こちらオルクセン参謀本部 兵站部糧食課 食品研究室 作:Hastur_1
『オルクセン王国史』の二次創作ネタバレを含みますので、原作本編読了後に読んで頂けると幸いです。
原作小説外伝『随想録22 官吏たちの夏』以降の内容を含みます。
黒にんじんちゃん捕物帳
原作小説外伝『随想録22 官吏たちの夏』以降の内容を含みます。
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――すでに戦後である。
先月のグロワール政変に連動する自国領土防衛『国軍参謀本部二号作戦計画』オルクセン西部国境地帯「モナート軍司令部」に至る三十万規模の大動員は、先のグロワール帝国皇妃オーギュスティーヌ国外脱出から三日、九月二一日を以って一部を除いて戦時動員は解除された。
西部国境各地の要塞群の食糧及び医薬品は内容再確認の後に備蓄交換の運びとなり、要塞備砲の再閉鎖が行われる事となったオルクセン王国では即応迅速の対応を反転させるが如くに国内感情は落ち着きを取り戻し、収穫祭へと向けて聊か肌寒くなる日々となった。コボルト族に至っては各自、種によって毛量を変えて行く季節である。
首都ヴィルトシュヴァインの参謀本部より用事を済ませてヴァルダーベルクの我が家へと向かう、グルティナ・モリエンド嬢は帰宅の最中に感慨深く黄昏から深く沈みつつある空を見上げた――星は変わらない。季節が移り時が流れても年月を巡れば天球上に同じ配置を見せた。それは国土を越え故郷を変えても変わらなかった。
星は本当に自由なのか。その実態は囚われの身ではないのか。生き延びるのにただただ必死の結果ではあったのだが、彼女は手に入れた自由と変化に戸惑いも覚えていた――果たして本当に自由の意義を考えられる者などいるのだろうか? 自由が素晴らしいというのは理想でしかなく、自由の重みに耐えられぬ者がほとんどではないのか――? 彼女に為すべき事は未だ数多く、おそらくやりたい事とやらねばならぬ事が一致する者は幸福なのだろう。
「……へくちっ」
くしゃみを一つ。涼風に黒髪を揺らし腰の辺りを震わせた――彼女は華美清楚な衣服を好まず、都市部であろうとも農事作業服で通していた。既にあの着の身着のまま脱出した時より3年。かつてエルフィンドでの貧困と称させる困窮の生活はオルクセン法制下での大幅な待遇改善により春の雪解けの如く消え、食生活並びに家具農器具も充足を得て幾ばくかの貯えも出来る様になっていた。だがモリエンド嬢が今着る作業服は、尾てい骨の辺りに穴が開いているにも拘らず補修しながらも小奇麗に使い込んでいた。
何故ならば、この服は元々とあるコボルト族の物であった。
渡河に持ち得た物は、総身と白銀樹の護符とわずかな日用品や山刀と防寒着のみ。疲労と不安に虚ろな目を湛えたダークエルフたちの姿に哀れ悲しんだ――我が手を取り泣いてくれたオークの乙女、寄金を呼び掛けたドワーフの主婦、ヴィルトシュヴァインの軍人婦人会の人々が――あの時に用立ててくれた古着や生活物資を、ヴァルダーベルクの者たちは数年経とうと例え古び褪せ欠け様とも、その恩義を忘れぬ様に手入れしながら大切に使っていた、だからこの今も。モリエンド嬢は尻尾を出すべき穴を縫い塞がずに着用していた。
……とはいえ腰を冷やし過ぎるのも良くない。お腹に何か温かい物でも入れるべきかと――ウッドデッキのある開放型の飲み屋の入口に足を掛け――止まれーっ! ――誰かの制止が背を叩き――見れば逃げ去るする1匹のコボルト族とそれを追う警官が――思わず飲み屋の入り口に置かれた『硬くて重い果菜』を手に取り――それ売り物じゃな――ポメラニアン種の女将が叫び――投げた『硬くて重い果菜』は放物線を描き――えぃ。ひょぃ。ごす。ぐぇ。一撃必倒に逃亡者の頭を捕らえて昏倒させる見事なり。
「やぁ助かりましたお嬢さん」
「いえいえお見苦しい所です」
「重そうな物で当てましたね」
「私には余り重くないんです」
「それでも荒事で申し訳ない」
目を回しているお尋ね者を拘束しながら感謝する、よれよれの背広服とレインコートを着た冴えない風貌のコボルト族バセットハウンド種の刑事――聞けば警部殿だそうだが、思わず捕り物へ助力した事に感謝に謙遜するモリエンド嬢である。元より彼女はおおよそ戦争向きではない性格と職能なだけであって、初めてヴィルトシュヴァインへ向かう列車内にて不安に身を寄せ合って震える他のダークエルフたちの中ですら熟睡出来るほど豪胆な性質である。
加えて、華奢に見えても俊敏剛力なダークエルフたちは平均的な体格であろうと『硬くて重い果菜』すなわち『かぼちゃ』を投擲するに容易かった。その『かぼちゃ』は拘束された者の横で爆ぜ割れており、その中に収め隠されていたであろう、紙袋から零れ出た『何らかの粉末』をまき散らしていた。
思わず飲み屋の備品を無断で使用損壊した手前、振り向いた彼女ではあるのだがお詫びすべき相手すなわち飲み屋の女将は青い顔で震えている。
「……すいません、みなさんちょっとお話聞かせてもらっても良いですか?」
そして共々、警部殿の『お願い』に今夜は連行される事案になってしまい今夜のモリエンド嬢は帰宅する事が叶なわなかったのである。
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――空の薄明かりが朗らかに見える、あさぼらけ。
翌日の『食品研究室』に寝不足空腹のロートバルト中佐とゲルズガルド少尉とモリエンド嬢のはらぺこ三勇士――特に何処ぞ爆破した訳ではないが――あさぼらけの語彙のまま寝ぼけつつ空腹に遅すぎる夜食を食べていた。グレーベン少将とフェルト軍曹はまだ出勤していない。
しかも食している物は『昨夜の投擲武器』の成れの果て(中身抜き)であった『かぼちゃ』を薄く切って、ただただ焼いて塩を振ってバターを乗せただけの侘しい食事である。もそもそ。とはいえど魔種族は食わねば始まらない。この部屋が食品を扱う部屋で良かった。近所のカフェも屋台のヴルスト屋も空いていない早朝であって食堂に残り物がないだろうかと忍びに行くのも流石に参謀本部と言う仰々しき国家施設では憚られる物である。もそもそ。
「「「ぷはー」」」
「一息付きましたわー」
「お世話になりました」
「ひどい目にあったね」
「「えぇ本当に」」
一般的にも軍人は食べてナンボの商売であろう。いや、モリエンド嬢は強いて述べても軍属の括りになるのだが。
「麻薬――正確には麻薬では無いのだけど、粗製エリクシエル剤の密売捜査に巻き込まれたのは災難だったね」
エリクシエル剤。それは旧エルフィンドが国家として存在しない現在においてオルクセンが独占する魔術的万能薬である。ベレリアント戦争において戦場医薬品として多用された。原料はアンゼリカ草・モミの雌花・砂糖と何種類ものハーブと調合した物で、製薬メーカーが生産する正規品の購入は処方箋が必要だが、療術魔術力の持ち主がいれば街の薬局でも自家生産する事が出来た。
液体にも粉末にも加工出来て、怪我を治療し体力及び気力を一瞬で回復させる魔法の薬――だが薬も過ぎれば毒になる。
戦時中、効果の強い軍用による治療回復作用を体験して、終戦後も濫用依存する帰還兵の話が社会問題になりつつあった。現役兵は緑色の腕章を付けて目鼻を立てる憲兵隊によって部隊内統制が効いているものの戦後に動員解除された元兵士までは手が及ばない。
オルクセンという国はある種、社会基盤が堅牢で極まった貧困層や組織だったマフィアが存在しなかったから良いものの、もし仮に麻薬依存からの重軽犯罪によって身を落とした破落戸がスラムや荒廃地区を形成する等していれば国家治安が揺らぐ所であろう。結果、依存効果と軽微な回復力さえ有れば良いので高価な正規品を使用したり強奪するには及ばず、療術魔術力を持つコボルト族によって純度の低い粗製品を独自生産したり私的な密売を行う者が発生し、これを追う警官隊の活躍と相成った。
「そして、逃げる売人と追っていた警官さん」
「適当にかぼちゃを投げて捕物に貢献した私」
「でも適当に投げたかぼちゃの中に魔術薬が」
「もしや売人仲間なのではと誤解を受けた私」
「偶然にもその場所に通り掛かるウチの少尉」
「急遽の連絡で身元引受人になる私の叔父様」
「大変お世話になりました」「「いえいえ」」
まさか粗製エリクシエル剤の流通拠点が、たまたま遅い夕食に入り掛けた飲み屋だったとは思うまい。不特定多数の出入りがある飲み屋、そこの女将こそが粗製エリクシエル剤を生産する療術魔術力の使い手であった。
モリエンド嬢はダークエルフ族であるが故、麻薬組織内でエリクシエル剤製造に必要な療術魔術力を使う役割だったのでは? と誤解されたが疑いも晴れ、かぼちゃの正体は中身を繰り抜き魔術薬の粉末を紙の小包を入れ、匂い消しににんにくを詰めた取引のブツであったという密輸のやり口には手の込み具合に恐れ入る。勿論その手は文字通りお縄になったが。
そして当然、飲み屋の店舗も家宅捜索中で常連客も容疑者もしくは一斉検挙という中で、ほぼ唯一お詫びも背に解放されたのが先程の時刻である。何故か『昨夜の投擲武器(損壊の上で中身抜き)』をうっかり持って帰って来てしまったのがご愛敬。それも先般3匹の腹に収まり一件落着という次第であった。
「憲兵どころかアンファングリアの一分隊まで来るとは思わなかったなー」
「駆け付け一喝「ウチのグルティナに何すんじゃワレェ!」でしたわねー」
「何を誤解したのか少尉殿の舎弟どもや妹分たちまで押し寄せたからなー」
「「いえもう本当にお恥ずかしく」」
まぁ、愛されているのは良い事であろう。ある意味で警察署にとっても災難であったのだが……。
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さて改めて『かぼちゃ』について論考する。内戦で分割のセンチュリースター南部連合のさらに南方の高山地帯が原産地であり、イザベリア王国の冒険商人ジョルジュ・コラファスが星欧諸国に持ち込んだ栽培植物の一つとされる。
「この辺の流れは先日の『甘藷』と同じだよ」
「また出ましたわねジョルジュ・コラファス」
「詳しくないですが世界史で有名なのですね」
「そうですわ大航海時代ではまたかですのよ」
ウリ科でつる性の一年草で種類により栽培に適応する性質は、冷涼で乾燥した土地を好む品種があれば、高温多湿な気候にも耐える品種もあり種類によってそれぞれに特色がある。痩せ地でも水捌けと日当たりの良い場所であれば比較的簡単に良く育つ野菜で、非常に保存性が高く先般の『甘藷』の様に救荒植物としての側面を持つ。夏に収穫する物もあれば秋に収穫する物もあり、種から生育しておおよそ3・4ヶ月で栽培する。
最初は食べられない鑑賞用や飼料用の品種や、食べる事が出来てもオルクセンの国土環境にはそぐわぬ高温多湿の場所を好む品種が出回った事から、食するのは比較的珍しい野菜であったが近年では冷涼な土地に向く品種が伝えられて今後要研究の食材として利用されつつある。
「実際に食べてみてどうだったかな?」
「おっきな栗……?」
「先日の甘藷……?」
「ほくほくしていて」
「ねっとりもしてて」
「大体そんな物だね」
未知とは既知を基準にしなければ表現すらも難しい物で、逆説的に言えば知識とは慣習と惰性であり、その庇護が無くば可否の判断も難しいのが知性の限界なのかも知れない。
つまりはかぼちゃを実際に利用する分には妙な工夫や難解な事は考えず、甘く硬めの果菜として用いるべきであろうか。
例えるなら馬鈴薯の代わりにグラーシュの具として他の野菜と鶏肉やベーコンや牛乳と煮込んだり、あるいは汁物具材の嵩増し用の食材としてエンドウ豆の代わりに使えば兵卒たちに喜ばれるだろうし、パンに練り込む事も出来れば、表皮が丈夫で運搬が容易であり長期保存にも向いて保存用加工品として粉末化やペースト状にする事も出来る。
「馬鈴薯代わりに茹で潰してキュウリやにんじんなどと共にマヨネズ島ソースであえるサラダとか」
「茹で潰した物ならグラタンや衣を付けてクロケット風に揚げるとか甘いパイやタルトにするとか」
かぼちゃ料理案を可愛らしく並べるモリエンド嬢とゲルズガルド少尉である。オーク族は総じて好きならば、確かにかぼちゃをパイにするのは良い。敢えてかぼちゃに難点を上げるとすれば実が重く、仮にコボルトの体格の場合ならば負荷が高い――ロートバルト中佐は考える。中身が重いならば外側の箱を軽く丈夫な紙製の箱にするのも可能では無いだろうか?
手掛かりはゲルズガルド少尉の発言にあった『パイ生地』である。裏表となる2枚の厚紙の中芯に、目に見えぬ強度を出すために別の厚紙を波状加工にした多層構造のパイの様に詰めて接着して、さながら紙製の人工板にした上で箱にすれば強度も出る。密封性が無いため冷却刻印魔術の効果は無いが、かぼちゃなら元より高い保存性により冷気は必要なく、固い表皮は水気が無いので箱の内部が水分を吸って脆くならないだろう。
そして、目に見えぬ強度と言うならば、食品には空腹を補うのみならず、食材それぞれ味覚や食感以外にも目に見えぬ効果がある。およそ、肉類・卵・魚・豆類によって生物の血肉が作られ、馬鈴薯などの芋類・小麦・ライ麦・道洋の米などの穀類や油脂によって身体が動く体力となり、野菜や果物によって身体の機能の調節や病気の予防となる。
魔種族及び人間種や動物も含めた生物は全て、食料を口に入れる摂取から胃腸で消化・分解・吸収する事により体力を回復し、身体機能を維持もしくは向上させる事が出来る。そうして生きている。料理の内容とその方法により消化・分解・吸収の効率は変わり、それが嗜好や各種族の特徴の形を経て文化の形になるのだから。
「僕は思うんだけどね」
摂取と吸収では意味が異なる。口に入れても滋養とて身体に回らなければ意味はない。だが滋養でありつつ吸収される必要は無く、ただ摂取するだけで効果がある物が存在するとしたら。例えばこのかぼちゃや先般の甘藷の繊維質。
先のにんじん・エンドウ豆・甘藷・かぼちゃ。奇しくもこの食材らはその存在を多分に含む食材であった。ただ摂取しただ排出するだけで効果がある存在。ただそこにあるだけで意味がある物。
後年、その存在は『食物繊維』と呼ばれる事になる――
「諸君おはよう! 何だ今日は早いな。寝不足は美容の天敵だぞ、ガハハハ」
「上官殿より遅い出勤にて恐縮、腕立て100回とさせて頂きたくアリマス」
自分より早い面々の出勤に笑う上官のグレーベン少将と、驚く部下のフェルト軍曹を目に、思索を遮られた中佐はどうやって昨夜の騒動を愚痴ろうかと曖昧な笑みを浮かべ、少尉は頬を膨らませ、モリエンド嬢はただそこにいて誰かのために自分は生きてみようとの思いに至った――地上にも星は変わらず、そこにある。
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◆はすたさんの与太話。
ポメラニアン種の女将 > 最近はポメラニアンと言うだけで……w
よれよれの背広服とレインコートを着た冴えない風貌のコボルト族バセットハウンド種の刑事
> コロンボ警部の飼い犬がバセットハウンドなんですね。
少尉殿の舎弟どもや妹分たち > 生意気な若手どもを拳で理解らせたり、女子校的な王子様と崇め奉られたり。
紙製の人工板にした上で箱に > 段ボールの発明は1856年。段ボール箱の発明は1894年です。
炭水化物を提唱したラヴォアジエがフランス革命で亡くなったのは1794年。
蛋白質をヨハンネス・ムルデンが提唱したのは1838年。
脂質・ミネラル・ビタミンの提唱はちょっと遅れて19世紀になります。
日本に栄養の概念がテオドール・ホフマンによって伝えられたのは1871年。
食物繊維 > 酵素で消化され難い難消化性成分の総称です。水溶性と不溶性に大別されます。
定義の上では栄養素ではありませんが、排出に際し腸内の様々な有害物質を吸着させるため、大腸ガンや生活習慣病の予防に効果があります。
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◆今回のボツネタ。
さて、玄人は兵站を語ると軽々に言えど、物流――生産・加工・梱包・保管・輸送は大雨の後の大河にも似て、問題・困難・障害と言う名の土砂・倒木や障害物が大小取り混ぜ雪崩れ込む。それが瑣末な妨害でも蓄積すれば部隊全体が停滞を起こすなれば、細かい手間の省略や僅かな齟齬の解消も軍全体となれば大いなる資産となる。
何せコボルト族たちへの配慮に玉葱・長葱を排するために抜本的な構造改革を発しなければならなかったぐらいである。
備えよ常に。より良い方法を、さらに良い方法を。改善と進歩が無い現状維持は最早維持とは言えず怠惰と後退である。瑣末であろうと常に改善を模索し続ける事が有るべき姿の兵站管理であろう。
「まるでイザベリアの兵站問題のようです」
――ジャーン!
「「まさかの時のイザベリア兵站問題!」」
「彼らの問題は生産と輸送、つまり2つ。生産・保管・輸送、つまり3つ。生産・保管・輸送・国王への敬意、つまり4つ。……つまり彼らの問題は生産・保存……えぇい、やり直し!」
「……えーと、まるでイザベリアの兵站問題みたいに?」
――ジャーン!
「「まさかの時のイザベリア兵站問題!」」
「彼らの問題は生産、以下省略。軍曹、報告書を読め」
「おみゃーらはオルクセンに対し何度もわんこをいじめる罪でアカンワ」
「もういい」
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