よう実世界に転生した畜生系主人公が神室真澄に心を打ち抜かれる話   作:サンディエゴ

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幕間
畜生系主人公が神室真澄に秘密にしている他愛もない話(いんたーるーど)


 

 

 黒猫の鳴き声が聞こえる。

 

 

 とある生徒のペットである猫が徘徊している――という噂はいつしか広まり、そして誰もが知る事実となった。

 

 なにせ件の猫は当然のような顔をして校内を歩き回っているのだ。

 同じ学校に通っていれば、自然と目に入ってくる。

 

 

 それに、とても人懐っこい性格らしい――と、同じクラスの女子が話していた。

 

 

 恐らく、事実なのだろう。

 猫とは警戒心の強い生き物なはずだが、その黒猫は誰にでも懐くようだ。

 

 例えば、図書館で見かけたCクラスの女子とベンチに座り、一緒に本を読んでいたことがある。

 他にも、Bクラスの一之瀬と猫じゃらしで遊んでいたところや、教師から餌を貰っていたところ、上級生らしき生徒と何やらやり取りしているところも見たことがある。

 

 四月の時点では異端であったその存在は、まるで日常の風景に溶け込むように自然と馴染んでいった。

 

 

 その黒猫が居るのは、まるで当然のように。

 誰も疑問には思わずに。

 

 

 黒猫は、居て当たり前の存在として今日も校内を歩いている。

 

 

 

 黒猫の鳴き声が聞こえる。

 

 

 俺は黒猫と直接、会ったことはなかった。

 遠目からその黒猫を見ることはあっても、タイミングが悪いのか――あるいは……あるいは?

 

 

 いいや、きっと間が悪かっただけなのだろう。

 

 

 ああ、そうだ。

 一度だけ目が合ったときがあった。

 

 黒猫の飼い主と思しき菫色の髪をした女子生徒、その隣を歩く黒猫と廊下ですれ違ったときのことだ。

 

 

 件の黒猫には少しだけ興味があった。

 教室の中でも噂になっていたし、話のタネになるかもしれないと、少しだけ話しかけてみようかと考えていた俺は、不意にその黒猫と目が合った。

 

 

 目が合った――のだと思う。

 時間にして一秒にも満たないそれを「目が合った」と表現するのはどうかとも思うが、たしかにあの瞬間、俺と黒猫は目を合わせた。

 

 

 そして、俺は菫色の髪の女子生徒に話しかけるのをやめて……ただすれ違った。

 

 

 

 

 

 みんなにはあれが本当にただの黒猫に見えているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 黒猫の鳴き声が聞こえる。

 

 

 

 俺はきっと黒猫と縁が無いのだろうと思っていた。

 あの日、廊下ですれ違ったときを思い出すと。

 

 

 だが、今度の出会いは偶然ではなく、黒猫の方からのものだった。

 

 

 

 時は夕暮れ。

 黄昏色に染まる空のもと、昼と夜の境目――逢魔が時と呼ばれる刻に、俺は黒猫と出会った。

 

 

 

 黒猫は俺を待っていたかのように、地面に座っていた。

 

 

 

 自意識過剰と言われるかもしれないが、俺はそう確信している。

 黒猫の視線は、ただ静かに、俺を貫いていたからだ。

 

 

 周囲に人は居なかった。

 寮へ帰る途中の道で、カメラもない空白地帯。

 

 

 遠くでは他の生徒たちの声や足音が響いていたが、奇妙なほどに、どこか遠く離れているように聞こえた。

 

 

 現実感がなかった。

 日常の中にぽっかりと空いた穴のように静かで、どこか虚無を感じさせる空間の中で、俺と黒猫は対峙した。

 

 

 言葉はなかった。

 猫と対峙して言葉はなかった――というのも変な話かもしれないが、そう表現するしかない時間だった。

 

 

 のそり、と黒猫はおもむろに立ち上がった。

 そして、前足で押し出すように、首に巻いたスカーフの中からあるものを取り出して――「やるよ」と言わんばかりに差し出した。

 

 

 そして、声も上げずに去って行った。

 俺はただその姿を眺めていた。

 

 

 

 黒猫の鳴き声が聞こえる。

 

 

 

 その日の晩のことだ。

 俺は寮から抜け出して外を歩いていた。

 

 夜間外出が見つかると面倒なことになるが、それでも俺は寮の外を出て寮付近のカメラを掻い潜り歩き回った。

 

 

 次第にベンチのある場所へと出たので俺はそこへと座った。

 

 

「頼みがある」

 

 俺は呟いた。

 隣にはいつの間にか黒猫がそこに居た。

 

 きっと居るだろうと思った黒猫が。

 

「もう少し情報が欲しい。相手を抑えるためには……。――頼めないか?」

 

 黒猫は答えない。

 

 

 ただ静かに立ち上がり、そして夜の闇の中に消えていった。

 

 

 

 黒猫の鳴き声が聞こえる。

 

 

 

 顔面を蒼白にした担任の女教師が目の前にいる。

 どうやらようやく立場というものを理解したようだ。

 

 

 一度は脅迫してきた女。

 あそことの関係も疑い様子を見ることにしたが……なんてことはない、ただ自らの過去に縛り付けられているだけの哀れで愚かな女でしかなかった。

 

 

 勝手に嘆いていればいいものを……迂闊な真似をするからこういうことになる。

 この女自体に利用価値はないが教師という立場には価値はある。

 

 排除したところで別の誰かが来るだけだ。

 なら、排除よりも利用した方が使い道としてはいいだろう。

 

 お前は俺を利用しようとした。

 だから、俺もお前を利用する。

 

 

 それだけの話だ。

 何かを言っているような気がしたが価値を感じなかったので聞き流した。

 

 

 

 俺が今、一番興味を持っているのは――それは……。

 

 

 

 黒猫の鳴き声が聞こえる。

 

 

 

「会えると思っていた。礼を言った方がいいのか?」

 

 黒猫は答えない。

 

「そうか……なら、単刀直入に聞くが俺に何を求める? なにかやって欲しいことでもあるのか?」

 

 黒猫は答えない。

 

「やって欲しいことがあるのではない……と。ならば何かに協力しろと? 手伝えと? そうか、それも違うか」

 

 黒猫は答えない。

 

「なるほど……何かをやって欲しいわけでもなく、手を貸して欲しいわけでもない。なら、発想を変えるとしよう。つまりは――逆か。なにかをするな……と?」

 

 黒猫は答えない。

 

「なるほど、手を出すな……と。クラス間の抗争のことか? Aクラスに手を出すなと? ああ、違うか……つまりは神室真澄に手を出すなということか」

 

 

 黒猫は鳴いた。

 

 

「そうか……なるほど、そうか。お前は俺の思っている以上に俺を知っているようだ」

 

 今の俺に神室真澄を害する理由はない。

 

 だが、それは理由がないからしない――というだけであって、必要性があればするというのは全くもってその通りだ。

 

 最終的に俺が勝つためならば。

 全ての選択肢は俺にとって等価でしかない。

 

 ああ、とてもよく知っているようだ。

 

 

 黒猫よ、お前の瞳に俺はどう映っているんだ?

 

 

「そうだな……もし、俺が仮に――お前の忠告を無視して神室真澄に手を出すと言ったら……お前はどうする?」

 

 

 

 

 

 黒猫は嗤った。

 

 

 

 

 夜の闇の中、それに溶け込みそうなその顔をたしかにそんな風に歪めた気がした。

 

 ゆらゆら、ゆらゆら、ゆらゆら。

 

 一定間隔に揺れる黒猫の尻尾。

 長くしなやかな一本の尻尾が視界の中で踊る。

 

 

 

 ああ、いや……しかし。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 いや、当然そうであるはずだ。

 きっと見間違いだろう。

 

 

 まるで()()()()()()()()()が見えたなど――それはただの錯覚だ。

 視認性の悪い、夜の闇が作り出した悪戯に過ぎない。

 

 

 

「――冗談だ。俺は事なかれ主義だからな」

 

 そう嘯いた。

 

「諍いを起こすつもりはない。神室真澄には手を出さない……それでいいか? Aクラスは仲が良さそうだし、そっちも気をつけた方がいいか? 後で文句を言われても困るからな。――なるほど」

 

 なんとなくこの黒猫の境界線を俺は悟った。

 少なくとも順当に学生らしくクラス間の抗争をするなり、諍いを起こす分には問題はないらしい。

 

 

 あくまで一定の範囲内においては……だが。

 どうやらこの黒猫は猫であるのに倫理や道徳、遵法精神に関してはしっかりしているようだ。

 

 

 少なくとも須藤たちや堀北よりかは弁えているらしい。

 なんとも奇妙なこともあるものだ。

 

 

 ともかく、俺は了承した。

 その対価としてなにか困ったことがあれば協力して欲しいと頼んだ。

 

 

 黒猫はただ静かに目を閉じた。

 俺はそれを了承と受け取った。

 

 

 場合によってはこの黒猫の助けを借りることができる。

 それはこの閉鎖空間の学校内でなによりも強いカードになる。

 

 

 それを得るためにはこんな契約、たいした対価ではない。

 

 

 

 俺と黒猫はこの日、関係を結んだ。

 

 

 友人と言うには距離は離れている。

 知り合いと言うには少し近い。

 

 

 関係こそ結んでいるものの、俺と黒猫の世界は違うし――きっと交わらない。

 

 

 強いて言うならその関係は……。

 

 

 

 黒猫の鳴き声が聞こえる。

 

 

 

 その日、俺は堀北とともに食堂へと向かっていた。

 なんてことはない、Aクラス行きの作戦会議に付き合わされただけだ。

 

 中間テストも赤点を出さず突破することができ、勢いをつけたいと考えているのか堀北の意気は高い。

 

 堀北と違い、俺は全くといっていいほどノリ気ではない――()()()()()()()()()()()、やはり無理矢理に付き合わされるのはやる気の低下を招く。

 

 

 少し先を歩く、堀北のあとを追うように歩いていると前からやってくる菫色の髪の女子生徒の姿が見えた。

 

 その足元で並んで一緒に歩く、黒猫の姿も。

 

 

「学校にペットを連れてくるなんて……不愉快だわ。あんな不真面目な生徒がAクラスなんて」

 

 憎々しそうに堀北はぼやきながら一人と一匹とすれ違った。

 堀北としてはよほど気に入らないのだろう、舌打ちでもしそうな雰囲気だ。

 

 

 そんな堀北の様子にまるで気づいた様子もなく、菫色の髪の女子生徒は堀北の後ろを歩く俺の近くへやってきた。

 

 

 

 彼女とそして……その足元の奇妙な隣人である黒猫に俺は会釈をし、ただの他人の振りをして何事もなかったかのようにすれ違った。

 

 

 

「噂だとキチンとポイントを使って権利を確保したらしいじゃないか。個人の自由じゃないか?」

 

「学校は勉強をするための場所よ。ペットを連れてくる場所じゃないわ。そんなことも知らないのかしら? ともかく、あんな不真面目な生徒がAクラスで私が不良品だなんて間違っている。必ずAクラスへいってそれを証明してみせるわ」

 

「そうか……やはり堀北はそんなにAクラスに行きたいんだな?」

 

「当然じゃない。何を言っているの?」

 

「なに、俺も少しだけやる気が出てきたところなんだ。ああ、少しだけ面白そうだと」

 

「あなたがそんなことを言うなんて明日は槍でも降るのかしら? まあ、ちょっとでもやる気が出たのならいいことだけど」

 

「だから、まあ……協力することに関しては吝かではないんだが一つだけ忠告をしておいていいか?」

 

「綾小路くんが? 私に?」

 

「ああ、そうだ。Aクラスを目指すにあたって色々とあるだろうが――」

 

 

 

 

 

「――くれぐれも猫の恨みは買わないようにな。猫の恨みは怖いと言うだろう? 俺はごめんだからな」

 

 

 

 

 黒猫の声が聞こえる。

 

 

 

 

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