昭和レトロMMO(仮)   作:700pack

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初動

いくつかの条件について二人(バンダナは矢島、太身の方は内田と名乗った)と合意したあと、話を詰めるため矢島の家に行くことになった。

「うちは広いからね。喫茶店よりはいい」

 

言葉通り、大きな家だった。駅から離れた閑静な住宅地にたたずむ一戸建て。

自分の下宿とは別物だ。

「おかえりなさい」

玄関を開けると、和服姿の中年女性が現れた。矢島の母親ということは、すぐ察しがついた。

当然というべきか、隣の二人と比べても、まるで違和感がない。

「あら、お友達ね。いらっしゃい」

「こんにちは」

すぐに応じた内田に合わせ、自分も会釈をする。

「こっちは市川です。中学の友達なんだけど、そこでばったりと」

「まあそれは。春は再会の季節ね。夕飯どうしようかしら」

「いらないよ。まだ出かけるし」荷物を置きながら矢島が告げる。

「あら、また? ゆっくりすればいいのに…」

残念そうな母の横を抜け、階段に進む二人。

「お茶、入れるわね」

「ありがとうございます」と内田が答えた。

 

二階に上がってすぐ、『としあき』と記された木製のプレートが掛かったドアを開ける。

雑誌とレコードで溢れかえった部屋は、名前の知らないアイドルや外国人のポスターが、そこかしこに貼られていた。

「こんなもん凝られても、邪魔くさいだけなのにな…っと、どうぞ」

中ほどに積まれた本の山を足で崩し、引っ張り出した座布団を乗せる。

「……」

ためらいながら降ろした尻の下で、バキッと何かが鳴った。

取り出してみると、薄い四角形の…レコードのケース?だった。

ギターを持ってベッドに腰かけた男のジャケットの、真ん中あたりできれいに二つに割れている。

「それで、生身を狙うって、具体的にどうする?」

メガネの曇りをふきながら、内田が言った。

「まず作戦に参加して、イ号が出てくるまで待つ。出てきたら戦わずに後をつけて活動拠点を特定する。あとは状況次第だけど、とにかく正面からは戦わない」

 

「……良さそうだな」やや間をおいて、内田が言った。

「ああ。反対する理由はない」矢島が続く。

その時の二人の様子を的確に説明するのは難しい。斬新とは程遠いアイデアだが、物申すほど妥当な対案も浮かばない。そんな消極的な同意の感はぬぐえなかったが、こちらも贅沢を言っている時間はなかった。

 

 

まずやるべきは、街を探索しおよその土地勘を身につけること。

これには二人も異論はなく、ついでに部屋のガラクタを金に換えよう、と矢島が提案した。

雑誌の類は出張買取で片付いたが、レコードは直接持ち込まざるを得ないということで、三人で

最寄りのレコードショップへ出向くことになった。

 

アパートにパチンコ、居酒屋などが、はみ出すように連なる幹線道路の脇の申し訳程度の歩道を、荷物を抱えて進むのは一苦労だった。無造作に置かれたごみバケツやビールケースを避けようとして、犬のフンを何度も踏みかける。

「本当に日本か。ここは」

クラクションや信号のメロディに負けじと、矢島が声を張り上げる。

ボリュームを絞っても、小さくなるのは声だけだった。

「まあゲームだし、昔はこんな感じだったのかも」

「昔って、いつだよ」

「さあ。俺たちが生まれる前なのは間違いないだろうけど」

内田の背中から、こちらをうかがうような気配が漂う。大概のゲームで、正当な理由や同意なしで相手の個人情報を尋ねれば、ハラスメントで通報されかねない。

「そもそも、忠実な再現というより、ゲームの都合では?」

面倒な流れになるのも面倒なので、話を逸らすことにした。

「じゃあ、あそこのゴミやカラスやゲロや故郷の空やらは、ゲーム的に重要な意味があるってわけだ?」

矢島の弾むような声が言った。

「重要かどうかはわからんだろ。A、プログラムがたまたま作っただけとか」内田が入る。

「誰が作ろうが、少なくともプレイアビリティを犠牲にするくらいには重要、と運営が判断したってことだ。じゃなきゃすぐに直してる」

矢島は吐き捨てるように、ひもで括ったレコードの束を色あせた庇の店先に下すと、中からエプロンをしたアフロの店員が現れた。

そこから買い取りを終えるまで、もどかしい操作と不自由な視点切り替えによる傑作ホラーゲームの魅力について盛り上がり、店を出てからは新作への不満について盛り上がった。

 

 

「じゃあ、(ニューロ)VRは初めて?」

「FPSは、少し。ただオンライン自体ほぼつないだことなくて…」

「そうか。まあ動きは似たようなもんだし、大丈夫そうだけど」

そう言って、内田は足を止めた。視線の先には四角いプレハブがある。

ベージュの外壁に赤色灯。『昭和中通り派出所』という看板の横にガラスの引き戸があり、中で警官が一人、書き物をしている。近くに人影はない。

「……どうする? ここにするか?」矢島が視線を向ける。

「いいんじゃないか。ちょうど人もいないし」内田の答えに自分もうなずくと、よぅしと矢島は

大きく息を吐いた。

「変わろうか」「いや、大丈夫だ。オレらはリスクないし」

頬をたたいて歩き出す矢島。肩をすくめた内田が後に続く。

 

「あのー、道をおたずねしたいんですが」

矢島の声に、警官は「はい」と手を止め立ち上がる。

着任したばかりなのか、馴染んでいない制服が、新人というより学生のような、まだあどけない

印象を与えている。

「知り合いの家に行きたいんですが、迷っちゃったみたいで」

「住所はわかりますか」

「それが聞きそびれちゃって」

机に地図を広げた矢島の後ろで、最後に入った自分が静かに戸を閉める。

「だいたい、この辺のはずなんですけど」

地図をのぞき込む警官の首を、背後から回されたビニールひもが一気に締めあげる。

がふ、とかぐえ、とかいうような悲鳴もなく、ただ自分に何が起きているのかまるで理解できないようにぼう然とこちらを見つめたあと、ようやく首のビニールに手をかける。

が、どうにもならないと察したのか、すぐ腰の無線機に手を伸ばした。

「おい、まだ動いてる!」

矢島の声に内田は向きを変え、背筋のストレッチのように警官の体を持ち上げる。

矢島が手からインカムをひったくり、はさみでコードを切断すると、紺の制服ズボンが見る間に

湿(しめ)りだし、あふれた液体が床にしたたり広がっていく。

「な、これ、何、れてないか?」

「いいからはな、ままキー、キープ」

あどけない顔がどす黒い紫に変色し、眼球が(こぼ)れんばかりに張り出すにつれ、音が途切れ始める。

 

「ジム、エフェクトを切ってくれ」コールを押しながら小声でささやいた。

《既にエフェクトレベルは0になっています》

「でもゴアは消えてないぞ。失禁も残ってるし」

答えながら、外に目を向ける。

人通りは少なく、気づかれる様子もなさそうだったが、いつ誰が入ってきても文句は言えない。

《エフェクトの項目でオフにできるのは、オブジェクトのみです。死亡していないキャラクターに属するものは、これに含まれません》

「…なんか臭いまでしてきそうで、いやなんだけど」

《エフェクトを推奨に戻せば、死亡後の排せつ物やにおいの再現も》

「やめろ」

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