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暗い部屋の中で、花陽は窓の外の月を眺めながら、μ'sのリーダー穂乃果と電話で言葉を交わしている。
「それは、花陽ちゃんが決めることじゃないかな・・・。」
「わたしが決めること・・・。」
親友の凛が、女の子らしくない自分を変えたいと思っていても、その一歩が踏み出せずにいた。昔からではあったが、それが今回のファッションショーで、臨時的なリーダとして任命されてから、花陽が思っている以上に凛を苦しめていたことが浮き彫りとなったのだ。
(そうだ、凛ちゃんはいつだって弱い私のことを支えてくれた。花陽にとって凛ちゃんはいつもヒーローだった。そんな凛ちゃんが今、悩みを抱えている。私、凛ちゃんの助けになりたい。ううん、絶対ならなくちゃならない。凛ちゃんは私の大切な人だから・・・!)
花陽の目は、空からじっと見下ろす大きな月に誓いの決意を訴えていた。
~十数年前~
母と娘、二人で食卓を囲んでいる。娘は、テレビに熱い視線を送って離さない。そこには、今を時めくアイドルたちが、スポットライトを浴び、華麗なライブを繰り広げていた。
「ふふ・・・。花陽はアイドルが本当に好きね。」
「・・・」
花陽の耳に母の言葉が届かないほど、集中していた。
「まったく、味噌汁が冷めちゃうわよ。」
そういう母の顔も、優しげな表情をしている。
アイドルのライブが終わった後も、花陽は興奮冷めやらぬ様子で母と会話を繰り広げる。
「ほらほら、見た!?この前私がお母さんに言った子、かわいかったでしょ!?」
「え?この前言った子?」
「忘れちゃったのぉ!?。これから人気でるから注目しておいてって言ったのに!」
「えーと、ごめんなさい。忘れちゃった。もう一回、お母さんに教えてくれる?」
「もー。お母さんいつも忘れちゃうんだから。もう言ってあげないからね?」
花陽は、そのメンバーの魅力をつたない言語力でも身振り手振り熱弁する。母は娘の元気で楽しそうな姿を見るために、わざと知らないふりをしたのだ。内向的で、自分の意見を外に発信していくのが苦手な娘が、唯一輝くこと、それがアイドルの話をする時だからだ。
「~だからね、すっごいかわいいからね、いつか絶対センターになると思うの。」
「へぇ、そんなにすごいのね。若い娘なのに。みんなもそう言ってるの?」
「ううん。花陽がそう思ってるだけなんだけど・・・。でも、絶対そうなるよ!」
「そうね。アイドルが大好きな花陽がいうんだもの。お母さんもこれから注目するわ。」
「うん!」
「憧れる?」
「え?」
「アイドルになってみたい?」
「・・・」
花陽は、表情を曇らせると顔を落とし、いつもの内気な女の子の姿に戻ってしまった。
「そうじゃないの?歌も振付も、完璧に覚えてるじゃない。」
「・・・花陽には無理だよ・・・」
「どうして?花陽、とっても上手よ?」
「花陽、あんなにかわいくないし、それに・・・」
「それに・・・?」
「みんなに応援されるような人じゃないから・・・」
「・・・」
一度会話が途切れると、花陽は冷めた味噌汁に手を伸ばし、再び口を開こうとはことはしなかった。
夕食が終わり、寝支度をすませ、くつろいでいる時だった。外の階段を昇ってくる足音が聞こえた。
「花陽、向こうの部屋に行って、もう寝なさい。」
「うん・・・」
母は、夕食の時の柔らかな物言いではなく、命令するような口調で花陽を動かす。
花陽が奥の部屋に入ったと同時に、玄関が大きな音を立て、乱暴に開けられた。
「おい!帰ったぞ!」
花陽の父親だった。呂律が回らず、泥酔状態にあると見えた。しかし、花陽の家庭において、この光景は日常の風景であった。
「ちょっと。花陽はもう寝てるんだから静かにして!」
母が口調を荒げ、非難の言葉を投げかけるのが聞こえる。
「うるせぇ!それが職場から帰ってきた父親にかける言葉か!?」
「その稼ぎはどこに消えていると思う?あなたの酒代でしょ!?自分で生活を支えられるようになってから、大きな口を叩きなさいよ!」
「なんだと、この野郎!」
乾いた音が花陽のいる寝室まで響いてきた。薄いふすまでは、彼らの口論を遮断することはできなかった。布団を深くかぶり、耳をふさぐ。一日の終わりの日課だった。
「花陽、朝ご飯できたよ」
「う・・・ん・・・」
眠い目をこすってかぶった布団から顔を出す。
「おはよう」
「おはよう。あ、お母さん、顔・・・」
「あぁ、これね。大丈夫よ。全然痛くないから・・・。心配しなくて。」
「・・・お父さんにやられたの?」
「・・・」
母の目の上には黒く、あざが出来ていた。
「花陽、あのね。お父さん、本当はやさしい人だったのよ。ただお仕事がうまくいかないから、ストレスがたまってるだけなの。だから、嫌いにならないであげて。」
父とけんかした後の、母の口癖であった。
「うん・・・分かってるよ」
「ありがとう。さぁ、朝ご飯食べましょ。幼稚園に遅れちゃうわよ。」
花陽はここの地元で生まれたわけではなかった。物心つく前、母親の実家がある東京で3人暮らしをしていたそうだ。しかし、父の昇進の際、それを妬む仕事仲間の裏切りに会い、離職せざるをえなくなった。父の地元のつてで新しい仕事が見つかったが、あまり条件は芳しくなく、それ以上に、父は失意のために酒に溺れるようになったという。花陽の物心ついたころには父の地元にいたので、彼女の中では父は怖い存在でしかなかった。
窓のそとでは、園児たちが楽しそうな笑い声をあげて走り回っている。花陽はそれを部屋の中から仲のいい幼稚園の先生と眺めていた。
「花陽ちゃん。今日はいいお天気だし、お外で遊びましょうよ。」
「・・・いい。この絵本読んでるから・・・。それに、遊び相手もいないし・・・。」
内気な花陽は、園児たちと友好関係を築くことに失敗していた。
「先生と一緒に遊びましょうよ。うさぎさんのところに行こう。花陽ちゃん、飼育係だから、いろいろ先生にうさぎさんのこと教えてよ。」
「え・・・、でも・・・。」
「いやなの・・・?」
「今日は、あんまり・・・、楽しくないから。」
「・・・なにかあったの?」
「え?どうして?なにもないよ?」
「先生にはなしてみない?ぜったい内緒にするから。二人だけの秘密に。」
「・・・」
いつもの花陽の口調であったが、なにかと目にかけてくれている先生からは花陽の心の気持ちが読めたらしい。
数秒の逡巡をへて、花陽は先生に口を開いた。
「先生って、結婚してる?」
「うん。旦那さんと、男の子が二人いるわ。」
「仲良し?」
「うーん。どうなのかな?でも、よくケンカはするはよ?」
「そうなの?」
「洗濯物出すのが遅いとか。食べた食器は流しまで運んでとか。男ばっかりだから、毎日のようにしかってるわ。でも・・・仲は、悪くはないと思うわよ。自分でいうのもなんだけどね。」
「そう、なんだ・・・」
「どうしてそんなこと聞いたの?」
「私のうち、お父さんとお母さん、仲良くないから。よくケンカして・・・。昨日もケンカしてて、お父さんがお母さんを殴ったの。お母さんの顔に傷ができるくらい・・・。」
「そう・・・」
花陽の家庭の事情がよくないことは、この地域では有名なことだった。もちろん、先生も知っていたし、他の児童の親からの心配の声もよく聞いた。しかし、共働きであったため、呼び出して事情をきくということは難しかった。
「先生はケンカしたとき、どうやって仲直りしてるの?お母さんたちも仲直りできたら、ケンカしなくなると思うんだ。」
「仲直りの方法かぁ・・・。正直、これといった方法はないの。でも・・・」
「でも?」
「反省してくれたようだったら、夕食のご飯に、その人の大好物をだしてあげるわ。怒った私も悪いし、ごめんなさいの意味も込めてね。」
「そうなんだ。それで仲直りできるの?」
「なんとなくね。家族だから、雰囲気で察してくれているんだと思うわ。」
「家族だから・・・」
「・・・花陽ちゃんのお父さんは、お母さんのこと、嫌いになっちゃったの?」
「ううん、嫌いじゃないと思う。ケンカしてもお父さんのこと悪く言わないし。」
「だったら、花陽ちゃんが仲直りの手助けできるかもしれないわね。今、二人は仲悪いかもしれないけど、花陽ちゃんには優しくしてくれるでしょう?」
「うん・・・。」
花陽の父は酒が抜ければ普通に温厚な人だった。普段のときはもちろん、酒に酔っている時も花陽には手を上げたことは一度もなかった。しかし、最近、酔い方がさらに悪くなってきていることも事実だった。しらふに戻った時、父は気まずさのため家を空けることが多くなっていた。
「いたいた!先生!ちょっときて!一緒にかくれんぼしよう!」
数人の園児が先生を探しにやってきた。花陽は顔を下にむけ、表情を隠す。
「かくれんぼ?いいわよ。」
「やったー!じゃ、早く行こう!」
先生は園児に手を引っ張られながらも、花陽に声をかける。
「花陽ちゃんもやらない?人数多いほうが楽しいし」
「え、花陽ちゃんも・・・?」
園児たちの顔色が曇る。
「はっ花陽は、この絵本読んでるから!先生だけ遊んできて!」
花陽すぐにそれを察すると、慌てて先生の誘いを断る。
「ほら、花陽ちゃんは絵本読みたいんだから。先生早く行こう!」
「そうね・・・。じゃ、花陽ちゃん、またあとでね!今度は一緒に遊びましょ。」
「うん、ばいばい・・・。」
先生は引きずられるようにして連れてかれていった。
外からは、広場で走り回る園児たちの笑い声が聞こえてくる。花陽は窓の外にそれを見ていた。
「私、ドジだから、みんなに迷惑かけちゃうもんね・・・。」
そうつぶやくと本に目を落とす。しかし意識は違うほうに向けられていた。先生から聞いた仲直りの方法である。
(夕飯で、仲直りしてるんだ・・・。)
花陽は、目的の本を探しに図書館のほうへ足を向けた。
その日の夜も、布団の中から、父と母の罵り合いの声を聴いていた。しかし、花陽の中には、ある秘めた思いがあった。
凛ちゃんでてくるまでもうちょっとかかります(汗)
次回もよろしくお願いします。