転生美少女、胃痛で死にそうです   作:匿名希望

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それぞれの模擬戦

 場所は変わって訓練場。

 広大な敷地に無数の木々と草が風に揺れる中、俺は少し離れた場所からその様子を見守っていた。教室での導入講義から時間が経ち、ようやく実践的な訓練が始まる。空気の中には張り詰めた緊張感が漂っていた。

 とはいえ、俺自身は正直心配していない。確かに噂通りヴェルディア(ここ)の教官の質は非常に高いようだが、それでも実家でのあの拷問(くんれん)より厳しいということは流石にないだろう。……ないよな?

 周りを見ると、他の生徒たちもそれぞれ準備を始めている。少し緊張した表情をしている奴もいれば、どこか心を決めたように落ち着いている奴もいる。俺はその中で、ただ静かに息を吐きながら、自分の準備を進める。

 

 実際、焦る理由なんてない。冷静に、できることを淡々とやる。それが一番だ。

 その時、教官が声を上げた。

 

「全員集まったな。今日は初日ということもあり、諸君がどれだけ『動ける』のかを確かめる」

 

 一瞬、周囲がざわついた。みんなが身を固くして、教官の言葉に耳を傾ける。

 

「教室で言ったことを覚えているか。『積んできた訓練は意味をなさない』と。あれに対して不愉快に思った者も多いだろう。私を見返す機会と思い、存分に奮うがいい」

 

 ──なんとも焚きつけるのが上手なことだ。

 アルド教官の言葉を聞いて、周囲の生徒たちは見事にやる気を漲らせているのがわかる。

 

「やる気は十分のようだな。今回は一対一の決闘形式で動きを見る。入学試験時の成績を基にこちらで振り分けを行ったので、名前を呼ばれたものは中央に出るように」

 

 そう言うと、教官は最初の二人の名前を呼んだ。

 

「リリー・ファーレンハイト、オスカー・グレイブス。前へ」

 

 リリーとオスカー、ふたりが中央へ進み出る。

 どちらも名門の出身で、入学試験でも上位だった連中だ。ある意味、この訓練の“初手”としてはぴったりだろう。

 リリーは銀髪を高く結い、蒼のローブを揺らしながら、レイピアを構える。姿勢に無駄がない。

 一方のオスカーは大斧を片手で担ぎ上げるようにして、対照的に力強く、どっしりと構えていた。

 

「魔法の使用は制限しない。ただし殺傷は禁止だ。あくまで実力を見るための模擬戦であることを忘れるな」

 

 その言葉に、場が大きくざわつく──なんてことは当然、ない。

 魔法使っていいってだけで動揺するような奴が、ここにいられるわけないだろ。

 むしろ目を光らせてる連中がちらほらいるあたり、全力を出せるのを歓迎してるみたいだ。俺としても、肉弾戦のみよりは格段にやりやすい。

 

(まあ、出番はまだ先。今は将来の戦友候補たちのお手並み拝見、といった感じかな)

 

 やがて、教官が軽く手を振る。その瞬間──空気が、変わった。

 

 リリーが先手。

 地を蹴った足が小さく土を舞い上げると同時に、彼女のレイピアから青白い光が走る。

 

氷針(Cryonex)──!」

 

 詠唱の隙を与えない、最小構成の魔法だ。鋭く研がれた氷の針が三発、ほぼ同時にオスカーへ向けて撃ち出される。

 が、それをオスカーは斧を地面に叩きつけることで弾いた。

 衝撃に合わせて風が巻き起こる。風障壁(ムルム・アイリス)──風の魔力を瞬間的に纏わせて、広範囲に押し返す防御寄りの魔法だ。見た目以上に精度とタイミングが求められるが、あいつはそれを体に染み込ませてる。

 

(弾くタイミングが完璧だ。流石だな)

 

 思わず脳内でそう呟く。

 リリーは顔色ひとつ変えず、今度は後退しながら詠唱に入る。狙いは……もう少し大技か?

 

雪霧(Nivimora)──」

 

 レイピアで足元を切りつけると、そこから真っ白な霧が広がっていく。

 視界を奪い、感覚を惑わせる霧の魔法。冷気を孕んだ白い靄が、あっという間に戦場を包み込んだ。

 遮られる視界。鈍る反応。焦れば焦るほど、罠にハマる。リリーはそういう戦い方が得意らしい。

 

 だがオスカーも、そこまで鈍くはない。

 

「……っ、チッ!」

 

 霧の中から、低く舌打ちする声が漏れた。すぐさま、斧の一振り。

 その一撃は、ただの牽制じゃない。どうやら風を纏わせているようで、振るわれた斧の軌道に沿って霧が吹き飛ばされた。

 一瞬だけ開けた視界。だがリリーの姿は、そこにはない。

 

(風で霧を断ち切るか。中々の判断力。でも──)

 

 その瞬間、背後に霧が揺れる。

 気づいた時には、すでに間合いに入られていた。

 

「──遅いのよ、貴方は」

 

 耳元に、静かな声。

 次の瞬間、鋭く突き出されたレイピアの切っ先が、まっすぐ腰元を狙う。

 だがオスカーは体をひねり、その一撃を紙一重で躱した。

 

「くっ、ここか──!」

 

 霧の中での応酬は、瞬き一つ分の時間。

 オスカーが反撃の斧を振るうが、リリーはそれを読むように後方へ跳ねる。

 すかさず距離を詰めようとするオスカー──だが、それが罠だった。

 

氷鎖(Glacionexa)

 

 足元に展開された魔法陣から、瞬間的に飛び出す氷の鎖。

 冷たい拘束具が音もなく、しかし確実に、オスカーの両足を絡め取った。

 

「な──っ!」

 

 動きを封じられたまま体勢を崩し、膝をつく。

 その刹那、リリーが迷いなく突きを放つ。レイピアの切っ先が、まっすぐオスカーの喉元へ突き刺さり──

 

「そこまで!」

 

 ──その手前でピタリと止まった。

 アルド教官の鋭い制止の声が、空気を裂く。

 戦場を覆っていた霧が、魔力の放出とともにゆっくりと晴れていった。

 

「勝者、リリー・ファーレンハイト」

 

 凛とした声が、静寂の中に響いた。

 リリーは一歩下がって、ぺこりと一礼し、レイピアを静かに収める。

 オスカーも肩で息をしながら、悔しげに、それでも礼儀正しく頭を下げた。

 

 ……なるほどね。

 精密な魔法の組み立てに、無駄のない動き。しかも、それを剣術と噛み合わせて、ほとんど完成された型に仕上げてる。

 うん、()()()()強い。流石だな。

 

 

 

 

 その後も、訓練は続く。

 中央に呼ばれるたびに、誰かが武器を構え、魔法を起動し、全力でぶつかり合う。

 

(……なんというか、見応えはあるな)

 

 次に戦ったのは、アリオス・グランツとフィーネ・ローレライ。

 アリオスは巨大な槍を自在に振り回す重量型。対してフィーネは、細剣と魔法の併用で間合いを支配する技巧派だ。

 

(へぇ、相性最悪かと思ったけど……ちゃんと対応してる。間合い管理が上手い。ていうかアリオス、あの見た目でちゃんと頭使えるのか)

 

 結果、引き分け。お互いに決め手を欠いた形だったが、技術のレベルはなかなか高かった。

 

 続いて呼ばれたのは、メル・グリモワール。対戦相手は、見覚えのない名前の男子生徒。

 

(……って、始まったと思ったら──終わった!?)

 

 開始数秒で、メルの詠唱済み魔法が炸裂。

 相手が構えるより先に、轟音と爆煙に包まれて試合終了となった。

 

(……魔力の瞬間解放、最初から仕込んでた?事前詠唱……準備済みの大砲って感じだな)

 

 それからも、炎をまとった剣士に、土の檻を展開する防御特化型、スピード重視の連撃型──

 それぞれに個性がある。ただ強いだけじゃなく、"戦い方"を持っている奴が多い。

 

(教官は意味がないと(ああ)言っていたが、流石にヴェルディア(ここ)へ入るだけはある)

 

 ──そして、次の戦闘。

 呼ばれたのは、エルノという特待生とヴァルター・レーヴェンシュタインという生徒。

 

(ん?あの貴族(かれ)、昨日の少年か?)

 

 ヴァルターは初日の印象とは打って変わって、今は冷静に構えている。昨日のような無駄な挑発もなく、静かに相手を見据えていた。

 

(ふむ、少しは成長したのか、それともただの演技か)

 

 一方のエルノは、黙々と試合の準備を進める。その静かな気配からも、彼の戦闘に対する真剣さが伺える。彼の魔法や剣術は、目に見えないところで確実に積み上げられた実力が反映されているようだ。

 

「始め!」

 

 教官の声が響いた瞬間、ヴァルターが短剣を構えて突進する。その動きは素早く、初見であれば対応しきれないほどに鋭い。

 だが、エルノは一歩も動じなかった。

 

 彼の体が、風に撫でられたようにわずかに傾く。

 ヴァルターの刃は、エルノの頬をかすめる寸前で空を斬った。

 

(完璧に見切ってるな)

 

 すかさずエルノが足を踏み込み、逆に間合いを詰める。

 長剣の一撃。力任せではなく、必要最低限の動きで放たれた斬撃が、ヴァルターの短剣と正面からぶつかった。

 

 金属がぶつかる澄んだ音が、周囲に響く。

 

「くっ……!」

 

 ヴァルターは押し返される。体勢を立て直すために距離を取ろうとするが、その意図すら読まれていた。

 エルノの左手が素早く詠唱を走らせ、小規模な風の魔法が展開される。

 

追風(Ventura)

 

 風が巻き起こり、エルノの動きを後押しする。風の加速を受けたエルノの一歩が、ヴァルターの間合いを一気に詰める。

 反応は速かった。ヴァルターは身を翻し、背後へ跳び退こうとした──が。

 

「──っ!」

 

 その瞬間、足元に敷かれていたわずかな魔力の残滓が反応し、空気の流れがわずかに乱れた。

 バランスを崩したヴァルターの動きが、ほんの一拍遅れる。

 

 そして、その一拍が命取りだった。

 

 エルノの剣が、寸分の迷いもなくヴァルターの首元へ突き出される。

 ぴたりと静止する銀の刃。あと一歩踏み込めば、確実に勝負は決まっていた。

 

「そこまで!」

 

 教官の制止の声が響いた。

 

「勝者、エルノ」

 

 淡々と告げられる勝敗。

 ヴァルターは肩で息をしながら、しばらく動けずにいたが、やがて悔しさを押し殺して頭を下げた。

 エルノも無言のまま一礼し、剣を収めて静かにその場を離れた。

 

(なるほどね……ヴァルターも少しは学んだみたいだけど、エルノのほうが一枚も二枚も上か)

 

 観客席の一角から、控えめながら拍手が聞こえた。

 その音が、しんとした空気に静かに溶けていく。

 エルノは振り返ることもせず、観戦席に戻っていった。

 

 ──そして、いよいよ自分の名が呼ばれる。




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本当にありがとうございます。
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