転生美少女、胃痛で死にそうです   作:匿名希望

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束の間の日常

 朝の光が窓越しに差し込むと同時に、規則正しい鐘の音が訓練院の敷地全体に響き渡った。

 ベッドの上で小さく伸びをしてから、俺は静かに身を起こす。慣れない寝具にもようやく馴染んできて、朝の目覚めも悪くなくなった。

 

「ん、うう……」

 

 小さく唸りながらも、寝癖のついた髪を櫛で整えて立ち上がる。制服に袖を通し、軽く襟元を整えた頃には、ようやく意識が覚醒してくる。

 訓練院での生活にも少しずつではあるが慣れてきた。朝に起きて、訓練をこなして、仲間と共に机を囲む。結局のところやるべきことは変わらない。自分の責任を果たすだけだ。

 食堂へ向かうと、すでに何人かの訓練生たちが席についていた。食器の音と談笑が交じり合い、訓練院の一日が今日も始まる。

 

「あ、ウルティスさん。おはようございます」

 

 先に着いていたフィーネが、小さく手を振ってくる。エルノは相変わらず食事を黙々と進めている。

 

「おはようございます、二人とも。今日も元気そうね」

 

 軽く挨拶を返しながら席につくと、フィーネがにこっと笑って答える。

 

「はい、ちゃんと寝られたので! 昨日の訓練の疲れ、まだちょっと残ってますけど……」

「私もですよ。やっぱりヴェルディアの訓練は質が高いのね」

「エルノは平気そうに見えますけど……もしかして無理してません?」

 

 フィーネがエルノの様子をちらりと見ると、エルノは一瞬手を止めてこちらを見た。

 

「無理はしていない。ただ、疲労の自覚が鈍いだけだと思う」

「それはそれで、けっこう問題なのでは……?」

 

 思わず吹き出してしまいそうになるが、ぐっとこらえる。

 

「エルノが倒れたら一大事ですから。ちゃんと自分の限界は把握しておきましょうね」

「了解した」

 

 真面目な返事に、フィーネがくすくすと笑う。初めはぎこちなかった班の雰囲気も、少しずつだが和らいできているようだった。

 

 スプーンを動かしながら、俺はふと、窓の外に目をやった。 訓練院の庭では、別の班の生徒たちが準備運動を始めている。平和な、穏やかな朝。だが──

 

(こんな朝も、いつまで続くのか……)

 

 そんな風に思ってしまうのは、少し慣れてきたせいか、それともただの悪い癖か。

 どちらにせよ、今は目の前の班員たちと過ごすこの静かな時間を、大切にしておこうと思った。

 

 

 

 

 朝食を終えた俺たちは、それぞれの荷物を手に、訓練場へと向かう。風はやや冷たく、制服の袖の隙間から入り込んだ空気に、思わず肩をすくめた。

 ……季節が変わる気配は、こういうときに妙にはっきりとわかる。

 

「今日って……班対抗のやつ、ありましたよね?」

 

 隣でフィーネが、軽く肩を回しながらそう言った。声はやや緊張を含んでいて、それでいて、どこか楽しそうでもある。

 

「ええ。演習形式で、魔術と陣形の連携を見るものですね。即応と判断力、それから統率力も問われるはずです」

 

 自分でも、ずいぶんと“それっぽい”ことを口にしてるなと思う。けど、物心ついてからずっとウルティス(わたし)として話してきた。もはや苦でもない。

 

「また難しそうなやつですね……。でも、前より動ける気がします。少しだけですけど」

 

 フィーネが笑った。小さく、控えめな、それでもはっきりとした自信を帯びた笑顔だった。

 ……ああ、ちゃんと前を向いてる。彼女なりに努力を続けているんだ。

 

 エルノは、というと。相変わらず無言だったが、歩調はぴたりと俺たちに合わせている。言葉にしない優しさが、彼にはある。それは時に、言葉以上に誠実だ。

 

 午前の訓練は、予想通りの内容だった。簡易的な防衛線を構築し、相手班の動きを読む模擬戦。実戦を想定した形式だが、激しい衝突は避けるように設計されている。

 一瞬の判断が、評価を左右する。地味に胃が痛くなるタイプの試験だ。

 

 今回の相手は第二(シャルル)班。全体的に高く纏まった能力を持つシャルルを中心に、機敏な動きで相手を攪乱するヴァルターが前衛として先陣を切り、二人のフォローをするリリーが後方から援護するという、非常にバランスの取れた班だ。

 

 シャルルは言うまでもなく、その冷静で強力な指揮能力を持つ。しかし、それだけではない。ヴァルターも、初日の模擬戦こそエルノに負けたがその後に着実に実力を上げてきている。今やその動きは格段に速く、相手を翻弄するような機敏さを見せる。前衛としての役割は確実にこなし、時には予測不能な動きで相手の陣形を崩そうとする。

 

 リリーは後方からの援護において、常に戦況を冷静に把握している。彼女の援護はただの支援にとどまらず、最適なタイミングで他のメンバーをサポートし、全体の流れを作る。

 

 この班の強さは、個々の能力だけでなく、互いの連携の巧みさにもある。特にヴァルターの成長が、この班の隠れた強みとなっているのは間違いない。

 

 訓練は順調に進んでいった。シャルル班との戦闘では、最初から作戦を決めていた。それは、俺が囮になるというものだ。俺が前線で暴れて相手の注意を引き、その間にフィーネとエルノの二人がリリーを撃破するというものだ。

 

 自分で言うのもなんだが、俺は強い。体力、魔力、戦術眼、全てにおいて抜かれることはない。この世界において、俺は間違いなく一線を画す存在だ。だからこそ、俺が最前線に立つことで、敵班が必死になって反応してくる。ヴァルターがいくら速くても、俺を前にしたらどうしても注意をそらされる。これは俺にしかできない役目だ。

 

 俺が突っ込むと、予想通りヴァルターが反応してきた。リリーも焦っているのが分かる。そして、その隙を逃さずフィーネとエルノが連携してリリーを捕らえる。エルノの冷静さと、フィーネの素早い判断が合わさり、リリーはあっという間に動きを封じられた。

 

 俺が囮になったとはいえ、フィーネとエルノの実力があってこその勝利だ。俺一人じゃどうにもならない場面がいくらでもある。それでも、俺の役目がしっかり果たせたからこそ、班全体がうまく回った。これが連携の力だな。

 

 戦いが終わり、勝利を確認した後、俺はちらりと二人を見た。フィーネは少し息を切らしながらも満足げに笑い、エルノはいつものように無表情で、だが確実に満足しているように見えた。

 

「エルノ、あそこで前に出た判断、よかったです。とても助かりました」

 

 訓練後、そう声をかけると、彼は一瞬だけ目を細め、短くうなずいた。

 

「最短で済ませるためには、あれが最善だった」

「いえ、それでもあの一瞬の判断は凄かったですよ!」

 

 フィーネの声には、尊敬の色がにじんでいる。エルノはというと、相変わらず無表情だがどこか誇らしげだった。

 

 そんなやりとりの後、昼食を挟んで午後は座学だ。

 

 講義のテーマは、魔力の制御理論とその応用。つまり、脳みそに優しくない時間である。

 内容自体は興味深い。だが、魔力の本質的な性質とか、構成式の流動的な変化だとか──要するに、言葉の形をしているくせに感覚で捉えろと迫ってくるタイプの内容は、俺の集中力をジワジワと削っていく。なんなら、こういうのこそ訓練より体力を使う。

 

 講義が半ばを過ぎたあたりで、視線を感じた。じりじりと焼かれるような気配。

 ちらりと横を見れば、案の定。隣のフィーネが、ノートの陰からこっそりと俺の手元を覗き込んでいる。

 

「……見てもいいですが、後でしっかり復習するんですよ?」

 

 囁くように言うと、フィーネはバツの悪そうな笑みを浮かべ、小さく肩をすくめた。

 

「はーい……。ウルティスさんのノート、わかりやすいんですよねぇ……。なんなら教官よりわかりやすいかも、って思ってます」

 

 口元に笑みを浮かべながら、そんなことを言ってくる。お世辞だとしても、そういうのは嫌いじゃない。正直、ちょっとだけ嬉しい。

 ……けれど、ふと彼女のノートに目をやった俺は、思わずペンを止めた。

 

 ページの隅に描かれていたのは、“謎の猫型魔法陣”。

 いや、猫型というか、猫耳つきの何かがぐるぐる回ってる。しかも魔法陣の中で、ちゃんとしっぽまで展開されてる。

 あれは一体、なんの儀式を発動させるつもりなんだ? 使徒を召喚でもする気か? いや、どんな使徒だよ。

 

 とはいえ──曲線の描き方だけはやたら正確なのが、逆に厄介だ。

 妙に綺麗に引かれた補助線に、「あながち間違ってはいないのかも」と思わせてくるのが実に悩ましい。

 

 そんなふうに思いつつ視線を横に流すと、エルノが黙々とノートを取り続けていた。

 ペン先が紙を走る音は静かで、一切の無駄がない。ちらりと手元を見ると、その字は驚くほど整っていた。

 

 一画一画が丁寧で、流れも綺麗だ。文字の形はやや硬めだが、それがかえって几帳面さを引き立てている。

 真面目で、無口で、必要最低限の会話しかしない奴──そう思っていたが、こういう細部に、その人間性は出るらしい。

 

 思えば、剣の扱いも、呪文の詠唱も、どれも無駄がない動きが持ち味だった。

 理に適った動きを、静かに積み重ねる。言葉が少なくても、そういう姿勢には確かな説得力がある。

 

 ……なんだかんだで、彼らは優秀だ。

 

 夕方となり、一日の演習を終える頃には、身体にじんわりとした疲労が溜まっていた。けれど、それは心地よい種類のものだった。

 

「……ふぅ、今日はなんだか長かった気がします」

「ここの授業は密度が高いですからね。体もしっかり休めてください」

「はい。でも、なんだかんだ、楽しいですね」

 

 フィーネが笑う。その言葉に、つられるようにこちらも口元が緩む。

 ふと、少し遅れて、エルノが呟いた。

 

「……同じだ。楽しい、とは……こういう感覚なのかもしれない」

 

 その言葉に、胸の奥が少し温かくなる。

 

 ——きっと、これが「馴染む」ってことなんだろう。

 クラスに、班に、仲間に。この学園という空間に。

 そして、たぶん。この世界に。

 

 ただ——

 

(こんな日が、ずっと続けばいいのに、なんて。思ってしまうのは、まだ甘いんだろうな)

 

 そう思ったところで、夕刻を告げる鐘の音が鳴った。

 明日は、実地演習の詳細が開示されるらしい。

 今はまだ見ぬ、“外”の空気。踏み出すその時に、俺たちは何を感じるのだろうか。




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