放課後戦線/魔科不死戯アンダーナイト   作:果汁飲料撲滅委員会名誉顧問

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5年ぶりに筆取ったけど楽しくて勢いで13万字くらい書いてしまった

pcスマホは関係ありませんが夜間モードで閲覧することを推奨します



Beginning
Prologue α


 

 俺の用紙はまだ真っ白のまま。

 進路希望調査の提出期限は、今日だった。

 

 何を書けばいいか、わからないわけじゃない。どんな大学でも選べばたぶんそれなりの未来になるんだろう。

 素直に進学なんて書いておけば、親も納得するし、先生にも文句は言われない。

 そのまま大学行って、適当に就職して——まあ、そんなもんだろう。

 

 でも、それって本当に"俺が選んだ道"なんだろうか?

 それに、一度選んだらそれ以外は全て消えてしまう気がして。

 

 そう思うと、何も書けなかった。

 

 くるくるとペンを回してみても、空っぽの思考は回らない。

 何かを選べば、それで決まり。

 何も選ばなければ、ずっと今のままでいられる。

 

 ——それって、悪いことなんだろうか。

 なんて考えてしまう。

 

「シュウったら、昔っから優柔不断なんだから。さては決めきれてないんでしょ」

 

 ふと、後ろから声がした。

 

「レイナ、そういうお前はどうなんだよ」

 

 振り向けば、にへらと笑うポニーテールの少女——春草レイナがいた。

 

「私? 私はね……栄養学科か体育学科かな。ほら、陸上やってたじゃない。コーチだとか体育の先生だとか、管理栄養士とか。そういうのに興味あるんだ」

「お前……体力バカだったクセして、案外考えてたんだな」

「なにを、失礼しちゃうわね!」

 

 そう言ってレイナは頬を膨らませる。それに苦笑するも、俺は内心で焦っていた。

 レイナとは中学からの専攻コースも同じな腐れ縁だ。

 

「でも、もうすぐ冬だし。俺も決めなきゃな」

「じゃあオープンキャンパス、一緒に行かない? 来月、ジュンシンドーがやるんだってさ」

「違うとこ、夏も行ったけどあんまりピンとこなかったんだよなぁ。意味あるのか、あれって」

「大事なのは踏み込んでみること! 選ぶのはその後でもいいんだから、ね?」

「へいへい」

 

 ひとまず、俺──末永シュウは進路用紙の進学の欄に丸を付けて検討中と書きなぐる。

 

 

 

 

 

 

 

放課後戦線

魔科不死戯アンダーナイト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーむ」

 

 ぱくり、と大口を開けてレイナがクレープにかぶりつく。

 今日は金曜日。帰り道が合った日は買い食いをするのが俺達の何気ない楽しみだ。

 

「そんなバクバク食ってて栄養士だかになんかになれんのか?」

「これでもカロリー計算はしてますぅ。この一カ月は0.3キロしか変わってないもん!」

「それ、どっち?」

「……増」

「ばーか」

 

 などとくだらない会話を交わしながらぼうっと辺りを見渡す。

 代り映えのしない街に通行人。そろそろ帰宅が始まる頃なのか、ちらほらとサラリーマンの姿もある。スマホを見れば、17時少し過ぎ。今から帰れば夕飯時にちょうど良いだろう。

 

 ここは地方都市。首都だけ大きくとも周りはそうでもなく、電車が来る頻度はそう多くない。

 一本電車を逃したらホームに入らず、ぼけーっとタワー型モールについている大型ビジョンを眺めて待つなんてことはあるあるだ。

 

『続いてのニュースです。昨夜、不二見町で摸部 太郎さん27歳男性が死体で発見されました。警察の調査によりますと——』

 

「…うわ、物騒……。これって、電車だとそんなに遠くないよね?」

「あぁ……」

 

 どこか上の空で相槌を打った。この事件、何か妙な違和感がある。

 ニュースの内容よりも、それを見ている自分自身に。人の死を伝える報道なのに、俺の心は、何の感情も映さず、ただ凪いでいた。

 

 いや──違う。何も感じない、というこの状態が、逆説的に、ひどく『変』なのだ。

 まるで、何か大事な記憶(データ)が欠落しているみたいに。

 

「どうしたの?」

「いや、なんか……この事件、他人事じゃないような気がして」

「最近、物騒なんだからビンカンになってるんじゃない?」

 

 そう、それで終わりのはずだ。

 何かを忘れているようなこの胸のざわめきも、気のせいのはずだ。

 すごく大事な何かを、思い出せないだけ。それだけのはず。

 

「物騒って、そんなになんかあったっけ?」

「そりゃもう、口裂け女を見たーとか。血染めの赤マントだとか。新都(ここ)でも青く燃える怪人だったり、殺人ナタ女のウワサだったり。世紀末かーってくらい最近はこの辺、オカルト祭りなんだから」

「なんだそりゃ、バカバカしい。お化けも妖怪もいるわけないだろ」

「むー、ロマンのない男なんだから」

 

 そんな存在はいるはずがない。

 だから事件は愉快犯だか模倣犯のような、タチの悪い犯罪者の仕業でしかないに決まっている。今の時代、科学はいくらでも発展しているんだからどうにでも真似できるだろう。

 うろ覚えだけれど、クラーク何某も言っていたじゃないか。『十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない』だとか。

 

「あれ、シュウ。もしかして、怖いの?」

「……いや、そんなことないって。いるわけないから」

「昔流行ったよねー、そういう歌。オバケなんてなーいさ、オバケなんてウソさーって。今のシュウ、それかも」

「冷蔵庫に入れてガチガチにするぞテメー」

 

 クレープの包み紙を剥いて、具のない先細りした皮の部分を一口で頬張る。時間もちょうど良い頃、あと5分もすれば電車が来るだろう。示し合わせたかのようにレイナもクレープをちょうど食べ終わり、二人でベンチを立つ。

 

 駅へ向かえば、ちょっとした人だかり。そこまで大きくない電車だから今日は座れるか怪しいだろう。

 

「そうだ、シュウ。さっき話してたオープンキャンパスなんだけど」

「あぁ、予定がなかったら行く。昨日バイトの面接受けてさ、シフトとか入らなければ──」

 

 そこまで言って、俺はふと、思い出した。

 そうだ。俺は昨日、確かに隣駅まで行ったはずだ。面接を受けるために駅に向かって……そして?

 帰り道からの記憶が、まるで霞がかかったように、曖昧で。

 

 ──鈍い痛みが、頭の中心を走った。

 

 そうだ。何かがあったはずだ。あの帰り道で。

 倒れている男。血溜まり。そして、同じように横たわっていた、やけに背の高い、白い服の女……。

 断片的な映像が、ノイズ混じりに蘇る。

 

 いいや、まだだ。もっと、大事な何かが──……

 

「そこはちゃんと空けてちょうだいって……シュウ?」

「あ、あぁ。悪い」

 

 レイナの声で俺は我に返った。いつの間にか彼女は改札を通り抜けて、ホームへと向かっている。俺もそれに続こうとポケットから取り出したICカードを、改札機に触れさせようとして。

 

 その、瞬間だった。

 

 

 

 ぴきん

 

 

 

 脳髄が焼けるような、あるいは遠雷の如き鋭い感覚。それは、警告。あるいは、啓示。

 

『今、ここで行かなければならない』

 

 強烈な衝動が、全身を突き動かす。

 

 どこへ?

 分からない。

 いいや場所なんてどうでもいい。ただ、行かなければ。今すぐに。

 

「悪い、レイナ!」

 

 俺は、振り返りざまに叫んでいた。

 

「忘れ物した! 先、帰っててくれ!」

「え? ちょっと、シュウ!?」

 

 レイナの驚いた声を背に、俺はすぐに踵を返し、全力で駆け出した。

 

 口よりも先に、体が動いていた。

 そうだ、これは多分、『()()()()』なんだ。俺が忘れてはいけない、何か。

 俺が行かなければならない、場所。

 それがどこなのかは分からない。けれど俺の体は、その向かうべき座標を知っているようだった。

 

 息を切らせながら人混みをかき分け、ひた走る。

 点滅する信号など気にしない。商店街を突っ切り、落書きされたシャッターが並ぶ薄暗い通りを抜け、さらに細い路地へと入っていく。肺が焼けつくように痛い。それでも足は止まらない。

 

 たどり着いたのは、ビルとビルに挟まれた世界の裂け目のような、真っ暗な袋小路の路地裏だった。

 

 


 

 

 ここから先は、()──末永シュウが、後に『忘れさせられる』ことになる光景である。

 

 時刻はまだ夕暮れのはずなのに、ビルに囲まれたその路地裏は、すでに夜の(とばり)が下ろされ、世界の底のように静まり返っていた。

 

 カツン、カツン。

 

 その静寂を切り裂くように、硬質な足音が響いていた。

 音の主は、一人の少女。

 闇に溶けるかのような、黒装束(スーツ)。風もないのに靡く、白銀の髪。そして、その背には、彼女の華奢な体には全く不釣り合いなほど巨大な、鉈のような直剣が、鈍い光を放って背負われていた。

 身の丈ほどもありそうな、分厚く、重く、ただそれだけで圧倒的な殺意を象った凶器。

 

 少女はやがて路地の行き止まりへとたどり着く。

 そこで足を止め、目を閉じた。

 まるで、来るべきものを待つかのように。

 

 そして、囁いた。

 

「……来た」

 

 

 ぺた、ぺた。

 

 

 湿った、不快な音が近づいてくる。

 裸足でアスファルトを擦る音だ。

 その足音は間違いなく、行き止まりへと向かっている。

 

 ──かくして、暗中に二つの()()が出会った。

 

 

「わタし、キれい?」

 

 

 それは、女だった。白いマスクで口元を隠し、古びたワンピースを着ている。

 

「……私も貴女も、同じ」

 

 少女は静かに答えて、背負う大剣の柄をゆっくりと握る。

 

「薄汚れていて、醜いから。だから、こんな場所にいるんじゃないの」

 

 その深紅の瞳は、既に目の前の存在を『敵』と認識し、冷徹に見据えていた。

 

 女は少女の言葉に顔を俯かせ、カタカタと震え始める。

 そして、次の瞬間。

 

「ワ、わたシは、キレいだぁぁぁッ!!」

 

 狂気に満ちた絶叫と共に、女は少女へと突進した。

 その姿が、一歩、一歩と近づくにつれて、異様に変貌していく。

 

 頭部が、風船のように肥大化し、硬質な槌のように膨れ上がる。顎が外れ、(クジラ)(あぎと)のように巨大な口が開かれ、少女を丸ごと喰らわんとしていた。

 

「……本当にどうなってるのよ、この街は」

 

 少女は、忌々しげに悪態を吐きながら、()()した。

 周りを囲む廃ビルの壁を蹴り、重力などないかのように舞い上がり、女を飛び越えて、斬首台(ギロチン)のような顎の攻撃を回避する。縦横無尽に駆けるその様は、兎が如く。しかして、脱兎にあらず。

 

 槌のような頭部は空を切り、少女がいた場所のアスファルトに叩きつけられた。

 その衝撃は亀裂を生じさせ、激しい土煙を巻き上げる。

 

「どうにせよ『異常適合者』は放置できない、か」

 

 少女は着地と同時に背中の剣を抜き放つ。

 唐竹(からたけ)に割るような、鋭い一閃。

 それは正確に、肥大化した女の左腕を肩口から切り落とした。

 

「いタい、イタいイたイぃぃぃぃぃぃぃッ!!」

 

 甲高い絶叫が路地裏に響き渡る。

 切り飛ばされた腕はまるで潰れたトマトのように、地面に不快な音を立てて叩きつけられた。

 

「……人が来る前に終わらせないと、面倒ね」

 

 少女は血振りもせずに剣を構え直し、再び切っ先を女に据える。

 その動きには一切の淀みがない。

 心臓に狙いを定め踏み込もうとした、その時だった。

 

 女が切断された腕の断面を、まるで銃口のように少女へ向けていた。

 

「よクも……いタいィィィィィッ!!」

 

 

 ズルズルズルズルッ!

 

 

 肉が沸騰し、再生する音が響いた。

 断面から、尖った爪のついた新しい腕が、射出と言っても差し支えないほどの速度で、少女へと撃ち出される。

 

 完全な不意打ち。だが──

 少女は、眼前でそれを剣の腹で受け止め、弾き飛ばした。掠めた爪が、彼女の頬をわずかに切り裂き、数滴の血が飛ぶだけ。

 

 不意打ちこそ防いだものの、少女の表情に初めて戦慄の色が浮かんだ。

 

「……やっぱり、この街はおかしい……!」

 

 目の前の女──異形と化した化け物を見て、少女は再び呟く。

 鯨のように大きな口、異常発達して膨れ上がった頭部、そして関節を持たず、まるで(みみず)か鞭のように再生した左腕。

 

 もはや、人の形をしただけの、怪異。

 

「……とにかく、今は集中!」

 

 少女は思考を断ち切り眼前の敵を排除せんと大剣を構え直す。

 

 その時だった。

 

 

 

 ぴきん

 

 

 

 少女の脳内に、閃光が奔る。

 

「ッ!? これは、()()も……!」

 

 少女が思わず頭を押さえた、ほんの一瞬。

 

「ゆルさなぁぁァァァいッ!!」

 

 鞭のようにしなる左腕が振り下ろされ「邪魔っ!」少女はそれを即座に切り落とした。

 

 少女は頭を押さえながらも、迫る腕を即座に切り落とした。

 だが意識は別の方向へと向いていた。

 

「……近づいてくる……? なぜ、ここに……!?」

 

 彼女は背後を振り返った。

 そこには──何も知らずに、ただ直感だけに従ってここまで来てしまった、学生服姿の少年が呆然と立っていたのだ。

 少女は彼を見て目を丸くする。

 

 なにせ、昨日も彼は戦闘に遭遇していたのだから。

 

「わ、ワたし……」

 

 少年というイレギュラーが現れたことで、少女の視線は完全に化け物から外れていた。

 それは化け物にとっても、同じだったらしい。

 

「キれイ?」

 

 怪物は少女から少年へと標的を変え、その大きな口を開けながら少年に尋ねてきた。

 

「あ、う……」

 

 少年はその異形の姿と理解不能な問いかけに、ただ怯えて後ずさるしかなかった。

 それはこの状況においてはあまりにも当然の、しかし致命的な反応だった。

 

 ぐちゃりと肉が膨張し、不快な音が響く。

 

「がァァァァァァッ!!」

「う、うわあああああっ!」

 

 化け物の頭部がさらに巨大に膨れ上がり、少年を丸呑みにしようとその大口が迫る。

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 絶体絶命、その瞬間。

 少女が少年の前に立ちはだかり大剣を振り下ろした。

 凄まじい突風が巻き起こりアスファルトと鋼鉄とが激しく激突し、耳をつんざくような轟音が路地裏に響き渡った。

 

 激しい土煙が舞い上がり、少年は思わず眼を覆う。

 

 やがて、土煙が晴れていく。

 少年がゆっくりと目を開けた時、視界に映ったのは――。

 

「……アンタは、昨日の」

 

 少女の掠れた呟き。

 そして文字通り二つに切り裂かれた化け物の残骸と、静かに佇む銀髪の少女の姿だった。

 

 化け物の存在に怯えていた少年は、しかし、少女の姿から目が離せなかった。

 返り血を浴びてなお凛として立つその姿。月明かりに照らされた銀髪。少年に向けられた、深紅の瞳。

 少年はその姿に、恐怖ではなく何か別の強い感情──憧れにも似た何かを覚えて、食い入るように彼女を見ていた。まるで、何か探し物を見つけたかのように。

 

「……君は……誰だ? 俺たち会ったこと、あるよな?」

 

 少年はほとんど無意識に、そう問いかけていた。

 

「さぁ、どうかしら」

 

 少女は感情の読めない声で答える。

 

「でも、さようなら」

 

 彼女は剣を背に納めると、懐から黒いペンのようなものを取り出して少年へと向けた。

 その先端から淡い光が溢れ出し──

 

「ちゃんと責任を持って日常に返してあげる。もう来るんじゃないわよ」

 

 

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