〈シルエット〉
いやはや、久々に驚いたね。
どんな子が幽閉されてるのかと思って扉をこじ開けたら、まさか小学生くらいの女の子がいるなんて。この年の子がこういう施設で特別扱いを受けるのはかなり珍しいことだ。
そして、それ以上に、その子が俺が見紛うほど俺に似ていた、いやそれどころか、まるで鏡写しだったことに驚愕せざるを得なかった。
別に容姿は似ていない。この子の目と髪の色は透き通るようなムーングレイ、顔立ちも同じく透明感を強く感じさせる。似ているといえば血の通っていないような真っ白い肌の色だけ。
似ているのは雰囲気。言い換えれば、心の芯が俺とこの子は瓜二つのように感じた。直感ではあるが、この感覚が間違っているとは、どういうわけか全く思えない。
そこまで考えた時、ふと学園都市にいるという妹のことが頭をよぎった。しかし、それを心中で否定する。俺の妹は今14か15くらいのはずだ。ここまで幼くはない。第一、顔立ちが俺と似なさ過ぎている。
「・・・・・・あなたは誰ですか?」
「通りすがりのゴミ収集員さ。今日はここにいたゴミを掃除してきたところだな」
我ながら咄嗟に奇妙な文句を思いつくもんだ。さて。この子は意味がわかるかねぇ。
「そうですか。随分と粗大ゴミが多かったことでしょう。ゴミ掃除の依頼主は統括理事長で合っていますか?」
なるほど。見た目に反して可愛げのない頭の回転してるぜ。だけど駆け引きには慣れてないな。慣れているのなら自らの重要な情報はできるだけ与えないようにする。アレイスターのことを知ってる時点でそれを知ることができる立場だったことは明確だ。
とは言っても、十分に合格点。この子を『シャドウ』に勧誘しよう。
「残念。外れだ」
「と、言うと?」
「組織の情報は統括理事長だが、命令されて来たわけじゃない。自主的に来た」
彼女の表情は透明で、読みづらい。おそらく普段もそんな感じなんだろう。だが、今はわかる。彼女の目は俺に明らかな不信感を抱いていた。無償の善意など存在しないというように。同じ状況なら間違いなく俺もそう思う。やはり、似ているらしい。
「安心しろ。無償の善意なんかじゃない」
だからこそ、きっぱりと否定しておく。俺ならば、そうされない限り絶対に不審の目を絶たない。まぁ、本音でもあるんだがな。
「俺には俺の目的があってきた。それはもちろん、ここで酷い目に遭っているであろう子供達を助ける為でも酷いことをやっている大人達を懲らしめる為でもない」
俺が動く理由はいつも1つ。
「俺がぶっ潰してやりたいと思ったからだ。それのついでに有能な奴をキャプチャーしに来たわけ。ま、結局は俺の為だな」
彼女はじっと俺の目を見る。観察するのではく、確かめるように見る。
そして、数秒の後その小さな口を開いた。
「その言葉、嘘ではありませんね」
まるで俺の全てを知っているかのように言う。いや、俺とこの子は出会った時から直感的にお互いの全て知ったのだろう。彼女と、おそらく俺の目もそう語っていた。
「不思議です」
「ん?」
「あなたを見ていると鏡を見ているような気がします」
「正直俺もだ」
「しかし」
「ああ」
「「まずはお互い自己紹介でもしましょうか」」
〈???〉
自己紹介。
そうは言っても私には話せることがほとんどありません。何しろ物心ついたころからいろんな施設を転々としてきましたから。
「俺から行こう」
そう言って女の人は胡坐をかき、私に目線を合わせます。予想通りフェアな関係を好む方のようです。
「俺の名前はシルエット。他にも偽名がいくつかあるが、一番使ってる名前がこれだ。ちなみに本名は忘れた」
「私の名前は被検体番号73。その前は81。さらに前は45。他にもいろいろ。数えればきりがないほどいろいろな施設を移ってきました。私も本名は知りません」
シルエットさんは『俺』という一人称を使っていますが、女性ではないのでしょうか?
私のそんな考えを見透かしたように彼は口を開きます。
「俺は男だぜ。体は女だけどな。・・・・・・一応言っておくが、性同一性障害だからって変に気をつかわなくていいぞ? 体がどうだろうが俺は俺だ」
「なるほど。非情に納得のいく理屈です。ならば――――――」
私にそっくりな彼だからこそ訊きたいことがあります。私の唯一といってもいい課題であり、悩み。
「―――心が人間ならば、体が化物でも人間だといえますか?」
「そもそも人間である必要はないだろう」
「・・・・・・そういう問題では」
「そもそも何故人間にこだわる?」
「私が人間に憧れているから、でしょうか」
「そう考えるお前は十分人間だよ」
「しかし」
「それでも不安だというなら」
「いうなら?」
「せめて自分を喪うな。お前はお前であれ。そうすりゃあ、人間であるかどうかなんてどうでもよくなるさ」
彼が言ったその言葉は、確かな1つの答えだった。その言葉は私の胸を強く打ち付けて最初から識っていたかのごとく私の心へ受け入れさせてしまった。それを意識すると何故か心地よく、暖かい。
「とは言っても、名前がないと自分を意識するのは難しいだろうな。だから」
「?」
「お前に名前をあげよう。そうさな・・・・・・」
「・・・・・・‥美夜にしよう。なんとなく、世界一の名前なような気がするんだ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・‥
いくつもの牢が並ぶ石造りの廊下。蝋燭の灯だけが周囲を照らすその空間にはいつも絶望の目が溢れていた。
どの牢も住人のことを一切考えないガタガタの石畳。暖房設備などもちろんあるはずもなく、地下にあることも手伝って底冷えする寒さを生み出している。
しかし、ただ1つ。奥の奥にひっそりと造られた牢だけ。そこだけは安物ながら絨毯が敷いてあり、あまつさえ寝台と厚い布まで置いてあった。明らかな特別扱い。ここの住人が他と比べて格別に重要で貴重であることが推して知ることができる。
今、その寝台には1人の少女が眠っている。茶色に黒が入り混じった長髪と黒目紅目のオッドアイが特徴的な10歳ほどの少女。眠っているというのに、どこか生気の感じられない透明な顔をしていた。
もしも、この世界が巨大な動画のようなもので早送りができるのならば、この少女の異変に気づくことができただろう。1日に数本、1時間に1本あるかどうかではあるが、徐々に髪の色が茶色から黒に変わっているのだ。右の黒目も心なしか紅く変色していっているように見える。もしかすると、この少女はもともと茶髪に黒目だったのかもしれない。
少女は夢を見ていた。
有り得たかもしれない仄かな夢を。
夢の中で少女は笑いながら走り回り、その後を少女によく似た小さな少女が一生懸命付いてきている。
そんな2人をちょっと離れたところから若い女と逞しそうな男が、幸せそうに眺めている。
一見どころか完全無欠に幸せな光景。だというのに、少女と小さな少女以外は全てぼやけていて、だんだん形すら失おうとしていた。
そして、小さな少女すらも少しずつ輪郭が怪しくなっていた。
やがて全ての形が消え去り、真っ白な場所に少女と影だけになってしまった小さな少女だけが残る。消え去ろうとする全てに少女は手を伸ばしてみたが、その手は決して届かない。いつも宙を切って空しく手を握り直すのみ。
結局いつも残るのは自分と小さな少女の影。
少女はこの夢を何度も見ていた。
この少女が牢に囚われて約4年。
この夢が終わるまで、後3年。
もうすぐ御正月ですね。関西はとても寒いです。頑張って年を越しましょう!