下準備まではうまくいっていたはずだ。二手に分かれ、作戦三つのうち二つをカバーした上で、どちらが当たりでもそれなりに対応できるよう作戦も変更する。士気は下げずリスクは最小に。
うまくいっていた。考え得る中でのベストだったと今でも思う。
間違っていたのは前提だった。
5号作戦におけるダム爆破は、ダムの占拠を完了した後に行われる手はずになっていた。
「これはダメだろ」と指摘したのは村井だ。
「警備員を始末しダムの制御室へ突入する。『このダムは我々が占拠した。全員後ろを向いて壁に手をついて並べ。おい、そこのお前妙なマネを…』バァン、と制服がはじけてヒーロー登場。
様式美ってやつだな」
言葉通り、村井はブリーフィングで変更を具申した。
力ずくの占拠ではなく、秘密裏に潜入して爆弾を仕掛ければ、人員も少なく済んで残りは予備戦力として不測の事態に備えられる、と。
提案は採用された。採用する上で潜入要員2名は、責任者たるバラマンモス自らが任命した。
提案者である108番とその連れの593番。いわゆる様式美というやつだ。
決行時刻、いつの間にか用意されていた作業着に着替え、偽の身分証を携えダムへ向かう。
受付を通過しメンテナンス用の通路を降って、図面に大きなバツで記された地点にたどり着く。
もちろん周囲に
だから、バッグからダイヤル式の
間抜けにも二人そろって見落としたのか、あるいは天井にでも張り付いていたか、ともかく
最初に気づいたのは自分ではなかった。
変身、と村井が叫んだ。
目の前の壁が爆発のように砕け散り、意思と無関係に身体が後方へとぶ。
もうもうとした瓦礫とコンクリ片のむこうで暗緑色の影が振り返る。疑いようもなくそれは
イ号そのものだった。
「おいおい、ここでかよ」
一方、隣には見覚えのないものが立っている。筋肉の盛り上がった青銅色の肌にカーテンの様な布を巻いた姿はエジプトの壁画のなんとか神の
馬頭の神様がいるのかは知らないが。
「しょうがない。あとは任せる」
声にエフェクトがかかっているものの、今自分を抱えて飛び退いたこの馬男が村井に違いない、
というのを確かめる余裕もないまま、イ号が構えをとる。
浮かんだ選択肢は2つ。①自分も変身して戦う ②さっさと逃げる。
結果論を抜きにすれば、どちらにも積極的に選べない理由があり、そのことが判断を遅らせた。
イ号は足を引き一気に跳躍した、と思われる。思われる、というのは動きの速さに加え、激しい衝撃で
流木や廃材の積まれた倉庫に投げ出されていた。床に穿たれた大穴をみるに、自分たちを
イ号はそのまま通路の天井を破り、上層の広い空間へ移動したと推測される。
被害がダムに及ばない場所に。
既に自分が変身する妥当性は消えつつあったが、逃げようにも手足は動かず、声すら出ない。
瓦礫から身を起こしたイ号の視線は、動けない戦闘員ではなく、かろうじて立ち上がろうとする
改人の方を捉えていた。
本人曰く、このときの振る舞い、つまり足下《もと》もおぼつかないような動きは半ば演技で
相手を油断させるための罠だったらしい。
実際、村井馬男は間合いに入ったイ号に渾身の回し蹴りを繰り出した。そしてそれはまるで
鏡写しのように、全く同じ動作でイ号が村井に繰り出した蹴りと見事に交差する。
ずばん、と湿った衝撃音が鳴り、回転しながら床を滑る青銅の足。
膝から千切れた右足を前に村井が固まる。その長い顔面を真上から捉えたイ号の拳が、そのまま
床面へ叩きつけられた。セメントタイルをまき散らし、コンクリートにめり込む馬男の身体。
一仕事を終えたヒーローは倒れた敵に目もくれず、何か探すように瓦礫をひっくり返し始めた。
「…残念ながらプランZだ」
絞り出すような村井の声。それが聞こえたからでもないはずだが、あたりを探索していたイ号の足音はやがてこちらへ近づいて来る。
「尻の下だ」村井に告げる。後は運に任せるだけだ。
冬眠あけのカエルの如くのそのそと尻を探る村井のえり首を、太い腕がつかんで引きずり上げた。
「他の仲間はどこだ」
男とも女とも人とも機械ともつかない声を上に聞きながら、どうにか下半身を大穴に押し込む。
「…いま呼んでやる」
がちり、とダイヤルをひねる音が鳴った。