こちらオルクセン参謀本部 兵站部糧食課 食品研究室   作:Hastur_1

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 食品と加工と栄養に関する与太話を書いて行きます。
『オルクセン王国史』の二次創作ネタバレを含みますので、原作本編読了後に読んで頂けると幸いです。

ランダム表の結果がすこぶる悪い。


11:ブドウ

――ヨーゼフ・フェルト軍曹は大変に不幸な牡であった。

ベレリアント戦争時においては銃砲飛び交う戦場音楽只中を掻き分けて、がなる胴間声の魔術斥候部隊付き下士官であった。現在は燻る兵宿舎管理業務を経て何の因果か栄光あるオルクセン参謀本部の士官従僕である。五体満足で戦地より生還出来れば御の字ではないかと、一例として親族を失った方々から問われるならば確かにその通りではあるが、本人にとっては必ずしもそうではない事もある。

 

およそ誰かには誰かにとっての幸運が在り、誰かには誰かにとっての不幸が在る。

それは硬貨を指で宙に跳ね上げた後に手の甲で捕まえて表裏を問う簡易の賭博に似て、仮に幸運の表を10回出し続けられる者も在れば不幸の裏を肝心要に引き当てる者もいる。ましてそのような者は表裏の意味すら変わりある。本来硬貨の裏表の確率は1/2でしかないはずなのに。

 

例えば、ふと屈んだ拍子に頭上の位置へと弾丸が通り過ぎる。

例えば、自分を追い越した兵が代わりとばかりに撃ち斃れる。

軍隊において幸運とは聖星教(スタリック)の祈りを持たぬ魔種族だからこそ非常に希求され得る要因だ。

だが逆に、ブドウを食べれば必ず酸っぱい房に当たる様な不幸を何故か連続して引き当てる者も存在する。

 

例えば、商店休日に限って宿舎自室のストーブの薪が切れる。

例えば、落としたパンがシュマルツを塗った面を下に落ちる。

例えば、出勤前に鏡が割れて、通勤途中に黒山羊が眼前を通り過ぎ、傘を持たぬ日には帰宅中に雨が降る。

そんな、確率の存在を嘲笑われる様な者が存在するのも確かであろう。フェルト軍曹はそんな牡であった。

 

そして、急いでいる途中に限って出来事に出くわす。

 

「――ご老人、如何シマシタカ」

 

キャメロット様式の仕立をしたウェストコート姿をしたオーク族の老紳士が道脇でうずくまっている。旧市街の宿舎を出て朝市の通りを抜け折れてデュートネ戦争凱旋門の脇を過ぎ新市街に入ったら海軍省の手前で曲がり、国軍参謀本部へ向かうという普段とは異なる通勤路である。

 

このような事象に軍曹は大変に弱い。下士官の教条としては『時間厳守にて遅くも早くも無く』『常に最悪の状況を想定すべし』『故に余裕をもって行動すべし』と新米上下共に訓示していた以前だが、本日に限っては不吉の予兆を既に4つほど積み重ね――起床時に勝手に室内で雨傘が開き、朝食ではフォークが折れ、出がけには靴紐が切れる――そして普段の通勤路が事故で通れず『失敗する可能性のある物は失敗する』という失敗の法則性をじっくりコトコト煮込んだような不幸であった。

 

「――持病のリウマチでな……すまん若いの。参謀本部まで頼む」

「ささ、小官の背に捕まって下さい。大した距離ではアリマセン」

 

ある種の威厳も垣間見える老紳士を背負い、歩く。なーに、オーク族とは言えご老人。戦時行軍の背嚢と比べれば軽い軽い。遅刻確定の我が身は不幸であったが此方の御老人にとっては幸運であろう。コボルト族の中でも体格の良いセントバーナード種のフェルト軍曹に見つけられたのだから。

 

「ちゃんと食っておる様だな若いの。軍人は食うのも仕事故にな」

「はっ、戦時において上官と司令部の薫陶宜しく感謝でアリマス」

「「軍用パンは満腹感をもたらし、満腹感は勝利をもたらす!」」

「国内はエンドウ豆とベーコンのスープ以外にも沢山あるからな」

「転属後の上官が美食癖にてご相伴に預かり現在幸運でアリマス」

 

ちょっとした世間話をしながら好々爺然としたオークを大柄壮年のコボルトが背負う孫の様に聊かの距離を歩く。およそ話題は戦時の事になろう。老紳士は年の功か話の聞き取り方が上手く話しやすく、軍曹には今朝の不幸の反動か珍しくも調子に乗り旅団軍歌を鼻歌にしつつ『――後備のはずだが最前線、ミヒャエル親父の喇叭響く、進め進め、トテチトチトタ、トテチトチトタ――』と、背負い歩く。

 

近くに三階建てで巨大な大理石造りの国王官邸が見えた。国軍参謀本部庁舎はその筋向いだ。

出勤時間としては大遅刻。敬するロートバルト中佐が苦笑してゲルズガルド少尉がお叱りになる事だろう。それと気付いた庁舎の歩哨が駆け寄って来た。事情を伝え担架を手配して、何やらすっ飛んできた参謀将校たちに引き渡す。それでは失礼イタシマスと、敬礼して去ろうとするフェルト軍曹だったが、御老人から礼と共に掛けられた言葉に硬直する。

 

「ありがとう、後備第一の我が息子よ」

 

――オルクセン軍において兵を『息子』と称するのはロザリンド世代からの老将たちの口遊であり、後備第一と言えば第四軍団に属する後備擲弾兵第一旅団において他は無い。すなわち――老紳士の名は先代の後備第一擲弾兵旅団長にして、今代の第一師団長。ミヒャエル・ツヴェティケン中将と言う。

 

かつて後備第一旅団、第十五師団第三四擲弾兵連隊に戦時所属していたフェルト軍曹にとっての最上位の上官たる旅団長であり、本来は巧言令色の如き囀りを嫌う彼であっても本日に限ってはウッカリ軽口を滑らしたかも知れない。つまりは――ヨーゼフ・フェルト軍曹は今日も不幸であった。

 

                      /*/ 

 

――今日もまた休憩とばかりに本来の職場自室から離れて香茶を嗜んでいるグレーベン少将は現在まさに捧腹絶倒中である。

よりにも寄って上官の眼前で失策をやらかすのは軍隊と言う社会環境では誰もが一度は仕出かした過去であり、かつての我が身よと本日の作戦部長殿の大笑い。今回、我が王グスタフ・ファルケンハインからの指示が偶然にもブドウ対策である事を良い事に、軍曹が礼にと中将から頂いた『干しブドウ』を勝手に摘み食いしながらであったが。

 

「軍曹の立場では旅団長の顔を覚えてないのも仕方ないよ」

「部隊最上位の将官の話など、命令の命令の命令だからね」

「えぇと、失敗になってしまうのも珍しい事なのですね?」

「そもそも、将官がその辺にいる環境こそ珍しいですわー」

 

うっかり。あるある。軽挙妄動。是非も無いね! 大体、オルクセンの重鎮は国王も王妃も元帥も大臣もが揃いも揃って腰が軽い。私的な遭遇率の高さは他国の比ではなく、そのため「運が無いね」とは「君のせいじゃないよ」という慰めの側面を以って破顔しながら軍曹を緩やかにかばう『食品研究室』の面々ではあるが、羞恥に顔を覆わんばかりのフェルト軍曹にとっては腕立て伏せ中では難しい所であった。

 

「まぁ、ツヴェティケン中将は平服だったそうだから、一般人に見えたんだろうね」

「えぇと、将軍というのは姉さ――王妃さま位しか知りませんが良くある事です?」

「いや実はな。ツヴェティケン第一師団長は、今度年末を以って退役なされるのだ」

 

――そしてこのような話題に変わればどうしても空気は沈む。

 

ミヒャエル・ツヴェティケン。

持病の関節リウマチに苦しみ幾度の休職によって出世こそ出来なかったが、軍歴の長さとしてはシュヴェーリン元帥やゼーベック上級大将らと同じく『ロザリンド会戦世代』となるオルクセン軍でも屈指の老将軍である。

 

『戦の匂いを嗅ぐ事が出来る』

『兵の機微を察した命令が出せる』

『敵の様子や兵力意図の洞察が出来る』

 

彼でなくば支えられなかった戦線も多い。

戦時舎営の村落では、痛みに震え、無言のままに、横臥し続ける事もあった。それでも先頭に立ち続けた。

 

ある種の猛将である。あのクーランディア攻勢にあった『ミヒャエルに従い配置につけ』と言う、繞回進撃攻勢作戦の命令符牒のその意味は、かつてデュートネ戦争の時代にて奮戦した、猪武者ツヴェティケンの異名を冗句にしたゼーベック上級大将流の洒落にして、逸話を知る者には「彼奴なら必ず殴り返す!」といった暗号の様な物であった。

 

すなわち名将である。ベレリアント戦争での戦勲以って旅団長から師団長となる中将に昇進していた。だが。

 

「関節リウマチは長命の魔種族だからこそで厄介だからね」

「血筋や煙草、関節の軟骨をすり減すのが要因とも聞くが」

「病気などへの抵抗力が過度に働くからと言う説もあるよ」

「故ツィーテン閣下も、本当に大変そうだったからな……」

 

各関節の炎症・痛み・腫れから始まって、硬くこわばる強直、関節の曲げ伸ばしが難しくなる拘縮、軟骨・骨が少しずつ破壊されて関節の変形や脱臼を起こす。発熱や倦怠感など全身にも症状が及ぶ。戦時亡くなられ元帥杖を贈られた老臣ツィーテンの落馬事故も痛みや発熱の疲れが要因となったであろう事は堅くない。

 

「小官が頂いた干しブドウには効果があるのでショウカ?」

「難しい。軟骨維持に効くとも疾病抵抗力に効くとも言う」

「本来は望ましい抵抗力も過剰効果なら逆効果なのですね」

「閣下の話はそれだけではない。ブドウの悪評にも似てな」

 

――ツヴェティケンは、兵を殺し過ぎた。そんな評判もある。

兵卒を想い温食を食わせよと気配り、また隷下の将兵も軍歌にするほどの敬意を払われていたとしても、戦死した遺族から見れば失った親族を犠牲に昇進したという、軍務を知らぬ民間ならではの解釈がある。ましてやツヴェティケンが指揮したのは、家長や立場があって本来は後方に在るべき後備兵。フェルト軍曹自身も生来その身分故にわざわざ後備配属されていた事を考えれば痛いほど理解出来た。

 

――ブドウも、風評に悩んでいる。食えば健康を害すると。

何故ならば昨年、星欧全域でブドウと葡萄酒産業を壊滅させてしまう大災厄、葡萄根油虫禍が発生した。

 

問題は葡萄酒醸造のみではなかった。未加工のブドウにおいても、市井での飲食・販売への忌避感情が発生した。それが既に別途の時期や地域にて収穫のブドウであろうとも。食えば飲めば病気になる、腹から虫が湧く等……すなわち根拠の乏しい風評被害であった。オルクセン西部ランゲンフェルト州モナート川流域においては、八七八年七月にヒューゲルベルク市に司令部を置く第10擲弾兵師団が軍役ながら葡萄疫病防除に大規模出動した事が逆に誤った論拠になってしまった。

 

「閣下もブドウも『そうだ』と思われたって事なのでしょうか、事実とは異なりますわ」

「後備旅団を動かしたのは俺だ。戦地盤面に在って将兵の区別なく最善を取るのが軍だ」

「はっ、閣下の指揮訓令無くば死傷者は更に多くなったでしょう。風評被害でアリマス」

「噂とは誰もが持つ最古の趣味だ、だが感情から故の扇動的かつ虚偽の感染は命を奪う」

 

昨年に負った被害と病害と悪名の払拭にオルクセン首都発行主要各紙ディ・ツァイトゥング、モルゲン・ポスト、オルクセン・クロニクル、オストゾンネなどで定期的な情報開示をしていたとしても市井の忌避感は未だに解けていない――

 

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それでは『ブドウ』について論述する。ブドウはブドウ科に分類されるつる性の落葉低木である。食用になる果実は多数の実を付けた房になって垂れ下がる。果皮の色により赤系・黒系・緑系がある。イスマイル帝国辺りが原産とされ古代から栽培されて来た。

 

本来は温帯の農作物で、平均気温が10度から20度程度の地域が栽培適地である。星欧では一般に乾燥を好み、センチュリースターでは湿潤にも強いが、種全体としてみれば水はけがよく日当たりが良い土地を好む。そのまま生食される他、乾燥させて干しブドウ(レーズン)に、果汁・ジャムなどの原料になるが、古くはブドウは生食する果物というより葡萄酒の原料である。

葡萄酒を原料としたブランデーや酢(ワインビネガー)も製造される。また、葡萄酒を製造する地域では、残った種子を搾油の原料としたり、絞った後の皮などの滓は肥料として処理されることが多い。

 

オルクセンの栽培環境では北限であるため、日照時間の短さと低気温から例え同じ種であっても産地がグロワールやエトルリアの物とは比較してあまり熟さず糖度も低かった。オーク族の甘味嗜好では葡萄酒の高級度に『糖度』を基準にしてしまうにも拘らず甘い葡萄酒が作り難かった。

 

「甘い葡萄酒は大好きですわー」

「グロワールのは酸っぱいデス」

「デュートネ戦争後は大変でな」

「ゼーベック上級大将の酒倉か」

 

星欧のワインと言えばグロワールであろう。デュートネ戦争の後、と言うのは戦後勝利による巨額の賠償金を博したオルクセンではあるがグロワールの美酒美食文化に大いに魅了された。例を挙げるとゼーベック上級大将の葡萄酒狂いは有名である。帰国した際には美味感銘を受けすぎて大量の戦利品――勿論、正規に購入した物ではあるが、その給与資金の大本は先の賠償金である。大勝しながらその利益は飲み食いに突っ込んだと言われても過言ではない。

 

いっそ大枚をはたいた挙句に国の食文化を更新させられたとも言っても過言では無いが、今代のオルクセン料理や外交にも良い影響を与えている事から元は取ったと言って良いのかも知れない。元々は戦勝賠償金なので差し引き零だが。

 

「ともあれ、ゼーベック親父が「みんなの代わりに儂が飲む」と赤顔晒されるのも困る」

「フィロキセラ禍は我が王のご指示で、植物検疫と接ぎ木による対策がされていますわ」

「つまり、私たちが行うのは風評対策だね。これまでとは違う『物語』を作るとしよう」

「えぇと『物語』ですか?」

「法螺は大きく吹くものさ」

 

グスタフ王は生食用にも菓子類にも干しブドウの使用にも申し分のない寒さにも幾らか強いブドウを作らせるべく、王立葡萄研究所に出資していた。その成果は王妃によって命名されたゾンネンシャインという太陽光を意味する種なしのマスカット種が完成し、更なる対病性も研究されていたが、普及するまでには幾分か掛かるだろう。故にロートバルト中佐が検討しているのはその加工法や見た目と実用性である。

 

「少尉、湿度の効果は知っているかい?」

「えぇと、重たい感情の関係を表現……?」

「言い方が悪かった。食品中での水分量だね」

 

ここでまず、ツヴェティケン中将に頂いた干しブドウの様に干す事にする。干した果実は水分を蒸発させているので栄養素が凝縮されていると共に食べ易いだけでなく、水分量が少ないために腐敗し難いと言う利点がある。そのためパンやお菓子の中に入れ混ぜたり、サラダの盛り合わせや、野菜や肉と一緒に煮込んでポトフやリエットなどの料理にも使う事が出来る。

 

干しブドウの制作においては太陽の下で5日から7日間の天日乾燥する過程で、ブドウの中に含まれている糖に褐変反応が起こるため天然の茶褐色に変化する。だが乾燥前に、洗浄剤にも肥料にも使用出来る草木灰から作った炭酸カリウムとオリーブオイルを合わせた物を吹き付ける事によって、乾燥時間を3日から5日に短縮させる事が出来、乾燥過程が短いので色は黄色からオレンジに近くなり蜂蜜の様な甘さにする事が出来た。その後、二酸化硫黄を使用して酸化防止すると共にヒマワリの種油を吹いてくっ付かない様にする。

 

「ほぅ! 干しても尚、太陽の輝きを持つと言うのは如何にも『魔術的』じゃないか」

「これを『淑女の発見』と呼称しようじゃないか、私たちでは有難みが欠けるからね」

「あっ、私を宣伝看板にするつもりですね!? グルティナさんも逃がしませんわ!」

「わ、私も出るんですかぁ!?」

「残念ながら諦めるでアリマス」

「試みはそれだけじゃないよ?」

 

ロートバルト中佐はそう嘯いて、酵母の入ったパン生地にふんだんにバターを加えて大量の干しブドウや胡桃、粉末状に砕いたアーモンドやシナモンやナツメグなどの香辛料を混ぜ込んだ。贅沢にもイザベリアやイスマイルから輸入した高価なレモンの皮を砂糖で煮付けたレモンピールも入れてしまうので、ゲルズガルド少尉とモリエンド嬢からは黄色い悲鳴が上がっておりフェルト軍曹は硬直している。

 

半円で長い形状にまとめて焼き上げると、冷めない内に大量の溶かしバターに潜らせた後に真っ白になるまで粉砂糖をたっぷり振りかけた。それは手の届かない遠い南国。それも悩みも苦しみも無い平和な幻想の――

 

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美味しく頂きました。食後には珈琲と陸軍参謀教令にも書いてある。書いてないが。かなり濃い目の甘さもあって腹持ちが良い。加えて水分量をかなり遮断しているため冷暗所に保管して置けば一ヵ月は日持ちもするだろう。つまりは、保存して少しづつ切り分けて食べれば年末まで食い繋げられる。お忙しい主婦の方々や走り回る先生方々におかれても良き労務軽減となって欲しい。

 

「効率化と言うのは適度に手を抜けると言う意味だよ。真面目なのも程々に」

「そりゃそうだ。余力が無い蒸気機関なんぞいつ爆発するか分からんからな」

「はっ、小官も時々には『適当にやれ』と兵卒に指示を出すこともアリマス」

「「なにか別の本音という物がありそうですね?」」

「「旦那としては年末ぐらい奥様を休ませたい!」」

 

――十一月も末になるとオルクセンの各家庭では、モミの木で作って飾ったリース『ユールクランツ』を飾る。そして蝋燭を灯して行けば十二月二五日の冬至祭(ユール・フェスト)を待つばかりとなる。たまには勤労を感謝した日と言う名目で夫婦水入らずの日があっても良い。

 

「それにブドウも新しい色彩を持ったオレンジの色の干しブドウにして、太陽の光を浴びたる祝福された物と」

「オレンジと言う色もある種の『伝説』だからね。そこから贅沢品にして縁起物という概念を付加させたいね」

 

呪いは祝いにて打ち消す物、言葉には力が宿りそれが風評であろうともだからこそ『物語』を提示・流布して上書き塗り潰す。加えて贅沢な腹持ちと確かな保存食と言う実用性を以って、主婦と教師を味方にするという――グレーベン少将に言わせれば詐欺師の手口であった。ロートバルト中佐としては宣伝工作とせめて言って欲しいが。

 

――古オルクセンの詩にレモンやオレンジなどの柑橘類の記述があれば、それは決して届かぬ理想を意味している。かつての技術では育つ環境状況では無かったためだが、広範な意味になる兵站概念の中で輸送と言う一部分に限って尚も『入庫・保管・管理・運送・分配』と言った各要点に分割され、それだけ温度や湿度よる腐敗や病害による損失が大いなる悲喜劇になっていたと言えよう。

 

ちなみに、国王官邸の庭園内ではヴァンデンバーデンの地熱を利用してファサード屋根と大きなガラス窓による『オレンジ温室』があり、流石の我が王よと称えつつも、今は亡き愚かなる仮想敵国グロワールの皇帝が浅ましき嫉妬にて同様の建築物が作られようとしたが結局未完に終わったらしい。はははザマァ。

 

――そして、旧き帝国は倒れ、新しき国は興る。歴史伝承を飲み込み、更新を続ける王国はまた進む。

 

「それにな。干した果実は乾燥であると同時に、熟成と言う旨味もある物さ。ここら辺の話は親父や岳父殿に語らせると長いが……」

「ツヴェティケン閣下の話も気にし過ぎても行けないよ。退役後には退役軍人協会の名誉職へと推されている。彼の御仁ならばって」

 

戦争で生じた離職者、傷病兵、障害等の後遺症を負った者は数多い。

義手や義足の開発を促し、公共機関での事務員や軽労働者、そして各種資格の取得制度など社会復帰を促す仕組みを作るべく、猪武者ツヴェティケンの異名再びと邁進される実行者となるだろう。兵に愛された将なればいずれ風評も払拭されると信じ、若い者にはまだまだ負けぬと進め。またまた進め、トテチトチトタ。

 

「ところでですが、この菓子の名前は何と呼ぶのでアリマスか?」

「例え今は暗くても太陽を想い征く『隧道』と言うのはどうだい」

「輪切りにすれば、ちょうどそんな坑道の様な形をしていますわ」

「バターの壁をまとった外側に粉砂糖の白雪が降ってるんですね」

「来月八七九年頭にはシルヴァン川の拡張運河工事も始まるしな」

 

――数日過ぎ去りし年末休暇中の事である。先の『物語』は正しく機能して『隧道』の美味さと宣伝看板に用いたゲルズガルド少尉とモリエンド両嬢の可憐さもあってか少しづつブドウ風評被害は払拭されつつある。このままならば数ヶ月を待たずして悪評は消え去るだろう。

 

フェルト軍曹は実家が商家であったためか節約家にしてある意味では吝嗇家であり、無趣味ないしは軍隊商売が趣味にて貯金の残高を増やすばかりであろうとも、ロートバルト中佐に先日作って頂いた『隧道』を未だに食べ続けていた。

本来は冬至祭までには食べ終わっているはずであり物持ちが良いと言うよりは軍隊的な反復動作なのかも知れず『食品研究室』に所属するまでの粗食生活が長すぎたのかも知れないが、果実の風味が時間経過と共に生地へ移って行くために『これはこれで』と言う認識であった。

 

だが此処で各位に再確認して欲しいのは『例えば、商店休日に限って宿舎自室のストーブの薪が切れる』そんな――失敗の法則性をじっくりコトコト煮込んだようなフェルト軍曹の不幸振りである。幾ら多くの『隧道』を職場でもらっていたとしても、一昨日にその場の勢いの親切心で近所の子供たちへ数切れ渡してやった事による計算の過誤が原因である。

 

兵站切れによる食料難で空腹を抱えようとも、本日の大晦日に開店している商店などオルクセン国内に存在しないのだから――ヨーゼフ・フェルト軍曹は大変に不幸な牡であった。

 

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◆はすたさんの与太話。

例えば、商店休日に限って宿舎自室のストーブの薪が切れる。
例えば、落としたパンがシュマルツを塗った面を下に落ちる。> マーフィーの法則! 認知バイアスの場合もありますがw

シュマルツ > 動物性脂肪を融かして精製した食用油の事です。
炒め物や揚げ物に用いる他、菓子に用いたり、野菜や果物入りの物をパンに塗って食べたります。

例えば、出勤前に鏡が割れて、通勤途中に黒山羊が眼前を通り過ぎ、傘を持たぬ日には帰宅中に雨が降る。
室内で雨傘が開き、朝食ではフォークが折れ、出がけには靴紐が切れる > 各国の不幸ネタですね><

ミヒャエルに従い配置につけ > 本作の独自設定ですが、宿老同士にしか分からない身内ネタとか良いですよね。

関節リウマチ > 
本来、細菌やウイルスから自分を守る免疫機能に異常が生じて自分自身の身体に対して働く自己免疫疾患の1つです。
該当箇所の関節に痛みや炎症を引き起こすと共に、重篤化すれば関節の変形や軟骨の破壊が起きるだけでなく、
発熱・倦怠感・食欲不振と言った全身症状を伴い、業病である間質性肺炎などを引き起こす可能性があります。
病気の原因は喫煙が疑わしいともありますが正確には未だ解明されておりません。
治療として生活環境の改善や・薬物療法・リハビリがある程度有効です。

干しブドウ(レーズン) > レーズンは皮ごと乾燥させるため、カリウムや鉄分などの栄養素や食物繊維を多く含み、抗酸化作用や整腸作用があり生活習慣病の予防効果があります。
ですが、関節リウマチに効くかと言われると全く全然効かない訳ではないとは思いますが流石にレーズンの摂取だけで無理があり、本質的には自己免疫疾患のため、現在ならば医師の指示下で免疫抑制剤や血糖値の抑制を行う糖尿病薬などの薬物療法が必要となるでしょう。

検疫とは、特定の国や施設に出入りする人、輸出入される動物や植物及び食品や飼料等、その他、生物を原材料とする物品や生物が含まれる可能性のある土壌・岩石等を一定期間隔離した状況に置いて、伝染病の病原体などに汚染されているか否かを確認、検査する事です。また、伝染病患者の早期発見・隔離・消毒や媒介動物の駆除、予防接種などを行う事は防疫と呼びます。

褐変反応は、還元糖とアミノ化合物を加熱した時などに見られる、褐色物質(メラノイジン)を生み出す反応です。メイラード反応と呼称される方が多いでしょう。1912年にフランスのルイ=カミーユ・マヤールによって提唱されました。身近な所で言うと、焼きマシュマロなどの表面の色や風味の原因です。

炭酸カリウムは昔から『壷の灰』として、油汚れを落とすアルカリ液に用いられています。

レーズンをドイツで翻訳する場合、ルジーネン(Rosinen)と呼ばれます。日本で連想されるような普通のレーズンです。
今回用いているのは、ズルターニエン(Sultanien)という作業工程です。トルコ系の甘いレーズンになるはずです。
他にはギリシャ系の別種から作る、コリンテン(Korinthen)という茶色のレーズンがありますが、少し酸味があって粒も小さいため、エルフかコボルト向き(オークの指が入らない)になると思います。

種なしブドウの栽培には、植物ホルモンの1種である『ジベレリン』の処理が必要になります。1926年に日本の黒沢英一が発見しました。本来『ジベレリン』には、植物の生長を促す効果があり、生育促進・開花促進・果実肥大などを目的として使用されますが、ブドウの場合『ジベレリン』を使用すると、受粉しなくても果実を作る事が出来ます。

レーズンの大量生産は1876年にウィリアム・トンプソンがカリフォルニア州の品評会に「レディ・ディカバリー」という名の『種なしブドウ』を出展した事から始まり、トンプソン・シードレス(Thompson Seedless)と呼称されるようになったと言われています(それまではレーズンを食べる際に種を出すのが面倒でした)

オルクセンの場合記述が無いのでぼかしていますが、しっかりとしたボディを持つワイン作りには発酵後の圧搾時にタンニンを含んだ種が必要なため、ゾンネンシャインには種があるんじゃないかなぁ……つまりレーズンも食べる際には種を抜いている(めんどい)のでは……?

ポトフとは、フランスの家庭料理で『火にかけた鍋』という意味です。牛肉・豚肉やソーセージなどと、大きく荒く切ったニンジン・玉ねぎ・カブ・セロリなどの野菜類を、じっくり煮込んだ鍋料理全般を指します。

リエットとは、フランスの肉料理で『豚肉の塊/断片/欠片/一切れ』という意味です。肉をすり潰して調味する『パテやコンビーフ』に似たシャルキュトリ(食肉加工品)の1つです。長期保存が効いてパイに詰めたりパンに塗ったりします。
各地域のレシピでは、スパイス・ハーブ・ワイン・レモンなどで風味を付ける事もあり、レーズンや細かく刻んだピクルスやクリームチーズと混ぜる事もあります。本来は豚肉ですが鶏肉や魚肉やジビエ肉を使う事もあります。

『隧道』> シュトレン(シュトーレン)の発祥は1329年にドイツ・ザクセン州のドレスデンの司教に贈呈した物が由来と言う説があります。ですが、オルクセンには聖星教(スタリック)が存在しないため、シュトレンも存在しない事になります!w
また、シュトレンという名前はトンネル型の形状からドイツ語で『坑道』を意味します。なので『隧道』ですねw
ドイツではクリスマスを待つ4週間のアドヴェント(待降節)の期間に少しずつスライスして食べる習慣があります。

本来の大晦日(ジルヴェスター)は『ベルリーナー』と言う、イースト入りの甘いパン生地を油で揚げ、外には粉砂糖やアイシングを掛け、中にマーマレードやジャムやチョコレートのフィリングを詰めたパン菓子を食べます。
つまり、軍曹がケチなだけ!w

レモンやオレンジなどの柑橘類の記述 > 
ドイツ文学の文脈では、柑橘類はほぼ生育出来ないために『遥か遠い南の国』と言う意味であると同時に、アヴァロンとかエリュシオンとかティル・ナ・ノーグみたいな、こう……ゴダイゴの『ガンダーラ』の歌詞みたいなユートピア的な概念らしいですよ?

                      /*/ 

◆今回のボツネタ。

オルクセン首都ヴィルトシュヴァインにおけるシティアド・ランダム表。
サイコロ2つ(2D6)を振った合計値を求めて該当箇所をご覧下さい。

 2:グレーベン少将が奥様に関節技を掛けられている。この光景を目撃した探索者は0/1D3正気度ポイントを失う。
 3:犯罪に巻き込まれる。貴方は1D3日行動する事が出来ないが、参謀本部にコネクションがある場合は回避できる。
 4:オルクセンの高度な鉄道運用や、国王官邸を始めとする高楼大廈などの技術力に改めて敬服する。特に効果は無い。
 5:旧市街で複雑な道に迷ってしまった。INTで能力値ロールを行って失敗した場合、現在が日中ならば夜間になる。
 6:アンファウグリア旅団による国王官邸警護隊の交代式で小銃操演(ライフルドリル)に見とれる。特に効果は無い。
 7:喫茶店イーディケで出されたオレンジの氷菓を味わう。貴方は今日一日全ての判定に+5%の修正を加えても良い。
 8:ヴィルトシュヴァイン名物の朝市で、様々な作物や品物を見学や買い物をして大いに知見を得る。特に効果は無い。
 9:オルクセン名物料理と共に冷たいピルスナービールを大いに堪能出来た。貴方はHPを最大値まで回復しても良い。
10:コボルト族の愛らしい子供たちに取り囲まれる。とても可愛いもふもふ。特に効果は無い。とても可愛いもふもふ。
11:グルティナ・モリエンド嬢が畑を耕している。野菜を分けてくれて貴方は1D6日分の食費を浮かせる事が出来る。
12:我が王かディネルース王妃が唐突に登場して、あらゆる諸問題が解決する。セッション終了です。お疲れ様でした。

尚、貴方のキャラクターがフェルト軍曹である場合は、シーンが面白可笑しくなるように
運命の神様(ゲームマスター)が、サイコロの目の合計値に『±1の値』まで勝手な修正を加えても良い。

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コミケ106、8月16日(土曜)東5ホール【タ49ab】お誕生日席にサークルスペースを頂いております。
電源不要ジャンル(TRPG系)ですので『オルクセン』周りは無い予定です(評論かミリタリ系になっちゃう)
新刊は、様々なファンタジー・ゲームご飯をまとめた読み物『ゲーマー向け幻想食品論』を予定しています。

次回コミケ以降のどこかで、
ナポレオン戦争や普仏戦争などの『近代戦記モノ』を題材にした、オリジナルTRPGシステムを制作予定です。

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