美少女たちが金を払えば耳かきをしてくれる。しかも好感度が高い 作:三重知貴
――世界は、いつだって騒音で満ちている。
教室で交わされる中身のない会話。廊下をドタドタと走る無遠慮な足音。グラウンドから響く、青春を押し売りするような掛け声。
私、月見里静(やまなし しずか)にとって、現実はあまりにもうるさく、眩しく、そして粗雑なものだった。 他者と関わることは、エネルギーの浪費だ。空気を読み、愛想笑いを浮かべ、同調圧力という名の濁流に身を任せる。そんなことをするくらいなら、私は活字の海に溺れていたい。
本の世界はいい。そこには秩序があり、静寂があり、完結した美しさがある。だから私は、図書委員という「役割」を隠れ蓑にして、この図書室という箱庭に引きこもっている。「氷の図書委員」。「何を考えているか分からない暗い子」。周囲が私に貼ったレッテルは、むしろ私を守るバリケードとして機能していた。誰も私に近づかない。誰も私の平穏を乱さない。それでよかった。
でも。たった一人だけ、例外がいた。
あの人は、音もなく私の領域に入り込んでくる。放課後、西日が差し込む時間帯。私がカウンターで本を読んでいると、いつの間にか彼はそこにいる。彼は不思議な人だった。私に無理に話しかけるでもなく、かといって無視するでもない。ただ、窓際の席に座り、時には本を読み、時にはぼんやりと外を眺めている。彼がそこにいると、図書室の空気が少しだけ変わる気がした。張り詰めた冷たい静寂が、彼の体温で少しだけ緩むような、そんな感覚。
私は彼を排除しようとは思わなかった。彼がページをめくる音。彼が小さくつく溜息。それらは「騒音」ではなく、私の読書を彩る心地よい環境音(BGM)になっていたからだ。
いつしか私は、活字を目で追いながらも、意識の半分で彼を探すようになっていた。彼が来ない日は、物語の続きが入ってこない。彼が他の女子と廊下で話しているのを見かけると、胸の奥に黒いインクを垂らされたように、視界が濁る。
独占したい。閉じ込めたい。この図書室の鍵を掛けて、彼と私だけの物語(セカイ)を作ってしまいたい。
そんな、ドロドロとした暗い情熱を、あの人は知っているのだろうか。ううん、知らなくていい。気づかないままでいい。私が蜘蛛のように静かに巣を張り、彼が絡め取られるのを待っているなんて、そんなホラーじみた現実は、彼には似合わないから。
そう思っていたのに。今日、彼は自らその巣に飛び込んできた。
◆
カウンター越しに、彼が私を見つめている。その瞳は、まるで捨てられた子犬のように潤んでいて、それでいて獲物を狙う肉食獣のような切実さを帯びていた。
彼が取り出したのは、五千円札。それをカウンターに並べ、手を合わせる。耳を指差し、奥のソファースペースを指差す。
――耳かき。そして、五千円。
一瞬、思考が停止した。高校生にとって、五千円は大金だ。それを惜しげもなく差し出すということは、それだけの価値を「私」に見出しているということ?彼はそこまでして、私に触れられたいと?私に、癒やされたいと?
心臓が、肋骨を内側から叩く音が聞こえた。嬉しい。どうしようもなく、嬉しい。
でも、表情筋は動かさない。ここでデレデレと笑ってしまっては、私のキャラが崩壊するし、何より彼につけ上がらせることになる。私はあくまで「迷惑そうに」、そして「仕方なく」受け入れるふりをする。
「……バカなの?」
精一杯の罵倒。けれど、内心では彼の手を取り、踊り出したい気分だった。営業妨害? そんなの嘘。私は彼を、関係者以外立入禁止の聖域――カウンター奥の休憩スペースへと招き入れた。
本棚によって作られた死角。誰の視線も届かない、密室。そこに置かれた革張りのソファーに座り、私は自分の膝を叩くのではなく、ただ足を揃えて彼を待った。
彼が跪き、おずおずと頭を乗せてくる。
――重い。制服のズボン越しに伝わる頭部の重み。それは単なる物理的な質量ではなく、彼の「命」の重さだ。今、彼は無防備な急所(頭)を、私に預けている。私がその気になれば、彼を傷つけることもできる。その信頼――あるいは無防備さが、たまらなく愛おしい。
ひんやりとした私の太ももに、彼の体温がじんわりと染み込んでくる。私の脚は細くて、肉付きも良くない。いわゆる「ムチムチ」な感触ではないはずだ。それでも彼は、安堵したように息を吐き、力を抜いている。
……可愛い。普段は男子高校生として振る舞っている彼が、私の前でだけ、こんな幼児のような顔を見せる。この特権。この優越感。
私は彼から耳かき棒を受け取り、彼の耳に触れた。熱い。耳たぶが、ほんのりと赤い。彼は緊張しているのだろうか。それとも、興奮しているのだろうか。どちらでもいい。今は私が支配者だ。
耳の中を覗き込む。そこは、誰にも見せない彼の内側。鼓膜の奥、脳に近い場所。私が棒を動かすたびに、彼の神経が反応し、彼自身が震える。まるで彼を操っているような全能感に、背筋がゾクゾクする。
ふと。違和感を覚えた。
匂いだ。彼から漂う匂いが、いつもと違う。いつもの彼自身の匂いに混じって、異質なノイズが紛れ込んでいる。
甘く、上品な花の香り。これは香水? 柔軟剤?それに、太陽の下で乾いたような、熱っぽい汗の匂い。……女。それも、一人じゃない。
思考が一瞬で冷却される。脳内のデータベースが高速で検索をかける。この上品な香り……生徒会長、白鷺天音?この汗の匂い……あの騒がしい陸上部の、早瀬理緒?
――はしごしたの?
黒い感情が、胃の腑からせり上がってくる。嫉妬。怒り。不快感。彼は私に来る前に、他の女の膝にも頭を乗せていたの?あの女たちにも、こんな無防備な顔を見せていたの?あの女たちにも、耳の中を弄らせて、気持ちよさそうな声を出していたの?
許せない。許せない許せない許せない。耳かき棒を持つ手に力が入りそうになる。このまま突き刺してしまえば、彼は二度と他の女の声を聞かなくて済むかもしれない。そんな危険な衝動がよぎる。
「……汚い。」
口から漏れたのは、そんな言葉だった。物理的な汚れのことじゃない。彼にこびりついた、他の女たちの痕跡が汚い。今すぐ消毒液で洗い流してしまいたい。
「……匂いがする。」
彼がビクリと震える。図星か。分かりやすい人。嘘がつけない人。私は冷たい指先で、彼の頬をなぞる。怯えている?いいえ、もっと怯えなさい。私がどれほど深く、重く、あなたを想っているか。その深淵を覗き込んで、恐怖すればいい。
「……浮気者は、鼓膜突き破って、脳みそかき回してあげる。」
私の精一杯の愛の告白(脅迫)。彼は息を呑んだ。でも、逃げようとはしない。私の膝から、離れようとはしない。
その事実が、私の怒りを鎮火させ、代わりに奇妙な達成感をもたらした。
そう。彼はあちこち回った末に、最終的に「私」を選んだのだ。五千円という最大の対価を払って、私のところに辿り着いたのだ。あの完璧な生徒会長でも、元気な陸上部員でも、彼を満足させきれなかった。彼が最後に求めたのは、この静寂。私の、この冷たくて静かな愛。
――なら、いい。上書きしてあげる。私は意識を切り替える。耳かきは、ただの掃除じゃない。マーキングだ。他の女たちが残した感触も、記憶も、すべて私が塗り替える。もっと深く。もっと繊細に。彼が「気持ちいい」と感じる閾値を超えて、私の存在が脳髄に刻まれるように。
カリ……コソ……。音を立てないように、慎重に。でも、確実に。
彼の呼吸が整っていく。私の太ももの上で、彼がとろけていく。私だけの彼になっていく。
ああ、幸せ。この閉ざされた空間には、私と彼しかいない。本の匂いと、私の匂いだけが彼を包んでいる。
5分が過ぎた。もっと続けていたかったけれど、彼を起こす。彼は名残惜しそうに身を起こした。その顔を見て、私は確信した。彼はもう、私の虜だ。
彼がお金を差し出す。私はそれを払いのけた。
「……いらない。汚いお金。」
お金で終わる関係なんて、いらない。「サービスを提供して対価をもらう」なんて、そんなドライな関係で満足できるわけがない。私は、もっと粘着質な、断ち切れない鎖が欲しい。
だから私は、書架から一冊の本を選んだ。黒い表紙の、難解な海外文学。内容なんてどうでもいい。重要なのは「貸し借り」という事実を作ること。
「……その代わり、これ。貸してあげる。」 「……明日も来なさい。感想、聞くから。」
本を渡す。それは、私の魂の一部を渡すこと。彼が家に帰って、この本を開くとき、彼は私のことを思い出す。文字を追うたびに、私の声が脳内で再生される。彼は一人の時も、私に支配されることになる。
これは呪い。あるいは、契約。
彼は頷いた。また明日、ここに来ると約束した。
去っていく彼の背中を見送りながら、私はソファーに座り直した。彼が頭を乗せていた場所を、そっと手で撫でる。まだ温かい。そこに顔を埋めて、深く息を吸い込む。……私の匂いになった。他の女の匂いは、もう消えた。
本棚の隙間から差し込む夕日が、舞い上がる埃を照らしている。いつもと同じ、静かな図書室。けれど、昨日の私とはもう違う。
私には、待つ人がいる。明日、あの扉が開いて、彼が入ってくる瞬間を想像するだけで、退屈だった世界が極彩色に色づいていく。
ねえ。貸した本、ちゃんと読んでね。もし読んでこなかったら……本当に角で殴って、気絶させて、ずっとここに閉じ込めてあげるから。
私の栞は、もうあなたの心に挟んであるの。この物語は、まだ始まったばかりよ。
豆知識 先輩が患ってるのはどっちかといえば中二の方 それはそれとして独占欲強め
ここから先の展開について、どういう方向性が見たいかのアンケートです。参考程度なので確定ではないです。
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このままヒロインを増やし続ける
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主人公取り合いルート(親友視点)
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主人公取り合いルート(ヒロイン視点)
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