こちらオルクセン参謀本部 兵站部糧食課 食品研究室 作:Hastur_1
『オルクセン王国史』の二次創作ネタバレを含みますので、原作本編読了後に読んで頂けると幸いです。
玉葱縛り。また無茶を言いましたね。
――戦争は終わっていた。
戦時動員とは言うなれば人命飛び交う不謹慎な非日常行事であり、事が終われば祭典後の後片付けと本業の生活が待っている。さらば戦争ようこそ平和。あの終戦の日からそろそろ丸一年にならんとしている。
戦前には戦前の、戦時には戦時の、戦後には戦後の為すべき事がある。帰還兵の生活処遇も個々人にて千種万様の在り様で、ベレリアント戦争は云わば故郷が戦火を浴びる時のない遠征戦であった事からも優しい家族や麗しい婚約者や美しい故郷が待っていた幸せな牡が多かった一方、命からがら帰郷したものの情勢の変化・不幸や不実・果ては戦勝国とは言えど戦時中の様々な混乱で家が恋人が商売が消え失せていた不幸な者もいて万感交到の在り様だった。せめて職場だけでも平和的な配置転換でありたいところである。
「おい、邪魔しているぞジーク」
「珈琲なら既に入れていますわ」
「いつからこの部屋は少将殿のカフェになったのか分からないけど、自室の方は良いのかい? さて、上に要望を出していた部下が来てくれた。紹介しよう。どうぞ、フェルト軍曹」
「ハッ。小官はフェルト軍曹であります」
『食品研究室』の主、赤毛のジークハルト・ロートバルト中佐は入室にあたり背中に控えた一匹の下士官――黒毛大柄なセントバーナード種のコボルト族――を引き入れた。グレーベン少将は着席したままに、ゲルズガルド少尉は階級差が有れど珈琲のカップをを追加する。
さて『突撃喇叭』こと、ヨーゼフ・フェルト軍曹(セントバーナード種)は大変に不幸な牡であった。ベレリアント戦争時における最終所属は後備第一旅団、第十五師団第三四擲弾兵連隊。栄光の軍団である。元々後備第一旅団は後備の通り、一家の主など年配者が多い後備ないし予備兵で構成されていたが、このヨーゼフ・フェルト軍曹は美丈夫ともいえる黒毛なる体躯とクソ度胸、そして類稀なる大声の魔術通信を買われ、部隊でも希少な若い壮年の下士官として配属された。
リヴィル湖畔の戦い・ネニング平原会戦の包囲環・ストルステンブロウ防衛戦など、いずれも退役兵の武勇伝足り得る激戦区を駆け抜けた鬼軍曹ではあったが『戦時の勇兵、平時の良兵ならず』して、戦後に与えられた仕事は突撃と魔術通信しか知らぬ彼にとって苦手な後方勤務。
兵宿舎の管理担当をするハメになり燻っていれば、件の兵宿舎に所属していたぼんくら(ブルドッグ種のコボルト族だった)がギンバイ――いわゆる食物や備品をそっとチョロマカしたりする事をやらかして、自分が軍規違反をした訳ではないものの(当時の上官(ダルメシアン種のコボルト族だった)の言い分を是とすれば)兵宿舎の管理責任問題として当の本人と連座して危うく馘首になる所だったのをロートバルト中佐が掛け合って引っ張って来たのである……。
「見るに見かねてというか、僕たちにも責任があるというか」
「俺は此処を体の良いカフェにしている。貴様は目を逸らせ」
「叔父様たちの後始末ということは何となく分かりましたわ」
「ウス。お世話にナリマス。突撃しか知らぬ小官に後が無く」
「まぁ、楽にして欲しい軍曹。要は食べ物のなんでも屋だよ」
ともあれ、高級将校自ら雑荷役する体制から逃れられるのは(中佐の認識では)例え場末の部署であろうと組織が出来たのかも知れないと喜ばしい事であった。
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「……なぁ、ジーク。俺と貴様の仲を見込んで頼みがある」
「士官学校以来、そろそろこの流れも飽きると思うのだけど、どうだろうね?」
「まぁ聞け、心の友よ」
「まぁ、拝聴しようか」
「軍曹、ここはいつもこんな感じですの」
「ウス。小官は置物のつもりでアリマス」
「……もし仮に、今後戦役が起きるとしたら、出征先の糧食で『キャベツ』が飽きないように食える方法はないか?」
「無茶言うなエーリッヒ。『玉葱』を封じている時点で選択肢は限られている」
オルクセン全軍はコボルト族たちへの配慮のために『玉葱』の使用を禁止している。玉葱が食べられない事による各種の騒動は同室でも先般の事情の通りであるが、野菜を由来にする甘味を引き出すためには『玉葱』は必須とも言える。これに代替えする形で軍糧食で多用されるのが『キャベツ』だ。固く締まって加熱すれば甘くなるキャベツをシチューやサラダにするのは非常に使い勝手が良かった。良過ぎたともいえる。恨まれるほど見たエンドウ豆ほどではないが、下手をするとベレリアント戦争時では週の内4・5日は見た記憶がある。
「だが実際、戦後でも毎日のように見てるから苦手な奴には悪夢だろうよ」
「味覚に保存に栄養価と、使い勝手が良過ぎるというのも考え物だねぇ」
仮に幾ら好きな物でも毎日見てれば嫌いにもなろう。
「昨日もキャベツ今日もキャベツ明日もキャベツ、きっと再来週のデュートネ戦争戦勝記念日もキャベツで、毎日毎日キャベツの繰り返しで生きてるって、なんでしょう叔父様ー!?」
「ウス。我らコボルト種族的な問題ながら恐縮でアリマス」
「兵隊稼業でなければキャベツ縛りはまず無いからね……」
「どうだ。以前、親父殿がごねたのが良く分かっただろう」
もちろん、軍内において平時から同様の『玉葱抜き糧食』である。これは軍兵にある者は常より同食に慣れておけという、衣食住から行われる至極真っ当な訓練の一環。実際にゲルズガルド少尉は兵舎の中に置いて『玉葱』を見た事がない。逆説的にその場所に代替え鎮座ましますのは『キャベツ』になる訳で、先の叫びになるのは必然であった。
これより戦地から離れた将兵が、最近流行りのキャベツが入ったグヤーシュを見れば夫婦仲で若干の闘争が発生し得る可能性の御家庭も存在する。もっともその代表は眼前のグレーベン少将だったのだが。
「グレーベン家の案件だろこれ」
「個々人の『家庭の事情』ということだ」
「頑張りはするが、生々しいなぁ……」
「軍曹、これは機密の範疇なのですわ」
「ウス。小官は置物のつもりでアリマス」
往々にして組織上の事情など立場有る者の発言とは思えぬ粗忽な話から始まるのは日常茶飯事だろう。内々にも程がある上官命令だったが応用が利く下士官を拾った事で禍福の帳尻を付けた事にしたい中佐である。
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そもそも『キャベツ』とは何か。アブラナ科の園芸上では一年草または二年草で、星欧が原産地でもあり古来より栄養価の高い野菜として栽培されて来た。柔らかくも軽い苦みによりサラダに向く春キャベツ、緑色濃く締まり固く加熱で味が強くなる冬キャベツなど、多数の品種が生み出されている。
玉葱同様に加熱すると甘くなることから、玉葱の食べられぬコボルトたちへの野菜の甘みとしてキャベツが多用される。葉物野菜にしては生のままでも保存性が高いが、更に塩漬けの漬物にすれば乳酸菌発酵して強い酸味がある保存食ザワークラウトになる。
「そう言えば昔、痛み止めでキャベツの葉を使ったな」
「あれ迷信だよ。実際の効果は無い民間療法だからね」
「叔父様たちは胃腸薬に使う方が多いですわねぇ……」
「ウス。小官は鉄の胃袋を自認してオリマスご安心を」
オルクセンのキャベツと言えば国軍野戦調理教本に記されたシチューやロールキャベツなど様々なレシピがあり、挽肉料理に刻んだキャベツを混ぜてカサを増し焼き上げたりするが、ザワークラウトに加工してもヴルストの付け合わせとしてそのまま食されたり、肉と一緒に炊き合わせたりスープにして食されるなど生食や加熱と同様に好まれ幅広く使われているが、あまりにも利用頻度が多くて飽きが来る者や酸味が苦手な者も多かった。
ならば既存の利用法とは違うイメージを刷新する必要があり、その上である種の飽きが来ない汎用的な主食類としての料理法を開発するのが要望に沿う形となるであろう。
「カルトッフェルプッファー(馬鈴薯のパンケーキ)の応用で、馬鈴薯の代わりにキャベツを使う新しい料理を作ろうと思うんだ」
本来のレシピより多めに小麦粉を使い、小麦粉の固い粘り気が出ないよう軽めに水で溶いて、刻んだキャベツとショウガのピクルスと豚の挽肉を入れて焼く。キャベツは馬鈴薯より粘り気が無いので卵を入れる事でケーキ状にまとまった生地を焼く事が出来た。
「カルトッフェルプッファーのキャベツ版という体で親しみやすさを出すか」
「こないだの『乾燥卵』を使えば、保存性も問題が無い料理になりますわね」
「ウス。料理自体としては新しいデスカラ、既存のマンネリ感も無いですな」
「軍曹が美味く食べられるなら問題ない。これ用のソースも開発してみよう」
キャベツ・人参・香味野菜をりんごや香辛料と共に煮詰め、アンチョビの塩味やビネガーと砂糖で味を調えたソースを作り上げた。コボルトたちに配慮して玉葱は入れない。トマト分としては『トマトケチャップ』を少量入れる。これで、野菜・果物と魚の旨味を基調にした甘辛くもしょっぱい黒褐色のソースが出来上がった。これをキャベツのパンケーキの上にかけて食べる。
トッピングとしてニシンの魚粉や先の地裂海のマヨネズ島風ソースをかけても美味い『お好みのキャベツ焼き』が出来上がった。そのうち肉の代わりに海老などの海産物を入れる物や、溶いた小麦粉とキャベツを重ねるように蒸し焼く形も出来た。もちろんどちらも黒いソースは忘れなかった……。
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「おい、もっとソースよこせ」
「「「これ外部委託しましょう」」」
――哀れフェルト軍曹は配属早々ソースの材料を大量に切り混ぜる事で腱鞘炎になりかけていた。尚、ゲルズガルド少尉は無傷。加えて長期熟成させて更なる深みが出せる事が分かり、数年単位――下手すれば美酒良酒並みの保存管理体制を構築すべき案件だった。至急速やかに『ファーレンス商会』に持ち込む話である。
「先々週の参謀本部で『チーズオムレツの惨劇』を起こしておいて抜かしおる」
「そこは大変結構であると、少将殿からお褒めを賜る話だと思うんだけどね」
「でも良い評判が広まりましたね……ソース瓶で部屋がもう埋まりますわよ」
「ウス。小官が思うに少尉殿が一人一人握手してお願いと営業したカラデハ」
「「なにそれこわい……」」
戦慄する両雄、昂然と豊かな胸を張る女性士官、沈黙を以って置物を主張する下士官。確かに伝達にまつわる各種方法は知識情報を扱う参謀職をして必須の事項である。
――とは言え、先の手法は傾国の類だった。もし仮に彼女が歌姫か偶像にでも祀り上げられよう物なら大変危険。誰だうら若き娘にこんな手練手管を教えたのはとグレーベン少将とロートバルト中佐はお互いの顔を見つつも想起するが自分たちの顔とその一族の面々しか思い付かなかった。
知恵あるものは愚か。きっと創世記にも書いてある。
「それはそれとしてジーク。いい加減にこのソースに呼称を付けろ」
「あー、えーとそうだね。これはキャメロット西部のウースタァーシャー地方の文献からヒントを得た物なのでウースタァーシャーソースと……」
「長い。没だ! 少尉と軍曹も何ぞ名前ないか」
「はいっ、私はネーミングセンス無いですっ!」
「もう読めてると思うけど本来の材料はキャベツじゃなくて玉葱だよ」
「おかげでキャベツでキャベツを食べる我らがオルクセンと言う訳だ」
そこに軍曹が包丁を置いて、キャベツすら丸齧り出来そうな口を開く。
「ウス。小官が憚りながら。話の大本は先のギンバイ野郎だった訳ですが、いささかの嫌がらせに『ブルドッグのソース』というのは如何デショウ?」
「はっ! 諧謔嗜虐で面白い! 大変結構である。軍曹はセンスがあるな!」
「まぁ、普通のブルドッグ種の方々には分からない兵隊ネタだろうしね……」
よって、ファーレンス商会に権利を売り渡された『ブルドッグ印のソース』は好評を受け、新しい料理『お好みのキャベツ焼き』に舌鼓を打ったオルクセン将兵――オーク種・コボルト種・ダークエルフ種、後に道洋から交換留学へと来た人間の若手将校に至るまで――のみならず市井にも広がり、色と形が崩れ食用で売れないキャベツを加工用に回す事が出来た農家にもありがたられた。フェルト軍曹も『参謀本部 食品研究室』に尻を落ち着け、およそ各方面全方位に良い話であろう。
そして軍糧食から実家に『お好みのキャベツ焼き』を持ち込み家庭に自分自身で献身的に家族へ振舞う牡たちもいた。このような者たちは後に『焼き参謀』と呼称された。その筆頭はエーリッヒ・グレーベン少将である。
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◆はすたさんの与太話。
カルトッフェルプッファーのキャベツ版『お好みのキャベツ焼き』<つまりお好み焼きだよ!w
ウースタァーシャー地方のソース<ウスターソースのことです。
ウスターソースは本来、19世紀初頭のイギリス・ウスターシャー州が発祥と言われています。
本来のレシピは当然玉葱ですが、コボルトたちのために冬キャベツに代替えされている訳ですね。
「昨日もキャベツ今日もキャベツ明日もキャベツ、きっと再来週のデュートネ戦争戦勝記念日もキャベツで、毎日毎日キャベツの繰り返しで生きてるって、なんでしょう叔父様ー!?」
<このネタが分かる人とは美味い酒が飲めるw
焼き参謀<鍋奉行ならぬ……w 鉄板を前にノリノリになるお兄さんいるよね。
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