美少女たちが金を払えば耳かきをしてくれる。しかも好感度が高い   作:三重知貴

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白鷺天音 ガチラブコメパート5

日曜日の朝。 私の部屋にある姿見の前には、抜け殻のようになった衣服の山が築かれていた。

 

 ベッドの上に散乱するのは、シルクのブラウス、フレアスカート、ワンピース、カーディガン。 どれも一流ブランドの最新作。金額にすれば、一般的なサラリーマンの月収が数回飛ぶほどのラインナップだ。 けれど、今の私にとってそれらは、ただの布切れに過ぎない。

 

「……違う」

 

 鏡の中の自分を睨みつける。 淡いブルーのワンピース。清楚で、知的で、生徒会長らしい。 でも、駄目だ。これでは「いつもの私」の延長線上でしかない。

 今日の私は、生徒会長ではない。 白鷺天音という、一人の「恋する乙女」として、戦場(デート)に向かうのだ。

 

 昨夜、彼に電話をかけ、半ば強引に取り付けた約束。 『明日の日曜日、空けておきなさい。私の買い物に付き合うこと』 拒否権など与えなかった。 彼は驚きながらも、私の押しに負けて了承した。

 

「……これなら、どう?」

 

 私はクローゼットの奥から、一度も袖を通したことのない服を取り出した。 オフホワイトのニットに、膝上丈のキャメル色のスカート。 デコルテが少しだけ広く開いていて、鎖骨のラインが強調されるデザイン。 生徒会長としての「威厳」を捨て、女としての「隙」を演出するコーディネート。

 

 着替えてみる。 鏡の前で、ゆっくりと回ってみる。 スカートの裾がふわりと広がり、太ももがわずかに露わになる。

 

「……悪くないわ」

 

 頬が熱くなるのが分かる。 こんな、媚びたような格好をするなんて。 でも、今日だけは特別だ。 彼に「可愛い」と思わせたい。その一心で、私はプライドという名の鎧を脱ぎ捨てた。

 

 仕上げに、香水をワンプッシュ。 手首と、うなじに。 甘く、少しだけスパイシーな香り。 彼が近づいた時だけ香る、計算された罠。

 

「行きましょう。……待ってなさい、私の王子様」

 

 私はバッグを手に取り、部屋を出た。 廊下ですれ違った家政婦が、私の姿を見て目を丸くし、「お嬢様、それは……」と絶句していたけれど、私は涼しい顔でその横を通り過ぎた。

 屋敷の重厚な玄関を出ると、初夏の日差しが眩しく降り注ぐ。 お抱えの運転手がリムジンのドアを開けようとしたが、私はそれを手で制した。

 

「今日はいいわ。電車で行くから」

 

「しかし、お嬢様。旦那様が……」

 

「父には内緒にしておいて。……たまには、庶民の生活を視察するのも勉強よ」

 

 もっともらしい嘘をつき、私は駅へと向かった。 リムジンなんて無粋な乗り物で乗り付けたら、彼が萎縮してしまう。 今日はあくまで「普通の恋人同士」のデートなのだから。

 

 

 駅前の待ち合わせ場所。 時計塔の下には、すでに彼の姿があった。

 約束の十分前。 合格だ。彼もまた、私との時間を待ちわびていたに違いない。

 

 彼は、白いTシャツに薄手のチェックシャツを羽織り、チノパンというラフな格好だった。 なんてことのない量産型のファッション。 けれど、私にはそれが、どんなオートクチュールよりも輝いて見えた。

 

 私は深呼吸をして、早鐘を打つ心臓を落ち着かせる。 カツ、カツ、とヒールの音を響かせて近づく。 彼が顔を上げ、私に気づく。

 

 その瞬間。 彼の目が、大きく見開かれた。 口が半開きになり、視線が私の顔からデコルテ、そして脚へと彷徨う。 動揺している。見惚れている。 その反応だけで、今朝の三時間の苦闘が報われた気がした。

 

「……お待たせ」

 

 私は彼の目の前で立ち止まり、小首を傾げた。

 

「……その顔、どうしたの? 鳩が豆鉄砲を食ったみたいよ」

 

「あ、いや……その……」

 

 彼は言葉に詰まり、顔を真っ赤にして視線を逸らした。

 

「……会長、ですよね?」

 

「当たり前でしょう。誰だと思ったの」

 

「いや、あまりにも雰囲気が違って……その、綺麗すぎて、誰かと」

 

 不意打ちの直球。 今度は私が赤くなる番だった。 「綺麗」なんて言葉、社交辞令で何千回も言われてきた。 けれど、彼のおどおどとした、それでいて本心からの賛辞は、私の胸の奥深くに突き刺さる。

 

「……ふん、お世辞が上手くなったわね」

 

 私は照れ隠しに、ツンと澄まして見せた。

 

「行きましょう。今日は私のエスコートをしてもらうわよ」

 

 自然な動作で、彼の手を取る。 彼の手は温かく、少しだけ汗ばんでいた。 私の手も、きっと同じくらい熱い。

 私たちは、休日の賑わう街へと歩き出した。

 

 

 最初の目的地は、映画館。 暗闇という密室。隣り合う座席。恋人たちの聖地。

 

 私が選んだのは、話題の恋愛映画……ではなく、彼が以前から見たがっていたアクション大作だった。 甘いロマンスでムードを作るのもいいけれど、今日は彼に「楽しんで」もらいたかった。 私が主導権を握るデートの中で、ささやかな飴を与える。それが支配者の余裕というものだ。

 

「カップルシートでお願い」

 

 チケット売り場の窓口で、私は平然と告げた。

 

「え、会長? カップルシートって……」

 

「何よ。一般席は狭いでしょう? 私は窮屈なのは嫌いなの」

 

 有無を言わせずチケットを購入し、彼の手を引いて入場する。 薄暗い劇場内。 カップルシートは、ふかふかのソファ席で、二人分のスペースが区切りなく繋がっている。 さらに、両サイドには高い仕切りがあり、周囲の視線が遮断されている。

 

「……すごいっすね、これ。王様の椅子みたいだ」

 

「そうね。……さあ、座って」

 

 私たちは並んで腰を下ろした。 近い。 仕切りがない分、普通の席よりもずっと距離が近い。 彼の方へ少し体重を傾ければ、すぐに肩が触れ合う距離。

 

 映画が始まる。 爆音と閃光。スクリーンの中で、ヒーローが悪党をなぎ倒していく。 彼はスクリーンの映像に夢中だ。少年のようなキラキラした瞳で、アクションに見入っている。

 

 私は、映画の内容なんて頭に入ってこなかった。 視界の端で、彼の横顔をずっと眺めていた。 ポップコーンに伸びる彼の手。 コーラを飲む時の喉仏の動き。 時折漏らす、「おぉ……」という感嘆の声。

 

 そのすべてが、愛おしい。 スクリーンの中の虚構のヒーローなんてどうでもいい。 私にとってのヒーローは、ここにいる。

 

 ふと、ポップコーンのバケットの中で、私たちの手が触れた。

 

「あ……」

 

 彼がビクリと手を引っ込めようとする。 私は逃さなかった。 バケットの中で、彼の手の甲を、自分の指でそっと撫でた。

 

「……会長……?」

 

 彼は小声で私を呼ぶ。 スクリーンからの青白い光が、彼の困惑した表情を照らし出す。

 

「……静かに。映画に集中なさい」

 

 私は前を向いたまま、囁いた。 けれど、手は離さない。 ポップコーンの下で、彼の手のひらに自分の指を絡ませる。 恋人繋ぎ。

 

 彼は抵抗しなかった。 いや、できなかったのだろう。 彼は緊張で身体を強張らせながらも、私の手を握り返してくれた。 優しく、壊れ物を扱うように。

 

 その温もりが、私の体温を上昇させる。 暗闇の中で、誰にも見られず、ただ手を繋いでいるだけの時間。 それがこんなにも背徳的で、甘美なものだなんて知らなかった。

 

 映画のクライマックス。 爆発音にかき消されるように、私は彼の耳元で呟いた。

 

「……好きよ」

 

「え? 何か言いました?」

 

「……なんでもないわ。ポップコーン、美味しいって言ったの」

 

 鈍感な彼には届かない。 それでいい。今はまだ、この曖昧な距離感を楽しんでいたい。 完全に手に入れてしまう前の、この焦燥感もまた、恋のスパイスなのだから。

 

 

 映画館を出た頃には、日は西に傾き始めていた。 夕焼けが街を黄金色に染め、人々の影を長く伸ばしている。

 

 私たちは公園のベンチに座り、缶コーヒーを飲んでいた。 映画の興奮冷めやらぬ彼が、熱っぽく感想を語っている。 私はそれを「ええ」「そうね」と相槌を打ちながら聞いていた。

 

 彼が楽しそうなら、それでいい。 今日の作戦は大成功だ。 彼の心に、「白鷺天音との楽しい一日」という記憶を刻み込むことができた。

 

「……そういえば、会長」

 

 話が一区切りついたところで、彼がふと私の首元に視線を落とした。

 

「……そのネックレス、似合ってますね」

 

「あら、気づいた?」

 

 私は鎖骨の間で輝く、小さなダイヤモンドのネックレスに触れた。

 

「……貴方に見せるために、着けてきたのよ」

 

「え、俺に?」

 

「そう。……ねえ、貴方も見せてくれる?」

 

「何をですか?」

 

 私はニヤリと笑い、彼の首元に指を伸ばした。 シャツの襟。 その下に隠された、昨日の「印」。

 

「……絆創膏、ちゃんと貼ってる?」

 

 彼は「あっ」と声を上げ、慌てて首元を押さえた。

 

「は、貼ってますよ! 言われた通り!」

 

「見せなさい」

 

 私は彼の抵抗を無視して、襟を少しだけ広げた。 そこには、ベージュ色の絆創膏が貼られていた。 私のキスマークを隠すための、小さな封印。

 

「……ふふ、いい子ね」

 

 私は絆創膏の上から、指でその場所をなぞった。

 

「痛くない?」

 

「痛くはないですけど……恥ずかしいですよ、これ」

 

「恥ずかしがることはないわ。それは貴方が『選ばれた人間』だという証明なんだから」

 

 私は満足げに微笑んだ。 早瀬理緒も、月見里静も、ましろも、蓮見先生も。 誰もここまでは踏み込んでいない。 私の刻印は、彼の肌に残り続け、鏡を見るたびに私を思い出させる。

 

「……そろそろ、行きましょうか」

 

 私は立ち上がった。 まだ帰りたくない。このままディナーに誘い、あわよくば……。 そんな期待を胸に、彼の手を取ろうとした時だった。

 

 スッ……と。 一台の黒塗りの高級車が、公園の入り口に滑り込んできた。 音もなく。まるで死神の馬車のように。

 私の動きが止まる。 見覚えのあるナンバープレート。 ボンネットに輝く、白鷺家の家紋。

 

「……まさか」

 

 車から降りてきたのは、黒いスーツに身を包んだ屈強な男たち。 そして、その後ろから現れたのは、初老の執事――黒田だった。

 彼らは一直線にこちらへ向かってくる。 周囲の空気が凍りつく。 楽しかったデートの魔法が、現実という暴力によって解けていく。

 

「お嬢様」

 

 黒田が私の前で恭しく一礼した。 その表情は鉄仮面のように無機質だ。

 

「……黒田。どうしてここが」

 

「GPSを辿らせていただきました。……旦那様がお呼びです」

 

「父さんが? ……今は無理よ。見ての通り、私は今……」

 

「緊急事態とのことです。直ちにお戻りください」

 

 黒田の言葉には、拒絶を許さない響きがあった。 緊急事態。父がそう言う時、それは私の個人的な事情など一顧だにされない、家にとっての「重大事」を意味する。

 

「……嫌よ」

 

 私は後ずさった。 背後の彼が、心配そうに私を見ている。

 

「今日は帰らない。彼と食事に行く約束なの」

 

「お嬢様。……これ以上、我々を困らせないでください」

 

 黒田が目配せをすると、スーツの男たちが一歩前に出た。 威圧感。 彼を守るように、私は両手を広げて立ちふさがった。

 

「彼に指一本でも触れたら、ただじゃおかないわよ!」

 

「……その方は、ご学友ですか?」

 

 黒田が冷ややかな視線を彼に向けた。 値踏みするような目。 「白鷺家の令嬢に相応しい人間か」を瞬時に判断し、切り捨てる目だ。

 

「……お連れしろ」

 

 黒田が短く命じた。 男たちが私に手を伸ばす。

 

「やめろ!」

 

 彼が叫んだ。 私の前に飛び出し、男たちの前に立ちはだかった。 無謀だ。彼のような華奢な体で、訓練された警護に勝てるはずがない。

 

「……彼女が嫌がってるだろ。離れてください」

 

 震える声。でも、その瞳は真っ直ぐに黒田を見据えていた。 私のヒーロー。 こんな時でも、彼は私を守ろうとしてくれる。

 胸が熱くなる。 同時に、絶望的な予感が私を襲った。 このままでは、彼が傷つく。 父の力は絶対だ。逆らえば、彼の日常ごと潰されかねない。

 

「……やめて!」

 

 私は叫んだ。 そして、彼の手を振り払った。

 

「……いいわ。帰る」

 

「え、会長……?」

 

 彼が驚いて振り返る。 私は必死に、涙をこらえて冷徹な「生徒会長」の仮面を被った。

 

「ごめんなさいね。……家の用事ができたみたい」

 

「でも……」

 

「今日は楽しかったわ。……帰りなさい」

 

 冷たく突き放す。 そうしなければ、彼が巻き込まれる。 私は自分から男たちの元へ歩み寄った。

 

「……お嬢様、賢明なご判断です」

 

 黒田が車のドアを開ける。 私は最後に一度だけ、彼を振り返った。

 夕暮れの中に立ち尽くす彼。 その姿が、涙で滲んで見える。

 

(……ごめんね)

 

 心の中で謝罪する。 もっと一緒にいたかった。 もっと貴方に触れていたかった。 でも、私の生まれた世界が、それを許さない。

 車に乗り込む。 重厚なドアが閉められ、外の音が遮断される。 走り出す車。窓ガラスの向こうで、彼が遠ざかっていく。

 

「……説明して、黒田」

 

 私は震える声で問うた。

 

「父さんは、私に何の用なの?」

 

 助手席の黒田は、バックミラー越しに私を一瞥し、淡々と告げた。

 

「縁談の話が進んでおります」

 

「……え?」

 

「先方との顔合わせの日程が決まりました。……その準備のため、本日から外出は制限させていただきます」

 

 縁談。 その言葉が、私の頭の中で虚しく反響する。

 

 政略結婚。家のための道具。 分かっていたことだ。いつかこんな日が来ると。 でも、まさか今。 私が初めて「本当の恋」を知った、このタイミングで。

 

 私は窓の外を見た。 もう、彼の姿は見えない。

 

 拳を握りしめる。 爪が食い込み、痛みだけが私が起きていることを教えてくれる。

 

(……ふざけないで)

 

 父の命令は絶対? 家の利益が最優先? そんなもの、知ったことか。 

 私は白鷺天音だ。 欲しいものは全て手に入れる。 たとえそれが、白鷺家という巨大な権力に牙を剥くことになろうとも。

 

「……覚えておきなさい」

 

 私は小さく呟いた。

 

「私は、誰の言いなりにもならない。……私の人生も、私の恋も、私が決める」

 

 黒いリムジンは、夜の闇へと滑り込んでいく。 戦いのステージが変わった。 今度の敵は、学園のライバルたちではない。 私の「血」と「運命」だ。

 

 待っていなさい、私のヒーロー。 必ず戻る。 この鳥籠を食い破ってでも、貴方の元へ。

 

 私はポケットの中で、彼と手を繋いでいた右手を、愛おしむように強く握りしめた。 そこにはまだ、彼のかすかな温もりが残っていた。




豆知識・ヒーローはやってくるより捕まえにいくものであり、なるものである

ここから先の展開について、どういう方向性が見たいかのアンケートです。参考程度なので確定ではないです。

  • このままヒロインを増やし続ける
  • 主人公取り合いルート(親友視点)
  • 主人公取り合いルート(ヒロイン視点)
  • 各ヒロインルート書く
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