よう実世界に転生した畜生系主人公が神室真澄に心を打ち抜かれる話 作:サンディエゴ
カリッカリッカリッ
『――わかっていると思うがね。メディアを黙らせるのもタダじゃないんだ。そのことはちゃんと理解して欲しいところだね、月城くん』
嫌みたらしい、その言葉にただ平身低頭をして謝意を伝えることしか出来なかった。
それほどの失態。
尻拭いをして貰ったのだからそれが当然だった。
『出所に関しては調べさせているが、どうにもいくつものサーバーを経由しているらしくて難しいそうだ』
「……そうですか」
『まあ、こっちよりも重要視するべきはそっちの方だろう。あんな映像を撮られて、しかもそれを外に流出させてしまう不手際……少し、期待しすぎていたのかもしれないね』
ギリッと歯を食いしばり、その言葉を受け止めた。
『ふん、まあいい。体調には気をつけて上手くやりたまえ』
「体調……ですか」
『ああ、この頃、夜は冷え込むだろう? 身体を冷やして風邪でも引けば大変だろう? 特にほら――首元とか』
「………」
『風邪には気をつけたまえ、元気に学校を去ることができるように……ね』
ブツっとテレビ電話が切れた。
それと同時に近くにあったファイルを地面に叩きつけた。
怒りという衝動を消費するためだけの非生産的な行動だった。
月城常成にあるまじき行動だった。
「いったい誰が……いや、決まっている。やってくれましたね、綾小路清隆……っ!」
あの日、あの時、あの場所で綾小路たちに対して起こした行動の全てが記録され、それがネット上に流されたという事件が発生した。
ご丁寧にある程度の編集をしつつも、特定は容易なレベルで流された動画の映像は、瞬く間に高育の存在と理事長代行として最近就任した月城常成の存在、その二つの存在を特定した。
秘密のベールに包まれている学校の中で、理事長代行の立場にある人間が脅迫と暴行を行った。
しかも、女子学生の方は前理事長の娘で男子学生の方は、どうやら元政治家の綾小路の息子らしいということまで、SNSでは話題となっているらしい。
「ああ、クソッ。あとでもう一度、綾小路先生には謝罪を……」
既に綾小路篤臣にはキツい叱責を受けた後だが、それでも改めて連絡を取らなくてはならないだろう。
そのことを考えるととても陰鬱な気持ちになるがしないわけにもいかない。
全てはそう、綾小路清隆のせいだ。
「だが、いったいどうやって? あの映像……あらかじめ隠しカメラを? そうとしか考えられない。あの場には私を含めて三人以外誰も居なかった……それは間違いない」
となるとそう考えるのが自然だろう。
つまりはこちら側の行動、あの日、あの時間、あの場所で接触してくるのを読まれていたと言うことだ。
「さすがはホワイトルームの最高傑作……というべきですか。甘く見ていたことは認めざるを得ません。ただ、やはり腑に落ちない点もある」
それは録画がされていたことではなく、そのデータが学外に流出した点だ。
「学外と学内のネットワークは厳正な制限がかけられている。高育の内部情報が外に流出してしまうと問題ですからね、その点に関しては徹底している」
学内から外のネットワークに情報が流出しないように出来ているはずなのだ。
発覚後に調べたところ、やはり学内からデータが流出した痕跡はなかった。
そうなるとあの録画データは何故、外のネットワークに流れたのかがわからなくなる。
「綾小路くんに逃げられては困るとセキュリティに関しては権限を使って強化していた。あのセキュリティを誤魔化して外に出て、あのデータをネットの海に流出させる……不可能です。事実、調べた結果そんな痕跡は見つからなかった」
いくらホワイトルームの最高傑作である綾小路清隆でも、それは不可能な所業のはずだ。
ならば何故、データが外に流れたのか。
「考えられるとしたらやはり人の手を伝って、データの入ったUSBを敷地外へと出して協力者に実行させた。……これでしょう、現実的に考えて」
あの日、以降の数日間。
つまりは、SNSなどで動画が流れるまでの期間の綾小路や坂柳の動向は調べ直した。
妙な動きはなく、少なくとも高育の敷地内にずっと居たことは確認が取れているのだ。
ならばやはり、本人が動いたというよりも協力者の助けを借りたという方が可能性としては高い。
だが――
「怪しい人物は見つからなかった。どういうトリックを使ったんだ……?」
そう、問題はそれらしき人物がまったく見つからなかったことだ。
基本的に外界から遮断された高育とはいえ、完全に繋がりがないわけではない。
例えば食料品やその他の商品などの納入、あるいは部活動の関係で出る必要があったりと色々と外界と繋がるチャンスはある。
てっきり、それを利用して情報を外に流したのだと思ったがその痕跡はまるで見つからなかった。
「厄介ですね……。坂柳有栖が協力を? だとしても……」
何らかの協力者がいたのは間違いない。
それが誰なのか見当も付かないというのはとても問題だった。
少し前にやった職員会議の光景が頭を過った。
あの動画に関してはただの偽物、フェイク動画であると説明してある。
高育に対し、良からぬ思いを持っている者は多く、評判下げるための策謀の一種である――と。
明らかに納得していない風だったが、教員たちはその説明で一旦は矛を収めた。
あの出来事を証明する手段はあの映像しかない、少なくとも今のところは。
「……綾小路くんたちはこの件に関して、知らぬ存ぜぬを通すつもりでしょうね。動画を持ち出してきたら楽だったのですが」
そんなミスはしないだろう。
そうしてくれば無理矢理にでも理由をでっち上げて、彼らに制裁を与えることも出来たが……現状ではそれは難しい。
外にデータを流出させた手法、それを解明できていないと関係性を主張できないからだ。
「実に面倒な手を……どうするべきか」
頭をフル回転させても、どうやって外の協力者にデータを渡せたのかがわからなかった。
だが、だからといって何もしないという選択肢はない。
既にスポンサーの不興を買っているのだ。
これ以上の失態は自身の身の安全に関わる。
「一先ずはネット制限のレベルの引き上げは継続している。今は件のSNSや動画には学内からはアクセスできない。初動が遅れてしまったのでしばらくは噂で持ちきりにはなるでしょうが、時間と共に鎮火するでしょう。騒ぎ立てようとするなら、理由を付けて制裁をすればいい」
「外部との情報の遮断を都合良く出来るのが、この高育の強みですからね。問題はその強みを無視できる存在、綾小路くんたちの協力者――裏切り者の存在ですね。その存在がやはりネックだ」
恐らくだが、教員の中に協力者がいるのではないかと考えていた。
監視体制を強化していたため、外部からの人間には目を光らせていたが、今のところそれらしき人物は見つかっていない。
そうなると怪しくなってくるのは教員の存在だ。
「坂柳理事長は綾小路くんを庇護していた。そして、今回の一件を見るに娘である坂柳有栖とも協力関係にあるのは間違いない。そうなると……」
坂柳有栖経由で教員が協力者として綾小路に手を貸していてもおかしくはない。
「少なくとも失脚を狙われる心当たりぐらいはありますからね。……迂闊でした」
学校内に坂柳派とでもいうべき存在が残ってもおかしくはない。
なにせ長い間、彼は――坂柳成守はここの理事長をやっていたのだ。
手駒といってもいい存在が教員の中に居てもおかしくはない。
「埋伏の毒、というわけですか」
そして、そんな存在が居るとすれば綾小路と手を組んでいても特段おかしくはない。
「……見えてきましたね。とはいえ、坂柳成守にとっても綾小路先生の動きは予想外だったはず」
監視下に置かれたあと通信は自由に取れていないはずなので、坂柳成守が指示をして動かしているというのは考えにくい。
「となるとやはり去る直前に何らかの指示を出していた、と考えるのが妥当ですかね? ……ともかく、教員たちの動向にも目を光らせる必要はありますか」
この高育において理事長の権限は非常に強い。
教員たちの人事権も思うがままだ、これを盾にすれば教員たちを支配下に置くのは難しくはない。
そう考え、足場を整えるのを疎かにし過ぎていたと反省した。
「裏切り者――存在Xを探ること、それと支配下に置くことに集中するべきですね。今回の一件で、どうにも不信の種を植え付けられているようですし」
今回の一件の対処のために、教員を集めて会議を行ったときのことを思い出した。
表情には出さずとも疑わしそうな雰囲気で動画の内容について尋ねる教職員の姿を。
「やれやれ、所詮は雇われの教職員の分際で反抗的な……」
圧力をかけて従順にさせる必要があるだろう。
権限を使えば簡単に首を切ることはできるし、別のところで再就職しようとしても邪魔が出来るだけの権力の後ろ盾がこちらにはある。
反抗などせずに、大人しく従っていればそれでいい。
だというのに――
「Dクラスの茶柱佐枝、でしたか……」
情報統制のため、ネット制限の段階を引き上げるという指示を出したときのことだ。
当然、Dクラスの生徒――佐倉愛里がやっている動画の配信についても議題に上がった。
雫というグラドルの活動の一環として行っているそれも辞めさせるつもりだった。
あくまで、動画の配信で動画の内容もただのイメージビデオでしかなかったが、佐倉愛里がDクラスの生徒――つまりは綾小路清隆と同じクラスの生徒であるというのが問題だった。
綾小路清隆ならば動画内に何らかの細工をして、外部とのやり取りに利用できてもおかしくはない。
証拠があるわけではないが、可能性があるならそれらは全て潰すべき。
そのためならば手段は選ばない。
当然のことだ。
佐倉愛里という学生の活動を強制的に辞めさせることになるが、どうでもいい。
場合によっては活動を再度許可することを餌にして、綾小路清隆を追い詰めるための捨て駒として利用するのもいいだろうと考えていたのだが……。
『今や雫のフォロワー数は入学時の1.8倍、1万人に届こうかと言われるほどに成長しています。優れた容姿もさることながら、動画の出来が徐々に上がっていることに加え、ミステリアスな部分もいい感じにバズリの要因になっているようで』
『明言こそしていないものの、雫は高育に通っているというのは知られている話。そんな雫の動画がこの時期に閉鎖されたとなると……あらぬ噂が立つ恐れもあるかと。デマの動画とはいえ、真実なのではと邪推する者も現れて火にガソリンを撒くことになるかもしれませんが、よろしいので?』
茶柱佐枝のそんな言葉に考えを改めることになった。
確かにその懸念は存在する。
というよりも間違いなく、SNS上では燃えることになるだろう。
とはいえ、メディア関係は全て抑えられており、今回の一件は黙殺されることが決定している。
だから、無視しても問題は無いのだが……。
「これ以上、騒ぎが大きくなるのは問題――ですか」
今でさえ、不興を買っている状態なのだ。
わざわざ燃料を投下して騒ぎを大きくすれば、更なる不興を買う恐れがある。
「監視を強化するだけ済ませるとしますか。それにしてもあの女……」
どことなく癇にさわる女だった。
こちらのことを慮っての発言のようで、どことなくこちらを小馬鹿にしたような雰囲気。
とても気に入らない。
見せしめのために首にしようかとも考えたが、彼女の立場は役に立つ。
なにせ茶柱佐枝はDクラスの担任だ。
こちら側に引き込むことが出来れば綾小路清隆の退学に大いに活用出来る。
「経歴を見る限り、典型的な負け犬ですね。学生時代の失敗を未だに引きずり、教職にしがみついているだけの女。坂柳派の人間でないことは間違いないでしょう」
過去の行動を洗ってみた限り、どうにもまだAクラスというものに未練があるらしい。
そんな人物が坂柳理事長と繋がりがあるとは考えにくい。
なら、出来るだけこちらに引き込んでおきたい。
彼女の顔を立てる形で佐倉愛里の動画配信のことはそのまま持続させることにした。
とはいえ、だ。
「Aクラスに執着を持っているとなると綾小路くんの退学に協力をさせることは難しいですかね? そんな未練さっさと捨てればいいものを……」
吐き捨てながら考えを巡らせる。
存在Xを見つけ出すことも重要だが、今回の一件でかなり行動に制限が掛かってしまった。
試験を利用するにしても、自身が動きにくくなってしまった以上、協力者は居た方がいい。
それをどう用意するべきか。
「今は大人しいようですが、去年までの活動を見ると随分と動いていた南雲雅なら……。メリットを提示すれば乗ってくるかもしれません。生徒会を動かすことが出来るなら――あとはやはり1年のクラスを動かすべきですね。Aクラスは残念なことに坂柳有栖が敵対的なため難しいでしょう。となるとBクラスかCクラスを……」
月城常成は考える。
この程度のトラブルなど、何の障害にもならないと信じて仕事を熟すために。
ガリガリ、ガリガリガリ!!
「ああ、それにしてもうるさい……うるさいなぁ」
そんな言葉が思わず零れた。
どうにもネズミか何かが居るようで最近、夜になると音が聞こえるのだ。
何かを引っ掻くような擦過音。
まるで爪を研いでいるかのような――
気にしなければ気にならないような、小さな音。
そんな音が気になってしまう程度には神経質になっているらしい、と自嘲した。
「まあ、いい。とにかく考えるべきことはいくらでもある。さしあたってどう動くべきか――」
深く考え込む。
意識的に音のことなど無視するように。
爪を研ぐ音は毎夜、聞こえた。
今日も明日も、明後日も。
あるいは昼間でさえ、聞こえるかのように。
残響のように爪を研ぐ音は耳の奥へとへばりつくように。
〈人物紹介〉
●ホームズ
→ご主人からの爪ケアを辞退して、爪を研ぎに行く嫌がらせを実行中の猫。
●月城常成
→後ろ盾から怒られるし、問題の動画のせいで教員たちからも生徒からも警戒されて、四面楚歌になっている人。一応、後ろ盾パワーのお陰で世間的には何とかなったがまあまあ立場は悪い。とはいえ、すぐに代わりの人間を用意できるわけでもないので現状維持で何とか残れた。結果を出せないと首が危ないので行動しないといけないという立場。まだまだ遊べるドン。
●茶柱佐枝
→仲間を見るような同情と憐憫を見る目で月城を見ている。脅迫とかそういった手段に出るからそういうことになるのだと、第三者視点で見せつけられた。いつもはストレス解消のために呑んでいる酒が妙に美味しく感じた。