転生美少女、胃痛で死にそうです   作:匿名希望

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実地演習

「以前から言ってある通り、本日から実地演習に入る。演習は二班合同で行うので、名前を呼ばれた班長は前に出ろ」

 

 教官の声音には、いつものような飄々とした調子がない。わずかに硬さを帯びたそれは、今日という日の重みを物語っていた。

 緊張の中、続々と班長達が呼ばれていく。

 

「──次、シャルル班。シャルル・フェリックス・アークライト」

「はい」

 

 気取った笑みを浮かべながら、シャルルが前に出る。背筋は伸びているが、わざと余裕を演出しているようにも見えた。

 

「次、ウルティス班。ウルティス・アルテシア・ヴォーティブルク」

「はい」

 

 名前を呼ばれた瞬間、静かに立ち上がる。

 

「この二班は、本日より合同で王国南方へ向かってもらう。目的は付近の哨戒と出現した魔物の討伐、並びに魔物出現原因の調査だ。演習期間は一週間から二週間──現地では基本的に訓練院からの補助はないと考えろ」

 

 教官が地図を広げ、指先で大陸南方の山岳地帯を指し示す。

 地図に示された一帯──霧紛れの山塊。教官の指が触れたその地名に、訓練中に耳にした不穏な噂がよぎる。霧が晴れず、音が遠く響く、魔力の乱れが起きやすい地形。戦場には向かない場所だ、と。

 

「この近辺の住民から普段に比べ魔物の数が多い()()()()という報告があった。講義でも話したが、この()()()()、という感覚を甘く見てはいけない。災厄の芽の可能性がある。十分に注意して演習に当たるように」

 

 そこには、明確に言葉には出さないものの"命の保証はない"という無言の警告があった。

 ぞくり、と肌が粟立つ。これまでの訓練とは、次元が違う。

 

「……現地にて災厄の可能性を発見した場合、速やかに撤退し、情報共有を行うように。間違っても、現地で対応しようなどとは考えるな。情報共有に時間がかかることと、伝達『できない』のとでは雲泥の差がある。必ず情報を持ち帰るように」

 

 

「やあ、ウルティス。今回はよろしく頼むよ」

 

 教官による班の振り分けが終わった頃、シャルルが声をかけてくる。

 

「ええ。こちらこそよろしくお願いしますね、シャルル」

「それにしても……初の実地演習でいきなり()()とはね。流石に緊張するよ」

「その割には随分と余裕そうじゃありませんか?」

「はは、これは虚勢だよ。本当なら今にも逃げ出したいくらいさ」

 

 そう言いながらも、シャルルの口元に浮かぶ笑みは、どこか張り詰めたものだった。

 

「それを言えるうちは、まだ大丈夫です。……本当に限界が来た人は、そういう冗談すら言えなくなりますから」

 

 自分で言っておきながら、少しだけ背筋が冷える。

 他人事ではない──自分にも、そんな時が来るのだろうか。

 

(あるいは、もうずっと前に来てるのかもな)

 

「なるほど。それは……気を付けるよ。っと、違う違う。君との雑談は楽しいが、今は別の話をしに来たんだ」

「ええ、聞きましょうか。内容によっては、お断りするかもしれませんけど?」

「まったく、容赦がないな」

 

 苦笑を漏らしながら、シャルルは声色を変えた。さっきまでの軽口とは打って変わって、その表情には、わずかに真剣さが滲んでいる。

 

「まず、今回の演習における指揮系統についてだ」

「指揮官が二人いるのは混乱しますからね」

「そう。だからこそ、事前に取り決めておいた方がいい」

 

 シャルルの目が、わずかに細められる。普段の軽薄そうな雰囲気が消え、そこにあるのは「貴族の子息」として育てられた男の冷静な計算と責任感だった。

 

「通常時は班単位での指揮にしようと思ってる。第二(僕の)班は僕、第四(君の)班は君が。二班合同で動く必要がある時は──ウルティス、君に指揮を任せたい。これはメンバーの二人にも了承を得ている」

 

 思わず瞬きして、シャルルの顔を見つめ返す。

 

「……意外ですね。てっきり、あなたのことだから、自分がやりたがると思ってました」

「君の判断は、僕よりよほど冷静だ。だから、君に任せたい」

 

 悔しいことにね、と零しそこで一拍言葉を切る。シャルルの目が、ほんのわずかに鋭さを増した。

 

「──ウルティス。今回の演習、ただの魔物討伐や哨戒だけで終わると思っているかい?」

「……いいえ。災厄の“芽”という言葉が出た時点で、そんな甘いものじゃないとは思ってました」

「だよね。だから、君の意見を聞いておきたいと思って。……現地で、もし何かが起こったら、君はどうする?」

 

 一瞬、言葉に詰まる。

 

 それはつまり、“指揮官としての判断”を問われているのだと気づく。

 教官の言葉を守るなら、災厄の兆しが見えた時点で即時撤退。だが、それが()()だと、誰が判断するのか。

 もし撤退不可能なほどに成長していたら?報告のために撤退して、その遅れのせいで成長するかもしれない。

 責任の重みが、じわりと肩にのしかかる。

 

「……まずは、冷静に観察します。兆しを確信に変えるだけの根拠を集める。その上で、それが『芽』だと判断したなら、班の安全を最優先に撤退します」

 

 ……本当に?撤退するというとこは()()()()ということだ。俺の意志で、()()ということ。

 あの瞬間に判断していれば──あの時、もう一歩だけ踏み込んでいれば──

 そんな「もし」が残る可能性を、自分の手で生むということ。

 

 演習と名はついているが、これはもう“実戦”だ。

 違うのは、戦場に赴く前に、俺たちが「生徒」だと確認されているという一点だけ。

 

(それでも……やるしかない)

 

 迷いがないと言えば嘘になる。だが、任された以上、責任を放り出すわけにはいかない。

 たとえ、自分が後悔する未来しか見えなかったとしても──

 

「……ウルティス?」

 

 ふと、シャルルの声に我に返る。

 

「すみません。少し考え事をしていました」

「顔色が少し悪かったよ。大丈夫かい?」

「ええ。大丈夫です。……少なくとも、今は」

 

 その答えが、本当に自分の胸に届いているのかは、わからない。

 けれど口にすることで、少しだけ気持ちが整うのも確かだった。

 

 

 霧を抜け、森を下った先に、ようやく人の営みの跡が見えてきた。

 小さな農村──今回の演習のきっかけとなる報告のあったリエル村だ。

 

「ようやく着きましたね。これでやっと馬車の硬い座席ともおさらばです」

 

 フィーネがそうこぼし、軽く背伸びをした。

 彼女だけではない。長時間の移動に、班の面々もそれぞれに疲労を滲ませている。

 

「フィーネ……気持ちはわかりますが、少し油断しすぎです。ここは既に報告のあった地域、もう少し緊張感を持ってください」

「は、はいっ……すみません、ウルティス班長」

 

 フィーネは慌てて背筋を伸ばした。

 目くじらを立てるつもりはないが、こういう小さな気の緩みが、命取りになることもある。

 

 俺は改めて周囲に目を走らせた。

 リエル村は──噂通りの小さな集落だった。

 

 畑は手入れされ、煙の上がる家もちらほらとある。

 人影もぽつぽつと見える。──けれど、村全体に漂う空気は、どこかよそよそしい。

 

(やはり、ただの田舎の村──というわけではないか)

 

 村人たちは、こちらに気づいているはずなのに、明らかに距離を取っていた。

 顔を強張らせ、ひそひそと囁き合う様子も見える。

 

「──緊張してるね。向こうも」

 

 隣で、シャルルが小声で言った。

 

「ええ。報告通り、魔物が出るっていう話は本当なんでしょう。……酷く何かを警戒している」

「歓迎されないのは、まあ仕方ないさ。こっちは正規の騎士や兵士じゃなく、訓練生だしね」

 

 シャルルの苦笑に、俺も小さく頷く。

 ──今は、余計な刺激を与えない方がいい。

 

「まずは代表者に話を通しましょう。皆さんは馬車の整理と村民への聞き取りを。……シャルル、同行をお願いします」

「了解」

 

 俺とシャルルは、控えめな速度で村の中心へと向かった。

 誰か案内があるわけではないが、村の中央に集会場らしき建物があるのは見えている。

 

(……この静けさ。見えない緊張が、村を覆ってる)

 

 胸の内に、警戒心がじわりと広がっていく。

 

 リエル村の中央──広場と呼ぶには少し寂しい、開けた場所に出ると、数人の村人たちが集まっていた。

 年配の男が、こちらに気づき、足早に近づいてくる。腰には粗末な剣を帯び、作業着の上に簡素な革鎧を重ねている。おそらく、村の自警団の長か、代表格なのだろう。

 

「おお、訓練院の方ですか。遠いところを、よくぞ来てくださりました」

 

 男は深々と頭を下げた。言葉こそ丁寧だが、その顔にはどこか、焦りとも警戒ともつかぬ影がちらついている。

 

「はい。王立訓練院から派遣されました、ウルティス・アルテシア・ヴォーティブルクと申します。こちらは、シャルル・フェリックス・アークライト──私たち二班で、本日より演習を兼ねた哨戒と魔物討伐を行います」

 

 簡潔に名乗り、目的を告げると、男はまた小さく頭を下げる。

 

「本当に……助かります。最近、この辺りで魔物の姿を見ることが増えてまして……特に夜になると、子供らも怯えて、眠れぬ夜が続いているのです」

「具体的には、どのような魔物が出没しているのか、教えていただけますか?」

 

 シャルルが穏やかな口調で問いかける。男は少しだけ言葉を選ぶように逡巡し、やがて重い口を開いた。

 

「……見たのは、狼のような魔物、です。でも、ただの狼じゃない。目が、赤く光っていて……体も、妙に大きかったって話です」

 

 周囲にいた村人たちも、不安げに頷き合う。

 

(魔物化、か……)

 

 魔力に侵された獣は、時に異常な変異を遂げる。目撃情報から察するに、それがすでに始まっている可能性が高い。

 

「──それと、妙な話なのですが……」

 

 男は声をひそめ、周囲を気にするように視線を泳がせた。

 

「ここ数日、村の外れで、見知らぬ影を見た、という者がいるのです」

「見知らぬ影?」

 

 シャルルが眉をひそめる。

 

「ええ。夜更け、森のほうからこちらを窺うような影があったと……。詳しく見た者はいないのですが、それ以来、妙に動物たちが怯えるようになりまして」

 

 村人たちの間にもざわめきが広がる。

 

「なるほど……魔物だけでなく、別の存在が関わっている可能性があるわけですね」

 

 私は静かに整理する。

 魔物の異常行動に加え、不審者の目撃情報。──これは、偶然の一致とは考えにくい。

 

(もし、魔物を意図的に操っている存在がいるのだとしたら……)

 

 見知らぬ人影。狂暴化した魔物。とてもじゃないが偶然とは思えない。

 だが、今はまだ憶測に過ぎない。

 

「わかりました。まずは村の周辺を哨戒し、状況を確認します。不審な動きがあれば、すぐに報告してください。──夜間警戒についても、こちらで体制を整えます」

 

「はい……本当に、助かります……!」

 

 男は再び、頭を深く下げた。

 村人たちも、ほっとしたように、しかしどこか頼りなげな眼差しでこちらを見つめている。

 

(……彼らには、俺たちしかいないんだ。だからこそ、慎重に動かないと)

 

 俺は胸の内で、そっと決意を固めた。

 




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