。そして、彼女が僕に抱いてくれているはずの好意(アドバンテージ)もある。

 

 僕は放課後のチャイムと共に、彼女がいるであろう場所へと向かった。学園のメインストリート、通称「凱旋通り」。夕日を背に、彼女はいつものように歩いていた。

 

 桜花神楽(おうか かぐら)。

 

 170センチを超える長身に、モデルのようなスラリとした手足。腰まで届く艶やかな黒髪は、歩くたびに夜の海のように波打ち、切れ長の涼しげな瞳が周囲を一瞥するだけで、女子生徒たちが黄色い悲鳴を上げる。制服の着こなしは校則通りでありながら、どこか男装の麗人を思わせる気品と色気がある。スカートを履いているはずなのに、まるで燕尾服を纏っているかのような錯覚。まさに「学園の王子様」。

 

 「神楽さま!」「先輩、素敵です!」

 

 飛び交う歓声に、彼女は優雅に手を振り、微笑みだけで応える。その笑顔は完璧だが、僕にはわかる。その瞳の奥に、微かな疲労と、「早く一人の女の子に戻りたい」という渇望が潜んでいることを。

 

 僕は人混みには混ざらず、少し離れた柱の陰で彼女を待った。彼女の視線が、群衆の上を滑り、ふと僕のいる場所で止まる。目が合った。その瞬間、彼女の「営業用スマイル」が、ふっと柔らかい「素の微笑み」に変わる。(……あ、君か)

 

 そんな声が聞こえてきそうな、親愛の情を含んだ眼差し。それだけで、僕の心臓は早鐘を打つ。やはり、僕は彼女にとって特別な「モブ」なのだ。

 

 彼女は取り巻きたちを優しく、しかし手際よく解散させると、一人で旧校舎への渡り廊下へと向かった。僕はその背中を追う。彼女も、僕がついてきていることに気づいているはずだ。あえて振り返らず、少し歩調を緩めてくれているのがその証拠だ。

 

 彼女は旧校舎の最上階、普段は誰も使わない「第3音楽室」の前で足を止めた。ここが、彼女の城であり、僕たちが時折言葉を交わす密会場所(セーフハウス)。

 

 神楽先輩が振り返る。夕日を背負ったその姿は、神々しいほどに美しい。

 

「……やあ。またついてきたのかい? 可愛いストーカーさん」

 

 声まで麗しい。低すぎず高すぎない、チェロのような深みのあるアルトボイス。からかうような口調だが、そこには拒絶の色はない。むしろ、待ちわびていたような響きがある。

 

 僕は無言で、一歩前に出た。そして、懐から「誠意」を取り出した。

 

 一万円札の束が入った、分厚い封筒。いつものように「手伝いますよ」とか「お疲れ様です」といった言葉ではない。今日は、形ある「対価」を提示する。

 

 僕は封筒を両手で恭しく差し出し、自分の耳を指差し、次に彼女の膝――今は制服のスカートに隠されている、高貴なる絶対領域――を指差した。そして、視線で「第3音楽室」の中を示す。

 

 「今日は客として来ました。金を払います。だから俺に耳かきをしてくれ。そして、あなたの本当の顔を、もっと深く見せてくれ」。そんな不敬極まりない、しかし切実な欲望を、瞳の輝きだけで伝える。

 

 神楽先輩は、僕と封筒を交互に見た。一瞬、驚きに目を見開く。僕がこんな大胆な行動に出るとは思っていなかったのだろう。だが、すぐにその表情は、悪戯っぽいものへと変わった。

 

 彼女は、口元に手を当て、クスクスと肩を揺らして笑った。その笑い方は、「王子様」のものではない。気心の知れた相手にだけ見せる、無防備な少女の笑い方だ。

 

「……ふふ。君って子は、本当に予想外だね」

 

 彼女は封筒を受け取らなかった。代わりに、僕の手首をスッと掴んだ。その力は強く、熱い。

 

「私の時間を買うつもりかい? ……それとも、私の『秘密』のパトロンにでもなりたいのかな?」

 

 彼女は僕の顔を覗き込む。距離が近い。バラの香水の奥に、甘いお菓子のような匂いがする。

 

「いいだろう。……君のその『勇気』と、いつも私に向けてくれる『熱視線』に免じて、特別に入室を許可しよう。……ただし」

 

 彼女は顔を寄せ、僕の耳元で囁いた。その吐息が、鼓膜を直接撫でる。

 

「……今日はお友達としてじゃなくて、私の『所有物』として可愛がってあげる。……逃げ出さないって、誓えるかい?」

 

 望むところだ。僕は強く頷いた。彼女は満足そうに微笑み、ガチャリと重い錠を開けた。

 

 ◆

 

 重厚な防音扉が閉まる。世界から音が消える。そして、僕は目の前に広がる光景に、何度見ても息を呑む。

 

 そこは、音楽室ではなかった。いや、かつては音楽室だったのだろうが、今は物理法則がねじ曲がったかのような「別世界」へと改変されていた。僕も何度か入ったことはあるが、今日見る景色は、いつもより一層鮮やかに感じる。

 

 ピンク。白。パステルカラー。フリル。レース。部屋中を埋め尽くす、数え切れないほどの「ぬいぐるみ」たち。人間の背丈ほどもある巨大なテディベア、ふわふわのウサギ、ドレスを着たフランス人形、瞳の大きなビスクドール。グランドピアノの上にも、指揮台の上にも、黒板の前にも、所狭しと「可愛いもの」が鎮座している。床には毛足の長い真っ白な絨毯が敷かれ、天蓋付きのソファセットまで置かれている。

 

 ここは、お姫様の部屋だ。それも、幼女趣味全開の、メルヘンチックな夢の国。「学園の王子様」の隠れ家が、これ。この秘密を知っているのは、学園広しといえど、おそらく僕だけだ。

 

「……ようこそ。私の『お茶会』へ」

 

 振り返ると、神楽先輩の雰囲気が変わっていた。先程までの鋭い眼光は消え、とろけるような甘い表情になっている。彼女は近くにあった大きなウサギのぬいぐるみを抱きしめ、その頬にすりすりと自分の頬を寄せた。

 

「……紹介するね。この子はラビちゃん。あそこのクマさんはベア伯爵。……まあ、君はもう知ってるか」

 

 声が高い。いつもの凛々しいアルトボイスではなく、甘えたようなソプラノ。彼女は僕を見て、小首を傾げた。

 

「……今日は『お客さん』なんだよね? じゃあ、特等席へどうぞ」

 

 僕は促されるままに、天蓋付きソファへと腰を下ろした。フカフカだ。体が沈み込む。いつもは、ここで彼女の愚痴を聞いたり、紅茶を飲んだりするだけだった。だが今日は違う。僕は「一万円」を提示した、契約者だ。

 

 神楽先輩は、封筒をサイドテーブルに置いた。そして、スカートの裾をふわりと広げて、ソファの上に座った。僕の隣ではない。ソファの上に足を上げ、横座りになり、自分の太ももをポンポンと叩いた。

 

「……ほら。膝枕、なんでしょう?」

 

 その仕草は、あまりにも自然で、そしてあまりにも魅惑的だった。普段の「良き先輩」としての距離感が崩壊する音がした。僕は靴を脱ぎ、その魅惑のクッションへと頭を預けた。

 

 ――柔らかい。

 

 知っていたはずだ。彼女が女性であることを。だが、実際に触れるその感触は、想像を絶するほどに柔らかく、温かかった。筋肉質な理緒とも、華奢な静とも違う。「ふんわり」としている。上質なスカート生地の下にある太ももは、マシュマロのような弾力を持ち、僕の頭を優しく受け止める。これが、「王子様」の膝?いや、これが「桜花神楽」という一人の少女の、無防備な素肌の感触か。

 

 見上げると、彼女が僕を覗き込んでいた。長い黒髪が僕の顔に降り注ぐ。漂ってくるのは、高貴なバラの香水と、ぬいぐるみたちの甘いコットンの匂い。その瞳は、いつもの「信頼できる後輩」を見る目ではない。「愛しい所有物」を見る目だ。

 

「……よしよし。いい子だね」

 

 彼女の手が、僕の髪を撫でる。優しい。慈愛に満ちている。だが、その手つきは人間に対するものというより、愛玩動物や、大切にしている人形に対する手入れ(グルーミング)に近い。

 

 彼女はサイドテーブルの引き出しから、一本の耳かきを取り出した。先端に、ふわふわの白い梵天がついた、パステルピンクの耳かき。持ち手にはラインストーンでハートマークが描かれている。ファンシーすぎる。彼女が持つと、シュールレアリスムの絵画のようだが、この部屋ではそれが正装だ。

 

「……じっとしててね。……動いたら、ベア伯爵に食べさせちゃうよ?」

 

 冗談めかして言うが、目が笑っていない(いや、笑っているのだが、瞳の奥がドールのように据わっている)。彼女にとって、この空間のルールは絶対なのだ。僕は黙って頷いた。

 

 スゥッ。ピンクの耳かきが挿入される。

 

 「……んっ、入った」

 

 彼女が小さく呟く。手つきは、意外にもぎこちない。生徒会長のようなプロフェッショナルな技術はない。だが、その「慎重さ」が逆に心地よい。壊れ物を扱うような、繊細なタッチ。彼女が僕を大切にしてくれていることが、指先から伝わってくる。

 

 カリ、カリ。彼女は僕の耳の中を探りながら、ブツブツと独り言を言う。

 

「……君の耳、可愛い形をしてるね。……前から思ってたんだ」 「……廊下ですれ違う時も、会議をしてる時も……ずっと、触ってみたいなって思ってた」

 

 ドキリとした。彼女もまた、僕に対してそんな視線を向けてくれていたのか。「先輩と後輩」という立場に縛られていたのは、僕だけではなかったのかもしれない。

 

「……ねえ、マリー。この子の耳、貸してあげようか?」

 

 ピアノの上の人形に話しかけている。怖い。でも、ゾクゾクする。僕は今、彼女の「おままごと」のメインキャストとして選ばれたのだ。学園の王子様が、こんな風に人形遊びに興じているなんて、誰が想像できただろう。いつもは「しっかり者の先輩」である彼女が、僕の前でだけ幼児退行し、甘い妄想に浸っている。そのギャップに、僕は陶酔した。

 

「……あ、ここ? ここが気持ちいいの?」

 

 彼女が僕の反応を見て、嬉しそうに笑う。その笑顔は、廊下で見せる営業用スマイルとは別物だ。年齢相応の、いや、もっと幼い少女のような、無防備で愛らしい笑顔。

 

 彼女の手が、僕の頬に触れる。指が長い。爪は綺麗に整えられているが、マニキュアはしていない。その素朴な指先が、僕の肌を滑る。

 

「……君は、喋らないから好きだよ」

 

 耳掃除をしながら、彼女がポツリと言った。

 

「……みんな、私に『言葉』を求める。……『カッコイイ言葉』『優しい言葉』『王子様らしい言葉』……。君も知ってるだろう? 私がいつも、どれだけ気を張って生きているか」

 

 僕は黙って瞬きをした。知っている。彼女が笑顔の裏で、どれだけ疲弊しているか。だからこそ、僕はここに来たのだ。

 

「……でも、君は何も求めない。……ただ、黙って私の愛を受け入れてくれる」 「……それも、お金を払ってまで。……ふふ。変な子。愛おしい子」

 

 彼女は耳かきを置き、僕の耳たぶを指で挟んだ。ぷにぷにと弄ぶ。

 

「……もう、後輩くんじゃないね。……今日から君は、私の新しいお人形さん」

 

 認定された。僕は今日から、彼女のコレクションの一つだ。ラビちゃんやベア伯爵と並ぶ、生きた人形。それは降格ではない。彼女の心の一番深い場所への、昇格だ。

 

 彼女は再び耳かきを手に取り、今度は少し奥の方を攻めてきた。カリッ。甘い痺れが走る。彼女の膝の温もりが、後頭部から全身へ伝播していく。反対側を向くように促される。僕は彼女の腹部に顔を埋める。制服のベストのボタンや、リボンの感触。そして、トクトクという心臓の音。人形たちにはない、命の音。

 

「……いい子。そのままじっとしてて」

 

 彼女が僕の頭を抱きしめるように固定する。豊満な胸部が、頭に当たる。意識しないようにしても無理だ。「王子様」のイメージが強いせいで忘れていたが、彼女は紛れもなく、発育の良い女性なのだ。柔らかさと、甘い匂いの暴力。彼女の腕の中にいると、自分が無力な存在になったような錯覚に陥る。

 

 彼女は左耳の掃除を始めた。その手つきは、先程よりもリラックスしている。時折、鼻歌が聞こえる。童謡のような、懐かしいメロディ。

 

 僕はまどろみの中で思った。彼女はずっと、こうして誰かを甘やかしたかったのだ。「守られるお姫様」になることも、「守る王子様」になることも疲れてしまって。ただ、自分の好きなものを、好きなように愛でる「女の子」になりたかったのだ。そして今、僕がその対象になった。一万円という「入会金」を払って。これは、共犯関係だ。彼女の「乙女」の部分を守るための、秘密の契約。

 

「……ふふ。君の髪、ふわふわだね」 「……ラビちゃんみたい。ずっと撫でていたいな」

 

 彼女が僕の髪を梳く。僕は抵抗することなく、されるがままに身を委ねた。人形になるのも悪くない。こんなに美しい主人に愛でられるのなら、言葉なんていらないのかもしれない。

 

 カリ、カリ。静かな部屋に、耳かきの音と、彼女の鼻歌だけが響く。窓の外は夕焼けから夜へと変わり、部屋の中のメルヘンチックな装飾が、月明かりで妖しく浮かび上がる。桜花神楽。普段の「頼れる先輩」の顔が溶け落ち、露わになった彼女の素顔。それは、想像以上に幼く、独占欲が強く、そして甘い沼だった。僕はその沼の底で、幸せな窒息感を味わっていた。

 

 ◇

 

 「……はい、きれいになったよ」

 

 至福の時間は終わりを告げた。神楽先輩が僕の肩を叩く。僕は名残惜しくも身を起こし、首を回した。耳の中はスッキリとし、心はピンク色の綿菓子に包まれたようだ。

 

 彼女は耳かきをしまい、立ち上がった。そして、スカートをパンパンと払い、一瞬だけ目を閉じた。大きく深呼吸をする。次に目を開けた時、そこにはいつもの「王子様」が戻ってきていた。凛とした瞳。背筋の伸びた立ち姿。甘い雰囲気は霧散し、高貴なオーラが漂う。

 

「……楽しんでいただけたかな? 可愛い後輩くん」

 

 声のトーンも、チェロの響きに戻っている。切り替えが見事だ。だが、その頬はほんのりと赤く、瞳には先程までの甘い熱が残っている。僕は深く頭を下げ、感謝を示した。最高の時間だった。彼女の秘密に触れられたこと、そして彼女の「素」の可愛さを独占できたこと。

 

 彼女はサイドテーブルの封筒を手に取った。中身を確認することなく、大切そうにぬいぐるみの山の中――一番大きなテディベアの腕の中――に隠した。

 

「……これは、この子たちの食費(メンテナンス費)にさせてもらうよ。……君がくれた、大切な贈り物だからね」

 

 彼女はウィンクをした。王子様のウィンクだ。破壊力が凄まじい。僕は部屋を出ようとドアに向かった。背後から、彼女の声がした。

 

「……また、おいで」

 

 振り返ると、彼女はラビちゃんのぬいぐるみの手を持ち、パタパタと振っていた。

 

「……この子たちが、君に会いたがっているからね。……私も、だけど」

 

 最後の一言は、聞き逃してしまいそうなほど小さな声だった。それはぬいぐるみへのアテレコなのか、彼女自身の本音なのか。その曖昧さが、たまらなく愛おしい。

 

 僕はもう一度頭を下げ、防音扉を開けた。夜の校舎の冷たい空気が流れ込んでくる。廊下に出ると、現実が戻ってくる。だが、僕の耳と体には、彼女の匂いと、あの部屋のフワフワした感触が残っている。

 

 3年生・桜花神楽。彼女は王子様であり、お姫様であり、そして僕の前でだけは「ご主人様」になりたがる少女だった。その多面性(ギャップ)こそが、彼女の最大の魅力。僕はポケットに残った温もりを感じながら、凱旋通りを歩いた。資金力に物を言わせて踏み込んだ聖域だったが、得られた成果は金では買えない「絆」だった。僕はもう、彼女にとっての「その他大勢の後輩」ではない。「お気に入りの生きた人形」という、唯一無二のポジションを得たのだ。

 

 さて、明日は誰に会いに行こうか。いや、また彼女たちに会いに行こうか。




豆知識・色々盛りすぎた

ここから先の展開について、どういう方向性が見たいかのアンケートです。参考程度なので確定ではないです。

  • このままヒロインを増やし続ける
  • 主人公取り合いルート(親友視点)
  • 主人公取り合いルート(ヒロイン視点)
  • 各ヒロインルート書く
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