落ちた先はほとんど真っ暗闇だった。唯一、視界の端に待機ランプのような緑の光が見えたが、確認するにもそれ以上首が回らない。
首だけではなかった。手も足も肩も頑丈な金具らしきものでばっちり固定されている。
「おい、どうなった。ここはどこだ?」
村井の声に応じるように、眩しい照明が部屋と周りを囲む人影を照らした。青い手術着に帽子とマスクを付けたNPC達が覗きこむ手術台には自分(そしておそらく村井と尼野)の身体が仰向けに
「どういうことだ。あんたら何なんだ?」
「私の助手さ」
足音が部屋の隅から中央へと近づいてくる。他の全員が上から下まで完全装備のなか、ひとり
白衣のポケットに両手を入れ、紫色の長い髪と蜘蛛の巣の様な傷の入った顔をさらした大女。
「はじめまして。
ポケットから引っ張り出した指ぬきグローブをはめながら女が続ける。
「オペ成功の暁には、晴れて連中の仲間入りだ。I型だから取り扱いには注意してくれ」
「おい待て。オペって何だ。何を注意するって」
「能力については術後に追って通知する。死体に教えても無駄だからな」
「説明なら今しろ! 能力って何だ! 死た」
村井の声が途切れるのと同じくして、脇に立っていたNPCが太いホースを取り出した。
そのラバーカップ(トイレのつまりをとるアレ)に似た先端が鼻と口を覆うとほどなく、
急激にまぶたが重くなる。
布団の中にいた。100均にも置けそうなぺらぺらの布団。体を起こし周囲を見回す。
見覚えのあるうす暗い部屋。ほころびたカーテンから差す光。そして枕元に置かれた封筒。
表には『極秘』と赤い印字が押されている。
「おはよう! 朝ごはんよ」
引き戸が開くなり元気な声が飛び込んでくる。
「どうしたの」
とっさに封筒へおいかぶさった不自然な体勢に、首をかしげる利江。
「いや……すぐ降りるから」
「昨夜はお疲れになったでしょう」
思わず食事中の箸が止まる。
何か言われるかもしれないと想定はしていたが、そもそも昨日どうやってここに帰ってきたかも
わからない以上、適当な返答はできない。春江たちの反応をみるに、怪しげな男達に担ぎ込まれたわけではなさそうだが…。
「あら、お帰りが遅かったもので、てっきり残業か何かで」
「そうです残業で疲れちゃって。すみません」
<次のニュースです。きょう未明、入院中だった警察官二人が死亡し関連の事件による犠牲者は20人を超えました。昨日の犯行声明を受け総理は『一般市民を巻き添えにした暴力行為は決して
容認できるものではないと>
「物騒ね。利江ちゃんも気を付けて。市川さんも」
「はーい」「…」
どっちにせよ、受け身ではぼろが出るだけだし、今さらNPCに気後れしてもどうにもならない。
「あの」
「はい」春江が答える。
「ああいう事件を起こしてるのは、どういう連中なんですかね」
春江の顔に、半ば予想通りのいぶかしげな表情が浮かぶ。それが何を意味するものであれ、
ここで引き下がるメリットはない。
「うちの田舎のほうだと、そういうニュースもあまり流れないので、正直よくわからなくて」
「悪い人‼」利江が言った。
「ごうとう、殺人、恐かつ何でもありのならず者集団」
「利江ちゃん」
娘をたしなめつつ春江が急須を手にとる。
「まあでも、私も詳しいわけじゃないんです。最初は過激派か何かみたいに言われてたみたい
だけど、この頃はどんどん扱いが大きくなって」
<警察関係者の話によると、トンネル付近に手掛かりになるようなものは残されていないという
ことですが、園児だけでなく先生も目撃したわけでしょう、彼が犯人達と戦うのを。それを>
<仮に事実であったとしても、それが市民に危害を及ぼさない保証はないわけです。結局警察側に
対抗する手段がない以上、簡単に正義の味方などと持ち上げることはできません>
テレビではトンネルやバスの模型の前で、とっくに死んだはずのアナウンサーと大学教授が
神妙な顔つきで掛け合いをしている。……許可はとってあるのだろうか。
「あの黒い奴も前から?」
画面には小さな写真を無理やり引き伸ばした、ほとんどモザイクに近い“ヒーロー”が
アップになっている。
「どうだったかしら。ああいう内ゲバがあるようなことはニュースでやっていたような…。
でもごめんなさい、はっきりは覚えてなくて」
「いえいえ」
設定が固まってないのか、単にキャラが知らないだけか。ともかくそれ以上会話を重ねても
情報が更新される気配は無かった。