こちらオルクセン参謀本部 兵站部糧食課 食品研究室 作:Hastur_1
『オルクセン王国史』の二次創作ネタバレを含みますので、原作本編読了後に読んで頂けると幸いです。
グレーベンにも友人がいるといいなと言う話。
1:玉葱
――戦争は終わった。
対エルフィンド侵攻作戦「白銀の場合(ケース・ジルバーン)」呼称「ベレリアント戦争」は、昨年の星暦八七七年五月七日を後の戦争戦勝記念日として終結し、この物語はその翌年の春のことである。
オルクセン国軍参謀本部次長兼作戦局長、エーリッヒ・グレーベン少将は首都ヴィルトシュヴァインの王宮官邸にも比肩する、ヴァルターガーデンの北隣にある巨大な大理石作りの国軍参謀本部の庁舎施設――の片隅、端っこ、臆面もなく言えば、場末の一室『兵站部糧食課 食品研究室』にて、先週まで『予備の調理室』であった清涼な空気を吸いに足を運んだ。
軍内あるいは国内にて最も忙しい牡の一人と称される仕事種族のグレーベンであろうとも、紫煙濃く草灰に満ちた参謀室から逃げ出したい時もある――
「おい、邪魔するぞジーク」
「同期の柏葉に閉ざす扉は無いよ少将殿。
どうぞ、珈琲ならいくらでも出せる部屋だからね」
『食品研究室』の主、赤毛のジークハルト・ロートバルト中佐はオークにしては長身痩躯ながら落ち着いた洒落っ気を見せる。
端正な金髪の将官――同期にして階級を越えた悪友のグレーベンを迎え入れるに、この2つも階級が上の大参謀様は、そのある種の天才性由来の傲慢さもあって、本来、他所様に「邪魔をするぞ」と断りすら入れる性質ではないだろうが、この士官学校からの同期ロートバルトは数少ない、おそらくは唯一の気の置けない仲間内の受け答えが通じる相手であった。なにせ煙草が苦手なジークハルトのためにエーリッヒは葉巻の火すら消している。
もっとも、先般めでたく『療養中につき予備役』の枕詞が外れたロートバルト中佐にしてみればベレリアント戦争の最中――しかも激戦極まる「ディアネン包囲戦」の只中で病魔に倒れ、それでなお大病からの病み上がりを再び雇ってくれる古巣は、世に『すさまじきは宮仕え』と言えど『ありがたきは宮仕え』と言うものであった。
「まったく、お前がいない間の輜重課には苦労したぞ」
「申し訳ない少将殿。加え出戻りに部署まで頂き恐縮」
「国軍の基本方針は『参謀徽章を付けた牡は倒れるまで使え』というからな」
「だとしても、倒れた後の復帰祝いに一部屋見繕った訳ではないのだろう?」
「戦争は終わった。だが常に次の戦争を考えるのが罪深い参謀というものだ」
確かに、戦時中のロートバルト中佐は作戦と兵站の部署を横断し、各師団への食料弾薬糧秣備品医薬品といった各種補給物資の配分を担った人脈豊かな調整役として機能していた。
どの各方面からも「こっちに寄越せ!」などという、およそ恨まれ役になりかねない役柄であった温厚篤実なこの牡が病魔と心労で倒れなければディアネン市の包囲環直後における混乱は発生しなかったかも知れない、そんな歴史の影を背負う人材であった。
とは言え、参謀本部の大軍師が一部署作ってまでなすべき事とはやぶさかではない。地頭の良さならばオーク種の中でも最強格の牡が持って来る案件とは、およそ厄ネタであろう。
元々私事でも料理好きのジークハルト・ロートバルト中佐が室長役と共に拝領時には『食品研究室』の名称なれど、食品にまつわる各種難題を軍内横断して構わず処理する部署としてやってもらうと、組織上の上官である参謀本部兵站局長ギリム・カイト中将からは聞いてはいる。詳細は追ってと伺ってはいたが初っ端からの横紙破りである。
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「……なぁ、ジーク。俺と貴様の仲を見込んで頼みがある」
「士官学校以来、その発言から問題行動に遭わなかったことは今まで無いが?」
「まぁ聞け、心の友よ」
「まぁ、拝聴しようか」
「……もし仮に、今後戦役が起きるとしたら、
出征先の糧食で『玉葱』を食えるようにならんか?」
「ならない。ダメだよエーリッヒ。そもそもコボルトたちに悪い」
厄ネタだった。元はと言えば食味があって保存も効いて何かと便利な『玉葱』をオルクセン全軍の糧食から抜いたのは、食べれば中毒症状を起こすコボルト種への配慮であり、混入事故という名のうっかり防止のためでもあった。あと長葱と大蒜も禁止。先般業病を患ったロートバルト中佐としては呼吸の苦しさは身に染みて理解出来た。参謀部の高級将校が考えなけれなならないことかと言えば首を傾げるが全軍の士気に関わる立案を挙げよと言われれば首肯せざるを得ない。
「そこをなんとかできんか。下からも上からも意外に『玉葱』の要望が強い」
「僕は戦地での『大丈夫』ほど信用出来ないものは無いと思うよ」
知恵あるものは愚か。きっと創世記にも書いてある。
「それはそうだが戦地での食い物は士気に関わる。ジーク、貴様だって奥方の『馬鈴薯のパンケーキ(カルトッフェルプッファー)』が数か月単位で食えんと察せば気落ちの一つもションボリするだろう。俺はげんなりしたぞ!」
「エーリッヒ、それは新手の惚気ではないかな? 主語を大きくして少将殿の個人的な『家庭の事情』を全軍に持ち出さないで欲しい」
「公私の混同と笑えば笑え。俺は『立場的に』世の『父親と夫』にも配慮せねばならん、職権は乱用するものだ!」
『馬鈴薯のパンケーキ』とは、オルクセンの家庭料理的存在で、すりおろした馬鈴薯と『玉葱』と小麦粉と卵を混ぜ合わせ、こんがり狐色になるまでラードで焼き上げたもの。レシピは家庭によって微妙に異なるので個々に細かいこだわりがあったりする。エルフィンド戦役では長らく食べられない将兵が多くて身に染みた。
そして『立場的』と『父親と夫』という証言でボロが出る。そしてエーリッヒ・グレーベン少将殿の奥方は『あの』元帥閣下の末娘である。元帥の奥方とそのご息女が同系列の家庭の味であるならばこそ、少将殿が戦地で奥様の御料理をなるべく再現出来るなら、元帥殿もなるべく同様の御料理を――
「親父さん(シュヴェーリン)案件かこれ」
「個々人の『家庭の事情』ということだ」
「頑張りはするが、生々しいなぁ……」
とても高級将校同士の発言とは思えない言葉尻の裏口要請とは言え将官殿から初めての新規部署への指示である。ロートバルト中佐が言いたいことは幾つもあったが難題ならばこそ、遣り甲斐が出る性質でもあった。
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そもそも『玉葱』とは何か。玉葱とは園芸上では一年草もしくは二年草として扱われる、ネギ属の大きく肥大した鱗茎を食用として持つ種である。倒伏前に収穫した葉(葉タマネギ)もネギと同様に調理できる。狩猟採集社会から農耕社会へ移行するに伴い、現存する最古の栽培植物の一つとされる。
生では強い辛味、加熱すると甘味があり、乾燥と保存が効いて香味料としても野菜としてもサラダから炒め物にシチュー類に至るまで様々な料理に用いられる有用な食材ではあったが、コボルト族にとって玉葱中の硫酸化合物によって溶血性貧血の中毒症状を引き起こすとされて、加熱しても毒性は消えないため極めて有害であった。
「とはいえ、オーク族やドワーフ族にとっては家庭の味なんだよなぁ」
「こう、兵の個々人が携帯する、いわゆる掌握物品として納められんか」
「そうだな、粉末か薄片(フレーク)状の小型の瓶詰にできるか試してみよう」
掌握物品とは、糧食部が総括する配食を通さず各兵それぞれ自らが背嚢や雑嚢に忍ばせる形態物である。要は個人的に持ち込む塩の小瓶の様な物だ。法務部に確認したところ制限も出来ないし可能であるという返答を得た。
問題はその携帯性と保存性と臭いであるならば、乾燥野菜自体は市販物もあるがそのままの形にすぎてコボルトに申し訳ない。そのため携帯性に要する技術を確立すれば良いということである。
「凍結乾燥で粉末化と言う手もあるが、コストが悪いんだ」
「ただの乾燥だと風に舞って粉末が舞い散るだろうからな」
「いっそ、油で揚げる形で水分を抜いてみようと思う」
この『兵站部糧食課 食品研究室』は、元々『予備の調理室』であるため様々な調理実験が出来る。
食材を高温の油に投入すると、表面の水分が瞬間的に沸騰し蒸発する(揚げ物をする際に泡が出るのはこのためだ)と同時に、油に直接接した部分は熱変性し硬化する。食材中の水分が高温の油に入れ替わるため食材の中も熱される。
腐敗とは一般的に食材中の微生物の作用によって変質(不完全分解)する現象であり味の劣化や不快臭や有毒物質が生じるものだが、食材中の水分量によって引き起こされやすくなるため、揚げた後で油を抜いて再度乾燥すれば保存性も高く、薄片状にすることが出来た。
「乾燥野菜よりも風味が付いて良いんじゃないか」
「これは普通に調味料か食材として売れそうだな」
「シチューなどにそのまま入れても良いだろうね」
少将と中佐は試作した『揚げ玉葱の薄片』を材料にした料理――ほくほくした馬鈴薯のパンケーキ(カルトッフェルプッファー)に、揚げ玉葱をたっぷりかけたロメインレタスの焼き野菜サラダ、薫り高い玉葱の温まるコンソメスープなど、より量産性と発展性に寄与すべく試行と試食を重ね、グスタフ・ファルケンハイン国王から直々の呼び出しを喰らうまで食べ盛りの学生時代のように大いにはしゃぎ、堪能したのであった。
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「ボツだよ」
「「うだぁっ」」
――オルクセン国王グスタフによる猪の一声でグレーベン少将とロートバルト中佐はバタバタと二匹して机上につんのめった。
「おおぅ……愚かな質問を返す形で恐縮ですが陛下。駄目でしたでしょうか」
「各将兵の嗜好性を鑑み、携帯性としても調理面としても加工技術の
相応ではと思うのですが、というか駄目元の依頼は勘弁してください少将」
「いや、技術的にも一商品の使い勝手としても問題ないよ。
なにせファーレンス商会から特許の買取の話が来てるぐらいなんだけどね」
やはり『大丈夫』ではなかった。
知恵あるものだからこそ、そこは想定外だった事例が発生したのである。
――ギンバイ――いわゆる食物や備品をそっとチョロマカしたりすることだが、綱紀厳正であるオルクセン軍であっても稀に発生した。その軍規違反の上等兵(ブルドッグ種のコボルト族だった)は、そりゃ隠された物は見たくなるのが道理とばかりに、実験用に配備されたその木箱を覗いて、小瓶ひとつぐらい分かりゃしねぇだろとかっぱらい、粗忽者にふさわしくも手を滑らせて、中身の『玉葱』薄片をブチまけた。
兵舎の中は毒ガス訓練の如き阿鼻叫喚。多毛種のコボルトたちの中には喘息まで起こした大惨事であった。揚げているから良かったものの只の乾燥粉末だったら死者が出たかも知れない。
知恵あるものは愚か。きっと創世記にも書いてある。
「……これはもう一切合切持ち込まないで、済ませた方が良さそうですな」
「個々人の『家庭の事情』は、後方時の楽しみにどうぞということですね」
「困ったシュヴェーリンには私からも言っておくよ。
それにもう戦争なんか起きなきゃ良いんだけどね。世は平和が一番だよ」
「「御意に。我らが王よ」」
お陰で法務部から正式に『携帯品の規定』そして『出征時および原隊復帰時における実家等からの持ち出し品の規定』が出来ることになった。
軍法屋に「大規模な中毒が出る前で良かったですね」と皮肉まで言われたが、もっとも責任は少将殿に丸投げ、新規部署の立場としては特許に関する利益を国軍に差し出した事により一定内の評価とされた。加えて分かりやすい規定が出来たのはそれはそれとして良い事である。
尚、シュヴェーリン元帥におかれては内々に奥方ベアトリクス夫人に伝えられて適切な『家庭内での処理』がされたというから、公的にはともかく解決し、諧謔の側面が強くはあったが『兵站部糧食課 食品研究室』の前途は洋々ということになった。
以後食品とその加工や輸送に関する様々な難点揉事が持ち込まれる。もしくは期待の現れというものであろう。もっと働いて欲しいことでもある。
もっとも、エーリッヒとジークハルト個々人として言えば。玉葱の臭いが酷く身に染み付いて――星欧諸国の玉葱はオーク族や人間族であっても刺激が強めである――愛する奥様方に一週間ほど遠巻きにされたとと言う点においては『極めて甚大な被害』であったのだが。
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PixivFanboxにも連載しています。https://hastur.fanbox.cc/
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