よう実世界に転生した畜生系主人公が神室真澄に心を打ち抜かれる話 作:サンディエゴ
「Aクラスー! ファイッ、オー!」
「あと一周だ。もう少し頑張れー」
「足をもっと上げるんだ弥彦。フォームを崩すと逆に疲れるぞ」
「う、うっす葛城さん」
七月。
熱い日差しのもと、我々Aクラスが何をやっているのかというと見ての通り――体力作りだ。
あのクラスが一丸となった日、そのすぐあとにAクラスは目下の課題に関する話し合いが行われた。
目下の課題というのは当然、バカンスにかこつけた騙し討ちの特別試験についてだ。
特別試験という名称こそ知らないものの、Aクラスは試験があることは既に確証を得ている。
だからこそ、その試験をどう突破するかの話し合いだ。
内容はわからないが推測することは可能。
プールの授業で示唆されていた内容や総合的な実力を学校側は計るという方針、それに坂柳の存在を渋っていたことから察するに肉体的にも酷使される試験なのではないか、という予想を立てるのは難しくはなかった。
単純に船に乗せるのにリスクがあるから、だけではなく参加するのが難しい内容だったとしたら学校側が坂柳の存在を渋るのは当然といえる。
バカンスだと騙していきなり試験になって、参加できないから船で一人だけ待機していろと言うのもそれなりに可哀想な話だからな。
ある意味、配慮なのかもしれない。
いや、まあ、そもそも騙し討ちするなよというのは置いておくとしてだ。
そこら辺のことはともかく。
身体を使うような試験なら身体作りをしておいて損はない。
あまり時間があるわけでもないから急激な肉体作りは無理でも、みんな若いからなキチンとしたトレーニングを受ければそれなりに動けるような体力作りをすることぐらいはできる。
少なくとも身体を動かす習慣をつけているのとつけていないのでは大違いだ。
Aクラスは全体的に身体を動かすの苦手な生徒が多いからな。その代わり基礎学力とかは高いんだが原作でもそこら辺の弱点を突かれていた。
運動能力とかだとDクラスや不良力の高いCクラスに全体的に劣るんだよなー。葛城や鬼頭とかはいるにはいるんだけどさ。
こう考えると案外クラスの割り振りというのはバランスを取っているような気がしないでもない。
まあ、そんなこんなでクラスで集まって試験対策のためにトレーニングをしようという話になったわけだ。
ここからがすごいのだが今のところどうしようもない用事とか部活などで来られない場合を除き、トレーニングの時間はクラスのみんな来ているという点だ。
普通、この年頃の子供と言えば自分の時間を大切にしたいものだ。
特に親元を離れて一人暮らしをしているという開放感のある寮生活だとその傾向は顕著になる。
だから、話し合いで決めたとはいえ三分の二でも参加してくれれば御の字で始まったトレーニングだったが、順調にみんな参加して進めることが出来ていた。
これもやはり、共通の敵――学校への不信感のおかげだろう。
あるいは負の信頼度というべきか。
冷静に考えて赤点取ったら即退学の学校だからな。
そこは追試とかないんかい、というか。
どんな底意地の悪い試験が来て退学を言い渡されるかわかったものではない。
信じられるのは同じAクラスの仲間のみ。
そんな感じでみんなトレーニングを熟していた。
とはいえ、最初こそそんな強迫観念が原動力だったかもしれないが慣れてきた今は普通に楽しんでいるようではあった。
身体作りも慣れてくると楽しいからな。
最初は身体が筋肉痛でバキバキになって大変なことになるが、そこは若さもあるのですぐなんとかなるし人によっては目に見えて効果が出てくるものも居たりする。
苦労した分、筋肉がついた実感や腹筋が割れてくるとやり遂げた達成感が自信へと変わる。
単純に試験の対策のためにってだけではなく、普通に筋トレにはまってきた男子生徒もチラホラ。
そんな男子生徒たちに比べ、女子生徒だが彼女たちの方がむしろ積極的にトレーニングには参加していた。
理由はまあ……あれだ。
そろそろ、一人暮らしの自堕落な生活の報いが来る頃合いというかなんというか。
親元に居るときは規則正しい生活を出来ていても、一人暮らしになった途端……という話はよくある話で、更に言えばAクラスともなると小金持ちというのもある。
Dクラスのようにあっという間に散財する使い方をするわけではないが、家では食べられなかったお菓子とか甘い物とか好きに買って、好きな時間に食べられるわけで――まあ、そういうことである。
あそこで走っているご主人もそんな理由だ。
俺としてはちょっとぐらい肉感的になっても別にいいと思うのだが、やはり男の視点と女の視点での評価基準というのは違うということなのだろう。
体重計に表示された数値を色のない瞳でジッと睨み付けていたご主人はとても怖かった……それだけは間違いない。
そんなこんなでAクラス女子生徒は男子生徒よりも熱心に参加していた。
「よし、みんなお疲れ。今日はここまでにしよう」
このクラス単位でのトレーニングを行うようになって、一番輝いているのはやはり我らがAクラスリーダー葛城だろう。
いや、夏の日差しの照り返しではという意味ではなくてだ。
運動系の部活に入っている生徒も少ないAクラスで誰が筋トレなどのトレーニングを主導しているのかと言えば、そういったことに詳しかった葛城だ。
あくまで個人の趣味レベルで専門的にやっていたというわけではないらしいんだが、そういうことになるならとわざわざ学び始めながら葛城は訓練メニューを作っている。
なんて善いハゲなんだろうか。
女子の意見も参考にして単純な筋トレだけじゃなく、シェイプアップ方面での訓練メニューも調べて取り入れたりしているし。
たぶん、そういうことが好きなんだろうな。誰かの役に立つことが……。あとは責任感かなー? 葛城みたいなタイプは怒るまでのハードルが高いけど、その分ハードルを上回った相手にはかなり厳しいから。
「そうですね。彼からすると学校側に愛想が尽きたといった感じでしょうか? 裏切られたという気持ちなのでしょう。そして、学校側のやり口を考えるとAクラスといえども安全ではない」
学校側が信頼できない以上、Aクラスを守るために自分はできる限りのことをしなくては……と考えているわけだ。うーん、この光属性のリーダーっぷりよ。こんな男にくっそ恨まれて、最終的にはいろいろと放り投げて個人的な事情でサレンダーした女がいるってマジ?
「何ですか、その目は?」
坂柳のジトッとした目を受け流し、俺はそっぽを向いた。
俺たちがいるのはトレーニングをしているAクラスの生徒がいる運動場から少し離れた休憩所だ。
身体の疾患によって運動が出来ない坂柳は当然トレーニングには参加できないため、基本的には手持ち無沙汰だったのだが気を利かせた葛城がトレーニングが終わりに用意した飲み物などの管理を頼んでいた。
そのために椅子に座ってこうやって待っているわけだ。
俺もここに居るのはトレーニングが終わったご主人を迎えるため、決して身体のせいで関われないからポツンとしている邪悪なるロリを気にしてやっているわけではない。
強いて気にしている部分があるとすれば、なにか悪事を考えていないか見張るためである。
「失礼なことを考えている気がしますね」
「にゃーご」
「いいえ、嘘ですね。絶対に考えていました。私としては今のところ試験が気になっているのでそれまでは大人しくする方針ですよ。ちょっかいをかけたい気分はありますが……やはり、Xと勝負をするなら試験の場ではないと」
「にゃにゃ」
「BクラスとCクラスですか? 今のところそそりません。強いて言うならCクラスの動向は意識していますが、それもあくまで番外戦術を警戒してのこと……。それもできそうにないBクラスは……」
「にゃおーん」
「むっ、なるほど……たしかにそうですね。Bクラスには一之瀬さんを主体とした組織力はあります。逆に言えばそれくらいしかありませんが、その特性を利用することは出来ます。彼女を誘導すればBクラス自体の動きを誘導することも可能。裁判の時にように番外の駒として戦力としてくる可能性はありますか……。考慮しておきましょう」
「ごろごろ」
「またそれですか!? 良いですかホームズ、あの時の勝負はノーカウントです。あれは私が慣れていないのをいいことにキングボ○ビーを押しつけてくるから……。というか真澄さんと結託をしてましたよね、絶対」
「にゃーん」
「なにがにゃーんですか!」
パイプ椅子に座っている坂柳の膝で丸まりながらそんな会話を行う。
「あっ、坂柳さんがまたホームズに話しかけてる。可愛いね」
「ホームズ×坂柳さんか……ありだな」
「なにを言ってるの?! ――逆に決まってるじゃない!!」
「やめなよ」
……冷静に考えてなんでこんなに会話できるんだろう? ここまで意思疎通ができると驚くんだけど。
「ふふん! それは私が天才だからですね!」
うーむ、なんか凄いドヤ顔をされてしまったが、確かにここまで意思疎通ができるのは坂柳くらいだから困るぜ。ホームズ検定A級のライセンスをあげてもいいほど、読み取ってくるのは素直にビビるぜ。えっ、ご主人? ご主人はノーカウント。レベルで言えばS級だからね。魂で繋がっているから……っ!
「またアホなことを考えている気がします」
黙るがいい、邪悪なるロリ。大人しく綾小路に構ってもらえよー。
「それはそれ、これはこれ。世の中には便利な言葉があるものですね。私に与えた屈辱の数々、忘れたとは言わせませんからね。おいこら、ニャーと鳴いてそっぽを向くんじゃない」
クラスの影のリーダーになったんだからリーダー業を頑張ればいいじゃんか。カリスマ力回復チャンスじゃん。
「当然、それは行いますが今度の試験はどうにも私が干渉できる余地は少なそうですからね。まあ、詳細な内容にもよりますがあの態度から察するにルール的に難しそうではあります。いけそうならごり押しでも参加する気ではありますが……まあ、なんにしろ試験ではホームズの助けも借りるので悪しからず」
いや、あの……そりゃ俺もご主人とAクラスのためになるなら動くけどさ。なかなか難しいと思うのよね。俺が試験に参加するのって。船までは許可されても試験まではたぶん許可はくれないだろうし、仮に勝手に参加したらご主人が怒られそうだし……。
「ふっ、所詮は畜生ですか」
なんだぁ……てめぇ。いや、まずは話を聞こう。
「私に良い作戦があります」
なん……だと……さすがは天才。ご主人に迷惑をかけない作戦なんだろうな?
「もちろんです。確かにあなたが勝手に参加したら、真澄さんに責任が及ぶかもしれません」
ふむふむ。
「逆に考えるんです、責任が及んでもいいじゃないか――と」
ダメだが???
「ふっ、わかっていませんね。ホームズが勝手に試験に参加していたら責任を持つのは、当然その時に監督義務が存在していた者です。通常時であればたしかにそれは飼い主である真澄さんですが……例えば試験だから参加できないと言われて、ホームズを学校側に預けた場合はどうなりますか?」
その場合は……まあ、学校側に監督義務があるんじゃないか?
「そう、つまりはそういうことです。やり方は簡単。試験にはホームズは参加できないといわれたら、それを逆手にとって学校側が責任を持ってホームズを預かって欲しいと真澄さんが真嶋先生に渡します。そうなったら恐らくペットケージか何かに入れられると思います。そこで――」
そ、そこで……?
「なんか頑張ってホームズが脱出して試験に参加しに行くのです。これなら学校側は文句を言えません! なんなら逃がしたことを指摘して慰謝料もぶんどってやりましょう! なんて完璧な作戦!」
悪魔かよ。……坂柳だったわ。マッチポンプ――とは違うけど、それに近しい何かを感じる作戦。いや、作戦って言っていいのか? 肝心の重要な部分が全部俺任せなんだけど。
「はあ? 出来ないんですかぁ? 愛しのご主人様のところに脱走してまで行けないんですかぁ? 所詮、あなたの忠猫度はその程度だったということですか」
できるが???(ガチギレ
このメスガキ風情がよ、色気づいたエロガーター娘の分際でよぉ。
「あれはファッションです! ともかく、そういうことでいいですね」
ご主人と一緒に過ごすためならそのぐらいやってやらぁ!!
学校側にはとても迷惑をかける気しかない作戦だが、俺とご主人との仲を引き裂こうとする方が悪いのだ。
まあ、ええやろの精神で俺と坂柳は顔を見合わせて笑いあった。
「あっ、坂柳さんがまたホームズとなんか通じ合ったあくどい顔をしている。可愛いね」
「好敵手であり、悪友……いい。なぜコミケにいけない高育に来てしまったんだろう」
「でも、高育に来なければ見られなかったよ。邪悪ロリ系マスコット」
「やめなよ」
「ふっ、ではそういうことで。試験の内容によってはもしかしたら参加するかもしれません。その時は馬車馬のように働いてもらいましょう。猫なのに」
猫なのに馬車馬のように……だと?! でも、俺は基本的にご主人のためにしか動かないしなー。坂柳の指示とか……でも、Aクラスの勝利は即ちご主人の勝利ともいえる。しかし、坂柳……。
「どれだけ私の指示に従うのが嫌なんですか」
指示に従うのが嫌っていうか、坂柳の下が嫌っていうか……。ポンコツマスコットの下は俺の品格に関わるというか。
「ふざけたことを考えている気がしますね。いいでしょう、ここは一勝負といこうではありませんか」
そう言って坂柳は何時ぞやの猫じゃらしの玩具を取りだした。
「あっ、坂柳さんがまたホームズと対決しようとしている。可愛いね」
「ところでなぜ猫じゃらしの玩具の用意が?」
「坂柳さんホームズ大好き説」
「それはまあ……うん」
「やめなよ」
俺はその様子を見て呆れたような視線を向けた。
かつて、敗北した歴史を繰り返そうなどと……坂柳をいささか過大評価し過ぎていたようだ。
「耐えきれずに手を出してしまったらあなたの負けです。わかりますね」
「にゃー」
やれやれという雰囲気で俺は始めるように促した。
たかが猫じゃらし如きで俺を……俺を……? な、なんだ……この匂い!? うっ、身体が……はっ、まさか!?
気づいたときには遅かった。
目の前で踊る猫じゃらしのフサフサに、俺の前足は意思に反して伸びてしまったのだ。
ヒュンヒュンヒュン――ペシッ
「ふっ、所詮は畜生ですね」
屈辱。
圧倒的、屈辱……っ!
完全に勝者の顔で笑う坂柳の顔が憎たらしいことこの上ない。
というか、貴様――
これ、マタタビだろうが!! 教えはどうなってんだ! 教えは! こんなものまで使って勝ちたいのか!
「はい!」
良い笑顔で言ってるんじゃねー! 誉れはどうした! 誉れは!
「そんな言葉、私の辞書にはありませんね」
浜で死んだわけですらねーのかよ……。しかも、辞書にないって言われたら説得しかないし。こんな勝負ノーカンだノーカン! 無効試合だ、このやろう!
「くっ、戦いを有耶無耶にする気ですね! そうはいきません。何度も何度も負ける私では――あっ、ちょっ!? 首筋を舐めるの禁止! わひゃっ!?」
「あっ、坂柳さんがホームズに負けてるね。可愛いね」
「うんうん、いつもの感じってやつだね」
「あっ、トレーニングが終わった神室さんに呼ばれて、坂柳さんを足蹴にして爆速で向かった」
「ヤリ捨てだね」
「やめなよ」
「おのれ……ホームズ!!」
坂柳の怨嗟の声が響いたがいつものことだとAクラスの誰も気にしなかった。