美少女たちが金を払えば耳かきをしてくれる。しかも好感度が高い 作:三重知貴
翌日の昼休み。戦いの火蓋は、チャイムの音と共に切られた。
私、白鷺天音の鞄の中には、朝四時に起きて作った「特製弁当」が入っている。最高級の黒毛和牛を使ったしぐれ煮、出汁巻き卵、彩り豊かな季節の野菜。栄養バランスと彼の好みを完璧に計算し尽くした、愛の結晶だ。重箱ではないけれど、それに匹敵する重量感が、私の腕に心地よい負荷をかけている。
これを持って、彼の教室へ行く。そして、衆人環視の中で彼をランチに誘う。「生徒会長が特定の一生徒を特別扱いしている」――そんな噂が立つことは百も承知。いいえ、むしろそれが狙いだ。外堀を埋める。周囲に「彼は私のものだ」と認識させる。既成事実を積み重ね、彼自身の退路を断つ。
完璧な作戦。私は鏡で前髪を直し、気合を入れて生徒会室を出た。廊下を歩く私の足取りは、いつになく軽やかだったはずだ。
だが。2年B組の教室に辿り着いた時、私は自分の甘さを思い知ることになる。
「――ほら、行くよ! グズグズしない!」
教室の扉を開けようとした私の耳に、よく通る、快活すぎる声が飛び込んできた。窓ガラス越しに見える光景に、私は足を止めた。
私の彼――。その腕を、ガシッと掴んで引っ張っている女子生徒がいる。
短く切り揃えられた茶色のショートヘア。制服の着こなしはラフで、スカートの下にはエンジ色のジャージが見え隠れしている。健康的に焼けた肌。弾けるような笑顔。そして何より、その全身から溢れ出る圧倒的な「陽」のオーラ。
女子陸上部のエース、早瀬理緒。
「ちょ、理緒、待って……財布忘れた」
「いらないって! 今日はあたしが奢ってやるから! 限定のスタミナ焼肉丼、走らないと売り切れるよ!」
「いや、俺はパンでいいんだけど……」
「ダメ! あんた最近ひょろひょろだし! あたしが肉体改造してあげるって言ってんでしょ!」
問答無用。彼女は彼の意見など聞く耳を持たない。ただ、その手を強く握りしめ、グイグイと自分のペースに巻き込んでいく。その強引さは、私が持っている「権力」や「理詰め」とは対極にあるものだ。純粋な、肉体の躍動。思考する隙さえ与えない、圧倒的なスピード。
(……野蛮だわ)
私は眉をひそめた。廊下で見ている私の存在になど気づきもしない。彼女の視界には、彼しか入っていないのだ。それは集中力と言うべきか、視野が狭いと言うべきか。
「あ、でも……」
彼がふと、足を止めて廊下の方――つまり、私の方を見ようとした。気配を感じてくれたのかもしれない。私の胸が微かに高鳴る。今こそ、踏み込む時だ。
「失礼するわ」
私は凛とした声を張り上げ、教室のドアを開け放った。一瞬で、教室内の喧騒が静まる。
「生徒会長だ」「白鷺先輩だ」「何かあったのか?」生徒たちのざわめきが、波が引くように収まっていく。
私はその静寂の中を、優雅に歩み寄った。早瀬さんと彼、二人の前で立ち止まる。
「あら、奇遇ね。早瀬さん」
努めて冷静に、淑やかに。完璧な微笑みを貼り付けて、私は彼女を見下ろした。
「……げっ、会長」
早瀬さんは露骨に嫌そうな顔をした。「げっ」とは何よ、失礼な。彼女は彼の手を掴んだまま、警戒するように私を睨みつけてくる。まるで、大事な獲物を横取りされそうになった野生動物のように。
「何の用ですか? あたしたち、これから飯なんですけど」
「ええ、奇遇ね。私も彼に用があって来たの」
私は視線を彼に移した。彼は少し困ったように、でもどこか安堵したように私を見ている。その視線に勇気をもらい、私は手に持っていた包みを少しだけ持ち上げた。
「……お昼、まだでしょう? よかったら、生徒会室で一緒にどうかしら。……余分に作ってきてしまったの」
嘘だ。余分どころか、貴方のためだけに作った本命だ。教室中がどよめく。
「弁当?」「会長の手作り?」「マジかよあいつ」その反応は計算通り。さあ、選びなさい。汗臭い食堂の焼肉丼か、私が丹精込めて作った特製弁当か。答えなど決まっているはずだ。
「え、会長が作ったんすか? すご……」
彼が身を乗り出す。勝った。私は内心で勝利のファンファーレを鳴らした。
その時だ。
「だーめ! 先約済み!」
早瀬さんが、彼の体を自分の背中に隠すようにして立ちはだかった。私の目の前に、彼女の健康的な胸元が迫る。
「は……?」
「こいつは今日、あたしとメシ食う約束してんの! ねー、そうだよな!?」
彼女が振り返り、彼に同意を求める。彼は「え、約束したっけ?」という顔をしているが、早瀬さんはお構いなしだ。
「したの! さっきしたの! あたしの奢りで焼肉丼! 決定!」「早瀬さん。彼は困っているじゃない。強引な勧誘は感心しないわね」
私は一歩も引かずに応戦する。言葉のナイフで刺すが、彼女には通じない。彼女は物理防御力が高すぎる。
「勧誘じゃないし! これはトレーニングの一環! こいつの貧弱な体を鍛え直すための、タンパク質摂取なの!」「トレーニング? 彼、帰宅部よ?」「関係ないし! あたしの専属マネージャーみたいなもんだから! ……とにかく! 会長の上品な弁当じゃ、こいつのエネルギーは満たせませんーだ!」
彼女はべーっと舌を出した。子供か。そして、私の返答を待たずに、彼の手を引いて走り出した。
「行くよ! ダッシュ!」「ちょ、理緒! 廊下は走るな!」「うっさい! 売り切れる!」
風のように。文字通り、一陣の風となって、彼らは教室から去っていった。私の前髪が、その風圧で乱れる。
残されたのは、私と、手つかずの弁当と、呆然とするクラスメイトたち。
「……」
私はゆっくりと、乱れた前髪を直した。怒りで指が震えそうになるのを、必死で抑える。
負けた?この私が?あの、筋肉ダルマの野生児に?
いいえ、違う。負けていない。彼は連れ去られただけだ。不可抗力だ。彼自身の意思で私を拒絶したわけではない。
「……失礼しました」
私は優雅に一礼し、教室を出た。背筋を伸ばし、カツカツとヒールの音を響かせて歩く。その足音だけが、私の内なる苛立ちを代弁していた。
(覚えてらっしゃい、早瀬理緒……!)
私の「お弁当作戦」を台無しにした罪は重い。けれど、同時に思い知らされた。彼女には、私にはない「スピード」がある。迷わず踏み込み、強引に連れ去る行動力。あれは脅威だ。私の「待ち」の姿勢では、彼女のスピードに追いつけない。
なら、どうするか。答えは簡単だ。彼女が「動」なら、私は「静」。彼女が彼を連れ回し、疲れさせたところを――私が「癒やし」で捕獲する。
蜘蛛の巣のように。甘く、逃れられない罠を張って。
◇
放課後。私は生徒会室の窓から、再びグラウンドを見下ろしていた。
トラックを走る早瀬理緒。そして、タイムを計らされている彼。昼休みにあれだけ連れ回されたのに、放課後も付き合わされているらしい。
「……お人好しにも程があるわね」
呆れながらも、口元が緩む。彼は疲れている。肩で息をしているのが、ここからでも分かる。早瀬さんの無尽蔵のスタミナに付き合うのは、一般人の彼には荷が重いだろう。
チャンスだ。極限まで疲労した男が求めるもの。それは、更なる運動でも、焼肉丼でもない。静寂と、安らぎと、そして優しい甘やかしだ。
私はスマホを取り出し、彼にメッセージを送った。『生徒会室に来なさい。重要な書類の確認があるわ』業務連絡を装った、招集命令。
送信して数分後。彼がポケットのスマホを確認し、早瀬さんに何かを告げているのが見えた。早瀬さんは不満そうに頬を膨らませたが、渋々といった様子で彼を解放した。
(ふふ、勝った)
部外者の彼女には、「生徒会の業務」という印籠は絶対だ。彼は校舎に向かって歩き出す。その足取りは重い。
私は準備に取り掛かった。空調の温度を微調整し、少し涼しめにする。ポットのお湯を沸かし直し、彼好みの茶葉を用意する。そして、昼休みに渡せなかった弁当――保冷剤で冷やしておいたそれを、レンジで温め直す。
数分後。ノックの音が聞こえた。
「……どうぞ」
ドアが開き、彼が入ってくる。予想通り、彼は疲労困憊の様子だった。
「お疲れ様です、会長……。重要な書類って……?」
「嘘よ」
私は即答した。彼はきょとんとして、瞬きをした。
「え?」
「貴方をあの筋肉地獄から救出してあげたのよ。感謝しなさい」
私は微笑み、彼を手招きした。そして、彼が反論する隙を与えず、長椅子の方へと誘導する。
「座って。……ひどい顔をしているわよ」
「はは……理緒のやつ、加減を知らないから……」
彼は力なく笑い、長椅子に崩れ落ちるように座った。私はすかさず、温かい紅茶を差し出す。彼はそれを一口飲み、「ふぅ……」と深い息を吐いた。
「生き返る……」
「でしょうね。あんな炎天下で走り回らされて。……お腹、空いたでしょう?」
私は温め直した弁当の包みを解いた。三段重ねの弁当箱。蓋を開けると、湯気と共に芳醇な香りが広がる。
「え、これ……昼間の?」
「ええ。貴方に食べてもらうために作ったんだもの。……残したら、承知しないわよ」
少し強引に箸を持たせる。彼は申し訳なさそうに、でも嬉しそうに「いただきます」と言って、しぐれ煮を口に運んだ。
「……うまっ」
その一言。たった二文字の言葉が、私の心を満たしていく。早朝からの苦労も、昼間の屈辱も、すべてが報われた気がした。
「美味しい? 当然よ。私の家のシェフ……じゃなくて、私がレシピを考案したんだから」
危ない。自分で作ったと言い切るには、少しプロの味がしすぎたかもしれない。でも、彼は夢中で箸を進めている。その横顔を見つめながら、私は彼の隣に座った。
距離が縮まる。彼の肩と、私の肩が触れ合う距離。彼は食べるのに夢中で、私の接近に気づいていない。
「……ねえ」
「んぐ、はい?」
口いっぱいに卵焼きを頬張りながら、彼がこちらを向く。リスみたいで可愛い。
「早瀬さんは、貴方を連れ回して、疲れさせるだけでしょう?」
私は指先で、彼の額に滲んだ汗をハンカチで拭った。彼はビクリとしたが、避けなかった。
「元気なのはいいことだけれど……大人の男には、休息が必要よ」
私は囁くように言った。そして、自然な動作で――彼の頭を、自分の肩に引き寄せた。
「え、ちょ、会長……?」
「じっとしてて。……食べてる途中だけど、少し休憩」
彼の体の力が抜けていくのが分かる。私の肩に、彼の重みが乗る。シャンプーの匂いと、微かな汗の匂い。それが混じり合って、私の理性を揺さぶる。
早瀬理緒にはできないこと。それは、こうして「止まる」ことだ。彼女は走り続けることしか知らない。でも、私は知っている。人が本当に求めているのは、立ち止まり、誰かに身を委ねる時間だということを。
「……私の前では、頑張らなくていいの」
私は彼の手から箸を取り、テーブルに置いた。そして、彼の体をゆっくりと倒し――私の膝の上へと導いた。
膝枕。抵抗はなかった。彼はあまりにも疲れていて、そして私の作る空気に、完全に呑まれていたから。
「……会長、これ……」
「いいから。……少し、眠りなさい」
私は彼の上に覆いかぶさるようにして、その視界を遮った。窓の外からは、まだ陸上部の掛け声が聞こえる。早瀬さんの元気な声も聞こえる。
けれど、彼はもう彼女の元へは行けない。今、彼は私の檻の中にいる。この静寂と、私の匂いと、柔らかさに包まれて。
「……スピードだけが、強さじゃないわ」
彼の耳元で、誰にも聞こえないように呟く。
「最後に貴方を捕まえるのは、一番速く走った人じゃない。……一番長く、貴方を待っていた人よ」
彼の呼吸が、規則正しい寝息に変わっていく。私はその髪を優しく撫でながら、窓の外のライバルに向けて、勝利の微笑みを向けた。
焼肉丼一杯で釣れると思ったら大間違いよ。この子の胃袋も、安らぎも、すべて私が管理する。そのための投資なら、いくらだって惜しまない。
戦いはまだ始まったばかり。でも、今日の一勝は大きい。私は彼の寝顔を眺めながら、確信した。
この寝顔を独占できるなら、私はどんな手だって使うだろう。たとえそれが、生徒会長にあるまじき職権乱用だとしても。
「……おやすみなさい。私の、可愛い人」
私はそっと、彼の額に口づけを落とした。それは契約の印。もう二度と、他の女のところへは行かせないという、甘く重い呪い。
さあ、次は誰が来る?
誰が来ようと関係ない。私の城壁は、誰にも破らせないのだから。
豆知識・焼肉丼が美味いらしい
ここから先の展開について、どういう方向性が見たいかのアンケートです。参考程度なので確定ではないです。
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このままヒロインを増やし続ける
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主人公取り合いルート(親友視点)
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主人公取り合いルート(ヒロイン視点)
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