よう実世界に転生した畜生系主人公が神室真澄に心を打ち抜かれる話 作:サンディエゴ
いったい、俺は前世でどんな功徳を積み重ねたのだろうか。
そんなことを真剣に悩むほど、俺は今の幸せを噛みしめていた。
「す、すごっ……。動画で見たことがあるけど、こんなポーズを取るんだ。頭を前足で抱えて、すごい悩んでるポーズ……か、かわいい! ど、動画撮らなきゃ。もうちょっとその体勢を維持しててね?」
えっ、この体勢を!? もちろん、やりますとも!
「はぁ……かわいい。なんて愛くるしいの……。私が来るといつも寄ってくるし、これって懐かれてるってことでいいのよね。いえ、きっとそう。最初は餌とかもあげられなかったから、餌目当てってわけでもなかっただろうし。いや、別に餌目当てでも全然構わないけど――はあ、それにしてもかわいい」
はっ? 女神の方が圧倒的にかわいいんだが? クールな表情、全然維持できてないですよ? 口元がにへってなってますよ? かわいすぎか? かわいすぎだよね? かわいすぎる(断言)!
あれから俺と神室の密会は、初めて会った日から毎日のように行われていた。
彼女は学校が終わるとここにやってきて、それを俺が出迎えるという日々が続いていた。
もうね、イチャイチャなんですよ。
あの神室真澄がですよ? すごいほにゃほにゃした普通の女の子のような――いや、この表現は不適当だな!
神室真澄はかわいい女の子だ!
とはいえ、クールな美女という印象が強いのも事実。
こっそり授業中のA組を見に行ったこともあったが、その時の彼女はキリッとした表情で授業を聞いていて、まさしく気が強めの美人って雰囲気だった。
だが、今の俺の目の前にいる彼女はどうだ?
「にゃー、にゃー、にゃー♪ うー、こんなのかわいすぎ」
お前の方がかわいいよ……。
慌てて携帯を取り出して俺を撮影している彼女に、普段の神室真澄オーラは存在しない。
知らない人から見ればキャラ崩壊としか思えないほど、猫である俺に夢中だった。
これも猫の力。
自分の魅力が恐ろしいぜ……。
とはいえ、こういうことは実は結構あったりする。
所詮、猫である俺に人間は取り繕う必要性を感じない。
なので周囲に人がいないときとか、猫語で話しかけてきたり赤ちゃん言葉で接してきたりと、わりと経験は豊富だ。
疲れた中年のサラリーマンが赤ちゃん言葉で話しかけてきたときには、悍ましさに引っかいてやろうかとも思ったが、あまりにも疲れていた様子だったので我慢して愚痴を聞いてやったこともあったな……。
猫に癒やされるがよい。
猫からリラックス成分が発散されているから。
閑話休題。
そういうわけで、わりとキャラ崩壊な感じで話しかけられることは、これまでの猫生、何度もあった。
だが――神室真澄の破壊力は別格だった。
だってあの神室真澄が「にゃー」だぞ?!
猫である俺のことを「にゃーにゃー」と呼ぶんだぞ!?
クール系美少女が自分だけに見せる顔っていいよね! 今生で得られる全財産を溶かしてもいいほどの価値がそこにはある! まあ、猫なんで財産なんてないけども!
そんなわけで俺は苦悩していた。
なに? 美少女に愛でられてなにが不満だと? 不満なんてあるわけがないだろうが!(憤怒
だが、これは俺のプライドの問題なんだ……。
厳しい野生の世界を行く抜くために俺は愛玩動物としてのスキルを磨いた。
いい感じの相手を見つけてはメロメロにして餌を貢がせていた男――いや、雄だ。
そう、あくまで「貢がせていた」というのが重要だ。
俺が相手をメロメロにして貢がせることがあっても、俺が相手にメロメロになるなど……っ! メロメロにしておきながら俺の都合で袖にする。そんな高嶺に咲く花なのような孤高の存在が俺だというのに――
「なんだかすごい苦悩が伝わってくるような気がするわね……。ほら、ここに座りなさい。これ、ペット用のブラッシングの道具なんだけど使ってあげる。綺麗にして上げるから……どう?」
えっ、わざわざそんなの買ったんですか?! 貴重なプライベートポイントを使って!? というかどうやってそんなものを……ペットショップとかなくてもそのぐらいの小物なら案外売ってるのか? っていうか膝ポンポンしてますけど、それって膝枕オッケーってことですか真澄さん!
猫の身体の大きさ的に膝枕という表現は不適当かもしれないが、それはともかくとして。
俺は神室に誘われるままに気がつけばふらふらと彼女の膝の上へと向かって――
「えっと、こんな感じでいいのよね? 動画だとこんな感じだったけど」
「にゃあぁああ」
「ふふっ、これでいいみたい。痒いところはないかにゃー?」
―――アッ!!!!!(尊死
や、やめろォ! にゃーにゃー、言いながら丁寧なブッシングをするんじゃありません! 美少女ボイスが耳から飛び込んできて俺の脳髄を溶かしていくぅ! これがASMRってやつですか!? 真澄ちゃんがにゃーにゃーいいながら甘やかしボイスをしてくれるASMR!? おいくら万円ですか!? 言い値で買おう!
甘やかしボイスとブラッシングの気持ちよさに俺の身体が水になっていくのを自覚する。
あー、身体が伸びていくー!
「気持ちよさそう。これならもうちょっと……」
あっ、やめて! 耳を触ったり、尻尾を触ったりしないで? ああ、そこはいけませんいけません! お客様、そこは大変デリケートな! ……あぁぁああああああ!
美少女に弄ばれる感覚に俺は内心で悲鳴を上げるも身体はピクリとも動かない、この幸福を甘受せよという本能に身体が従ってしまっているのだ。
くたぁっと伸びた俺の身体を撫でながら神室は独り言を呟いた。
「はあ……アンタを飼えればいいのにね」
どうやら彼女は俺をペットにすることを画策しているらしい。
ちょいちょい呟いている言葉から察するにどうにも何度もペットを飼おうとチャレンジしたことはあったらしいがそのどれもが失敗、野良の猫には逃げられる始末で神室からすれば俺は最後かもしれないチャンスというわけだ。
だから、そんなことを考えるのは普通の流れかもしれない。
だが、俺はそんなに安い男じゃない。
気高い孤高の野良猫をあまり舐めないでもらいたいものだ。
神室真澄という美少女に飼われるペットになるなんて……なんて…………う、うぉおおおおおおっ!
「ま、また頭を抱えだした!? ……もしかしてそんなに嫌だった?」
ちがう! それは全然違うぞ! だからそんなショックを受けた顔をしないでくれ! ちょっと自分の中でのプライドとかそういうものの処理がね!? あんま覚えていないけどたぶん前世の年齢を足したら俺の方が年上だし、それなのに年下の女の子に飼われるなんて……なんて……! くそっ、自尊心以外は「それって最高じゃね?」って主張するから畜生!
「ひゃっ!? ふふっ、そうね。わかったわ。慰めてくれるのね。それならよかった。本当にアンタが私のペットなら……でも、さすがに飼うのは――待って? たしかポイントのことで何か言っていたわよね?」
おや? なんか雲行きが怪しくなってきたぞ?
太ももに乗せた俺の身体を優しく撫でながら神室はなにか考え込んでいる様子でブツブツと呟いていた。
「もしかしたら……いける? ……聞いてみる価値はある。いったいどこまでが購入できるのか先生に――」
あれ、これもしかしてポイントに関して先生に聞きに行こうとしている?
それで俺を合法的に飼おうとしてません? もしもーし?
「……やってみるか」
―――
結論から言えば真嶋先生との交渉は上手くいった。
神室は決心した次の日、俺を抱きながら職員室に突撃し「俺をペットとして飼育する権利」を手に入れたわけだ。
これがゼロの状態からペット飼いたいという話なら別だっただろうが、あくまで彼女が主張したのは野良の猫である俺を飼いたいという話だ。
権利自体の購入はわりと安く済んで認められた。
俺はこの日、神室真澄のペットになったのだ。
……まあ、なってしまったものは仕方ない。
女の子を泣かせるのは猫のすることではないので、仕方なく――そう仕方なく、俺は現状を受け入れるしかない。
本当だぞ?
というか真嶋先生、なんともいえない表情をしていたな。
なあ、まだネタバレをしていない時期だしな。
その時期にポイントのことで改めて尋ねてくる生徒というのは少し期待してしまうのも仕方ないかもしれない。
まあ、その生徒が口にしたのは「ペットを飼いたい」という話でちょっと期待外れだったになったわけだが。
それはともかくとして。
こうして俺は神室真澄のペットに……いや、ペットになってしまった以上はご主人と呼んだ方がいいのか?
ふむ、美少女な女子高生の神室真澄ちゃんを「ご主人」呼びか……―――イイ。
いや、勘違いしないで欲しいんだ。
これは養われる関係上、ちゃんとそういう線引きをした方がいいよねって話で別に年下の女の子をご主人と呼ぶことにちょっと興奮を……げふんげふん。
ともかくだ。
俺は晴れてご主人のペットになったわけだが問題もある。
「これからは少し節制しないと」
にこにこしていたご主人が呟いたように金銭面での問題に俺たちは直面していた。
いくら安く済んだとはいえ「ペットを飼う権利」はそれなりの額のポイントを要求されたし、ペットとして飼うにあたって俺の予防注射やらペット用品などの購入にもポイントは必要だ。
そんなこんなもあってかなりの額のポイントをご主人は使ってしまったのだ。
ご主人はそのことになんの後悔もなさそうだったが――俺はちがう。
ただ養われるだけなど俺のプライドが許さない。
どうにか神室真澄の――ご主人のために動かなければ!