こちらオルクセン参謀本部 兵站部糧食課 食品研究室 作:Hastur_1
『オルクセン王国史』の二次創作ネタバレを含みますので、原作本編読了後に読んで頂けると幸いです。
一字違いで大違い。
――ヨーゼフ・フェルト軍曹は大変に不幸な牡であった。
彼は元々、東西に国土が長いオルクセンの西部、ハウプトシュタット州ネーベンシュトラントの産である。
エルデ川の河口を背にパッデルン湾を抜けて外洋に出れば、北東に旧エルフィンド、南西にアルビニーに至るオルクセン第二の都市でフンデ同盟を歴史的背景として持つ商業港。
様々な物品の輸出入港であり、原材料を加工する一大商業域。ベレリアント戦争時においては通商破壊の拠点である『グスタフ王の海賊船隊』の母港であった……この感傷には鼻に抜ける様な独特の辛味がある。
「――あまり変わっていないようで、変わっているでアリマスな」
西部の産まれ故、この地方においては首都ヴィルトシュヴァインの産たる者と比べて語尾に聊かの癖がある。
彼はそこで大きくも無く小さくも無く程々の、精巧な家具を仕入れ扱う商社の次男として生まれた。軍に類する物の家系ではない。
だが、年は離れていたが仲が良く温和で社交的な育ての兄、フリッツと比べて体格に優れ身体を動かすのが好きで、度胸があって地頭は良いが口が特段に回る訳でも無い朴訥であり、調子外れの胴間声ながら遠距離通信魔術の才に優れたために、実家は兄に任せて自らは身一つで食っていける軍隊へと入る事を思春期から決めていた。
地元のハウプトシュタット軍管区ではなく、首都ヴィルトシュヴァインに向かったのは都合ではなく感傷による物である。それは多く語るべきでは無い淡い青春の想い出が故、ただ遠くに行きたかっただけであった――そして、軍務に服する事しばらくの時が流れる。
上官に臆する事なく呶鳴り散らしていたにも関わらず下士官となっていた彼に、最初の不幸が、2つ連続して起きた。
1つは言わずもがなのエルフィンド戦争の勃発であり、もう1つは未だ子がいなかった兄夫婦の身に起きた当然の事故死である。
既に両親は亡く、親類は運悪くかつてのデュートネ戦争の影響で悉く持ち崩しており、実家と家族と言えるのは生まれの商社と従業員たちであった――帰らねばなるまい。兵隊商売しか知らずとは言え、実家を継ぐために兄夫婦のためにも帰らねば。そう、この戦争が終わったら……。
「――軍に慈悲は無いと言われるマスが、割と温情はアリマシタ」
陸軍人事部は彼の身の上を考慮して、後備第一旅団、第十五師団第三四擲弾兵連隊へと転属させた。
後備である。そこは一家の主など年配者が多い後備ないし予備兵で構成されており、旅団長はミヒャエル・ツヴェティケン少将。
ロザリンドの空気を知る経験豊かな名将であった。流石に急な開戦勃発に退役は許されなかったが、彼を生還させるために最大限の配慮をしてくれたと言えよう。
だが、戦場の棋譜は後備第一を最大限酷使する位置になってしまった。望む望まぬに関わらず武勲とはまず最初に『そこにいる』事であろう。リヴィル湖畔の戦い・ネニング平原会戦の包囲環・ストルステンブロウ防衛戦など、いずれも退役後の武勇伝足り得る激戦区を駆け抜けた鬼軍曹に次なる不幸が起きていた。
「――まぁ、大きな街の良くあるような名前ではアリマスからな」
開戦早々の戦死公報に、ヨーゼフ・フェルトの名が載ってしまったのである。
勿論誤報だ。一字違えば大違い。事務方の過失か、逓信局の誤記か。ともあれ、フェルト家の商社従業員たちは敬する社長に続いて故郷を離れた最後の後継者も失った。そう判断した。そのように、未来を失った従業員たちは心が折れてしまった。
――そして、ヨーゼフ・フェルト軍曹が復員後に、動員解除の扱いとして生家に戻ればそこは更地となっていた。
残された従業員たちにとってみれば家族や若集たちの今後の生活も掛かっていよう。いっそ戦時ながら厳粛に社長夫婦の葬式を差配して、完璧かつ身綺麗に事業や会社資産を片付けて関係者各位へ公平に配分した者たちを褒めてやった程だ。
地に頭を擦り付けんばかりに詫びる彼らと、父母と兄夫婦の墓に背を向けて。首都に戻り軍隊に出戻り、練兵所の管理者から参謀本部へと移り、現在に至る彼は、仕事の一環とは言え今一度、ジークハルト中佐の命による数日の滞在として故郷ネーベンシュトラントに戻っていた……この感傷には鼻に抜ける様な独特の辛味がある――
「また会ったな、後備第一の我が息子よ」
――背後から哀愁を断ち切る、威厳があって優しい声が聞こえた。
/*/
――戦後とて、いや戦後だからこそ生きて行くためには起きて食い働かなければならぬ。
しかしながら、そこが首都ヴィルトシュヴァインのゾフィ通りからジーベン通り、マン通りからアス通りの間にある一画、旧市街と新市街の接点に位置する『中央』であり、その職場が軍隊にとって知の集積所たるオルクセン参謀本部庁舎ならば懊悩の余地があるのではないか。ちなみに国王官邸は筋向いにあって三階建ての巨大な大理石造りである。まさに国家の中枢と言えよう。
そんな桃李満門な城塞であろうと『食品研究室』は場末故にか笑いの絶えない職場であった。オルクセン軍参謀本部・作戦部長グレーベン少将、本日の大笑いである。もっとも同時刻の大会議室では兵站部長カイト中将がグレーベンの不在にガンギレ中ではあったのだが。あぁ、珈琲が美味しい。
「貴様、出張先でもツヴェティケン翁に使われるとはよくよく縁があるな」
「はっ、車椅子に座っておられましたが大変お元気そうだったでアリマス」
「その車椅子を向こうにいる間、ずっと動かしていたとは貴官も人が良い」
「はっ、元々押していた奥方の代わりの力仕事なればと思ったでアリマス」
「車椅子! あれも我が王のご提案だとか。ドワーフたちの技術力ですわ」」
「でもお元気そうで良かったです。退役軍人協会の会長をされているとか」
ツヴェティケン翁は退役軍人協会の差配をする事となった。グスタフ王は傷病兵のための下級官吏任状制度を整備し、身体に欠損を負った身でも事務員や簡易労働業務などの職を以って社会復帰を促す仕組みを作り上げた。それは行政制度のみならず、機能・外観の再現を目的に車椅子や義手・義足と言った不具合部位に応じた補装具開発、そしてその開発生産する企業支援も含んでいる。そのためネーベンシュトラントに滞在していたのだったが、ちょっとした市場調査のために派遣されていたフェルト軍曹と『偶然にも』出会ったのである。
尚、車椅子に関しては、戦時大いに生産した軽野戦砲の車輪の知見技術やドワーフたちの加工技術を元に、普及には今しばらく掛かるものの『まるで時代を早回しにした様な』軽量・高機能の物が作られていた。
「そしてまた、御礼の野菜がどっさりと」
「食い物で釣ってる気配も多少はあるな」
「若者に食べさせる年長者あるあるでは」
「もう若者を名乗るには苦しくアリマス」
「?」
ゲルズガルド少尉以外はあまり年齢の事は考えたくはない御年頃の面子(モリエンド嬢も含めて)だが、送られて来たのは若い青葱のような細長い葉の根元に白色の小さな鱗茎が付いた物だ。鱗茎には新鮮さを保つためまだ砂が付いている。それは育つ前の玉葱にも似て――
「うん? こいつはコボルトたちでは喰えん、長葱か玉葱じゃないのか?」
「いや、これはエシャレットだよ。長葱でも玉葱でもないから食べられる」
「あら、エシャロットはグロワールの小さな玉葱の事では無いのですか?」
「エシャレットは若らっきょうで、エシャロットは玉葱の一種。別物だよ」
「らっきょうの一種ならば、小官らコボルト族でも食べられるでアリマス」
「道洋原産の若らっきょうを陛下の御指示で農事試験場で生産しています」
「ツヴェティケン翁の御礼に我が王の差配も絡んだ贈り物だなこれは……」
一字違えば大違い。
エシャレットは、軟白栽培して若採りしたらっきょうの事である。一般的ならっきょうほど香りやクセが強くないためピクルスなどの用途と共に生食する事が出来る。だが、エシャロットとの類似・同一の名称であり市井での扱いに混乱が見られる。
エシャロットは、小型で痩せた赤皮と言う印象の玉葱の変種である。ニンニクのように鱗茎が分球している。星欧では一般的な野菜で炒めると香りが良く玉葱同様に甘味が出てグロワール料理に良く使われる。エシャレットとの混同を避けるために『アルビニーエシャロット』と言う別名がある。
「ややこしい名前を付けるな!」
「だが、問題は此処からなんだ」
エシャロットは先述の通り玉葱の一種である。つまり長葱同様にコボルト族が食べると腎臓に重篤な中毒症状を起こす。
同様に、コボルト族が食べては行けない中毒を起こす物として『玉葱・長葱・浅葱(アサツキ)・ポロネギ(リーキ)』がある。
だが、エシャロットの近縁種には『ニンニク・チャイブ(シブレット)・らっきょう』がある。この近縁種はコボルト族でも食べる事が出来るのだ。成分も近いはずが、この差には一体何があるのか……?
/*/
それでは『らっきょう』について論述する。らっきょうはヒガンバナに分類されるネギ属の多年草である。原産地は華国(フラワズリ)北西の山岳地帯とされ、エシャレットの場合は若採りのため一年草になる。
先般、にんにくの際にも記述した様に『五辛』として華国や道洋における宗教僧侶では『にんにく・ニラ・長葱・玉葱』と共に忌避される臭いの強い野菜であるが、身体を温める効果があるとされ、前述の通り臭いが強く強壮強精・疲労回復・抗菌作用の作用がある薬草として、鱗茎を食用とし独特の匂いと辛味とが歯応えがある。
鱗茎は玉葱より遥かに小さく、葉は長葱より細く、通年栽培で小さな鱗茎を晩夏9月上旬に畑に植え付けて冬を越し、翌年の初夏7月上旬に葉が枯れて休眠状態に入ったら鱗茎を収穫する。栽培は容易で、土質を選ばず冬の寒さにも強く連作障害も無く植え付けるだけで簡単に出来る。収穫後は芽が出やすいため早めに食べる事を勧める。鮮度を保つために葉付きで根に砂泥を付けたままで流通する事がある。
「強弁するならば、玉葱とにんにくとにらを混ぜた様な」
「使い方は似た様な物だね。若いから辛味は薄いけどね」
「では玉葱の代わりに使えば良いのではありませんの?」
「生産量の兼ね合いもあるし、小さいから食べ甲斐がね」
「小官らとしては食べられるだけでも御の字でアリマス」
そのためオルクセンでは、らっきょうならぬエシャレットはエシャロットの様に使えば良いのかも知れない。名前の誤謬が一周回って同じ物になってしまったようだ。刻んでオムレツに入れたりトマトのマリネサラダに加えたらどうだろうか。
「はっ、馬鈴薯のパンケーキ(カルトッフェルプッファー)が、戦地でも食えるんじゃないか!?」
「シュヴェーリン元帥1人分ぐらいは送れるけど、自分だけなのは親父さん特別扱いは嫌だろうね」
「えぇと、グラーシュの玉葱みたいに沢山使える物ではないですね。少なめの量で風味が出る様に」
「では、ザウアーブラーテン(牛肉の赤ワインビネガー煮)を参考に、玉葱の代わりにして見よう」
ザウアーブラーテンは、牛肉とスパイス文化のオルクセンドワーフたちにとって伝統的な国民食の一つと言われている。
まず、赤ワインビネガーおよび水に、胡椒・クローブ・ナツメグ・ローリエと言った香辛料に、セロリ・人参・玉葱と言った野菜も加えたマリネ液を作るが、この玉葱の代わりにエシャレットを使う。このマリネ液に牛肉をしばらく漬け込む事でその酸により肉(通常固い切り身)が調理前に柔らかくなって臭みも抜ける。
「固い牛肉を使うと逆に良いかな」
「スパイスは好みの配分ですわね」
「うぉぉ、目に染みるでアリマス」
「防塵眼鏡を使ったらどうだろう」
「水に晒すと辛み成分は溶けるよ」
牛肉を漬け込んだ『その後』に、牛肉を焼いてから長時間蒸し煮にする。付け合わせは伝統的にキャベツと馬鈴薯。
蒸し煮にした後、牛肉に掛けるソースは煮汁を漉して塩胡椒でデミグラス風に味を調えたグレイビーソースである。
また、軍曹の故郷であるハウプトシュタット州風の味付けでは、砂糖とレーズンをグレイビーソースに加える事で甘味を与えた風味となる。
「……あれ? 叔父様。牛肉を漬け込んだ『その後』に蒸し煮にするって、どれぐらいですの?」
「一週間前後ぐらいかなー?」
「「「「お腹減った!」」」」
牛肉を作ったマリネ液に漬け込んで刻印魔術を仕込んだ冷蔵庫に入れた辺りで、ゲルズガルド少尉が不思議がった声にロートバルト中佐がとぼけると一斉に不満が発生した。ザウアーブラーテンの欠点は、作るのに手間と時間が掛かると言う事である。固い肉を柔らかくして作る料理のため、数日から十日間ほど漬け込む必要があるからだ。いくらなんでも待たせ過ぎであろう。美味しそうな牛肉を見せ付けてからの数日『おあずけ』は、熱いポトフを無理やり食わせる拷問と同じく国際法違反である。
「しょうがないなぁ。揚げた馬鈴薯を『マヨネズ風ソースにレモン汁と刻んだパセリと茹で卵とエシャレットを混ぜ込んだソース』で食べるか」
「なぜそっちを先に出さなかった……」
/*/
揚げた馬鈴薯は美味い。美味いから好き。だが、牛肉の赤ワインビネガー煮は1週間後である。ぐぬぬ。
「――さて。一息付いた所で、オルクセン総軍の糧食と食品研究における長年の懸念について、私見をまとめようと思う」
すなわち。コボルト族が食べていけない物とは何か。
彼らが食べると腎臓に重篤な中毒症状を起こす物は『玉葱(エシャロット)・長葱・浅葱(アサツキ)・ポロネギ(リーキ)』と言われている。多くのオークやドワーフなどの他種族にとって、玉葱と長葱を避けておけば良いかな? という具合の認識である。
意外に単純な形状と種類であり、加工済みで形状が明確でない物以外では余り事故を聞かない辺り、オルクセンという良識が形となった誇りにして良い物と言える。今後は魔術刻印入りの『コボルト食べ駄目バーナード印』が付く計画のため更に事故も減るであろう。
だが、エシャロットの近縁種には『ニンニク・チャイブ(シブレット)・らっきょう』がある。
これら実際にはコボルト族でも食べる事が出来るが、他種族では『食べれない』物として認識されている事も多い。英邁名君たる我がグスタフ王ですら。成分も近いはずが、この差には一体何があるのか。
「コボルトの食品中毒は生理的な内臓構造による物だと思われていた。中毒を起こした場合、腎臓に重篤な不具合や血液が分解される溶結作用が出来るからね。これは華国や道洋における『五辛』の知識があったためでもあり、玉葱や長葱の辛み成分が硫化物――硫黄化合物が原因ではないかと言う推察が、病理解剖学の発展によって研究されたからだ」
医学は技術力でもある。魔術医療のみならず、ドワーフたちの尽力によりオルクセンの顕微鏡や手術道具などの発達は星欧随一である。そこから見える多面的な視野こそが医療分野の知見と言える物だから。
「はーい叔父様、質問です! 辛み成分と言うなら、ニンニクやらっきょうにも同様の成分が入っているのではないでしょうか!?」
「そうだよ。玉葱とかの近縁種だからね」
「では、成分は関係ないと言う事か!?」
「いままで分からなかった事なのですね」
種族が異なると言う事は、装備物品と言わずとも生理的な内臓構造による配慮すべき物もある。身体そのものが異なるのだから仕方がない。それが生物的な特性としてだけではなく文化的にも異なるのであれば、難しい処から微笑ましい物まで無知や偏見が存在する。そこが決して差別や嫌悪に繋がらぬのがオルクセンという敬すべき国風であり、それをもたらす国王グスタフ・ファルケンハインの御指導采配が『我が王』と愛される所以であろう。だが、敬すべきその配慮こそが『勘違い』を育てていたとしたら。
「エルフたちは遥か昔の指導者たちによって女性しか生まれなくなった。そうだね?」
「そう聞いています。実際に指導者たちと会った人たちは、もういないでしょうけど」
「流石は妖精さんと、エルフたちが呼称されているだけはあるな。生物として別物だ」
「きっと同様にコボルトたちも妖精なんだ。玉葱や葱に関しての属性面ではあるけど」
「つまり、玉葱の成分がダメではなく『玉葱だからダメ』と言う事でアリマスか!?」
――だとしたら。玉葱中毒は硫化物などによる『中毒』ではない。であるならば、コボルトという種族そのものに掛けられた『呪い』と言うモノであろう。
「きっとコボルトたちにも指導者がいたんだ。コボルトたちに元々掛けられた『食品の呪い』があって、ニンニクやらっきょうに関して指導者たちが『呪いを解除』してくれて、でも指導者たちが去る時までに玉葱や長葱へは及ばなくて、エルフの様に寿命が長くないから言い伝えや伝承が失われて。という『推測』だよ」
――論考をまとめ、上位に送る。医師や魔術兵、事は家政学だけでなく歴史や伝承にも及ぶだろう。まずこの『論考』を正文として各方面の有識者に送り、研究見識と突き合わせる。そして、コボルト族の歴史が動く……。
「……いや、しかし、いままでそう言った『研究推測』が出て来なかったのは何故だ?」
「国家に属する機関で、コボルト族とエルフ族がいる部署なんか此処が初めてだから?」
「それは『幸運』な事なのですわ」
「コボルトとして光栄でアリマス」
良縁とはただそれだけで機会であり幸運であり、未知と運命を打開する。
多種族だからこそ出来る未来であり、独りならぬ多くの者だからこそ気付ける余裕も生まれる。
だから。フェルト軍曹は先般のネーベンシュトラントへの、彼の故郷への出張は業務にかこつけたジークハルト中佐の配慮である事を理解した。まったく以って身上と心情を、悉くご理解頂いている上司である! ならば『それぞれの業務と懸念』の一区切りが付いたこの折、追加報告せねばなるまい。事情私事ではありますが――
「――家業の従業員たちはファーレンス商会に拾ってもらえたそうです。後遺症を負った者の支援をされるツヴェティケン翁の車椅子もそこで作った物です。良質な椅子も車輪も、実家稼業で自慢の加工手配だった物です。おそらくは、我が身の不幸は誰かとの良縁に繋がっているのでアリマス」
おそらくは、連日声を掛けて来る市場の子供たちや、酒飲みに誘ってくるぼんくら戦友兄弟たち、グスタフ国王やディネルース王妃の覚え、そしてこの『食品研究室』の面々も。彼の不幸無くては出会えなかった。
「桃色ババァも服の趣味は兎も角手腕は確かだからな」
「あら、あのおばぁさま可愛らしいと思いますわよ?」
「えぇと、軍曹さんご家業に戻られるのでしょうか?」
およそ、幸運と不幸は硬貨の裏表にして定量ではなく、個人一名のみに帰結する物ではなく、この豊饒の大地に生きる者すべての総算を以って量る物なれば、軍曹が何かかしらの損害に見舞われた時には等価交換の様に誰かが救われていると信じよう。祈り無き魔種族は聖星教(スタリック)の神の如き他責に頼る事は無く、このオルクセンにおいて奉ずるは我が王のみ。
もし仮に軍と戦場に在るならば体躯とクソ度胸に優れた者が率先して誰かの代わりに不幸を背負う者は勇者と呼ばれよう。そしてそれが平時であろうとも困難な生き様を選択する勇敢にして献身たる悪運の牡は、この星において不幸などと定義されるはずがない。
「――では、家業に戻るかい? 君の希望ならば、我々は背中を押すだけだよ」
「――小官は食品研究室と言うパンとヴルストに付随するピクルスでアリマス」
故に再定義する。
――ヨーゼフ・フェルト軍曹は大変に『不運』な牡である――だが『不幸』ではない。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
◆はすたさんの与太話。
車椅子 >
車椅子自体は紀元前からあり、三国志演義(成立は明代です)で諸葛孔明が乗っていたりしますが(足が不自由と言う訳ではないですが)18世紀初め頃から商業的に製造されていたと考えられています。グスタフ王が構造的な正解を知っていますし、ドワーフたちの技術力があれば軽金属製で一昔前ぐらいの車椅子は作れるのではないですかね……オーク族の重量は筋力と相殺で。
らっきょう >
免疫力の向上・肥満解消・生活習慣病の予防効果もありますので、ツヴェティケン翁の関節リウマチにも良いかと思います。
ドイツではあまり使われておらず、塩漬けやピクルスにするのが一般的です。トマトなどとビネガーサラダにすると良いかもですね。新鮮な物なら玉葱の代わりに普通に炒めたりオムレツに入れると良いかと思います。
エシャレットとエシャロット >
元々日本では、生食用に軟白栽培(野菜の茎葉を白く育てるために、人為的に光を遮って成長させる事)して若採りしたらっきょうを『エシャロット』と呼んでいました。1955年、東京築地の青果市場が始まりだそうです。
名前の由来は「『根ラッキョウ』の商品名では売れないと思ったのでお洒落な商品名を付けた」と言う一説があります。
その後、1960年頃に『本来のエシャロット(仏語:小型の玉葱。英語ではシャロット)』が流通し始めるようになって混乱が起きました。そのため、後になってから若採りのらっきょうの方は『エシャレット』または『エシャ』と呼ぶ様になったという経緯があります。
一字違いで大違い。
ですが未だに、当時の名残として名称の混同が発生するため、本来の『エシャロット』が必要な場合は『ベルギー・エシャロット(ベルギーはオルクセンではアルビニーになる)』などと明記された物を選ぶと良いでしょう――つまり、この面倒な名前は日本オリジナル!w(おかげで旬の季節の事務仕事の時にキレ芸を定期的にする私……w)
ザウアーブラーテン(牛肉の赤ワインビネガー煮) >
馬肉を使う料理だったという由来があるそうですが、現在は牛肉の料理として定着しています。
地元の古典料理的にはジビエの肉料理とされることもあります。
オルクセンは東西に長い国なので、何気に人の気風や鉛や味付けの好みも変わるそうです。
ここからドワーフの牛肉文化・スパイス好み、フェルト軍曹の訛りと紐付けさせて頂きました。
ハウプトシュタット州風の味付けでは、砂糖とレーズンをグレイビーソースに加える事で甘味を与えた風味となる。
> ラインラント地方(ラインラント風ザウアーブラーテン)の味付けだそうです。
前回のレーズンの料理をこっちにするか迷った……w
『マヨネズ風ソースにレモン汁と刻んだパセリと茹で卵とエシャレットを混ぜ込んだソース』
> タルタルソース!w
この起源を、1861年のイザベラ・ビートンとするか(初めてタルタルの名前が出るけど、マスタード主体でレシピが違う)
1903年のにオーギュスト・エスコフィエ(マヨネーズとマスタードとアンチョビ)とするか迷うんですよね……。
単にタルタルと言うと、タルタルステーキ(牛生肉か馬生肉のユッケみたいな物)になるので注意ですよ。
熱いポトフを無理やり食わせる拷問と同じく国際法違反 >
『トニーたけざきのガンダム漫画』において、ブライト・ノアとミライ・ヤシマがコズン・グラハムへの拷問として「強制的に熱いおでんを食べさせようとしたネタですねw ダチョウ倶楽部の熱々おでん芸も絡んでいますw
なお、コズンからの「南極条約違反だろォ!!」と言う指摘に対しブライトは「これは関東炊き(おでんの関西における呼び名)であっておでんではない」という詭弁を弄しましたw
「きっとコボルトたちにも指導者がいたんだ。コボルトたちに掛けられた『食品の呪い』があって、ニンニクやらっきょうに関して指導者たちが『呪いを解除』してくれて、でも指導者たちが去る時までには玉葱や長葱へ及ばなくて、エルフの様に寿命が長くないから伝承が失われて。という『推測』だよ……」
>
この『こちらオルクセン参謀本部 兵站部糧食課 食品研究室』における最大の大法螺です。
玉葱はダメだけどニンニクはOK(作者さん的には未確定だそうです)というロジックを通すには、
1:現実の玉葱やニンニクとは違う。
2:コボルトたちの体質が犬基準ではない。のどちらかになります。
1であるならば、現実の玉葱より星欧世界の玉葱は硫化物成分が濃いのではないかという読みも出来ますが、
エルフの公式設定を考えた時に、2の方が有り得るのではないかという、本作の独自解釈です。
管理栄養士としてはある種の敗北ですがw
その上で次回、ジークハルト中佐の報告を聞いたグスタフ王の解釈と判断はどうなるか、お楽しみに。
「国家に属する機関で、コボルト族とエルフ族がいる部署なんか此処が初めてだから?」
> エルフィンドがやる訳ないですからね。
困難な生き様を選択する >
「人類はもっとも困難なルートを選択している。その最先端に生きる主人公が負けないと言うのなら、我々は背中を押すだけだ!」
Fate/Grand Orderのシャーロック・ホームズの名台詞ですね。超カッコいい。
/*/
◆今回のボツネタ。
「エルフィンドで慣らした俺たちメシテロ部隊は、サボリを怒られ当局に拘束されたが、参謀本部を脱出し地下に潜った。しかし、地下でくすぶってるような俺たちじゃあない。筋さえ通りゃ、材料次第で何でも作ってのける命知らず。不可能を可能にし巨大なチートを粉砕する。俺たちメシテロ野郎オルクセン!(銃弾が穿たれる音)」
「俺はリーダー、エーリッヒ・グレーベン少将。奇襲作戦と戦略の名人。俺様のような天才策略家でなけりゃ、百戦錬磨の兵どものリーダーは務まらん」
「私はジークハルト・ロートバルト中佐。自慢の料理にみんなイチコロさ。口車かまして、グヤーシュからシュトレンまで、なんでも作ってみせるよ」
「私はダークエルフのグルティナ・モリエンド。情報収集は美貌と農作物でお手の物?」
「おまちどう! ゲルズガルド・ロートバルト少尉ですわ! 白兵戦としての腕は天下一品! 鉄拳? 令嬢? だから何!?」
「ヨーゼフ・フェルト軍曹。魔術通信の天才デス。デュートネでもぶん殴ってミセマス! でも、不幸だけは勘弁デス」
「俺たちは道理の通らぬ世の中に敢えて挑戦する、頼りになる神出鬼没のメシテロ野郎オルクセン! ご飯を食べたい時はいつでも言ってくれ」
/*/
次回、 幕間3:国王陛下の舞台裏 を以って、
『こちらオルクセン参謀本部 兵站部糧食課 食品研究室』の第一部を了とさせて頂きます。
我らがグスタフ王の思惑と目的は果たしてどのようなものだったでしょうか。一週間後をお待ちください。
また、第二部の開始までには、数か月の御猶予を頂きたく思います。同プロットの作成と共に、
コミックマーケットの新刊『同人作家に送るゲーマー的 幻想食品論』原稿とコミケ出展の準備を行います。
またコミケ後に、オリジナルTRPGシステム『近代戦記 LastCavalry』の開発と発表を行う予定です。
オルクセンの様な銃砲と騎兵での戦闘世界観で遊べる仕組みを書こうと思っています。
私事にて恐縮ですが共々しばらくお待ちくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。
/*/
お気に入り登録、評価やご感想、読了ポストを頂けますと、とても励みになります。よろしくお願いします。
PixivFanboxにも連載しています。https://hastur.fanbox.cc/
こちらでは作中の『レシピを限定公開』しています。