よう実世界に転生した畜生系主人公が神室真澄に心を打ち抜かれる話 作:サンディエゴ
「くっ……し、師匠っ! もう……っ!」
頑張れ頑張れ、どうしてそこで諦めるんだ! もっとやれる! 山村ならきっとやり遂げられる! だから、もっと熱くなれよー!
「ぁ……あぁ、っ……師匠、腰……割れ……」
さて、ご機嫌よう。
三学年の会合が行われるという、思い返してみると滅茶苦茶に珍しいイベントが起きて一週間ほどが経った。
今、何をしているかって? 体育祭……真・体育祭のための練習さ! 授業で体育の時間が増えている。しっかりと練習する期間を取ってからあんな体育祭をやろうとするあたり、なんというかこの学校の非常に性格の悪さが出ている期間だな。
Aクラスはそれほど運動が得意な生徒は多くない。
だからこそ、しっかりと準備をする必要があるわけだ。
俺もそれに協力してやろうと山村のストレッチを手伝っている。
具体的に言うと股割りをしている彼女の頭の上に乗って応援しているところだ。
山村はなー、体力はそれなりに付いてきたと思うんだけど……。やっぱり、運動できるタイプの身体じゃないわ。
身体も無茶苦茶硬いし……。
「師匠……重っ……」
「にゃー」
「はい、がんばり……ぁ、う……」
キチンとしたストレッチは怪我の予防に役立つからね。
運動が苦手ならむしろその分、しっかりとやらないと……水の境地に至れば車に轢かれても安心だぜ! 侵入するときだってちょっと狭くてもスルッと入れるし!
「それできるの……師匠、だ……け」
とりあえず、山村には俺がいいと言うまでストレッチをさせながら俺は現状について思いを馳せた。
あの会合で多くのことが話し合われた。
特に体育祭までの間、どう学校にバレないようにするかという点は詰められた。
変に対策をされても困るからな。
そのため迂闊に真・体育祭に関することを話さない、記録に残るやりとりを行わないなどの基本的な注意だけではなく、学校側が監視している可能性の高い学内のネット掲示板を裏掲示板も含めて使わないこと等が1年生に対しては言われた。
堀北兄や南雲曰く、生徒会として色々とやっているとどうにもそこら辺は怪しいらしい。
欺瞞工作としてそっちには嘘の噂話などで攪乱するつもりだとか何とか。
その他にも教員達の意識を逸らすために相談事を持ちかけるなどで対策するとか。
ここら辺のことは上級生達でやるつもりらしい。
彼らはどことなく楽しそうだった。
高育で生き残るために磨いたスキルを嬉々として学校側に対して活用する姿は、きっとこれだけ成長しましたよという彼らなりの、学校に対する恩返しのつもりなのかもしれない……ゴメン嘘。
正直、上級生達が乗り気すぎて困るわ。
滅茶苦茶楽しそうに対策会議してたからね。
学校側はどれだけ恨みを買ってるんだよ……。あと南雲が積極的なのがなー。やっぱり、真・体育祭で堀北兄との真剣勝負が出来そうだからか?
原作において何度も堀北兄との勝負を挑んだ南雲だが、堀北兄もクラスを預かるリーダーの身。
個人的な感情で勝負をするというのは彼の哲学に反するもので、なんというかうまくかみ合うことがなかった。
いや、まあリーダーとしては正しいんだけどね。
私情丸出しでクラスのこととか放り投げた原作坂柳はアレ過ぎるし。
だが、今回の真・体育祭。
生徒が主催の体育祭と言うことで種目に関してはどうにか出来る余地があった。
折角だから総合成績とは関係ない、エキシビションマッチをやろうという南雲の提案に堀北兄は乗ったのだ。
学年関係なく参加可能で誰が一番早いかを決めるレース。
南雲はそれは喜んでいた。
顔こそ平静は装っていたが。
そのせいか絶好調というかやる気に満ちあふれているというか。
それはそれとして何かの暗躍……しかも、龍園や坂柳も関わっているやつをしているのはちょっと気になるが。
まあ、そこら辺は一先ず置いておくとして。
二年を支配する南雲の全力、堀北兄は十全に能力を発揮した結果、1年生は正直真・体育祭まで裏方仕事でやることはなくなってしまった。
あいつらがまともに組むとやることねーな。
楽が出来て良いことだけど。
そんなこんなで俺達1年生は真・体育祭に向けての鍛錬に集中できているというわけだ。
まあ、真・体育祭云々を知っているのはAクラス全員と三クラスはリーダー格とその周辺ぐらいしか知らないけど。
体育祭に向けて鍛える行為自体は変わらないので問題はないだろう。
「調子はどうですか?」
話しかけてきたのは坂柳だった。
「にゃー」
「ぁ、あが……ぁ……」
「なるほど、なかなか厳しい状態だと? たしかに美紀さん、すごい死にそうな顔をしていますからね」
Aクラスの訓練の様子を見ているが、正直なところかなり難しいと感じた。
無人島試験前も鍛えていたがあれはあくまでスタミナをつけるためのもの、スポーツ競技に適したものではなかった。
決して無駄ではない、無駄ではないが……やはり身体能力の平均値は他のクラスと比べても低いと言わざるを得なかった。
「にゃー、にゃい」
「ふむ、やはり頼りになるのは鬼頭くんですか。とはいえ、彼だけ頑張ったとしてもクラスの優勝は難しいでしょうね。クラスの中では飛び抜けていますが、学年全体で見れば同レベルの身体能力を持つ男子生徒もいます。上手く避けることができればわかりませんが」
「にゃふん」
「ええ、団体戦の数も多いですからね。私が出られないので数的に不利になりますし。……ホームズはオッズ的にはどう考えます?」
うーん、この……。なーんでオッズなんて単語が出てくるんだろー。僕、猫だからわかんにゃーい。
……うまくやれよな。
「ふっ、問題ありません。これはあれです。生徒の能力を正確に見抜く目を養うための、言うなれば学習の場を提供しているだけです。実力主義のこの学校で暮らしていくためには必要なスキル。それを磨くためのちょっとしたミニゲームのようなもの。参加費と当たった場合に報酬が出るだけで」
「ああ言えばこう言うの……典型例、ぁっ……がががっ、師匠……ぉ、もう無理ぃ……無理、だから……」
「にゃーん、にゃ」
ろくなこと考えないな……。
「スキルアップのためのミニゲーム! 健全! 安心! 賭け事……? ちょっとよくわからないですね?? ……というわけでホームズの意見も聞きたくてですね」
ミニゲームに勝つための事前の情報収集か。こいつはこいつで楽しんでやがる……っ! 運動できないから真・体育祭の開催が決まったあとは暇してないか心配していたけど楽しそうで何より。っていうか、そこまでポイントはいらないだろお前……。普通に金持ちの癖になんで儲けようとしているんだ。
「ふっ、たしかに個人で使えるプライベートポイントは十分すぎるほどありますがそれはそれとして――利益を出せそうだから、とりあえず最大の利益を目指しているだけですよ」
なんという女……これが常に他者へのマウンティングを精神を忘れない、哀れな生き物の生き様ということか! 特に理由はないけど搾り取ろうとする精神、つくづく高育向きの人間だと思うよ。
「それほどでもありません」
「たぶん……褒めて、な……がくっ」
山村が死んだ気がしたが放置することにして、坂柳と話を進めた。
とりあえず、俺が知っている生徒の情報は全部教えることにする。
天才である彼女だが、やはり身体の問題もあるせいかスポーツ関係は中々難しいらしい。
分野違いと言うべきか、勝敗を見通すのは困難を極めているのだとか。
「ふむふむ、なるほど。ホームズの見立てではそんな感じですか」
「にゃー」
「それでホームズは誰かに賭けますか」
賭けるっていっちゃってるじゃん。建前はどうした建前は! まあ、それはともかく俺が誰に賭けるかだって?! そんなの決まって――あっ、ご主人が走ってる!
「にゃーん!」
「きゃー、真澄さーん!」
遠目にご主人がリレーの練習で走っている姿が見えたので、俺と坂柳は黄色い声援を送った。
普段のご主人も素敵だけど、走っている姿のご主人も素敵だぁ! 凜々しくて格好いいぜ!
グングンと駆け抜ける姿はとても爽快だ。
やっぱり、女子の中では頭一つ飛び抜けた運動能力を誇っているなー! スポーツが得意な女子っていいよね! 俺達以外にも声援飛ばしている女子も多いし。ただし、走っているご主人の胸を見ている男子……テメーらはダメだ。
いつものご主人も女神だが、競争に出ているご主人は女神は女神でも戦女神だ。
賭けの対象にするのは不敬な気がするけど、俺が賭けるとしたらご主人しかいない。
俺の貯蓄は全てご主人に賭けるぜ!
「あっ、あまりやり過ぎると堀北会長に怒られるので一度に賭けられる金額には制限があります」
そうなんか……。
「はい、南雲先輩の助言で」
ちゃんとギリギリのラインを攻めているあたり、強かと言うべきかコスイと言うべきか……。
そんなことを話していると練習が一段落したご主人が俺達のもとへとやってきた。
「ふう、ちょっと休憩」
「お疲れ様です、真澄さん。はい、タオルです」
「ん、ありがと」
「にゃー」
「うん、ホームズもありがとう。……山村、大丈夫?」
「………」
「にゃっ」
「それなら別にいいけど」
坂柳から受け取ったタオルで汗を拭うご主人、運動に秀でているご主人は女子のエースでいろいろと駆り出されているから大変そうだ。
「それにしてもいろいろと出る羽目になってしまって大変だわ」
「まあ、真澄さんほど動ける人が居ませんからね。負担が大きくなってしまうのは……」
「まっ、別にいいんだけどね。私もホームズに格好いいところ見せたいし」
「にゃーお」
「ふふふっ、私がホームズの飼い主に相応しいってことを証明しないといけないからね」
そう言ってご主人はチラリととある方向に視線を向けた。
俺と坂柳もそれに習って同じ方向――気づいていたけど、あえて無視していた方向に視線を向けた。
「むむむっ……」
「おい、一之瀬。そっちじゃなくて練習をしている方をだな」
「そっちは任せたよ」
「はい」
そこには一之瀬を筆頭としたBクラスの生徒が居た。
「にゃー」
「そうですね、Bクラスの方々ですね。大方、本番前の偵察にでも来たのでしょう。本番に向けてできる限りの手を打つ、それ自体はとても評価に値する行動ですね」
それ自体は坂柳の言うとおり、別に変な行動ではない。
競争相手にどれほどの実力があるのか、それを正確に調べるのも戦略の一環。
それはまあ、わかるのだが……。
「一之瀬、ガッツリこっちを見ているわね」
「こっちというかホームズですね」
他のBクラスの面々はグラウンドで練習しているAクラスの生徒達を見ているというのに、一之瀬だけは何故かこちらをロックオンしていた。
いや、こちらというか思いっきり俺をロックオンしていた。
「猫違い作戦はどうしたんですか?」
バカな変なことはしていないはず! 同一猫物であることがバレないように、普通の猫のふりをしているというのに、一体どこに疑われる余地があったというんだ!?
「……きゅー」
「とりあえず、美紀さんの上から下りません?」
「にゃー」
あっ、ごめん。もういいよ。
ポンポンと頭を叩いて、俺はひょいと彼女の上から下りる。
それと同時にぐでっとなる山村。
身体が柔らかくなったな! ヨシっ!
それはそれとして、何故疑われているのか俺には皆目見当も付かない。
な、何故なんだ!? 何故そんなに疑われているんだ!?
悩んでいる俺を他所に一之瀬は何故か遠くから見ているだけではなく近づいてきた。
なにやらドロッとした視線を感じる。
「やっぱり似ている……明らかに言葉がわかっている様子に、容姿……それに夏休みの最中に何故か届いた妹からのプレゼントと手紙……」
くっ、知らん! 俺はただの黒猫……ただのペットの黒猫なんだ。
「それにあのブレイクダンスのキレはやっぱりノワール……」
ブレイクダンス! そうか! カラオケ店でカラオケ大会が始まったとき、ノリに乗ったからやった一発芸が……畜生っ!
「この猫、やっぱりバカなんじゃないですかね」
「ポンコツっぷりが可愛いんじゃない」
なにやら、後ろでご主人と坂柳が会話しているが聞いている余裕が俺にはなかった。
じーっと俺の様子を伺ってくる一之瀬が怖い。
罪悪感とか色々あるしな!
しばらく、ジッと俺のことを見ていた彼女はなにやらを意を決したように立ち上がった。
「神室さん! 体育祭でノワ――ホームズを賭けて私と勝負!」
「にゃっ!?」
「いいわ、受けて立ってあげる」
「にゃにっ!?」
いきなり、ご主人に向けて宣戦布告をした一之瀬に驚き、ノータイムでその挑戦を受けたご主人にまた驚きの声を上げた。
バチバチと火花を散らすようににらみ合っている二人に対し、俺はオロオロすることしか出来ない。
やめて! 俺のために争わないで!(ガチ)
「大体、ホームズが悪いんですからねー? わかってます?」
「にゃーん」
うおぉおおおっ、助けてアリえもんー!
「よしよし」
「きゅー」
そんなこんなしながら俺達は真・体育祭までの時間を過ごすのだった。
えっ、体育祭(八百長)? そこになければないですねー。
〈人物紹介〉
●ホームズ
→理解あるご主人たちのせいでいろいろとガバな黒猫。普通の猫っぽい行動って何だっけ? という哲学的な悩みを最近抱えている。ブレイクダンスはセーフだと思っていた。
●坂柳有栖
→善良に金儲けをしようと企んでいるロリ。神室が走っている姿に黄色い声援上げるファンでもある。真澄さん、かっこいい! やったー!
●神室真澄
→一之瀬に関してはホームズが悪いと思いつつも譲れないご主人様。ポンコツっぷりを発揮するホームズも愛おしいのでヨシ。
●山村美紀
→ストレッチで死んだ。後にホームズによる肉球マッサージリラクゼーションで回復蘇生。猫の肉球によるふみふみはいずれ癌にも効くと確信している。真・体育祭で競技「逃○中」に参加予定。誰だそんな種目を入れたのは。
●一之瀬帆波
→普通にノワールの時にもブレイクダンスをしたのに忘れていた猫のせいで情緒が情緒が……! とりあえず、まずは一週間ぐらいでいいのでください!(宣戦布告)