よう実世界に転生した畜生系主人公が神室真澄に心を打ち抜かれる話 作:サンディエゴ
俺は尻尾を全力でフリフリして溢れんばかりの感情を何とか発散していた。
それも仕方ない、推しであるご主人があまりにも格好よすぎたのだ。
見ろ、佐倉だって恋に落ちた乙女のように両手を握って憧れの視線をご主人に向けている。
わかる! わかるぞ! ストーカー男を蹴り倒して髪をかき上げたところとか是非とも写真に残したかった! 映画とかだと悪党を成敗した後の完全に決めのシーンだったもんな!
かっけー、マジかっけー! 惚れ直すぜ、ご主人!
「もう、ホームズ。危ない真似をしちゃダメでしょ?」
「にゃー」
ちょっと怒った顔もプリチーだぜ、ご主人! でも、危ない真似云々に関してはご主人だって同じだぞ! 俺が噛みついてナイフは落としていたとはいえ、あんなのでも男なのだ。それなりに力がある。ご主人が運動もできるのは知っているけど、だからといって危なくないわけじゃないわけで!
「にゃ! にゃ!」
「むぅ、私が怒られてる……。わかったわよ。私もちょっと危ないことをしたけど、ホームズが危ないと思ったから」
「にゃー」
それを言われると何も言えなくなっちゃうじゃん、ご主人! 悲しそうな顔はダメだぞご主人! 俺のメンタルが持たない……っ!
「でも、坂柳のこと守ってくれてありがとう。格好よかったわ。さすがは私のホームズね!」
チュッと鼻先にキスをして俺を下ろしたご主人は緊張が解けたせいで腰が抜けている佐倉の方に近づいた。
その様子を見ながら俺の内心はフィーバー状態だ。
うぉおおおおっ! ご主人! ご主人! ご主人! ラブご主人! L・O・V・E ご主人!
衝動のままに走り回りたい気分になったが、さすがに迷惑だろうと思って自重していると誰かが近づいてくる気配がした。
チラリと横目で確認するとそこには坂柳がいた。
怪我はなさそうだな、ヨシ!
なぜか目が泳いでいるのが気になるが……まあ、元気そうで何よりだな!
「ま、まあ? 不本意ながら助けて貰ったわけですし、感謝して上げないこともないわけで――」
何か言っている気がするが今俺は熱いご主人様へのリビドーを解放するので忙しいのだ! うぉおおおおっ! ご主人様最高ー! 超絶大天使スーパーマスミエル!
「――って聞いてますか!? くっ、このバカ猫……明らかに聞き流していましたね。私が珍しく……」
なんかブツブツ言ってるなー。まあ、どうせ坂柳のことだ。なんかの悪巧みだろう。あとでブレイクしてやるから今は放って置いて……あっ、コイツ! 小突きやがった!
「にゃー!」
「知りませーん。ふーんだ」
お前以外いないだろうが! なに拗ねた顔をしてやがるんだ! 全く!
俺の威嚇声に呆れたようにため息をつくと坂柳は立ち上がり倒れ伏したストーカーのもとへと近づいた。
ご主人の一撃によってKOされているからすぐには目を覚まさないとは思うので安全だとは思うがなんのために向かったのか。
仕方ないので俺も一緒についていってやるとする。
大丈夫だとは思うが意識を取り戻されたら危ないからなその時は守ってやらないと。
「大丈夫?」
「は、はい。ちょっと腰が抜けちゃっただけなので……」
「そう。それにしても雫って何だったのかしら?」
「あっ、それは――」
ちょっと離れたところではご主人と佐倉がそんな会話をしていた。
佐倉がグラビアアイドルをやっていることを明かしているのだろう。
そんな二人の会話を聞いているのかいないのか。
ストーカー男の身ぐるみを剥いでいるロリがここに。
ってなにやってんねん!!
「ああ、ホームズ。ちょっと手伝ってください。この私を害そうとしたのですからそれ相応の報いを受けてもらわないと……スマホなり何なりがどこかに――あっ、ありましたね」
そう言って坂柳はストーカーのスマホを入手した。
そして、電源を入れるが当然のように暗証番号でのロックがかかっている。
当たり前と言えば当たり前だ。
だが、坂柳は動じた様子もなく佐倉へと声をかけた。
「佐倉さん。お誕生日はいつですか?」
「た、誕生日ですか?」
「ええ、正確にいえば雫としてのプロフィールに載せている誕生日ですけど」
「それなら十月十五日ですけど。それがなにか?」
佐倉の問いには答えず、1015の番号を打ち込む坂柳。
いやいや……まさかそんな……あっ、ロック解除できた。
「ロック解除できましたね」
「えっ」
「うわっ」
坂柳の言葉に佐倉とご主人は顔に歪ませた。
ストーカーが雫の誕生日を暗証番号にしていたという事実はたしかに普通に気持ち悪い。
問題があるとすればストーカーの気持ち悪さはそれだけに留まらなかったという点だろうか。
「うっ、これは……」
坂柳がらしくない全力で引いた声を上げた。
ストーカーのスマホを勝手に調べたのはストーカーの個人情報を集めるつもりだったんだろう、なにか弱みになりそうなものを掴みたかったのだろうか――出てきたものは坂柳の予想を超えるものだった。
端的にいえば盗撮データだ。
しかも一枚や二枚じゃない大量の佐倉を写した写真データ。
「ひぃ!」
それを見た佐倉が怯えた声を上げるが――それだけではなかった。
佐倉以外の女の子の盗撮データも大量にスマホ内にはあった。
制服から見て同じ高育の生徒だ、ただ顔は見たことがないので恐らく一年生ではない。
となると上級生。
あるいは卒業生の可能性もあるかもしれない。
このストーカー男がどれくらいの期間ここで働いていたのかはしらないが、どうにも常習的に女子生徒を盗撮したのは間違いないようだ。
さすがの坂柳といえども嫌悪感が酷いのか、ばっちいものを扱うような手つきでさらにスマホを調べるとチャットアプリがあることがわかった。
それを開いて中を確認したところ――
「この方、盗撮データの売買もやっていたようですね」
「えっ、嘘。……マジ?」
「マジです。恐らく生徒と思われる相手にも販売しているような会話も」
「いやいや、生徒は現金持ってないじゃん。ポイントしか使えないわけでそれでどうやって……」
「別に難しくはないでしょう。ポイントを使って購入したものを渡せばいいだけです。それを現金化するなんて今の時代それほど難しいことでもないですからね。生徒とは違ってそれほど監視も厳しくないでしょうし」
淡々と呟く坂柳の言葉を聞きながら佐倉とご主人は一歩男から遠ざかった。
気持ちはよくわかる。
ただのストーカーってだけでもだいぶ気持ち悪いのに、更に盗撮魔で盗撮したデータで金稼ぎまでやっていたのだから視界にも入れたくないほどの気持ちの悪さだろう。
なんともいえない沈黙が空間を支配した。
遠くからバタバタと近づいてくる気配が感じられる。
恐らく、連絡を受けた学校側の人間が来たのだろう。
事情の説明のために留まっていた俺たちは佐倉を除いて目配せをしあった。
「金儲けをしたいのですがどう思います?」
「やってしまいなさい」
「にゃー」
「えっ」
坂柳の言葉にご主人は親指を立てエールを送り、俺もそれに同意するように頷いた。
構わん、やれ。
―――
「――というわけで我々は今回の事件に対し、学校側の管理責任を問いただします。はい、佐倉」
「私は当事案の被害者の立場として、学校側の安全管理体制に強い抗議を行います!! ……で、よかったんですよね?」
「完璧よ。巻き込まれた形で被害に遭いそうになった神室真澄と坂柳有栖も被害者の立場として強い抗議を表明します」
坂柳の連絡でやってきたのは担任の真嶋とD組の茶柱と他職員の人たちだった。
凶器のナイフと一緒にストーカー男を引き渡すと慌てた様子で真嶋はどこかに連絡を取り、他職員たちも忙しなく動き回り始めた。
高育はかなり特殊な環境だ。
そこで起こった事件となると対応がかなり面倒なのだろう。
これがただのストーカー事件ならともかく、男は未遂に終わったとは言え加害まで行っているのだ。
学校側としては非常にマズい事態で対処に忙しくなるのも仕方ないことだろう。
そのため、茶柱がご主人たちから話を聞く役割になったのだがそこで嬉々として動いたのが坂柳だった。
事情の説明を終えると当然のように坂柳は学校側の安全管理体制に対して問いただした。
義憤とかそういう感情ではない。
どう考えても慰謝料なり口止め料なりでポイントをむしり取る気満々だった。
坂柳有栖という女がこんな大義と正義を盾に揺すれる機会を逃すわけがないのだ。
「この学校は極めて特殊環境にあります。外界とは遮断されているため、もし事件が起こった場合、容易に警察等に相談や保護してもらうことは難しい。だからこそ、厳しく敷地内における安全管理体制を敷く義務があるはずです。それを怠った結果、こういった事件が起こったのですからそれ相応の謝罪と賠償が必要だと思うのです」
「坂柳……お前が批判しているその学校の理事長はお前の父だと思うんだが」
「だからこそ、厳しく批判するべきところは批判するべきでしょう。具体的に言えばそうですね。一人300万ポイントぐらいは出して貰うのが誠意かと」
「それは……」
おおっ、がっつりふっかけたな。一人で300万ってことは三人で900万、それを寄こせなんてさすがの度胸だ。
大義と正義を背負った坂柳の顔はとても生き生きしている。
カリスマパワーが集まっているのかカリスマを取り戻しているらしく、オーラやプレッシャーを放っている。
ドS邪悪ロリ爆誕。
いつもならブレイクするところだが、今回は止める気が無いので――いいぞ、もっとやれー!
「いくらなんでもふっかけすぎではないか? そうだな、直接的な被害者である佐倉に関しては認めよう。ストーカーの被害を気づけなかった学校側のミスだ。見逃していたため、こんな事件にまで発展した。そのことに関しては申し開きもない」
「だが、坂柳や神室に関してはどうだろうか。二人が巻き込まれたのはただの偶然だ。いや、話を聞くに佐倉とあの男との諍いに自分たちから介入した結果、目をつけられたという話じゃないか。つまるところ、それは自業自得といえなくもない。言い寄られている佐倉を助けるにしてももうちょっとやりようがあったんじゃないか? 犯人を刺激した結果、襲われたことを学校側に責任を転嫁するというのはいささか……な」
なんか無茶苦茶なことを言いだしたな。敷地内でこんな事件が発生した以上、学校側としてはもういかに傷を軽くできるかの話だと思うんだけどな……。学校側の人間だからこうして抗議を茶柱に言ってるけど、判断するのはもっと上の立場の人間のレベルの話だよなコレ?
「は? 私たちが悪いってこと?」
「そんなことは言っていない。言っていないが……300万ポイントというのはいくらなんでも取り過ぎだ。そうは思わないか神室? そんなにポイントが欲しいのか? 50万ポイントぐらいで手を打とうじゃないか」
うん? なんでここで渋るんだ? というか茶柱の一存でどうにかできる案件でもない気が……。というか妙にご主人と坂柳を意識しているような――って、そういうことか。
どうにも歯切れが悪そうにしている茶柱の様子に俺は内心で首を傾げたがその理由に見当がついた。
つまりはAクラスであるご主人と坂柳に多額のポイントを渡したくないのだ。
特にご主人は入学すぐに口止め料として300万ポイントをせしめている。
すぐに100万を使ってしまったがまだまだ残っているし、それに加えて300万の追加……Aクラス全体としてならご主人と坂柳だけで600万のプライベートポイントを入手してしまうことになる。
茶柱は当然、この学校におけるプライベートポイントの重要性を理解しているわけで……Aクラスを目指している彼女にとってはこれ以上、Aクラスに有利になって欲しくない。
癖はあれど今年のDクラスには粒ぞろいだったからこそ、原作でも脅迫なりなんなりの行動までしてAクラス行きの発破をかけたのだから。
だから、茶柱としては佐倉に多額のプライベートポイントを払うのはいいが、Aクラスであるご主人や坂柳に対する補償に関しては渋っているのだろう。
とはいえ、ぶっちゃけ今回のことがことだ。
別に茶柱に対応して貰わなくても窓口を変えてAクラス担任の真嶋を通せばいいだけなので無駄な話だと思うんだが……。
「50万ポイントですか……。私たちは身の危険を感じたのですが」
「ああ、私としてはそれが妥当だと考えるがな」
「なるほど、学校側の考えとしては敷地内の犯人の犯行に気づかず放置していたことに対して害を与えられた被害者がいるにもかかわらず、その程度のポイントの保障で十分だ……という考えでよろしいですね?」
「害を与えられたといっても未遂だ。あまり騒ぎ立ててポイントを得ようとするのは優等であるAクラスの生徒としていささか浅ましいと思うのだが」
「そんな言い方……」と思わず声を上げそうになった佐倉の口をご主人が手で塞いだ。
驚いたようにご主人を見つめる佐倉に対し、ご主人は首を横に振った。
「大丈夫だから」
「にゃー」
「えっ」
俺たちの反応に驚く佐倉を他所に坂柳は嬉しそうに口を開いた。
「わかりました。では、集団訴訟を行いますね!」
「え」
きっと坂柳に尻尾があれば楽しそうに振っている光景が見えただろう。
尻尾は尻尾でも動物の尻尾ではなく、悪魔の尻尾だが。
「はい、集団訴訟です。実はあの方、どうもストーカーだけではなく盗撮魔でもあったらしく彼のスマホの中にはそんなデータでいっぱいだったんです」
「いや……待て。なんでそんなことを知って――」
「偶然、見てしまったんです。いいですね?」
偶然ってか、勝手に調べたんだけどな。
まあ、やってやれやってやれ。
「その映像データから察するに制服を着た女子生徒が何人も写っていました。明らかな常習犯ですね。しかも、そのデータを売買していた形跡もありました。勝手に盗撮されそれを売られていた被害者がいったいどれほどいるか」
「ま、待て……そんな話は――」
「ええ、今言いましたからね。このような犯罪が行われていたことを黙っていることなんてこの坂柳有栖はできません。ええ、50万ポイントぽっちではね。キチンと被害者は被害を受けていたことを知り、そして救済されるべきとは思いませんか? 学校側の意見として今録音した会話を聞きつつ、ね」
チラリッと坂柳が目配せしてきたのでご主人はボイスレコーダーをあげ、佐倉は録音モードにしたスマホをあげた。
最初から坂柳に指示されていたものだ。
それを見て茶柱は苦虫をかみつぶしたような顔をした。
完全に茶柱の失態だ。
普段ならそのことに注意を払っていたのだろうが、いきなり300万をふっかけたせいで意識がそれていたのだろう。
会話が録音されているという当然の警戒を忘れていた。
Aクラスの担任の真嶋が関わってくる前に、ご主人と坂柳を諦めさせようと焦りすぎた結果だ。
傷害未遂の被害を受けた生徒を軽視するような発言は明らかに痛手だった。
それに加えて盗撮被害に関する集団訴訟という形での脅しだ。
実際、どれくらいの被害者がいるかは不明だが場合によっては相当に膨らむ可能性がある。
学校側からすれば犯人も捕まえた以上、ご主人たち三人の口を塞いで事件を終わりにするのが最善な形だというのに茶柱が余計な藪をつついた形だ。
これ、茶柱後で絶対怒られるやつだな……。まあ、同情の余地ではないけど。
「……300万でいいんだな?」
「ええ、そうですね。佐倉さんはもとより、私、そして真澄さん。あとホームズの分をきっちりと」
「待て待てホームズはただのペットだろう!?」
「おや、ホームズも危うく殺されそうになったのですが?」
「ペットは法律上は物として扱われるとしらないのか?」
「ええ、知っていますよ。ですが、真澄さんはホームズをペットして飼う権利を購入したはずですね? それなのに学校側の安全管理不足でホームズは危害を加えられそうな状況になったわけです。つまり、これは学校側の契約違反――ということではありませんか? 一方で飼う権利を認めながら安全に飼い続ける環境を担保していないのはいささか不当であると指摘したいところですが――」
いやー、よくも回る口だこと。
あの手この手を使って相手から言葉尻をとって、失言を引き出して有利に立とうとする坂柳に俺は感動すら覚えていた。
いい感じにストレス解消として利用しているように見える。
というか普通に真嶋先生から話を通せば済む話なのにわざわざ交渉窓口に茶柱を選んだの失言させるためか? 坂柳のことだから茶柱の過去について耳に入れていればAクラスへの執着に対して予想をつけることは難しくはないはずだ。だから、あえてそっちに話を振って、妨害して来ようとしたのを利用するために……あり得そうだな。
「え、Aクラスの人ってすごいんだね……」
佐倉の目には教師相手に一歩も引かずに舌戦を繰り広げる頼もしい女子生徒に見えるのだろう。
俺としては坂柳を尊敬するのはやめておいた方がいいと言いたくなるが……こっちに矛先が向かないのならたしかにこれほど頼もしい存在もいないのかもしれない。
結局、嬉々として坂柳が舌戦をした結果、俺たちは被害に対する補償や口止め料諸々を含めて一人あたり300万ポイント、猫である俺に関しては100万ポイントで決着がついたのだった。
「ふふふっ、思った以上につけいるところが多くて楽でしたね。交渉のしがいがありましたよ、茶柱先生は」
交渉のしがいというか脅し甲斐があるの間違いでは? ホームズは訝しんだ。
祝勝会として今度、三人と一匹で遊びに出掛けようという約束をして休日は終えることとなった。