痙攣の終わった身体を内田が奥のトイレに押し込む間に、棚と引き出しの中身があたりにぶちまけられた。あれこれ吟味する暇もなく、めぼしい書類を片っ端から段ボールに詰め込む。
作業を終え、外を確認し、交番を後にする計15分、幸運にも通行人がのぞき込んだり、相方の警官が戻ってくることはなかった。
足の踏み場もなかった私物が消え、すっかり広くなった『としあき』の部屋は、名簿に住所録、あるいはそれに類するリストで見る間に埋めつくされていく。
「こりゃダメだな。独居老人からスリの前科者までごちゃまぜだ。手作業じゃキリがない」
地図に八つめの印を打った後、矢島が肩を回して、すっかり暗くなった窓の外を見る。
「一か八かログアウトしてみるか? キャプってソートかけりゃ一発だし」
のびをする内田の頭に、丸めて投げたバンダナがあたり、ぼとりと落ちる。
「BANされず戻れたとして、10分で半日だ。こっちで徹夜した方が早い」
<本日午後三時ごろ、青葉区昭和町の昭和中通り派出所で、勤務中の警官が死亡しているのが発見されました>
つけ放しのテレビから、無機質な声が告げる。
<死亡したのは、派出所に勤める野口忠雄巡査22歳。現在死因は明らかにされていませんが、警視庁では一連の通り魔事件との関連も>
「すげーな。ニュースでやってる」内田が言った。
「最初の銀行のでもやってたろ」
「いやいや、イベントじゃなくて。
「それがゲームだろ。ってか警官殺してニュースになったら何なんだよ。本筋と関係ないことばっかり」
「こういうディテールが大事なんだろうが。最速で走ってボス倒して何の意味がある。なあ?」
言いながら、内田が手にした紙をひらひら揺らす。
住所、氏名、年齢の上にクリップで留められた顔写真。どこかで見たことがあるような。
「手配写真だ」
「? それがなんだよ。交番だろ」
矢島の言葉に被さるように、「あっ」と声が漏れた。
「気付いたか」
こっちを見た内田が笑う。
笑顔を向ける若い男のモノクロ写真。
自分が知っているのは、何かのテレビか動画で見たからだろう。
容疑は殺人・死体遺棄。ゲームではなく、現実の。
「えらく古い写真だと思ったけど、この時から更新されてなかったんだな。今じゃ爺さんどころか死んでる可能性が高いだろうけど」
写真をまじまじと見つめ、矢島が嘆息する。
「本物の手配写真って……正気か?」
「まあ、フリー素材だし」「そこじゃねえよ」
ニュースは既に、子どもの転落事故とその注意喚起に切り替わっていた。
「今日は何のお仕事だったの?」
想定しない質問に、箸を持つ手が止まる。
しないようにしていた、という方が正しいかもしれない。
「利江ちゃんには、難しいんじゃないかしら。ねえ」
黙り込む下宿人に、春江が微笑いかける。
「学校でね、家族のお仕事の作文がでたの。だから、ケンちゃんにも訊いたの」
「あら、じゃあお母さんでいいじゃない。下宿のお仕事で」
「だって、洗たくとかおそうじばっかりでつまらないじゃん」
「ちょっと。そのご飯、誰が作ったのよ?」
甲高いベル音が鳴り、はいはい、と逃れるように廊下に出る利江。
「はい、吉野です……ケンちゃん、村井さんから電話」