こちらオルクセン参謀本部 兵站部糧食課 食品研究室   作:Hastur_1

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 食品と加工と栄養に関する与太話を書いて行きます。
『オルクセン王国史』の二次創作ネタバレを含みますので、原作本編読了後に読んで頂けると幸いです。

#私立黒にんじんちゃんを愛でる会


既知と未知
5:にんじん


――もはや戦後である。

星暦八七八年六月も夏が近づく下旬になり気温も上がり、浅い夜の日は長く、快適な気温で過ごしやすくて、街中を散策するには最適な時期のことである。さて、オルクセン王国において、六月一八日は特別な日とされる。

 

デュートネ戦争戦勝記念日。正式には陸軍記念日。六四年前はキャメロット・オルクセンの連合軍が、かの戦争の天才アルベール・デュートネを降した勝利栄光の日。この記念日には、首都ヴィルトシュヴァインでは大規模な閲兵式があり、オーク族もコボルト族も大鷲族も巨狼族おも、先年よりは闇エルフ族も加わって魔種族全体の想いを新たにする日である(流石に未だ白エルフ族共にあっては複雑な煩慮を覚えていた事ではあるが)

 

この軍事行進、市街北西外縁郊外ヴァルダーベルク『アンファングリア旅団』駐屯地を『橙色をした山積みの作物』と共に将兵一旦の待機地とした後にて、フュクシュテルン大通りを通りデュートネ戦争凱旋門を巡る物である。居並ぶ兵馬砲の勇壮見事たるや軍列となって威容に加わる者も、我が国ぞ誉れと見学する者もその胸に華々しき国家式典であったと言えよう。あったのである。

 

――そしてこれはその翌日。

国軍参謀本部の庁舎施設――の片隅、端っこ、臆面もなく言えば、場末の一室『兵站部糧食課 食品研究室』は、その重要たる組織施設の只中に有るまじき甚だ弛緩の様相にあった。端的に言えばぐったりとも言う。

 

「……おい、匿まえジーク」

「……すっかり此処は少将殿の隠れ家的なちょっとした軽食も出してくれる

 素敵カフェになってしまったね……珈琲を淹れるならご自分でどうぞ……」

「……この部屋の綱紀具合は軍機に属しますわー」

「はっ、小官の耳目は駄馬の耳目でアリマス……」

 

長身赤毛のオーク種族であるジークハルト・ロートバルト中佐は、傲岸不遜な金髪の孺子こと参謀本部次長エーリッヒ・グレーベン少将を投げ槍気味に迎え入れた。黒毛大柄のセントバーナード種のコボルト族ヨーゼフ・フェルト軍曹は本来、起立敬礼教令あるべき階級差が有れど、麗しき女性若手士官のゲルズガルド・ロートバルト少尉に怠惰堕落も軍機と明言されては仕方が無いことである。なにせそもそも此の場に将官が存在鎮座していることが間違っていた。

 

つまり『参謀本部 兵站部糧食課 食品研究室』の面々は、昨日の暗黒過重労働もかくや何とか根性気力精神力をつぎ込み出勤するも最早それだけで精魂尽き果てていたいうことである。

 

「……今日はなにか理由を作って休暇にしておくべきだったね……」

「……俺はココに隠れる。作戦部は休みだ。そう決めたからな……」

「……私、宴席仕事までやる事になったのは納得してませんの……」

「……小官、前線勤務を超える重労とは信じ難い事でアリマス……」

 

皆は特段、これはネブラス防禦線の如く総軍司令部参謀総出でGew六一小銃を暑い日中通しで引っ提げていた訳ではない。これは昨年の五月一一日に発生した『国王グスタフ暗殺未遂事件』を遠因とする。

 

かつての失態は胸に刺さった弾丸の如く。警備部が職務権限法令慣習人脈での悉くを総運用し、総軍持ち得る面子は鼻紙程も役に立たぬとかなぐり捨てての総動員の結果である。王室近衛たるアンファングリア旅団騎馬将兵に至っては2代目旅団長『寡黙なる』アルディス・ファロスリエン少将をして尚「僅かな警備・安全上の瑕疵あらば個人的な侮辱と見做す」などと威声を荒げていた。

 

そして常時ならば参謀部通年定番の暗黒過重労働から逃れられていた糧食課も例外ではない。閲兵規模の配食手配は積み木細工が降り積もる組換遊戯の如く技巧繊細の心労業務であった……。

 

「みんな、明日は来客があるから体調を戻しておいてね……」

 

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――そしてさらにその翌日。

我らが『食品研究室』にはいつもの面子に加え、丈夫そうな農夫用のつなぎを着た1人のダークエルフの姿があった。

 

「此処に来れば『何でも』解決してくれるとお聞きしまして……」

「知恵袋扱いされて光栄だと思うか、便利屋扱いされて苦悩すべきか迷うね」

「まぁ聞いてやれ、心の友よ」

「お聞きしますよ、何なりと」

「ここはいつもこんな感じですの。お気になさらないでくださいね」

 

――グルティナ・モリエンド嬢。黒髪とそばかすのあるタレ目の顔が特徴的な闇エルフである。彼女たちの居留地であるヴァルダーベルク。その農事試験場において国王夫妻肝入りの下で様々に実験的な作物を育てる事が出来る、顔役とも言うべき実直かつ、土の違いが分かり大地に愛された優秀な農家である。

 

余談だが、一見ださ――いもっ――地味な外見ながら「俺だけが彼女の魅力を理解できる」など『謎の腕組み後方会員』が組織されているらしいという情報は、後のフェルト軍曹による兵卒たちとの噂話の結果であった。まさに噂話は最古の娯楽と言えよう。

 

「その、私たちが作ったにんじんが大豊作でして、余ってしまってですね」

「あ! 一昨日のヴァルダーベルクで山積みになってたの、にんじんか!」

「ダークエルフ方々の農業試験場が始まって早々、ご努力の成果なのでは」

「土中に埋めれば半年ぐらいは保存する事が出来るのではありませんの?」

「コチラ、添付資料でアリマス」

「え”。昨年の5.83倍!?」

「爆発的に増えた収穫量で困ってまして、姉さ――王妃様に相談をですね」

 

ダークエルフたちは先の戦争から着の身着のままで新たな故郷に根差して未だ2年。販売はおろか納品や輸送のノウハウは闇エルフに定着していない。そもそも、山岳住まいが多かった彼女たちの生涯においてここまでの大規模農地は耕作したことが無く、ましてや普通は移封されたばかりは身体環境的にも農地気候的にも不慣れで収穫量が落ちる物である――なので幾ばくかは不良不作になる物だと割り引いて多めに種を播いて――そのほとんどが立派な正品規格として収穫されてしまう。

 

頑張りましたわね……と、彼女たちの労苦が報われる豊穣に涙しているゲルズガルド少尉を横目にロートバルト中佐は呻いている。平時であれ尾っぽは引きずり枝は絡まる物。ヴァルダーベルクにおける未だ不十分な販路と生産量との齟齬が吸収出来る様になるまでせめて後2年は欲しかった……。

 

「輸送費用も保存の手間も崩壊するし、軍への納入にも限度があるか……」

「でも美味しく出来たんです。肉厚で甘くて煮ても生でも美味しいんです」

「価格が暴落するのも避けたい。作物の一部は肥料として鋤き込んで……」

 

ロートバルト中佐による当座逃れの転用案は、グルティナ嬢による凄まじき戦慄の目で応えられた。驚愕の余り褐色の長耳は水平に伸び切っている。貧乏性と言うなかれ。これまで旧エルフィンドの痩せた農地しか知らぬエルフたちにとって、折角作った作物を食わずに潰すという発想がまず在り得ぬ事である。

 

「本当に美味しく出来たんです!」

「確かに勿体無いが……それだけ美味いなら、馬たちの飼料にしたらどうだ」

「叔父様。オルクセンの馬は舌が肥えてますので、林檎ぐらいに甘くないと」

 

潰すのはダメでも馬なら良いかと思ってしまうのがダークエルフたちの種族性である。とは言え、外国産が多いメラアス種の馬たちはにんじんを食べ慣れていなかったりむしろ嫌う事がある。国産重量馬のペルシュロン種たちもまた、オルクセンの高品質で美味な林檎を愛するという愛国心が溢れる好みと拘りが面倒臭い美食馬たちであった……。

 

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そもそも『にんじん』とは何か。オルクセンの野菜類でも主流の根菜類で主に畑で栽培される。イスマイル帝国の南東部を原産とする、セリ科の園芸上では一年草または二年草で太短い多肉質の根を煮炊きし様々な料理に用いられる。あまり知られていないが、葉をフライにすれば独特の清涼感があって栄養価も高く美味しい。

 

種蒔きから収穫まで3・4ヵ月ほど掛かり、春まき栽培として初春に種を播き晩春から初夏に収穫する春物は春キャベツ同様に柔らかくサラダなどに向き、夏まき栽培として夏から初秋に種をまいて晩秋から冬に収穫する冬物は締まり固く加熱で甘くなるためグラーシュなどの煮物に向く。

 

「つい先日も『ブルドッグのソース』の材料に使われたでアリマス」

「道洋や華国(フラワズリ)では、細長い品種の方が多いそうだよ」

「義母と妻が、胃薬やら腹痛やら炎症の薬にもなると言っていたが」

「エリクシエル剤のアンゼリカ草の様に薬用に使われるんですの?」

「華国の方だと食用と似ている薬用人参があるけど別種なんだよね」

「黒にんじんも別種になるのでしょうか?」

「黒にんじんは逆に原種に近い方なんだよ」

 

にんじんとエリクシエル剤の主要原材料であるアンゼリカ草はセリ科であり、薬用人参は形が似ているため良く誤解される事だが近縁種ですらない。また、黒にんじんは糖度が高く普通のにんじんとは違い独特の味わいが楽しめるが、高地で育つ品種の為に栽培が難しい。

 

「要は、にんじんを主の食材として大量に消費する料理法を考えれば良いね」

「グロワールのテリーヌの様に中の具材にするのも良いが量は少ないからな」

「小官はグラーシュかピューレにしたスープ位しか思い付かないでアリマス」

 

生食・煮物・揚げ物・焼き物。新鮮なサラダも、塩とレモンを効かせたフライも、バターと砂糖で照り煮にした甘塩いグラッセも、すりおろした物を混ぜたにんじんのパンやビスケットも、煮込む鍋物もスープもポタージュもにんじんばかりではいつかは飽きる。絶対に飽きる。飽きて戦時中のエンドウ豆の様に将兵たちの心的外傷になりかねない。

 

「同じ飲む物でしたら女の子たちが好きなジュースはどうでしょう……」

「あぁ、林檎果汁とか蜂蜜を入れたら、甘くて飲みやすくなりますね!」

「美容とか健康とかのお題目を付ければ、絶対に牝たちの受けが良いぞ」

「少将殿は女性相手に気が利くのかどうか分からない所があるよね……」

 

ともあれ、加熱したにんじんと林檎をピューレ状にしてから冷まし、レモン汁や砂糖・蜂蜜で酸味と甘味を調節する。これをベースとして水を加えジュースにする。朝の目覚めにも昼のおやつにも程良いジュースが出来た。特に王妃様向けには贅沢にも氷室の氷をも用いて甘露清涼にて大変好評であった。

 

なにせ、先般の暗黒過重労働の様に、精魂尽き果て固形物を食えぬ喉口や疲れて弱った胃腸に対し、滋養的にも栄養的にも良い物である。野菜感を活かして生のままに粉砕した流動的な喉越しの食感を楽しむ者や、赤ビーツやケールやセロリなど他の緑黄色野菜を加え更なる栄養を考慮した物も作る事が出来た。

唯一留意すべきはうっかり零して衣服に橙色の染みを作らぬ様――

 

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――ぐしゃり。ぐしゃりぐしゃりぐしゃり。

数日後の『食品研究室』に面妖な破砕音が続いている。

 

果たして我らが作戦部長殿は思考明晰にて先読みたる戦略の天才であった。

美容と健康のにんじんジュースは市井の洒落たレディの甘味飲料として、酔態の麗しきマダムの酔い冷ましとしても、先の『お題目』が見事に嵌ったのだ。特許を取るまでも無かったレシピの為に、目端が効いた首都のカフェや屋台に並べられる事も出始めた。

 

「見てよ、我らが少将殿のドヤ顔を」

「……すごく得意満面な笑顔ですね」

「はは、今なら無礼も許してやるぞ」

「民間農夫相手に無礼もないですわ」

「小官は物言わぬ粉砕機でアリマス」

 

――ぐしゃり。ぐしゃりぐしゃりぐしゃり。

 

加えオルクセン参謀本部に在籍の数少ない女性士官・下士官相手にも大人気。軍内で少数派閥たる牝たちは横の連帯として本来の階級組織とは異なる系統の連絡網があり、ゲルズガルド少尉は自らの発言力蓄積に御裾分け生産しているのであった。尚、フェルト軍曹は懸命にもお手伝いにて野菜果実を奮闘粉砕中であった。

 

……此処で話は聊か別件に移る。時節の機を見るに敏たるファーレンス商会の会長イザベラ女史は野菜果物の販路拡大以外にもにんじんや林檎を粉砕する調理器具の開発と販売を行い始めた。

 

すなわち、果物を入れる容器と圧搾するハンドルを組み合わせて梃子の原理を利用して圧搾する果汁搾取器(スクイーザー)

そして、手回しコーヒーミルの構造を応用し歯車の回転軸を水平にして効率的に磨り潰す手動回転粉砕機(ブレンダー)

将来的には蒸気圧を活かした自動回転や棒状の先端に回転刃を付けて加工する事も出来るかも知れない。

 

「未来なら応用して先端に回転する刃を付けた白兵武器に出来るかも知れん」

「ただ真っ二つにする軍刀よりも5割増しぐらいの値が張るだけじゃないか」

 

――ぐしゃり。ぐしゃりぐしゃりぐしゃり。

 

この辺でご理解頂けたと思うが先述を総合するに至って、

この面妖な破砕音はにんじんジュースの生産音であった。

 

ただし、フェルト軍曹はにんじんと林檎を手動回転粉砕機を用いてジュースにしているが、ゲルズガルド少尉は『素手』で絞る様に硬い生のにんじんを握り潰してジュースにしている。

 

確かに効率的ではある。更に『女の子の手作り』とあれば希少価値も有ろう。ただし言葉通りの意味だ。乙女が祈る様に両手を重ねれば即ち生のにんじんの固体は消滅して液体化している。

 

よってグレーベン少将とロートバルト中佐は目を逸らす現実逃避をしており、納めの挨拶に訪れたモリエンド嬢は種族的にも頑健で普段体力仕事にも拘らずドン引きしている。

 

「なぁ、少尉が後10人もいれば先の戦争も楽勝だったんじゃないか?」

「教育と制御に要する労力も10倍だと認識して欲しいですな少将殿?」

「小官は野菜と共に粉骨砕身中にて、何も見聞きしていないでアリマス」

「殿方たちー。淑女相手に何やら巨大失礼な事を仰っているのではー?」

「「「いいえ、何も」」」「わぁ」

 

もっとも、エーリッヒ・グレーベン少将においては定時を越えて帰宅しても気の休まる事は無い。彼の夫人もまた愛する夫の滋養健康を案じ、先般のゲルズガルド少尉同様の面妖な破砕音と豪腕剛力を以ってにんじんジュースを生産していたのだから。

 

――ぐしゃり。ぐしゃりぐしゃりぐしゃり。

 

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◆はすたさんの与太話。

謎の腕組み後方会員 < #私立黒にんじんちゃんを愛でる会
昨年の5.83倍  < とある数字を計算した結果です。

価格が暴落するのも避けたい。作物の一部は肥料として鋤き込んで……
<現実としてはこうなる。軽率にフードロスと言われても困るのである

林檎ぐらいに甘くないと < 外国産まれの馬は人参食べないらしいです。
にんじんとエリクシエル剤の主要原材料であるアンゼリカ草はセリ科。
薬用人参(朝鮮人参:オタネニンジン)は、ウコギ科。

ちなみにコーヒーミルの発明は1800年代半ばだそうです。
回転する刃で白兵武器 < Blade Cusinart。確か15,000Gで買える。
真っ二つにする銃剣より5割増し < 真っ二つの剣は確か10,000G。

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◆今回のボツネタ。

――ポリポリ。ポリポリポリ。何やら『食品研究室』に滑稽ながら侘しい咀嚼音がしばし響く。

「参考食品として頂いた人参がアリマス……」
「俺たちは草食の愛らしき兎ではないぞ……」
「じゃあ少将殿、僕たちだけで遠慮なく……」
「すまん悪かった恐縮だが俺にも寄越せ……」

――ポリポリ。ポリポリポリ。

「……マヨネズ島ソースを取ってくるね」
「あっ私にも下さいましー」

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