こちらオルクセン参謀本部 兵站部糧食課 食品研究室   作:Hastur_1

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 食品と加工と栄養に関する与太話を書いて行きます。
『オルクセン王国史』の二次創作ネタバレを含みますので、原作本編読了後に読んで頂けると幸いです。

女性キャラが増えるよ!?


3:鶏卵

――戦争は始まっていた。

星欧諸国における一般的な気風としての近代家父長制は、男子の労働若しくは軍務を以って子女と家庭を守るものであり、家長とは家族員に対する重い責務を負い、家産は家族員全員の共同生活に適する総有になるのを基本とするものである。

 

だが、オルクセン王国においては言語の意味としては等しくあるものの実態としては等しくはない。オーク種女性は兵士としての気勢は男性に比べて劣るものの人間種と比べれば遥かに筋力も体力も持久力も長ずるもので、コボルト種の女性も計算力や魔術力において劣るものではない。

加えて全員例外なく女性であるダークエルフたちが勇猛果敢たるアンファングリア旅団の名の下に新たなる国民として存在感を増せば自明の理であろう――

 

「おい、邪魔するぞジーク」

「邪魔ならお帰り下さいまし」

「うむ、そうだな。邪魔したぞ」

 

ばたん。…………………………………………がちゃり。

 

「おいおいおい、待て待て」

「君も付き合いが良いねエーリッヒ。どうぞ、驚いているようだけど珈琲なら淹れたところだよ」

「お久し振りですわ、叔父様」

「任官したとは聞いていたが」

 

オルクセン王国軍参謀本部の、庁舎施設の片隅にある一室『兵站部糧食課 食品研究室』の主、赤毛の長身ジークハルト・ロートバルト中佐は、端正な金髪のグレーベン少将を迎え入れるに1匹の軍服を着た長身のオーク女性を脇に控えさせた。若くも凛々しき軍服姿の彼女は双方にとっても顔見知り。

 

中佐の姪御、ゲルズガルド・ロートバルト少尉という。

 

そのゲルズガルド・ロートバルト少尉――以後、ロートバルト姓が続くと各位混同しやすいので異例ではあるが便宜的に彼女は『ゲルズガルド少尉』と呼称する――は、生家ロートバルト家において牡はすべからく軍人という一族身内知縁環境の総出で可愛がられた。

 

オーク族の牝の中では上背高く牡に比肩せんと体格も良く、体力面精神面脚力銃器格闘学識軍略交渉それぞれ得意分野を以って教育詰め込み育て上げた結果――ドワーフがビールを干すが如く――臆面も無く言ってしまえば知勇兼備の無敵キャラが出来あがった。出来上がってしまったのである。

 

「ともあれ、公私混同は宜しくない。少尉、わきまえる様に」

「はいっ。若輩にて恐縮ですがよろしくお願い致します閣下」

「一体何の因果で、こんな『僻地』に配属されたのやら……」

「同期から「牝の身で生意気」と言われ大乱闘になりまして」

「そして兄仕込みの白兵能力と、君仕込みの悪知恵で大圧勝」

 

かつて、オルクセン国軍では女性兵士の任官就労規定がそもそも無かったのである。ある種の牧歌的な国風から想定していなかった法務部の『ウッカリ』であったが、遥か古代の牡喰い女王の伝説もあって兵舎に学ぶことは法的に問題がない。

もっとも若い牡牝を狭い場所に置いておけるものかという風紀紊乱の可能性とクソ生意気な若年性諸問題を解決する余裕は軍組織だからこそ無いし、そして性差に無配慮な兵も排除し切れない事からも、およそ可能な任官先は後方勤務ではなかろうかと――

 

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「……グレーベン少将。僕と君との仲を見込んで確認があるのだけど」

「士官学校以来、俺は女には勝てぬ、絶対に勝てぬと常々言って来たはずだが?」

「あら、イヤですわ閣下」

「まぁ聞いて、心の友よ」

「仕方ない、拝聴しよう」

「……もし仮に、今後戦役が起きるとしたら、生の『卵』の需要は大量発生し、輸送する事になると思うかい?」

「発生する。ヴィルトシュヴァイン国際会議からの各種軍法条約の詰めになるが、今後あらゆる現地調達はなくなる」

「全部を本国から輸送することになるんですの?」

 

これまで卵は鶏卵を主として産んだ新鮮なものを、内部に柔らかい木枠を組んだ木箱に収め、緩衝材におがくずを詰めて搬送している。もちろん『刻印魔術』の冷却効果の恩恵あってのことだが、ベレリアント戦争時において戦前までのオルクセン国境の街『リヒトゥーム』から旧エルフィンドの都『ティリオン』までは十分に食用に耐え得る新鮮さを担保が出来た。それでも足らない場合は旧エルフィンド国内の村々で新鮮な卵の購入もしている。

 

だが、搬送時による振動・箱同士のぶつかりで破損する割合は零には程遠く、管理も繊細で仮に腐敗してしまえば臭いが大変宜しくなかった。そして、余り統制が聞かぬ風聞には載せられぬことだが、オルクセン国軍参謀本部の『王国国防方針』においては作戦計画一号曰く、仮想敵国の序列一位はグロワールを睨んでいる。

 

「もっと簡単に『卵』を運べるようになりませんか? と、

カイト中将が糧食課の直下たちから泣き付かれたらしくてね」

「グロワールは旧エルフィンドよりも遥かに西南に長いからな……」

「繊細な方が運ばないと『卵』は簡単に割れてしまいますものね」

 

少将と中佐は思わず繊細には程遠い女性少尉と視線を交わしつつも思考する。

依頼の要点は、脆弱性の緩和による輸送力の増加であるが保存性にしても星欧大陸西端部への生鮮食品の輸送は『刻印魔術』があっても不安が残っている。平時からの細かい話の積み上げの技術と準備がなければ国は護れない。

 

「以前にも説明したことがあるが、食品保存とは殺菌の後に食材中の水分活性が常温以上の大気に触れぬ様にすることだよ。その結果として大気中の微生物が増殖や科学反応を起こさなくなる」

「まぁ、先般の玉葱の乾燥なりトマトの密封なりということだな。だが、卵は水分しかないようなものだし、殺菌時に煮えてしまうだろう。卵焼きの缶詰でも作るつもりか? 仮に美味いとしてもだ、最早それは別物の食品ではないか」

「いっそ『生きた鶏』を戦地に連れて行くとかですの?」

 

およそこれは新任少尉の経験の少ない的外れな意見ではない。

かつて実例があった。5年前の師団対抗演習のことでデュートネ戦争の戦訓を元に兵站が切れる状況を前提とした事前編成から行われることがあって、物質蓄積や後備編成から行った大規模演習があった。

まさに『有事の勝敗は平和な平時に決まる。平時の準備こそが本番』と言ったところだが、とある部隊は卵食べたさのあまり製パン中隊隷下鶏卵小隊が編成されたという珍事があった。

 

「なるほど餌と育てる手間が増えるけど現地で新鮮な卵が」

「その部隊は夜間浸透に入ったその払暁前に鶏が鳴き出し」

「コケコッコーの鳴声と共に奇襲が台無しで逆侵攻を受け」

「笑えないですわ……」

 

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そもそも『卵・鶏卵』とは何か。安価な動物性食品の供給源として殻(卵殻)を割った中身は、黄身(卵黄)と白身(卵白)の双方にとり栄養価の高い食品であり、オルクセンといえば鶏卵を指すことが多いが国・地域によって異なり、鴨・雉・家鴨といった様々な鳥類の卵が用途に応じて使い分けられている。

 

鶏卵はその調理的性質(熱凝固性・卵白の起泡性・卵黄の乳化性)によって、幅広く使用され、そのまま焼く・混ぜ炒める・茹でる・スープに落とし込むなど簡単な料理だけでなく、卵が主になる物や小麦等に混ぜ込む物を含めた菓子や飲料などに利用される。

 

「卵は必ず加熱しなければならないし、産んだ物も殻を洗わないといけない」

「鶏は卵を産む場所だけにな。生卵や古い卵での食中毒は目も当てられんぞ」

「でも焼いたり蒸したりしたら固まってしまいます。元の形には戻りません」

 

オルクセンにはあらゆる卵料理のレシピがあって各国民それぞれに、白身から食べるか、黄身から食べるか、黄身に白身をつけて食べるかの葛藤があって、やれ熱湯に落とすポーチドエッグが良い、やれ衣を付けて揚げるフライドエッグが良い、やれ茹でるならばハードボイルド派とハーフボイルド派がお互いの美学を掛け始め、目玉焼き学会に至っては片面焼き(サニーサイドアップ)派と両面焼き(ターンオーバー)派が蒸し焼きの具合を10秒単位でこだわる細かい論議があった。

 

つまりは愛着がある兵も多いということだが、すべての嗜好に対応するのは不可能である。その上でならばオムレツやスクランブルエッグ程度に限定して保存と輸送性が効くようにするのが落としどころであろう。

 

「こんなこともあろうかと、最近開発の大型噴霧器を装備部から借りて来た」

 

割った攪拌した卵を濾すことで、黄身を包んでいた薄い膜や繊維状のカラザを除去して卵液を作る。液体は霧化することで容易に乾燥するから、卵液を金属板に噴霧して腐敗させることなく乾燥、粉末化することができた。

 

「あの水っぽい卵が粉末になるんですの!?」

「その噴霧器は敵に有毒気体を噴霧するための実験機器ではなかったか」

「平和目的に転用というのは偽善かも知れないが面白いんじゃないかな」

「よし。この『乾燥卵』は具材用、菓子・調味料類素材として企画を出せ」

 

少将と中佐と少尉は制作した乾燥卵を水で戻して試作した『チーズオムレツ』を参謀本部の各部署へと、美貌溢れるゲルズガルド少尉によって振舞われた。

前回トマトケチャップで怒られた失敗は繰り返さない。要は社会人の知恵たる報告連絡相談と愛想である。

自分たちが属する組織だからこそ上司から末端に至るまで部内営業を行って、チーズを利かせ『トマトケチャップ』をかけた『チーズオムレツ』はふわふわと雲をつかむような口ざわりで卵の香りもさほど損なわれず、更に塩とビネガーと菜種油を混ぜて作る地裂海のマヨネズ島風ソースが保存が効く様に出来るとして大きな評価を得たのであった。

 

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「『費用対効果』が低いですね」

「「う、うーん。そうですかぁ……」」

 

『ファーレンス商会』会長イザベラ・ファーレンス女史が切り捨てた一言からの帰り際のカフェで、ロートバルト中佐とゲルズガルド少尉は甚だ凹んでいた。

 

自信作であっただけ落胆も殊更である。要は加工コストが高すぎたのであった。物量を確保するにはそれだけ多くの卵を割って撹拌し、それを噴霧するだけの場所と機材――これは適切な温度管理が可能で、雑菌を混入させない衛生面が良い――中規模以上の施設を作る必要がある。これはもはや軍内だけで済む話の規模ではなく、民間企業への売り込みと大型投資を行ってもらってはじめて可能なことである……。

 

「この分だと黄身と白身をそれぞれ分けて、乾燥させるとか言い出せないね」

「黄身と白身がある目玉焼きが食べたいって言い出す寝ぼすけが多くて……」

「これは卵を自動で割って、殻を退かして落ちてきた中身を混ぜる機械を、ドワーフたちの工房に開発してもらって自動化した方が良いのでは……?」

「……叔父様。いままではただ捨てているだけの『卵の殻』などを有効利用出来ませんか? 例えば卵の殻は昔から『化粧水』などに使われてますが」

「女の子って、そんなことするの?」

「卵肌の子が多いですから。私とか」

 

――オルクセン王国においては他諸国に比べ女性の発言力は控えめであっても大きなものである。かつてロザリンド渓谷の戦いにて男子将兵が壊滅の憂き目にあって尚、オーク種を支えたのは銃後での女性たちであり、後方にあっては家庭にあって育児と生産を行い、エリキシル材が普及するまでの古代には民間医療まで行っていた。

つまりは、戦士たちにとって古来、銃が槍剣であった時代から歴史的にも頭の上がらぬ存在である――すなわち彼らにとって最強のカード、グレーベン少将の奥方に協力のお願いをすることとなった。

 

……かくて、乾燥卵の生産目途は立った。流石に黄身と白身に分けて生産するのは今後の課題になったとはいえ、グレーベン少将が一週間ほど「ぴぃぴぃ」と絞られる程度で済むなら『費用対効果』が高いものであろう。なにせ、彼女たちにはパワーがあった。世の女性が美貌にかける情熱はすごいねキミの融資(誤字ではない)は忘れないありがとう少将閣下。

 

「あとは実地を重ねて利用者を地道に増やして行こう」

「はいっ、まずは参謀本部のみなさんからですねっ!」

「「今日からチーズオムレツ祭りだ……!」」

 

――だが後日『参謀本部 食品研究室』が引き起こした『チーズオムレツの惨劇』から10日。我が参謀本部は、塩とバターの『白派』・胡椒を加える『灰派』・新参のトマトケチャップの『赤派』の三つに分かれ混沌を極めていた。

後に『黒派』が加わり、百家争鳴の討論が繰り広げられることになろうとは、このロートバルト中佐の目をもってしても読めなかったという――

 

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◆はすたさんの与太話。

地裂海のマヨネズ島風ソース。<『マヨネーズ』のことですw
マヨネーズは本来、七年戦争期(1756年)の『メノルカ島マオン』が発祥と言われています。
(これが訛ってマヨネーズと言う名前になったという説があります)

また、本来マヨネーズは水分が少なく酢の殺菌効果で『比較的』傷みにくい物ですが、
自家製マヨネーズの場合、「酢が少ない」「撹拌が十分でない」「水で薄まっている」
「サルモネラ菌減少までの時間が足りない」などの原因で、食中毒に十分なり得ます。
(『悪役令嬢の中の人』という作品で転生者がやらかした場面がありますね)

これを噴露乾燥(凍結乾燥はまだ無理、天日干しは手間)で解決しようとしている訳です。
(尚、乾燥卵の噴露乾燥は本来、1942年と言われていますが原作中に出て来た毒ガスの噴霧器を流用しています)

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