転生美少女、胃痛で死にそうです 作:匿名希望
王立中央訓練院「ヴェルディア」──その入学式会場の壇上からは、未来を担う“選ばれし者たち”の姿が見渡せた。
貴族の子弟たちは、みな着飾っている。
庶民出の特待生たちは、ぎこちないながらも目に希望の光を宿していた。
そして俺は──そのど真ん中、壇の上でスピーチをしている。
「……ゆえに、我らはここに集いました。災厄を前にしてなお立ち向かう力を得るために」
口は勝手に動いてくれる。所作も、抑揚も完璧。誰もが納得する“代表の挨拶”。
──ちゃんと自分で考えた言葉だ。内容も構成も、時間配分まで含めて。
でもまあ、本音かと言われると……ね。うん。
だってこれは、"私"の話であって"俺"の話じゃない。
「ウルティス・アルテシア・ヴォーティブルク
もちろん、全部が全部嘘ってわけじゃない。むしろ、気持ちとしては重なる部分も多いさ。
でも、俺がそんな立派な人間かって言われると違うわけで。
かといって、主席になれなかったら「ヴォーティブルク家の質が落ちた」とか、「やはり女子では」みたいな余計な声が飛んでいただろう。
できるのにしないのは怠慢だ。
そう生きてきた。
そう、生きるしかなかった。
──ウルティス・アルテシア・ヴォーティブルク。
公爵家の長女で、国家の次世代を担う名門の嫡子。
才能も実績も見た目も完璧な、“次代を担う才媛”だと評されている。
でも実際は──
やらなければいけなくて、できてしまう
全部を捨てて逃げる度胸がないくせに、開き直って全部を受け止めることのできない臆病者。
「──国民を守る盾として、災いを貫く剣として、そして何より未来を担う者として、共に研鑽を重ねることを。ここに誓います」
それが、昔からの俺の
……それにしても、壇上って、意外と暑いのね。もう降りていい?
◇
公爵家の娘が“学校”に通う──なんて話、普通はありえない。
だって公爵家って、王家に次ぐ立場だ。普通の貴族なら、礼装着て三回は跪く。
そんな立場の人間が、わざわざ庶民混じりの教育機関に身を置くなんて。
──ね?明らかに、おかしいよね?
でも、これが"この世界"の現実。
「災厄」が発生してからというもの、国家の屋台骨を支える家の子息たちは、例外なく「対策要員」として育てられる。
つまり、“将来の英雄候補”ってやつ。なんとも嫌なラベルだ。
で、そういう未来の英雄たちを育成する施設が、ここ。
名前は王立中央訓練院「ヴェルディア」。
格式ある響きで、実際、貴族社会では“最高の教育機関”とされている。
でもまぁその実態は──無垢な子供を英雄に仕立て上げる施設だ。
ここでは、礼儀作法や経済学の講義の隣で、魔法制御訓練や実戦形式の戦術演習が行われる。
年に何度も実地調査と称して魔物の討伐任務に出されるし、下手をすれば重傷を負うことだってある。
……笑えないが、これが現実だ。
それでも人は集まる。
ヴェルディアを卒業した者は、国にとって"次代の柱"として扱われる。
家を背負う貴族子弟にとっては誇りであり、庶民にとっては一族の未来を変える唯一の手段でもある。
この学舎は、命を賭けるだけの価値がある場所なのだ。
そんなことを考えながら歩いていると、何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「ちょっと、そこに立たれてると通れないんだが、自分が邪魔になってるとは思わなかったか?」
声のした方へ目をやると、中庭の一角で数人の生徒が揉めていた。派手な装飾に身を包んだ少年が、
──まぁ実際のところ理由なんてどうでもよくて「出自が気に入らない」ってことなんだろうけど。
騒ぎを起こしているのは、見た目からして"勘違いした貴族"だ。口調、態度、立ち居振る舞い、そのすべてが「俺はお前より上だ」と言っていた。
周囲には彼に同調する少年たちと、遠巻きに見守る他の生徒たち。誰も仲裁に入る気配はない。
……こういうのってやっぱりどこにでもいるんだなぁ。
貴族社会では、声が大きい者が正義になりやすい。特に若いうちは尚更で、家の名を笠に着て、威張り散らす子供なんて山ほどいた。俺だって散々見てきたし、時には相手を論破して、時には上手く流して、対処してきた。
でも、ここは社交の場じゃない。訓練院だ。
しかも初日だぞ?新しい環境で最初に何をするかって、印象に大きく影響する。やらかせば一発で“そういうやつ”認定だ。
──なのに、わざわざ開幕から「性格最悪」の札を掲げるなんて、なかなかの度胸。
そのとき、地味な少年が一歩だけ後ずさるのが見えた。明らかに委縮しており、目線も泳いでいる。
(あー……面倒だけど、放っておくわけにもいかないか)
それに……「ヴォーティブルク家の長女」なら、きっとこうする。
「どうかしましたか?何か問題でも?」
わざと通る声をだし、にこにこと笑顔を浮かべてそう言いながら近づいた。
少年たちがこちらを振り返る。その瞬間、空気が変わった。喧騒が一瞬だけ止まり、誰かが息を呑む音が聞こえた気がした。
俺の制服は、他と少し違う。紋章の位置と、刺繍の糸の色。そして胸元に輝く、純銀の徽章──入学主席の証。
それは誰もがわかる──「ヴォーティブルク」の証だ。
騒いでいた少年──いや、さっきまで「騒げていた」少年は、こちらを見てぱっと顔色を変えた。目に浮かんだのは、怒りでも威圧でもなく、明らかに戸惑いと動揺。
「っ、いえ、これは……ただの行き違いでして」
態度が急に丁寧になるの、本当に分かりやすいな。
先ほどまでの尊大さが嘘のように霧散し、しどろもどろになって言い訳を並べる様子は、まるで叱られた子供みたいだ。
「そうですか、それならよかったです」
にっこりと人好きのする笑顔を浮かべて言葉を続ける。
「でも──」
一瞬だけ間を空けて、周囲の学生たちを見渡す。目の前の彼だけではなく、全員に言っているんだぞ、とわかるように。
「
言いながら目を合わせる。
「もちろん、家柄や出自に誇りを持つことは良いことです。ですが、それを盾に誰かを傷つけるのは、自らの家名をも傷つける行為です。少なくとも、私はそう思います」
静寂。
誰も何も言わない。言えない。
貴族の少年は唇を噛んだまま俯き、仲間たちは視線を泳がせて、さっきまでの威勢が嘘のようにしぼんでいた。
(このままこの少年を悪役にして収めるのは簡単だけど、それだと後々禍根が残るよなぁ……できれば穏便に済ませたいけど……)
ふっ、と意図的に優しく微笑んで、再び少年たちを見渡す。
「それに、こういうのは誰も得しませんよね。新しい環境に入ると、緊張してちょっとしたことで気が大きくなることもあると思います。でも、誰かを傷つけることで得られるものなんて、きっと何もないはずです」
そうでしょう?と目を合わせて笑いかける。
(こういう時に大事なのは、謝ってもいい“空気”を作ることだ。自然に、相手から言えるような)
その瞬間、少年たちの表情が一変する。最初は動揺と戸惑いが広がっていたが、次第にそれが羞恥と理解に変わっていった。周囲の生徒たちも同じように、静かに見守っている。
(こんなに可愛い
そうしていると、少年──先ほどまで威圧的だった少年が一歩後ろに下がり、深く息を吐いてからようやく顔を上げた。唇を震わせながらも、彼の声は以前よりずっと小さく、落ち着き払っていた。
「……申し訳ありませんでした。私の…言動が不適切でした」
その言葉に、周囲の生徒たちは一斉に視線を交わし、ほっとしたような空気が漂い始めた。
そして、すぐにその後の言葉が続く。少し気まずい沈黙の中から、ひとりの仲間が口を開く。
「本当に、すみませんでした。皆、ちょっと勢い余って…」
その言葉にも、周囲が賛同するように頷く生徒たちがいる。その場では、少年たちはもうその場で大きな問題を起こさないだろうという空気になっていた。
俺は微笑んだまま、再び周囲を見渡し、少しだけ間を置いてから、柔らかく言った。
「いいんですよ。誰だって、緊張や不安で思わぬ行動をすることがあります。でも、それを学びとして次に活かせばいいんですから」
それと、と続け。
「さっきも言いましたが、
わざと口調を崩して話す。「ね?」と言いながらわざとらしく首を傾げると、貴族の少年はわかりやすく顔を赤くした。
決まったな。そりゃ(中身はともかく)完璧美少女の俺が毎日練習して編み出した必殺の笑顔だ。男なら好印象に決まってる。
「私も、距離を取られてしまうと寂しいですから。災厄に挑む戦友になるんです。仲良くしましょう?」
貴族の少年は、顔を赤くしながらも、どこかしら恐縮しきった表情でうなずいた。彼の仲間たちも、少しずつ自分たちの態度を正し、周囲の目を気にしている様子が見て取れる。
「ほんとうに、すみませんでした。みんな、もう少し気をつけます」と、先ほどまで威勢を振るっていた少年が、言葉を続ける。
俺は一歩後ろに下がり、肩の力を抜いてから、軽く手を振った。
「いえ、誰にでも間違いはあります。先ほども言いましたが、大事なのはそれを受け入れて次に活かすことです」
最後に、
「あなたも、ここは私に免じて許していただけませんか?」
少年は、しばらく私を見つめてから、ハッと気づいたかのように声を出す。
「……あっ、は、はい!大丈夫です!ありがとうございます!」
「お前……
「い、いえ。本当に、大丈夫です」
「うん、和解できたようでなによりです」
そう言って、彼らに軽く微笑んだ後、周囲の雰囲気がようやく和らいだことを感じ取った。彼の仲間たちも、どこか安心したように肩の力を抜いている。大きな問題にはならずに済んだことに、みんながほっとしているのが伝わってくる。
少しして、広場に集まっていた生徒たちは静かにそれぞれの方向へ散り始めた。トラブルも解決し、周囲の空気はすっかり和んでいる。
(それにしても、入学初日からこの騒動とは……先が思いやられるな)
ふう、と内心で軽くため息をつきながら、俺も寮へ足を向ける。トラブルは一応収まったものの、これで本当に全てが終わったわけじゃない。入学早々、こういう騒ぎが起きるということは、そういう土壌があるということだ。さっきの
多かれ少なかれ、貴族の中には平民に対して差別意識を持っている者もいるだろうし、無意識にそれを発揮してしまう者も少なくない。
(それもなんとかしないとなぁ……ううん、何故俺がこんなことに気を配らないといけないんだ……)
正直言って気が進まないが、放置するわけにもいかない。自身が監督──と言っても主席というだけだが──する学年でこんな些細な揉め事があるなんてヴォーティブルクの名折れだ。この程度で家に被害が出るということはないが、ネチネチと面倒くさいことになるのは間違いない。
(まあ、家で「将来のためになるでしょう?」とか言って王都のお偉方と会食させられてたのに比べれば月とスッポンみたいなものか)
疲れた気持ちで寮に近づく。歩きながら思うのは、早くこういうことから解放されたいという気持ちばかりだ。でも、これが今後の学校生活の一部だとしたら、少しでも自分が変えていかなければならないのかもしれない。
寮の扉を開け、重い空気を感じると同時に、これから待ち受けるかもしれない新たな問題に向けて心を決める。今後、どうやって自分の役割を果たしていくべきか……その思いを胸に、歩を進めるのだった。