転生美少女、胃痛で死にそうです   作:匿名希望

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令嬢転生 ファーストオディール
令嬢、転生


 男なら──いや、オタクなら誰でも、一度は想像したことがあるはずだ。

 あのゲームに転生したい、とか、あの漫画の世界で生きてみたい──そんな願望を。

 RPGの世界へ行って世界を救いたいという想像だったり、冒険小説の世界へ行って自分も活躍したりと言った想像─妄想ともいう─を程度の差はあれど一度や二度はしたことがあるのではないだろうか。

 そんな妄想に心躍らせてきた君たちに、ひとつ忠告をしておこう。

 

 妄想は──妄想のままだからこそ、美しいのだ、と。

 

 確かにそういう世界へ行って、そこで自分がその世界で大活躍するというのもかなり魅力的ではある。

 だがそれは想像で終わらせておくべきなのだ。どんなに素晴らしい世界だとしても現実として行きたいとは絶対に思わないし、仮に行けたとしてもそこで本当に活躍できるとは限らない。

 

 いや、むしろ──活躍“できちゃった”時の方が、何倍もキツいかもしれない。

 べつに、期待されるのがイヤってわけじゃない。頼られるのも悪くないし、多少持ち上げられるくらいならむしろちょっと嬉しい。

 でもさ。期待って、どんどんどんどん重たくなるんだよね。

 「できるからやれ」なんて、あれだよ、立派な呪い。しかもじわじわ効いてくるやつ。

 一回「こいつはできる」って認定されたら、ミスした時の風当たりが段違いになるんだよな。

 「なんでできなかったの?」とか、「あなたなら余裕でしょ?」とか。知らんがな。人間だぞこっちも。

 できない人が失敗しても「あー、やっぱね」で済むけど、

 できる人間がコケたら、まるで世界を裏切ったみたいな空気になる。

 ──だからやめられない。逃げられない。

 だって「できるやつ」は、できる姿を見せ続けなきゃいけないんだから。

 

 ……さて、長々と語ってきたが結局のところ何が言いたいのか。

 

「異世界転生なんてするもんじゃない……ってことですわね(だな)。」

 

 目の前(鏡の中)にいる美少女(自分)を見つめながら、そう呟いた。

 流れるような金髪に、真っ白な肌。まるで雪のように透き通る肌が、鏡の光を受けてきらきらと輝いている。

 まつげなんて前世からは考えられないほど長くて、うっとりするほどに柔らかく、どこか甘い印象を与える。

 それに、ぱっちりとした瞳は、まるで深い湖のように澄んだ青色で、じっと見つめていると引き込まれそうだ。

 

「やっぱり、どこから見ても理想の美少女だなぁ……()

 

 気が付いたら、全く見知らぬ世界に生まれていた。

 当時は状況を理解する暇もなく本能に任せて泣きじゃくり、眠りを繰り返し、漸く自意識が安定したのが4歳ごろ。

 自分が転生したらしいと知ったのはこの頃だった。ついでに自分の性別が変わっていることを知ったのも。

 転生して美少女で貴族。──まさに夢のような設定だと思った。

 魔法があって、騎士がいて、お城もある。お姫様ごっこでも始めようかと思った時期も、まぁ……ちょっとだけはあった。

 

 でも、それが“現実”だと気づくまでに、そう時間はかからなかった。

 鏡の中の美少女は確かに俺だった。そして同時に──降りかかる責任や困難もまた、俺のものだった。

 

 まず、世界。

 この世界では、だいたい数百年に一度、“災厄”と呼ばれるとんでもない()()()が顕現する。

 最初は、まだ対処可能な脅威だ。巨大な魔獣か、異常な天災か、それとも……正体は毎回異なる。

 だが、放っておけば奴らは“育つ”。魔力を吸い、人を喰らい、やがては天候を狂わせ、大地を黒く腐らせ、時には死者を歩かせる。

 最終的には──人類が滅ぶ。文字通り、世界が終わる。

 

 それを防ぐために、人類は必死こいて準備している。災厄と戦う術を磨き、専門の育成機関─王立訓練院ヴェルディアと言う─まで作っている。

 けれど、“次の災厄”がいつ、どこに、どのように生まれるのかは……誰にもわからない。

 

 世界は、今日もぎりぎりの均衡の上にある。

 

 次に、自分について。

 名前はウルティス・アルテシア・ヴォーティブルク。

 長ったらしい名前からわかるように、ヴォーティブルク家と呼ばれる所謂貴族の長女。

 今生の俺には、色々な問題があった。

 まず、性別が違う。前世は男性だった俺だが、この世界での俺は女性として生まれていた。

 とはいえ、これに関してはそこまで大きな問題でもなかった。鏡を覗いたりするといつでも美少女が映るのでちょっと興奮したが。

 次に家柄。

 さっきはただ貴族としか言わなかったが、実はただの貴族じゃない。

 正しくは、ヴォーティブルク()()()

 上から数えた方が早いレベルの大貴族で、何なら王家とも繋がりのある紛れもない貴き血(ブルー・ブラッド)

 王家の分家で、歴代の宰相や元帥を何人も輩出してきた、いわば“影の王家”──摂政家とも呼ばれてるらしい。マジで怖い。

 表向きは一介の公爵家でも、実態はほぼ“第二の王家”。

 ……そんなとんでもない家の、しかも長女。俺が。

 

 問題は──俺が、ただの元一般人だってこと。

 そんな奴に、「国家を背負うかもしれない責任」なんて、重すぎるに決まってるだろ。

 なんせ─順位はかなり下がるとはいえ─場合によっては王位継承権すらある。それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 元一般人が?何万人という単位の人間を全て背負う?

 無茶言うな。こちとら前世じゃ年末調整すら怪しかったのに。

 胃がキリキリするどころの話じゃない。

 ……でも、これだけで終わればまだ良かった。

 

 この家、ヴォーティブルク公爵家は“筋金入り”の名門だ。伝統、格式、血統、政治的影響力……どれを取っても他家を圧倒する、絵に描いたような貴族中の貴族。そんな家に生まれたからには、「女だから」「子供だから」なんて言い訳は一切通用しない。能力があるなら使え、ないなら死ぬ気で身につけろ。それがこの家の方針だ。

 

 えぐいよな?

 

 ……ちなみにだが、俺の両親──とくに母はこの家でも“有能”とされる女傑で、帝都の政界でも名を轟かせるやり手だ。で、父は軍の元帥。片や内政の鬼、片や戦場の猛獣。そんな二人の娘が凡庸なままで済むわけがない。教育も当然のように、尋常じゃなかった。

 

 いや、あれは最早教育なんて言葉で表せるものじゃない。よくて"鍛錬"とか"修行"で、もっと正確に言えば"拷問"とか"試練"の方が適当だ。

 朝は剣術、昼は魔導理論、夕方は政務文書の読み書き。

 一週間に三度は帝都の政治家との会食練習があって、週末には舞踏会マナーと毒見訓練。

 毒見だぞ?毒を口にして、吐くまでの秒数と耐性を測られるんだぞ?

 正直、意味わかんない。いや、頭ではわかってる。「力のない公爵令嬢」なんて、この世界じゃ鴨がネギどころかタレまで背負ってるようなもんだ。

 だから身を守る力が必要、政治の駆け引きも必要、暗殺だって想定内──ってことは、理解してる。

 両親も、それを誰より理解してる。

 だからこそ、俺に"死なない力"を叩き込もうとする。

 甘やかして潰れるくらいなら、泣かせてでも生かす。

 あの人たちにとって、それが"愛"で、"責任"で、"生き方"なんだ。

 

 いやほんと、誰だよ。転生して人生イージーモードになるとか言ったやつ。どこがイージーだ。ハードだよ。むしろルナティックだよ。

 

 でも、やるしかなかった。

 だって、断れないんだよな。こういうの。

 「断っていいよ」って言われても──いや、言われないけど。

 周囲の視線が、それを許してはくれない。

 ……仮に、許されたとしても。それでも、断れない。

 周りの空気に流されて、曖昧なまま引き受けて、結局「まあ、やるしかないか」ってなる。

 昔からそうだったんだよ、俺。

 

 俺は前世、日本で生まれて、日本で育った。昭和や平成を経て令和に入ったあたりの、空気読んでナンボの社会で生きてきた。争いは避け、波風立てず、目立ちすぎず、でも与えられた仕事はきっちりやる。──そんな価値観に染まって育った。いやでも染まるだろ。日本だもん。

 

 だから、ここでも染まってしまったんだ。

 

 貴族社会のしきたりも、家の期待も、貴族の子女としてのふるまいも。嫌だった。逃げたかった。無理だって、何度も思った。

 でも、できてしまう。できるように、生まれてしまった。

 母の血を引いた魔導回路、父譲りの反射神経と戦術眼。なんなら暗記力まで、人並み以上だった。

 だから──断れなかった。

 断る理由が、どこにもなかった。

 

 ……笑える話だよな。

 異世界転生して、性別も立場も変わって、それでもなお俺は「空気を読む」ことから逃れられなかった。 

 

 ──こうして、ウルティス・アルテシア・ヴォーティブルク嬢は完成した。

 

 周囲からは、将来を嘱望される才女だの、民草にも心を寄せる心優しき令嬢だの言われてるが──

 

 中身はただの、オタクで日本人的気質な元一般人ですわよ。

 

 

 

 ……この人生、詰んでる気がする。




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