美少女たちが金を払えば耳かきをしてくれる。しかも好感度が高い   作:三重知貴

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王子様・桜花神楽。ラブコメパート

――世界は、いつだって私が「演じる」ための舞台だ。

 

 私、桜花神楽(おうか かぐら)は、物心ついた頃から「期待」という名のスポットライトを浴びて生きてきた。背が高いこと。顔立ちが整っていること。立ち居振る舞いが洗練されていること。それらの要素が組み合わさり、周囲は勝手に私を「王子様」という配役に押し込めた。

 

 「神楽さま、素敵!」「神楽先輩、今日も凛々しいです!」

 

 黄色い歓声。憧れの視線。悪い気はしない。誰かに求められることは、存在意義そのものだから。だから私は、その期待に応え続けてきた。髪をなびかせ、颯爽と歩き、キザなセリフの一つも吐いて、完璧なスターを演じ切る。

 

 でも、舞台には必ず幕が下りる。観客が去り、照明が落ちた後、楽屋裏で一人になった時。私は、ただの「可愛いものが好きな女の子」に戻りたくなるのだ。

 

 フリル。レース。ふわふわのぬいぐるみ。甘いお菓子。「王子様」には似合わないとされる、乙女チックなガラクタたち。それらを隠し場所である「第3音楽室」に詰め込み、誰にも見せずに愛でることだけが、私の密かな楽しみだった。

 

 この秘密は、墓場まで持っていくはずだった。あの日、彼という「イレギュラー」な観客が乱入してくるまでは。

 

 ◆

 

 放課後の旧校舎。私が「秘密の花園」の鍵を開けようとしたその時、背後から気配がした。振り返ると、一人の下級生が立っていた。

 

 彼とは委員会などで顔見知りだ。真面目で、少し抜けていて、でも私のことを「王子様」として過剰に崇めることなく、一人の先輩として接してくれる数少ない後輩。私は彼を気に入っていた。だからこそ、彼にはこの「痛い趣味」を知られたくないと思っていたのに。

 

 彼は、迷いのない足取りで近づいてきた。そして、懐から取り出したものを、恭しく私の前に差し出した。

 

 分厚い封筒。中身は、一万円札の束。高校生が持ち歩くには不釣り合いな、生々しい「誠意」。

 

 彼は無言で、その封筒を突き出し、自分の耳と、私の膝を指差した。そして、扉の向こう――私の聖域を示唆した。

 

 ――金は払う。――中に入れろ。――そして、あなたの仮面の下を見せてくれ。

 

 その瞳を見た瞬間、私は戦慄した。彼は、私の「演技」を見に来たのではない。舞台の上で輝くスターではなく、楽屋裏ですっぴんになっている私を見に来たのだ。それも、大金を積んで。(……なんて、強欲で、無粋で、面白い子)

 

 普通なら怒るところかもしれない。「私をお金で買うなんて」と軽蔑するところかもしれない。でも、私は笑ってしまった。だって、彼の目は真剣そのものだったから。彼は私を崇拝しているわけでも、特別扱いしているわけでもない。ただ、一人の「女」として、その膝と時間を買う価値がある人間だと、対等に(あるいはそれ以上に)値踏みし、投資してきたのだ。

 

 その大胆不敵さが、私の心の鍵を開けた。いいだろう。そこまで言うなら、見せてあげようじゃないか。君が夢見ている「頼れる先輩」が、実はただの「ぬいぐるみマニアの夢見る乙女」だという残酷な真実を。幻滅して逃げ出すなら、それもまた一興。

 

 私は彼の手を引き、重い防音扉を開けた。

 

 ◆

 

 「……ようこそ。私の『お茶会』へ」

 

 部屋に入った瞬間、彼の目が点になったのがわかった。無理もない。視界を埋め尽くすピンク色の洪水。数百体のぬいぐるみたちの視線。外の世界の「桜花神楽」とは真逆の、メルヘン全開の世界。

 

 さあ、笑うかい?それとも、引いて帰るかい?

 

 私は少し意地悪な気持ちで彼の反応を待った。けれど、彼は動じなかった。一瞬の驚きの後、彼はその光景を「受け入れた」のだ。呆れるでもなく、馬鹿にするでもなく。促されるままに、天蓋付きのソファに腰を下ろした。

 

 その姿を見て、私の中で何かがカチリと嵌った。

 

 (……あ、この子)(……馴染んでる)

 

 フカフカのソファに沈み込み、ぬいぐるみに囲まれて座る彼は、まるで最初からこの部屋のコレクションの一部だったかのように、違和感がなかった。彼は何も言わない。何も求めない。ただ、そこにいる。

 

 私は嬉しくなって、彼の隣……ではなく、ソファの上に陣取った。スカートを広げ、太ももを叩く。「おいで」の合図。彼は素直に靴を脱ぎ、私の膝に頭を乗せた。

 

 ドサッ。

 

 重い。テディベアの綿の重さとは違う、骨と肉と血の詰まった、命の重さ。それが私の太ももを圧迫する。温かい。彼の体温が、スカート越しに伝わってくる。

 

 見下ろすと、彼はすでに目を閉じていた。無防備だ。学園の王子様の膝の上で、こんなに脱力できるなんて。彼にとって私は、緊張する相手ではなく、安らげる場所だったということか。私はサイドテーブルから、お気に入りのピンクの耳かきを取り出した。ハートのラインストーンがついた、一番可愛いヤツ。

 

 「……じっとしててね。……動いたら、ベア伯爵に食べさせちゃうよ?」

 

 いつものように、ぬいぐるみに話しかける口調で言ってみる。彼は笑わなかった。否定もしなかった。ただ、私の世界観に合わせて、静かに頷いた。

 

 ああ、いい子。なんていい子なんだろう。

 

 私は彼の耳に、そっと耳かきを入れた。カリ……コソ……。

 

 手応えがある。私は耳かきなんて誰かにしてあげたことはない。いつも、マリーやアン(人形)の耳を掃除する真似事をしているだけだ。でも、生身の人間の耳は、こんなにも温かくて、反応が良いものなのか。

 

 「……君の耳、可愛い形をしてるね」

 

 独り言のように呟く。彼は何も言わない。私が「王子様」であることを求めない。「カッコイイこと言ってください」なんてねだらない。ただ、私の手つきに身を委ねている。

 

 この沈黙が、たまらなく心地よい。外の世界では、私は常に言葉を求められる。気の利いた挨拶、リーダーシップのある発言、完璧な返答。私の口から出る言葉は、すべて台本通りのセリフだ。

 

 でも、この部屋で、彼に対しては、私は何も演じなくていい。ただの「可愛いものが好きな私」でいられる。

 

 「……ねえ、マリー。この子の耳、貸してあげようか?」

 

 ピアノの上のビスクドールに話しかける。これ、外でやったら完全にヤバイ人だ。でも、彼は動じない。私の「ごっこ遊び」に付き合ってくれている。いや、彼自身が、私の遊び道具(おもちゃ)になることを受け入れているのだ。

 

 私は空いている手で、彼の髪を撫でた。サラサラしていて、少し硬い髪。ラビちゃんの毛並みとは違うけれど、これはこれで触り心地が良い。

 

 (……欲しいな)

 

 ふと、そんな感情が湧き上がった。この部屋には、世界中から集めた可愛いぬいぐるみがたくさんある。でも、「生きてる人形」は一つもない。体温があって、呼吸をして、私の膝の上で気持ちよさそうな顔をする人形。

 

 「……君は、喋らないから好きだよ」

 

 本音が漏れる。そう、君は余計なことを言わない。「意外ですね」とも「可愛いですね」とも言わない。ただ、私の愛を黙って受け取る器でいてくれる。

 

 私は耳かきの梵天で、彼の耳をくすぐった。彼がビクンと肩を揺らす。可愛い。反応があるって、こんなに楽しいんだ。ぬいぐるみは、どれだけ愛しても動かないけれど、彼は動く。私の指先一つで、彼を感じさせることができる。

 

 これは、新しいおもちゃを見つけた時の興奮に似ている。でも、それ以上に……胸の奥が熱くなるような、征服感。

 

 「……君は、私に『王子様』を求めてない。……ただ、膝と耳かきを求めてきた」「……それも、お金を払ってまで。……ふふ。変な子。愛おしい子」

 

 彼は、私の外面(ガワ)ではなく、内面(ナカミ)に用があるのだ。それが、こんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。

 

 反対側を向くように促す。彼が私の帯――じゃなくて、スカートのウエスト部分に顔を埋める。近い。私の心臓の音が、彼に聞こえてしまいそうだ。でも、恥ずかしくはない。むしろ、もっと聞いてほしい。これは「王子様」の心臓じゃない。恋に恋する、一人の少女の鼓動なんだってことを。

 

 私は彼の頭を抱きしめるように固定した。胸が当たる?構わないわ。これは私の所有物(ドール)に対する、精一杯の愛情表現なのだから。窒息するくらい、私の匂いと柔らかさで包み込んであげる。

 

 カリ、カリ。静かな部屋に、耳かきの音だけが響く。ぬいぐるみたちの視線が、私たちを祝福しているように感じる。「神楽ちゃん、よかったね」「新しいお友達だね」そんな声が聞こえてくるようだ。

 

 そうだよ、みんな。この子は、私たちの新しい家族だよ。少し大きくて、生意気だけど、とっても温かいお人形さん。

 

 ◆

 

 儀式が終わった。彼が起き上がる。その顔は、とろけるように緩んでいて、普段の彼からは想像もできないほど無防備だった。私がそうさせたのだ。私の膝と、私の耳かきで。

 

 私は満足感に包まれながら、耳かきをしまった。そして、深呼吸をして、少しだけ「王子様」の仮面を被り直す。急に素に戻るのは、なんだか照れくさいから。

 

 「……楽しんでいただけたかな? 可愛い後輩くん」

 

 キザなセリフを言ってみる。彼は深く頭を下げた。その瞳は、満足感と、そして私への「崇拝」ではなく「親愛」に満ちていた。

 

 彼は一万円以上の価値を受け取った顔をしている。そして私も、一万円以上の価値――「理解者」を得た。

 

 私はサイドテーブルの封筒を手に取った。分厚い。これは、彼の労働の対価。そして、私への「入場料」。

 

 私はそれを、一番大きなテディベア、ベア伯爵の腕の中に隠した。「……これは、この子たちの食費(メンテナンス費)にさせてもらうよ」

 

 ウィンクしてみせる。彼は眩しそうに目を細めた。ふふ、やっぱりキザな私も嫌いじゃないみたいだね。

 

 彼が帰ろうとする。ドアノブに手をかける。行かないで、とは言えない。でも、このまま終わらせるつもりもない。

 

 「……また、迷子になったらおいで」

 

 私はラビちゃんの手を持って、パタパタと振った。腹話術のように、ラビちゃんになりきって言う。

 

 「……この子たちが、君に会いたがっているからね。……私も、だけど」

 

 最後の一言は、私の本音。彼は振り返り、嬉しそうに微笑んだ。そして、静かに部屋を出て行った。

 

 重い扉が閉まる。再び訪れる静寂。でも、以前のような孤独な静けさではない。彼の残り香と、ソファに残った窪みの温もりが、私を満たしている。

 

 私はソファにダイブし、彼が座っていた場所に顔を埋めた。「……ん~! もうっ!」

 

 足をバタバタさせる。何あれ、可愛い。あんな顔で見つめられたら、調子狂っちゃうじゃない。

 

 「ねえ、ベア伯爵。あの子、また来るかな?」

 

 ぬいぐるみに問いかける。ベア伯爵は、つぶらな瞳で「来るに決まってる」と答えてくれた(気がする)。そうよね。だって彼は、大金を払ってまで、私の「共犯者」になったんだもの。もう逃さないわ。

 

 私はベア伯爵の腕の中から、あの封筒を取り出した。ずっしりと重い。これは、彼との契約書だ。私が彼を「お人形」として愛でる権利を買い取った証。

 

 「……ふふ。次はどんな服を着せようかな」「リボンをつけてあげようか。それとも、首輪かな」

 

 妄想が膨らむ。学園の王子様・桜花神楽。その仮面の下には、一人の男の子を自分色に染め上げたくてウズウズしている、危険な乙女心が隠されていた。

 

 今までは「可愛い後輩」だった。でも今日からは、「私だけのもの」。

 

 さあ、次の公演(お茶会)が待ち遠しい。今度は鍵を閉めて、もっともっと深くまで、私の世界に引きずり込んであげましょう。可愛い、可愛い、私だけの生きたお人形さん。




豆知識・恐らくなにかしらの作品から多大な影響を受けてできた王子様

ここから先の展開について、どういう方向性が見たいかのアンケートです。参考程度なので確定ではないです。

  • このままヒロインを増やし続ける
  • 主人公取り合いルート(親友視点)
  • 主人公取り合いルート(ヒロイン視点)
  • 各ヒロインルート書く
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