転生美少女、胃痛で死にそうです   作:匿名希望

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憎む者

 戦うべきか、撤退するべきか──悩んでいる暇はなかった。

 狼が動いた。その巨体は森の木々をかき分けるように前へ踏み出し、想像を超える俊敏さで地面を蹴った。枝葉が鋭く裂け、土埃が舞い上がる。

 瞬きの間に、巨狼は目の前に迫る。耳をつんざく低い唸り、鼻孔を突く獣の匂い、迫る熱に体が反射的に震え、心臓が喉を打つ。

 咄嗟に構えた剣で牙を弾く。衝撃が腕を伝い、体は後ろへ弾き飛ばされた。空中で何とか姿勢を保ち、着地をする。

 ──そして、次の瞬間には再度吹き飛ばされた。

 

「速い──!」

 

 速すぎる。動いたと思ったら、もう目の前にいる。防御したと思ったら、次の瞬間には二撃目が迫る。

 そして恐ろしいのは──これがただの『体当たり』に過ぎないということだ。

 

(ただ速いだけなら対応は容易い──が、その程度の相手にリリーとエルノ(二人)が一方的にやられるとは思えない)

 

 何かがあるはずだ。たった数分であの二人を追い込む「何か」が。

 攻撃を防ぎながら、俺は必死に思考を巡らせる。

 巨体からは想像もつかないスピード、雷剣(フラガーラ)を受けても少しの傷しか負わない防御力。

 そして、そこにいるだけで周囲を歪ませるほどの魔力。

 どれをとっても驚異的だが、絶望するほどではない。

 

(この程度ならなんとか……)

 

 なる、と思った矢先、リリーの叫びが耳を突き、背筋に冷たい衝撃が走った。

 

「避けて、ヴォーティブルク!敵は狼だけじゃない!」

 

 声を受け、体が勝手に横に跳んだ。──その瞬間、森の木々から火球が飛んで来る。

 

「おいおい、今の避けんのかよ。最近のガキはとんでもないねホント」

 

 放たれた火球の方向へ目を向けると、攻撃を放ったと思しき男が木々の間から姿を現す。

 全身を黒いローブで覆っており、深いフードからは口元だけが浮かんでいた。

 

「……あなたは?」

「聞かれて素直に答えるわけねぇだろ、お嬢ちゃん?」

 

 男は小馬鹿にしたような口調で答える。

 

「そうですか。なら、切り伏せるまでです(Claxis)

 

 雷光が森を走る。男は完全に反応できていない。

 

(獲ったッ!)

 

 男の目が一瞬驚きに見開かれ、そして──。

 

「おお、怖い怖い。お前、ホントとんでもないね……」

 

 狼の巨体が突如間に割り込み、雷光の軌道を遮る。唸り声が森に響き、圧力が腕を突き刺すように伝わる。

 

「く……ッ!」

 

 弾かれるように後退するが、その隙を突くように炎の槍が唸りを上げて迫る。

 わかっていたが、男と狼は味方同士らしい。あるいは、男が狼を使役しているのか。

 

「この規模の魔物の使役とは、驚きですね」

「へえ、まだ魔物に見えてるんだ」

「おや、答えてくれないのでは?」

「気が変わったんだよ。自分が何に殺されるのかくらい、知っておきてえだろ?」

 

 その言葉には明らかな余裕が見え隠れしており、こちらを見下していることが読み取れる。

 

「魔物でないのなら、一体何なのですか?」

「わかってんだろ?それとも、本当に気付いてないのか?それなら拍子抜けもいいとこだな」

 

 ただの魔物ではない。周囲の魔力を取り込み、空間を歪ませ、明確な「意思」を持っている。

 全ての事実が、一つの結論を指し示していた。

 

「……災厄の芽」

 

 絞り出すようにそう答えた瞬間、目の前の男が嗤った。

 

「せいかぁい!」

 

 

「いやぁ、分かってくれる奴がいて助かるよ。おかげでこいつも、ますます楽しそうだ」

 

 男は嬉しそうに声を上げる。狼は男を守るようにその周囲に立っていた。こうしている間にも、その体毛は脈動し、周囲の魔力を吸い上げているのがわかる。

 ──ただの魔物ではないことは、最初から感じていた。災厄の芽だろう、とも。

 だが、その人間が隣に立ち、まるで当然のように操っているなど──。

 

「何故、災厄の味方を」

「『災厄』ってのは何だと思う?」

 

 こちらの問いを無視して男が話す。

 

「……打倒すべき敵、乗り越えるべき試練。それ以外に何か?」

「そうじゃねえ。災厄ってのは()()()()()()()()と思う」

 

 それがわかれば苦労は……いや、待て。教官が言っていたのは「災厄が出現する場所」を見極めることが不可能だということだけだ。

 

「災厄が成長するのは周囲の魔力を加速度的に吸い上げるからだ。じゃあこうも考えられないか?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

 ……は?こいつ、今なんて言った?

 災厄を作る?人工的に?何のために?

 

「驚いてるとこ悪いけど、隙だらけだぜ」

 

 やれ、ハティ。その声と共に闇を裂く影──二匹目の巨狼が、背後から襲いかかってきた。

 

(まず……二匹目!?戦場で思考を止めるなんて──反省は後!避け、無理!?)

 

 二匹目は最早目前まで迫っていて、回避は困難。俺はすぐに来るであろう衝撃に対し身を構え──。

 

「そうは、させない!」

 

 その声と同時に、天を裂く轟音。

 巨狼の眼前に、鋭い氷柱が突き立った。

 砕け散る氷片が白い閃光のように舞い、襲いかかる巨体を強引に押しとどめる。

 牙の間際にいた俺は、その隙を逃さず後退し、荒い息を吐く。

 舞い散る氷の帳の向こうから、一人の影が現れた。

 冷気をまとい、肩で息をしながらも真っ直ぐな眼差しをこちらに向ける。

 

「すまない、遅れた」

「いえ、助かりました」

 

 現れたのはシャルルだった。見れば、氷に覆われた道が森の奥へと続いている。彼はその道を切り開き、ここまで駆けつけてきたのだ。

 

「ヴァルターは?」

「後ろでリリーさんとエルノくんの護衛につかせている。治療はしたみたいだけど、二人ともまだ万全ではないからね」

 

 そう答えながらも、シャルルの視線は狼から一瞬も外れなかった。氷の帳を押しのけるように、巨狼が低く唸り、牙の間から熱い息を漏らす。

 

「それで、どうする?」

 

 目線を前に向けたまま、シャルルが問う。退くか、戦うか。

 男は一歩も動かない。ただ口角をわずかに吊り上げ、まるで俺たちの反応を愉しんでいるかのようだった。

 

「この男は──災厄について極めて重要な情報を持っています。必ず捕らえ、連行します」

 

 二匹の狼、そしてその黒幕。こちらで戦えるのは二人だけ。相手取れるのか──胸の奥で、弱気な声が囁いた。だが即座にその声をかき消す。

 

(できるできないじゃない。()()()()()()。そうだろう?)

 

「狼は私が受け持ちましょう。シャルルは男を、他四名は速やかに撤退し、一刻も早く院に伝えてください!」

 

 俺の言葉を受け、男が狼へと指示を出そうとする。

 

「目の前で逃げる相談か?逃がすわけ──」

「聞いていなかったのか?君の相手は僕だ」

 

 が、男の声を遮るように、シャルルが氷の踏み台を蹴って一気に距離を詰める。狼が前脚を踏み出したが、氷壁に阻まれ低く唸る。

 

「班長、二人だけでなんて!」

 

 フィーネが叫んだ。実際、ただでさえ厳しい状況で戦力を分散させるのは良い手とは言えない。

 だが──。

 

「今最も恐れるべきは私たちの全滅です。そうなれば、この情報が伝わることはない」

 

 俺は指示を続ける。

 

「更に言えば、負傷者を庇いながら全員で戦うのは、現状では戦力的に無理があります。だからこそ、戦力を分散して最小限で対処する──大丈夫、死ぬつもりはありませんから」

 

 安心させるように微笑むと、フィーネの瞳がわずかに揺れた。

 

「しかし……!」

 

 その声に、ヴァルターが鋭く返した。

 

「今ここで議論してる暇はないだろう!さっさと逃げるぞ、お前はファーレンハイトを担げ!」

 

 フィーネは一瞬迷いを見せたが、ヴァルターの指示に従い、覚悟を決めたようにうなずく。

 それぞれがリリーとエルノを支えて森の出口へと向かう。

 

 当然、それを逃すつもりなど狼たちにはない。二匹の巨狼が低く唸りながら、牙をむき出しにして襲い掛かってきた。が──。

 

「させません」

 

 狼の前方めがけて、複数の稲妻を落とす。大地を蹴散らす衝撃に、巨体が一瞬たじろぐ。雷の閃光が枝葉の隙間から揺らめき、森の闇を切り裂いた。

 

災厄の芽(あなたたち)はここで摘みましょう」

 

 今なら分かる。雷剣(フラガーラ)は効かなかったのではない、()()()()()のだ。災厄は周囲の魔力を際限なく吸い上げ、成長する。

 それは()()()()()()()()()()()()()

 

「でも、それだって無敵ではない」

 

 雷剣(フラガーラ)を受けた狼は、()()()()()()()()()()。つまり、一度に全てを吸収できるわけではない。

 

「なら、上限(それ)を超える大火力を以て打ち砕けばいい……!」

 

 考える間にも、狼たちは連携を研ぎ澄ませ、速度をさらに増していく。枝葉を裂き、白い残光だけを残して駆けるその姿は最早、二つの白刃が森を切り裂いているかのようだった。

 牽制を兼ねて雷撃を幾度か放つ。だが、雷光はその体に届くより魔力が散らされ、躱すでもなく弾かれる。小さな炸裂音だけが森を揺らし、抉れた土と木片が虚しく舞った。

 

 白光が俺めがけて走る。咄嗟に身を捩じると狼はすぐ横を駆け抜け、背後の木に激突した。木は鈍い音を立てて倒れ、轟音が森中に響く。

 

 時間をかければかけるだけ、こいつらは成長していく。故に求められるものは速度!

 

(超高速戦闘なら、俺だって負けはしない)

 

 パチリ、と体の中を雷が走り、瞳の奥で火花が弾けた。瞬間、世界が遅くなる。落ちる木の葉、舞い上がる土煙、その全てが。

 狼は変わらずに動いているが、先ほどまでの白い残光は消え、動きは人の目でも追えるほどに落ち着いている。

 

 剣に魔力を込め、足元の雷を推進力として飛び込む。速度は互角──いや、俺の方が僅かに速い。

 飛び込んだ勢いのまま、首元へ剣を振り下ろすが、鈍い音と共に阻まれた。

 その隙をつくように、もう一匹が食らいついてくる。

 

「当たら──ない!」

 

 牙が身を裂く寸前、弾くようにして離れる。先ほどまで体があった場所を鋭い牙が貫いた。

 カウンターを食らわせるように、至近距離で雷撃を放つ。

 焦げる匂いと同時に、狼の毛並みが逆立った。

 

「グウッ……!」

(手応えがある。威力はそれほど高くないはずなのに……?)

 

 これが効くなら、電磁抜刀(フルグリス)雷剣(フラガーラ)で倒せていたはず。

 今の攻撃とさっきまでの攻撃の違いはなんだ?

 

「試してみますか」

 

 先ほどと同じ程度の雷撃を飛ばす。案の定、雷光は届く寸前で搔き消え、微かな残光だけが森を照らした。

 狼は眉一つ動かさず、すぐに飛びかかってくる。

 

(同じ術で、同じ威力。違うのは距離だけ。近くの魔力は吸収できない……?)

 

 狼の攻撃を捌きながら考える。

 いや、違う。吸収はしている。──しているうえで()()()()()()()()んだ。

 至近で叩き込んだ雷は、狼の体に火花を走らせ、遅れて吸い込まれていった。だがそのわずかな遅延が、確かに傷を刻んだ。

 

(なるほど……だから今までの攻撃は弾かれたのか。なら勝機は、至近距離で押し込む一撃!)

 

 魔力を剣へ込め、木を蹴り狼へと急襲する。

 飛び込んだ勢いのまま首元にめがけて剣を振り下ろした。刃が狼に触れる瞬間、剣に込めた雷が弾け、空気を裂く轟音と共に狼の毛皮に衝撃が走る。

 雷光が裂けるように飛び散り、真っ白な毛皮を鮮血が染めた。

 

(思った通り、こいつらが吸収できるのは()()()()()()()()()()だけ。体内や、物質に込められた魔力までは吸収できない)

 

 冷静に考えれば、それができるなら俺たちはとうの昔に魔力を吸い尽くされて死んでいるはずだ。

 普段は外に出さず、衝撃(インパクト)の瞬間にだけ魔力を爆発させる。これなら災厄()の吸収量を超えてダメージを与えられる。

 

雷霆潜刃(ケラウノス・コンティネット)とでも名付けましょうか」

 

 二度、三度と剣を振り、手応えを確かめる。

 重い。刃の軋みが掌に伝わる。

 

(……思い付きにしては上出来。だが、この負荷──長くは保たないな)

 

 込める魔力にもよるが、そう何度も使える術ではない。

 

(元々時間は相手の味方。ならここは臆さずに速攻を仕掛けるべき!)

 

 再度、雷を推進力として突撃する。雷鳴が爆ぜ、森そのものを突き破るように地を蹴った。

 対する狼も、二匹別々の方向へ跳ねる。一匹は正面から爪を振り下ろし、もう一匹は横から突っ込んでくる。

 爪と牙──二方向からの攻撃が同時に迫る。普通なら視認すらできない速さ。

 

「シッ!」

 

 牙を剣で受け、そこを支点に体を回し爪を避ける。回転の勢いのままに斬りつけ、刃に込めた魔力を叩き込んだ。

 眩い光が狼の体表で炸裂し、毛皮が逆立つと同時に血飛沫が霧のように舞った。

 

(まずは一匹、ここで仕留める!)

 

 体を走る魔力のギアを上げる。ぶちり、と嫌な音が響いたが無視した。

 突撃──一瞬、空気が裂ける音だけが森に残る。刃が狼の毛皮に触れるたび、雷光が閃き、残像が幾重にも交錯した。

 通りすがりざまに斬りつけ、すぐに木の幹を蹴って体を反転。また斬りつける。斬撃は連続する光の線となり、狼の体を裂いていった。

 左右上下、前後──全方向から襲いかかる雷の刃が狼を取り囲む。毛皮が逆立ち、血飛沫が霧のように舞う。

 

 そして、最後の一振り。一瞬の閃光と衝撃。狼は空気を切る音とともに崩れ落ち、森にしばしの静寂が訪れた。

 

「はッ……はッ……。まずは一匹、ですか」

 

 無理な身体強化と高速機動によって疲弊した体を何とか支える。

 地面に倒れ伏した狼はぴくりとも動かない。もう一匹が様子を見るように周囲を回っていた。

 災厄と言えども感情があるのか、と思っていた次の瞬間。

 倒したはずの狼の身体から、黒い靄がゆらりと立ち上る。

 それは夜霧のように揺らめきながら、もう片方の狼へと流れ込んでいく。

 ぞわり、と背筋を這う嫌な感覚。魔力の奔流──いや、吸収だ。

 

「させ……ないッ!」

 

 雷を纏い踏み込むが、最早遅かった。

 黒い靄は完全に溶け合い、狼の体表を覆い尽くした。一瞬の静寂の後、狼が吠えると同時に靄が晴れる。

 だがそこに現れた姿は、先ほどまでのただの獣ではなかった。

 

 毛皮は森の闇よりなお黒く沈み、その輪郭がどこか曖昧に揺らめいている。

 狼が再度吠える。そして、森の空気が変わった。

 先ほどまで射していた夕日が瞬きの合間に搔き消えた。

 いや、空が変わったわけではない。外では確かに光があるはずなのに、この森の中だけが切り取られたように闇に沈んでいる。

 

 葉擦れの音も、鳥の鳴き声も消え失せ、森を暗闇と静寂が包むその中で、妖しく輝く二つの瞳だけが俺を見つめていた。




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