美少女たちが金を払えば耳かきをしてくれる。しかも好感度が高い 作:三重知貴
負けヒロインが生まれることもあるが救われる世界線もあるので許して
白鷺天音 ガチラブコメパート1
放課後の生徒会室は、静寂に包まれていた。
窓から差し込む夕日が、磨き上げられた長机の上に長い影を落としている。空気中を舞う埃が、黄金色の光の粒となってキラキラと輝いていた。壁掛け時計の秒針が進む音だけが、カチ、カチ、と規則正しく響く。
私、白鷺天音は、手元の書類に視線を落としたまま、万年筆を走らせていた。ペン先が紙を擦る、サラサラという乾いた音。インクの匂い。整えられた髪が頬にかかる感触。すべてがいつも通り。すべてが完璧な、私の日常。
「……会長、ここの予算案ですが」
「ええ、確認済みよ。その数値で経理に回して」
「わかりました。あ、それと来月の行事予定表、先生が確認したいと」
「もう提出してあるわ。職員室の私のボックスに入っているはずよ」
役員たちの報告に、顔も上げずに的確な指示を飛ばす。声のトーンは一定。感情を挟まない、透き通るような実務的な響き。彼らは私に敬畏の念を抱き、私の指示に従う。白鷺天音は、この学園における絶対的な規律であり、秩序の象徴。容姿端麗、成績優秀、財閥の令嬢。非の打ち所のない、完璧な生徒会長。
それが、周囲が私に貼ったレッテルであり、私が演じている「役割」だ。
けれど。私の意識の半分――いいえ、そのほとんどは、まったく別の場所に向けられていた。
視界の端。開け放たれたドアの向こう、廊下を歩く一人の男子生徒の姿を、私は決して見逃さない。
特徴のない、着崩した制服。寝癖のついた髪。どこにでもいるような、平凡な男子。けれど、私にとって彼は、この色彩のない世界で唯一、鮮やかな色を帯びた「特異点」だった。
彼が、廊下ですれ違った女子生徒に挨拶をしている。ただそれだけの光景に、私の胸の奥がざわりと波打つ。
(……また、あんな顔をして)
彼は笑っていた。屈託のない、春の日差しのような笑顔。相手が誰であろうと変わらない、平等な優しさ。女子生徒が頬を赤らめ、嬉しそうに何かを返している。
私の万年筆が、一瞬だけ止まる。紙の上に、小さなインクの染みができた。黒い点。それはまるで、私の心に落ちた嫉妬という名の毒のようだ。
彼は知らない。自分がどれほど無防備に、周囲の人間に愛想を振りまいているかを。その優しさが、どれほど残酷に、私の心を締め付けているかを。
「会長? どうかしましたか?」
役員の女子が、不思議そうに私を覗き込む。私は瞬時に「生徒会長」の仮面を被り直す。眼鏡の位置を指先で直し、涼やかな微笑みを浮かべた。
「いいえ、なんでもないわ。……少し、インクの出が悪かっただけ」
嘘。インクは滑らかだ。悪いのは、私の制御できない感情だ。
私は書類に視線を戻す。けれど、文字など頭に入ってこない。脳裏に焼き付いているのは、さっきの彼の笑顔。そして、彼を取り巻く「その他大勢」の女子たちの、甘ったるい視線。
(……許せない)
書類をめくる指に、無意識に力がこもる。紙がカサリと悲鳴を上げた。
彼は、私のものだ。誰がなんと言おうと、私だけのものだ。だって、私を見つけてくれたのは彼なのだから。この「完璧な生徒会長」という堅牢な鎧の中に閉じこもっていた私に、手を差し伸べ、外の世界の光を見せてくれたのは、彼なのだから。
去年の選挙戦。謂れのない中傷と、孤立無援の状況で、私が膝を屈しそうになった時。彼は隣に立ち、私の盾となった。
『天音さんは、誰よりも綺麗で、誰よりも正しいよ。俺は知ってる』
その言葉が、どれほど私の救いになったか。その時感じた手の温もりが、どれほど私を支えてくれているか。
彼は覚えていないかもしれない。彼にとっては、困っている人を助けるなんて「当たり前」の日常茶飯事だから。それが悔しい。私にとっての「特別」が、彼にとっての「日常」であることが、どうしようもなく歯がゆい。
「……本日の業務は、これで終了にしましょう」
私は唐突に告げた。万年筆をキャップに収め、カチリと音を立てる。それは、私の中の何かが切り替わるスイッチの音でもあった。
「え、でもまだ時間が……」「効率よく終わらせたのよ。皆も、早く帰って休みなさい」
有無を言わせぬ口調で役員たちを帰宅させる。彼らは戸惑いながらも、私の言葉に従い、鞄を持って部屋を出て行った。
「お疲れ様でした、会長」「ええ、お疲れ様」
最後の役員が出ていき、ドアが閉まる。広い生徒会室に、私一人が残された。
静寂が戻る。けれど、それは先ほどまでの張り詰めた空気とは違う。私の情熱と、焦燥と、そして甘い疼きが充満する、濃密な空間。
私は席を立ち、窓辺へと歩み寄った。眼下に広がるグラウンド。部活動に励む生徒たちの声が、遠くから聞こえてくる。
その中に、彼の姿を探す。すぐに見つかった。彼は帰宅部のはずなのに、なぜか陸上部の練習を手伝っている。ライン引きをしながら、陸上部のエース――早瀬理緒と何か話している。
早瀬さんが、彼の背中をバンと叩く。彼は痛そうに、でも楽しそうに笑っている。距離が近い。あんなに肌を露出した格好で、彼のパーソナルスペースに踏み込んでいる。
(……ふう)
私は窓ガラスに手を当て、小さく息を吐いた。ガラスに白い曇りができ、すぐに消えていく。
陸上部だけじゃない。図書室に行けば、あの陰気な図書委員が彼を待ち構えているという噂も聞く。一年生の校舎には、あざといアイドル気取りの後輩が、彼を狙っているという情報もある。
ライバルは多い。どの子も、それなりに魅力的だということは認める。活発さ、知性、愛嬌。それぞれの武器で、彼を篭絡しようとしている。けれど。最後に勝つのは、私だ。いや、勝たなくてはならない。
なぜなら、私は白鷺天音だから。欲しいものは全て手に入れ、目指した場所には必ず到達する。それが私の人生であり、私のプライドだから。
でも、今のままでは駄目だ。ただ待っているだけでは、彼は私のものにならない。彼の「優しさ」は、誰にでも平等に降り注ぐ雨のようなもの。その雨を、私だけの器で受け止めるには、彼を私の色に染め上げるには――。
「……あ」
グラウンドの彼が、ふとこちらを見上げた気がした。校舎の三階。夕日に反射する窓ガラスの向こうにいる私に、彼が気づくはずもない。それでも、私は心臓が跳ねるのを感じた。
彼が、手を振った気がした。誰に向けたものでもない、何気ない動作。けれど、私にはそれが、私への合図のように思えた。
(……来て)
私の唇が、音もなく動く。
(今すぐ、ここに来て。私を見て。私だけを見て)
祈るような、あるいは呪うような気持ちで、彼を見つめる。すると、奇跡のように――あるいは必然のように、彼はライン引きの手を止め、校舎の方へと歩き出した。
昇降口へ向かっている。彼がどこへ行くつもりなのかは分からない。ただ靴を履き替えに来ただけかもしれない。
けれど、私は確信していた。彼は、来る。この部屋に。私が待つ、この城に。
私は机に戻り、鞄から小さな手鏡を取り出した。前髪を直し、襟元を整える。眼鏡の曇りを拭き取り、口角の上がり具合を確認する。
完璧。どこに出しても恥ずかしくない、美貌の生徒会長。けれど、鏡の中の私の瞳は、普段の冷静な色ではなく、獲物を待ち受ける肉食獣のような、濡れた光を帯びていた。
コン、コン。
控えめなノックの音。心臓が早鐘を打つ。私は深呼吸をし、声を落ち着かせて応答した。
「……どうぞ」
ガチャリ、とドアが開く。そこに立っていたのは、やはり彼だった。
「あ、会長。まだいたんすか」
彼は少し驚いたように、けれど嬉しそうに目を細めた。その表情ひとつで、これまでの嫉妬も不安も、すべてが甘い喜びに変わっていく。なんて単純な生き物なのだろう、私は。
「ええ。少し残務整理をしていたの。……貴方は?」
わざとらしく書類に目を落としながら問う。視線を合わせすぎると、感情が溢れ出してしまいそうだから。
「いや、ちょっと探し物を……。この辺に、備品の在庫リストとかありませんでしたっけ? 先生に頼まれて」
また、頼まれごと。彼はいつもそうだ。誰かのために動き、自分の時間を犠牲にする。そんなところが、どうしようもなく好きで――そして、危なっかしくて見ていられない。
「在庫リストなら、そこの棚の二段目よ。……でも、そんなこと、貴方がやる必要はないんじゃない?」
「まあ、ついでだし。暇だったんで」
彼は照れくさそうに頭をかきながら、部屋に入ってきた。棚へ向かう彼の背中を目で追う。汗の匂いはしない。けれど、夕日の匂いと、彼特有の温かい空気が、この部屋に流れ込んでくる。
彼が棚を漁る音。紙が擦れる音。その一つ一つが、私の鼓膜を心地よく震わせる。
二人きり。この広い生徒会室に、私と彼だけ。鍵をかけてしまえば、ここは完全な密室になる。誰の目も届かない、二人だけの世界。
ふと、黒い衝動が鎌首をもたげる。今、鍵をかけてしまえばいい。そして、彼をこの部屋に閉じ込めてしまえばいい。帰さない。誰にも渡さない。私の権力を使えば、彼一人の自由を奪うことくらい、造作もないことだ。
(……いいえ)
私は首を横に振った。そんなことをしても、彼の心は手に入らない。私が欲しいのは、彼の「心」だ。彼が自らの意志で、私を選び、私の隣に跪くこと。それが最高の勝利であり、至上の幸福なのだから。
「あ、あった。これだ」
彼がファイルを見つけ、振り返る。夕日を背負った彼は、逆光で表情が見えにくい。けれど、その目が真っ直ぐに私を見ていることだけは分かった。
「ありがとうございます、会長。助かりました」
「……お礼を言われるほどのことじゃないわ」
私はペンを置き、彼に向き直った。眼鏡の奥で、彼をじっと見据える。
「ねえ」
「はい?」
「貴方、最近……忙しそうね」
探るような問いかけ。彼はきょとんとして、首を傾げた。
「そうですか? まあ、文化祭も近いし、いろいろ頼まれることは多いですけど」
「……そう。無理はしないことね。貴方が倒れたら、悲しむ人がいるわよ」
「はは、大げさですよ。」
自分の価値を、まるで分かっていない。貴方がどれほど多くの人の心を動かし、どれほど私の心を狂わせているか。
私は立ち上がり、彼の元へ歩み寄った。一歩、また一歩。彼のパーソナルスペースへと侵入する。
彼は動かない。逃げない。私を信頼しているからだ。「生徒会長」としての私を。
手が届く距離まで近づき、私は立ち止まった。見上げる形になる。身長差。彼の喉仏が、すぐ目の前にある。
「……襟、曲がってるわよ」
私は手を伸ばし、彼の制服の襟を直した。指先が、彼の首筋にかすかに触れる。ドクン、と彼の脈動が伝わってきた。
彼は少し体を硬くした。緊張している。「女」として、意識してくれている証拠。
「あ、す、すみません……」
「だらしないのは嫌いよ。……私の前では、きちんとしていて」
それは命令であり、懇願だった。他の誰の前でもない。私の前でだけ、完璧な貴方でいてほしい。いいえ、逆だ。私の前でだけ、その無防備な素顔を見せてほしい。
私は襟を直すふりをして、指を滑らせ、彼の胸元に触れた。心臓の音が、少し速くなっている気がする。私と同じだ。
「……会長?」
彼が戸惑ったように私を呼ぶ。その声が、甘く鼓膜を揺らす。
このまま、抱きついてしまいたい。彼の胸に顔を埋め、「好きだ」と叫んでしまいたい。理性をかなぐり捨てて、一人の女として彼に求愛してしまいたい。
けれど、私はまだ踏みとどまる。まだ、その時ではない。安っぽい告白で終わらせたくない。彼が逃げられないよう、外堀を埋め、退路を断ち、完全に包囲してから――王手(チェックメイト)をかける。それが、白鷺天音のやり方。
私はゆっくりと手を離し、一歩下がった。
「……はい、これでいいわ」
微笑みを作る。完璧な、慈愛に満ちた聖母の微笑みを。
「気をつけて帰りなさい。……寄り道しないでね」
最後の言葉に、少しだけ毒を含ませる。彼は「はい」と素直に頷き、逃げるように部屋を出て行った。
バタン。ドアが閉まる音が、銃声のように響いた。
私はその場に崩れ落ちるように、長机に手をついた。足が震えている。顔が熱い。鏡を見なくても分かる。今の私は、決して「完璧な生徒会長」の顔をしていない。恋に溺れ、欲望に飢えた、ただの女の顔をしているはずだ。
「……はぁ、はぁ……」
荒い呼吸を整える。机の上に残された、彼の残り香。それを胸いっぱいに吸い込む。
足りない。全然、足りない。一時の会話や、偶然の触れ合いだけでは、もう我慢できない。
私は決めた。もう、待つのは終わりにする。「察してほしい」なんていう甘えは捨てる。
あの鈍感な彼に、私の想いを理解させるには、言葉だけじゃ足りない。態度で、行動で、そして「既成事実」で、分からせるしかない。
彼を落とす。この白鷺天音の全ての知略と、財力と、そして魅力を総動員して。他の有象無象の女子たちなど、視界に入らなくなるくらい、私だけで彼を満たしてやる。
手始めに、何をしようか。生徒会の権限を使って、彼をこの部屋に呼び出す?それとも、家の力を使って、彼を逃げられない状況に追い込む?あるいは、もっと直接的に――彼の身体に、私の痕跡を刻み込む?
以前、彼に耳かきをしてあげた時のことを思い出す。私の膝の上で、無防備に寝息を立てていた彼。あの時の征服感。全能感。あれを、もう一度。いいえ、何度でも。永遠に。
私は顔を上げ、窓ガラスに映る自分を睨みつけた。そこには、覚悟を決めた女の瞳があった。
「覚悟なさい。……私の『ヒーロー』」
眼鏡を外し、机の上に置く。裸眼の視界は少しぼやけているけれど、目指すべき未来は、はっきりと見えていた。
これは戦争だ。恋という名の、生存競争。勝つのは私。彼というトロフィーを手にするのは、この私しかいない。
「貴方を、私の『コレクション』にしてあげる。……一番大切な、壊れ物のように扱ってあげるから」
誰もいない生徒会室で、私は誓いの言葉を口にした。夕闇が迫る部屋の中で、私の唇だけが、赤く、妖しく笑っていた。
戦いの火蓋は切られた。まずは、あの無防備な背後をどうやって奪うか。策はいくらでもある。さあ、始めましょう。私の、私による、私のための――彼(あなた)を堕とすための物語を。
豆知識・主人公はすべてにおいてベストコミュニケーションを出せるパーフェクトスパダリである
ここから先の展開について、どういう方向性が見たいかのアンケートです。参考程度なので確定ではないです。
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このままヒロインを増やし続ける
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主人公取り合いルート(親友視点)
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各ヒロインルート書く