昭和レトロMMO(仮)   作:700pack

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花嫁

 扉が開いた先は、薄暗い部屋だった。

 手前にソファとテーブルがあり、向こうのカウンターではマスターがグラスを磨いている。

 振り返ると、いま降りたばかりのエレベーターは影も形もなく、ただの壁があるだけだった。

「ここからは戻れないのか?」

 継ぎ目ひとつ見当たらないドアのあとを、村井の指がなぞる。

「どうかね。おれ達が降りたのはそっちからだったが」

 645が目の前のソファを指しながら言った。やはり最初の店で間違いないようだった。

「私は廃屋の物置だったけど。あんたに言われて」

《アジトへの入り口は各PCの拠点の近くに個別に設定されます。安全上の理由から、現段階で

複数ルートの使用を許可されている同志(プレイヤー)はいません》

「じゃあ俺は当面、あの臭いごみバケツからしか出入りできないわけか?」

《はい》

 村井が沈黙し、質問が終わったと判定したのか、645が口を開いた。

「とりあえず注文だけ入れよう。酒は、よした方がいいか」

「でも金」「安心しろ。年長者のおごりだ」

 NPCがカウンターへ去ると、再びPC三人が残される。相変わらず、客の姿は見当たらない。

 

「店ごとグルってわけだ」

 ソファに腰を下ろしながら村井が覆面をとる。いかにもアスリート然とした精悍な顔だった。

「改めて訊くけど、この三人はプレイヤーで間違いないんだよな」

 そう、と答えたのは自分だけで、もう一人は聞こえなかったかのように店内に目をやっている。

「そっちは訊くまでもないか。改めてよろしくな、市川君。長いからイッチでいい?」

「……それはどっちでも。ただ、キャラは死んだら変わるらしいけど」

「なに?本当かジム」

 すぐに声が答える。

《はい。プレイ中のキャラクターが死亡した場合、ゲームを終了するか、新たなキャラクターで

再開するかを選択できます。対象となるキャラクターは既存のNPCからランダムに決定され、

ステータスはそのキャラクターに準拠したものとなります》

 質問が誰でもできるのはいいとして、やりとりが他のプレイヤーに筒抜けなのはどうなのか。

「生き返ったりできないのか?」

《原則不可能です》

「他のペナルティは?」

 村井が顔をしかめたのは、尼野が割り込んだからだ。

《現時点では設定されていません》

 死ねば全く別人でやり直し、ということは、とりあえず序盤でのデメリットはないに等しい。

 認識としてはその程度で、深く考えることはなかった。自分の関心は別方向にあったからだ。   

 

「二人はどう思う。このゲーム」

 気になっていたことをそのまま口にしてみる。

「…どう、ってのは、クオリティとかそういう話か?」

「ああ、いや…。こういうオンラインのRPGは詳しくないんだけど、なんか説明が無いというか」

「実況特化の典型じゃない? 今のところ」

 尼野が言う。実況特化とは言葉通り、自分でプレイするより他人の実況プレイを見る方が

 盛り上がるゲーム(結果的にそうなる場合もあれば、意図的にそう作られる場合もある)を

 指すもので、誉め言葉としてはあまり使われないようだ。

「ただ、現代日本というのはあまり知らないけど」

「現代か? せいぜい平成、下手すりゃ昭和までいってるだろ。確かに特撮ベースのMMOって、版権物はたいてい無理矢理全員のっけた異世界みたいのがほとんどだし、オリジナルでこういう、なんていうか、リアル寄りな感じは珍しいかもな」

 特撮。ヒーローが存在するなら、自分達(プレイヤー)は間違いなくやられる側だ。

「まあ今どきは何でもありだし、要はクエストこなして出世して、日本か世界か征服しろってことだろ。ジム」

《概ね、その通りです》

 それ以上の質問が出る前に、645がカウンターから戻ってきた。手には銀色の盆を載せている。

「とりあえずコーヒーで良いよな。仕事前に酒はまずいと思ってさ」

 ああどうも、とそれぞれカップを受け取る三人。その後、特に何かが起きたわけではない。

 改めて形ばかりの自己紹介のあと、マスターの運ぶ軽食(サンドイッチやホットケーキ)を

 つまみながらしゃべったり、引っ張り出したカラオケでよくわからない歌謡曲を歌っていた

 のは、もっぱら645だった。

 

 

「あら。おかえりなさい」

 玄関を開けると、雑巾がけをしていた春江が顔を上げた。

「今日は早あがりですか?」

「いや。少し時間が空いたので、ちょっと」

 思わず言いよどむ。時計は午後3時前。作戦まで特に行くあてもなかったのでとりあえず

 帰宅してはみたが、突っ込みを受けるとは思ってなかった。

「まあまあ、それは。今お茶を」

「いえ。荷物を置くだけなんで」とっさに手にした(かばん)を持ち上げた。

「荷物って、いらないんですか? かばん」

「はい、まあ、ちょっと」

 ものの数秒がずいぶん長く感じられる。もたついてると余計なボロが出かねない。

「じゃあ、行ってきます」

 行ってらっしゃいの声を背に、逃げるように玄関を出る。早足に人気(ひとけ)のない路地に

 入ったところでジムを呼び出す。かなりの小声でも認識はされるようだ。

「一般人のNPCからすればPCは犯罪組織のメンバーになるんだよな」

《より正確には、犯罪組織の構成員かつフロント企業の従業員になります」

「正体がバレて通報されたりとかは」

《します》

 家に目をむけると、赤いランドセルが道を渡り、いま出てきた玄関の方へと走っていく。

 ただいまーの声で、ガラガラと戸が開いた。

「逮捕されたらどうなる」

《起訴されて有罪になれば刑罰に処されます。内乱罪》

「わかった」

 虫を払うように手を振るとジムが黙った。バレたらそれまで、というわけだ。

 

 

 

 

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