転生美少女、胃痛で死にそうです 作:匿名希望
「ウルティス・アルテシア・ヴォーティブルク、シャルル・フェリックス・アークライト。前へ」
名前が呼ばれた瞬間、会場に微かなざわめきが走る。
名門中の名門、ヴォーティブルク家の令嬢ウルティス・アルテシア。そして、同じく多くの名将を輩出する名門アークライト家の若き御曹司、シャルル・フェリックス。
その二人が並んで戦うというだけで、周囲の期待と注目が集まる。
(……ま、そうだよな。実力で対戦相手を調整してるなら、俺の相手はお前だけだ)
わかりきっていたことだ。俺は表情を崩さず冷静に一歩前へと出た。訓練服の裾が揺れ、風が髪を少しだけ持ち上げる。向かいに立つのは、アークライト家の嫡男――シャルル・フェリックス・アークライト。
彼もまた、真面目な顔で一礼し、戦いの構えを取る。その動きにかつてのあどけなさはもうない。瞳に宿るのはわずかな緊張と、それ以上の──明確な挑戦の色。
(どうした、シャルル。前に比べると随分と変わったじゃないか)
昔から顔を合わせることが多かったシャルルとは、時に競り合い、時に協力してきた仲だ。かつては気心の知れた友人のような存在だったが、最近ではどこか違和感を覚えるようになってきた。
(それにしても、あの目……本気だな。少し怖いくらいだ)
俺はその視線から逃げず、まっすぐに見返す。けれど内心では、ほんの少し緊張が湧き上がっていた。まるで、視線の奥に別の何かが潜んでいるような、そんな錯覚を覚える。
(……まぁ、お前も成長してるってことか。お互い、いつまでも子供じゃいられない)
俺だってそうだ。
「開始!」
教官の声が響き渡り、空気が一瞬で鋭く変わる。シャルルはすぐに剣を構え、俺も同じようにその動きを見逃さない。あとは──どれだけ反応できるか、見せてもらおう。
「
言葉とともに、腰に下げた鞘から電流がパチリと走る。その衝撃をシャルルが感じ取った瞬間、すぐに反応し、彼は素早く後ろへ跳び、身を引く。その動きは速い。
(反応も良い。だが──)
だが、その距離はまだ十分に近い。俺の一撃はまだ届く。
「
剣が空間を切り裂くように放たれ、閃光とともにシャルルの目の前に迫る。シャルルは即座にその刃を受け止めるため、もう一度剣を構え直して迎え撃つ。だが、それだけでは足りない。反応は良いものの、
一瞬、彼の顔に焦りが浮かぶ。その刃が迫り、逃げ場をなくした彼の剣が僅かに弾かれる──その隙に、俺はさらに踏み込んで攻撃を繰り出す。
「ッ!──まだだ!」
シャルルがそう叫んだ瞬間、俺の体に突風が吹き荒れた。まるで何かに引き寄せられるかのように、足元が揺らぎ、視界がぶれる。重心が狂い、一瞬、動きが鈍る。
(無詠唱……それも、このタイミングで!流石にやるな)
その刹那、視界の端に鋭い閃光が走る。風の中から現れたのは、シャルルの剣──彼が渾身の力を込めて放つ、一閃の斬撃。
鋭く、速く、迷いなく。それはまるで稲妻のように、俺に突き刺さろうとしていた。
(だが──)
「届きませんよ、シャルル」
間に合うはずのない一撃に、俺は迷いなく身をひねった。
身体の内側を走るような閃光が、筋肉を一瞬だけ突き上げる。視界が冴え、世界が遅くなる。
刃が迫るその瞬間、俺はわずかに重心をずらし、剣のひと振りで軌道を逸らす。
肩をかすめた鋼が訓練服の布を裂き、火花が一瞬、紅い閃光を散らすように弾けた。
でも──それだけだ。
(強くなったな、シャルル)
僅かに裂けた布の感触を感じつつ、視線を逸らさず彼を見据える。息遣いも、動きも、かつての彼とはまるで違う。確かに強くなってる──でも。
(それでも、負けるわけにはいかない)
心の中でそっと呟き、左足をわずかに引く。次の瞬間には動いていた。
「終わりにしましょうか」
踏み込み一閃。電撃が再び鞘を走り、瞬きの隙間すら与えずに刃が走る。視界の縁が白く焼けた。
シャルルが構え直すのが一瞬早ければ、あるいは──そんな「もしも」さえも許さず、銀閃が煌めく。
咄嗟に出した防御の剣は間に合わず、銀の刃が止まる。触れるか触れないかの距離で、シャルルの喉元に。
息を呑んだシャルルが剣を下ろす。その動きには多くの悔しさと、しかし確かな納得がにじんでいた。
「……僕の、負けだ」
「ええ、私の勝ちです」
微笑んでそう告げ、一礼する。礼儀として、そして勝者としての余裕を持って。
教官の声が、静まり返った訓練場に響いた。
「──勝負あり。勝者、ウルティス・アルテシア・ヴォーティブルク」
◇
「これで全員か」
教官の声が訓練場に響くころには、俺はすでに剣を納め、深く息を吐いていた。
わずかに裂けた肩口が風を含んでひらひらと揺れる。そこから肌が見えるわけでもないが、シャルルの一撃がそれだけ鋭かったってことだ。
(……強くなったな、シャルル)
結果的には目立った傷一つなく勝ったとはいえ、少し危なかった。
(うん、俺もまだまだだ。あの無詠唱の風は予想外だったが、それだけじゃない)
抜剣のキレ、仕掛けの間合い、踏み込みの弱さ……まだまだ遅い。
(何より、詰めが甘い。あの程度の風で揺らいだ時点で、俺も大概だ)
──
そこまで考えたところで、俺は小さく息を吐き、表情を整える。
反省は後。これ以上はシャルルへの侮辱だ。
訓練場のざわめきが少しずつ落ち着きを取り戻す中、向かい側から歩いてきたシャルルと視線が交差する。
「負けたよ。やはり強いね、君は」
「いえ、貴方こそ。無詠唱の風には驚かされました」
「ふふ、ありがとう。でも君のことだ。頭の中では自分の反省点でいっぱいなんだろう?」
「そんなことは──」
「ない、とは言わせないよ。何年の付き合いだと思っているんだ」
シャルルの言葉にはしっかりとした自信と、ちょっとした茶目っ気が混じっている。それでも、その目は真剣そのもので、まっすぐとこちらを見据えていた。
俺は一瞬言葉を詰まらせ、謝ろうとするが、その前にシャルルが口を開いた。
「すまない、怒っているわけでは─ないわけではないが─ああ、いや。君に対して怒っているわけではないんだ」
シャルルは一瞬言葉を詰まらせ、続けて苦笑いを浮かべた。その表情には、少し困惑したような、でもどこか柔らかな面影が見え隠れしていた。
「悪いのは僕だ。君の本気の一片すら引き出せず、無様に負けた。ただそれだけだよ」
「シャルル、違います」
俺は静かに言葉を返した。
シャルルの言葉には強い自責の念がこもっているのがわかる。
「いいや、違わない。こればかりは君でも──いや、君だからこそ譲れない」
シャルルは言葉を重ね、意固地にそう言ったが、その声にはほんの少し震えが混じっているように感じられた。それでも、その瞳は俺を見据えていた。
「それに、例え誰が許したとしても僕が僕を許さない。この程度の実力であのウルティス・アルテシア・ヴォーティブルクの隣に立つなどと叫んだのか、とね」
「それは……」
それは──違うと言いたかった。俺はそんな大層な人間じゃない。むしろ、お前の方がよっぽど立派だと。でも、言葉にできなかった。いや、しなかっただけかもしれない。
(──いやいや、何その自己評価。ハードル高すぎんだろ、お前)
俺なんて、実際のところすごくも立派でもないし。
なんなら、誰かに期待されるたびに胃がキュッてなるくらいには普通の人間だ。
確かに
でもそれは"俺"じゃない。まぁ、それで言うと"俺"なんてこの世界に存在しないんだけど。
(お前は凄いよ、俺みたいな借り物じゃなくて、自分で立ってる)
「なら──待ってますね。隣へ立ってくれるのを」
そう言って微笑んだ
だけど胸の奥の"俺"はただ情けなくて、どうしようもなく寂しかった。
◇
「まず、各自よく戦った。その上で言うが、今回の模擬戦で合格点をやれるのは四人だけだ」
教官の声が訓練場に響き渡る。全員がその言葉を真剣に受け止め、静かに耳を傾ける。
「思った通りだが──納得がいかないという顔だな」
教官の視線が訓練生たちを一人一人、しっかりと捉えた。いくつかの表情に、確かに納得していない様子が浮かんでいた。だが、教官はそれを軽く一瞥しただけで、静かに続けた。
「災厄に対して立ち向かう者に必要なのはただの戦闘能力だけではない。状況に応じた迅速な判断、予測しきれない危険にどう対応するか、冷静さを保ち続けることが重要だ。自分の戦い方に対応された程度で動揺しているようでは話にならん」
教官の言葉は鋭く、全員に重く響く。訓練生たちの顔には一瞬の戸惑いが浮かんだが、すぐにその表情は引き締まる。
「だが、初めに言った通りこの模擬戦は諸君がどの程度動けるのかを見るのが主目的だ。正直に言えば、四人も合格点をやれる生徒が出るとは思ってもいなかった」
教官はその言葉を一旦切り、全体を見渡しながらゆっくりと口を開いた。
「そういう意味でいえば、今年は
教官の言葉に、訓練生たちの中で多少の安堵の色が浮かんだ。しかし、教官はその安堵をすぐに冷静なものへと戻すように続けた。
「だが、期待されるということはそれだけ訓練が厳しくなるということでもある。覚悟しておくように。では最後に、このクラスにおける班分けについて発表する。実地演習や対抗戦などはこのチーム単位で行い、チームは基本的に変わることはない。では名前を呼ばれたものから前に出たまえ」
次々と名前が呼ばれ、訓練生たちは次第に緊張した面持ちで前に出ていく。
「ウルティス・アルテシア・ヴォーティブルク、フィーネ・ローレライ、エルノ。班長はヴォーティブルクだ」
まぁ、
「皆さん、よろしくお願いします」
班員たちの反応を感じ取る。緊張した面持ちの中で、二人の視線が自分に集中しているのがわかる。
フィーネは静かにうなずき、視線を下げたままだ。何も言わないが、その表情には明らかな期待が込められているのだろう。エルノは無表情で何も言わないが、一応会釈をしてくれているあたり班長としては認めてくれているらしい。
(期待、か)
俺にとってその言葉は、どうにも重い。だが、ここで萎縮するわけにはいかない。俺が背負うべき責任なのだから。
「これから三人で頑張っていきましょうね」
軽く微笑んで言う。自分の言葉に少しだけ力を込める。班員たちに不安を与えないよう、できるだけ自信を持って。
その後、教官が改めて指示を出し、訓練が始まる。目の前にはまだ見ぬ試練が待っている。それでも、今は一歩ずつ進んでいくしかないのだ。