脅し文句が続く間、覆面二人が口の開いたジェラルミンケースをバタバタとカウンターにのせる。
「お前らはこっち側に出ろ。静かに速やかにだ」
促されるまま粛々と持ち場を離れる行員たちと入れ替わりに、覆面の何人か(645の姿もあった)が前へ進み出る。中にどれほどプレイヤーがいたか知るすべはないが、自分と同じく様子見を
していた連中は少なくないはずだ。
カウンターを乗り越え、札束やバラの紙幣をつかんだ端からケースに詰める「仲間たち」を見て、そうした連中も続々と、あれよあれよという間に動き始める。
参加しようにも既に人が群がって、割り込むすきは見当たらない。
とりあえず床に散らばった一枚に手を伸ばしたところで、ガシャンと目の前に黒いものが落ちた。
公園の遊具を一回り太くしたような鉄の棒。前方だけではない。カウンターの四方を一周、さらに店の入り口や窓を塞ぐようにもう一周と、二重の金属柵が自分たちを囲んでいる。
「なんだこりゃ。まるでオリじゃないか」645が状況の説明を口にした。
<全員動くな!>
天井のスピーカーから声が響き、けたたましいパトカーのサイレンが次々と表に乗りつけた。
裏口から外へ連れ出される客や行員のあとに盾を構えた機動隊がなだれ込む。ずらりと並んだ
銀色の板の後ろに小銃や銃より太い筒、そして隊長らしき男が拡声器を手に立っている。
<器物損壊及び強盗未遂の現行犯で逮捕する。武器を捨てて全員大人しく投降しろ>
当然というべきか、周囲を伺ったり顔を見合わせたりしつつも素直に従うものはいない。
<繰り返す。武器を捨て投稿しろ。従わなければ実力を行使する>
「どうした」檻の向こうからスーツの男が告げる。
「手を止めるな。さっさと金を詰めろ」
「おい!」隊員の一人がその背中に銃を突きつけ、別の一人が腕をつかむ。次の瞬間、
突風が抜けるようなSEとともに、腕をとらえた隊員が鉄柵へ叩きつけられる。
「きさま…」
引き金を絞るより早く、残った隊員の身体は空を切り、盾を構えた列の一角をなぎ倒した。
<発砲許可‼>
拡声器が叫び、一斉に撃ち込まれた銃弾がスーツを引き裂き身体をさんざん波打たせたあと
床を滑ったグレネードがエントランスを吹き飛ばした。
男は倒れなかった。
ガソリンが燃えるようなオレンジの炎の中、どす黒い体液をしぶきながら揺らめく影が腕をふる。と、正面に並んだ鉄柵が斜めにずれ、ずるずると滑り落ちた。
千切れかけた肘の根本から銀色の刃が突き出し、割れたサングラスの奥には元の眼より
はるかに大きな複眼がのぞいている。
<撃て!射殺しろ‼>
怒号と銃声が鳴るたび裁断された手足がとび、壁や天井をばっしばっしと染めていく。
がん、と机にバウンドしたヘルメットが足元に転がり中の人と目が合った。すっぱりと切り離されたなめらかな断面からびるびる血が溢れ、歪んだ顔から紅みが消えていく。
…やはり画面がカクついている。心なしか音もくぐもって聞こえるようだった。
メニューから設定を選びエフェクトのレベルを0にする。一瞬の暗転の後、血だまりも中身も消え空のヘルメットだけが残る。
これで余裕はできたはずだが、処理落ちは解消されず、むしろ悪化しているように感じる。
立ち上がろうと机についた手が滑り、胸から床に倒れこんだ。起き上がろうと力を込めるが
体はがくがく震えるばかりでどうにもならない。
ほどなく視界が暗転した。
《お疲れさまでした。以上でチュートリアルは終了となります》
闇の中に白い球体が浮かんでいる。穏やかで無機質な声。
《当テストの管理を担当させていただきます。コールの際は『ジム』とお呼びください》
「チュートリアル?今のが?」
そう聞き返す自分の姿も見えない、というか
まるで視覚や聴覚だけが体を離れ、宙に浮かんでいるような感覚だった。
《正確には道路の向かいに停まったトラックに乗ることが終了条件ですが、そこにたどり着く前に
死亡した判定になります》
「死亡。気絶じゃなく」
《はい。上腕動脈の貫通創による失血死です》
「……」
意図を汲んだように(実際には汲んでないが)声が続ける。
《プレイキャラクターが死亡した場合、原則として新たなキャラクターでゲームを続行
できますが、ステータスを引き継ぐことはできません。なお、今回はチュートリアルなので
ご希望であれば死亡判定を取り消すことができます。ちなみに現在エフェクトをデフォルト値で
プレイするとポイントの還元率が10倍…》
「いや、そういうのは後で」
《承知しました。チュートリアルが完了し問題が検出されなければ、ほどなく本テスト用の
メインプログラムが開始されます。ログイン前にご同意いただいた通り、テスト時間は
3時間半から4時間、ゲーム内で10日ほどを見込みますので圧縮率は60倍から72倍となります。
テスト中にログアウトされた場合、再度のログインは不可能になりますので、やむを得ない事情で
ログアウトした後、再度のテスト参加をご希望される場合は、カスタマーサービスまで》
「ちょっと」
思った以上に大きな声が出た。
「少し、質問いいかな」
《はい。少しなら》
少し、は余計だったかもしれないが、どのみち悠長に話す時間はなかっただろう。
「これ結局どういうゲームなの?」
わずかな間のあと、穏やかな声が告げた。
《サポートシステムをご利用になりますか?》