放課後戦線/魔科不死戯アンダーナイト   作:果汁飲料撲滅委員会名誉顧問

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12 昼は覚め、再びの夜

 

 古びた映画館から外へ出ると午後の柔らかな日差しが少し眩しかった。

 白黒の特撮映画の世界から一気に現実へと引き戻されるような感覚、しかしそれが心地よい。

 

「いやー、思ったより面白かったな、さっきの」

 

 率直な感想を口にすると、隣を歩くアシェラも珍しく同意するように頷いた。

 

「ええ。古典的な手法だけど、怪獣の造形には見るべきものがあったわ。あの絶望感の演出も、なかなか」

 

 意外なところで意見が合ったのが少しだけ嬉しいような、くすぐったいような気分だった。

 だがアシェラはすぐに何か考え込むように視線を落とし、ぽつりと一人呟いた。

 

「 …… 私じゃ、あれは倒せないわね。時間稼ぎくらいはできるかもしれないけど」

 

 そして、少しだけ遠い目をして付け加える。

 

「 …… パパなら、余裕だろうけど」

 

 その言葉に、俺は内心でドン引きした。

 パパなら余裕? あの街一つを軽く破壊する、水爆から生まれたとかいう設定の大怪獣を?

 ……こいつの親父、本当に人類のカテゴリーに入るのか?  ますます分からなくなってきた。

 

 アシェラが自分の父親について複雑そうな表情を見せた後、不意に彼女はこちらに向き直った。

 その深紅の瞳が、何かを探るように俺を見る。

 

「……それで、アンタは?」

「え?」

「ここよ。久々に来てみて、どうだったのよ」

 

 唐突な問いかけ。少し戸惑いながらも、さっきまでとは違う種類の感傷が胸に広がっていくのを感じていた。

 

「ああ……。まあ、懐かしい気分にはなったけどな。ガキの頃に見たまんまだったし」

 

 そうだ、建物も、スクリーンも、この辺りの空気も、驚くほど変わっていなかった。なのに。

 

「ただ……」

 

 言葉を切る。

 

「なんで親父とあんな風に普通に話せなくなったのか。それは、やっぱり今も分からないままだ」

「……ふーん」

 

 アシェラは答えに特に興味を示した様子もなく、ただ短く相槌を打つと、再び前を向いて歩き出した。

 詮索する気はないらしい。あるいは彼女にとっても、それは他人事ではないのかもしれない……なんて、考えすぎか。

 その感傷を振り払うように、アシェラの後を追った。

 

 気が付けば駅前まで戻ってきていて、目の前には見慣れたクレープ屋の小さなワゴンがあった。

 いつもレイナと一緒に学校帰りに立ち寄る店だ。

 

「いい匂い」

 

 アシェラが、わずかに足を止めて言う。

 

「ああ、ここ結構人気なんだよ。俺も友達とたまに…… 」

 

 そこまで言って、アシェラの視線に気づいた。

 歩きながらにやにやと、明らかに何かを企んでいる意地の悪い笑みでこちらを見ている。

 

「友達? へえ …… どんな?」

 

 アシェラはわざとらしく首を傾げる。

 

「…… ああ、もしかして。あの朝一緒にいた子?

 ずいぶんと親密そうだったじゃない。アンタの彼女?」

 

 確信犯的な決めつけ。しかも「彼女」という直接的な言葉。

 

「なっ、違う! そうじゃないって!」

 

 歩きながら、思わずワタワタと激しく否定する。アシェラはそんな反応を面白がるようにさらに畳みかけてきた。

 

「ふーん? でもただの友達、って感じには見えなかったけど? 隠さなくてもいいのに」

 

 楽しそうに、にやにや笑いが止まらない。

 その執拗なからかいに俺は顔がカッと熱くなるのを感じた。だがここでムキになってもこいつを喜ばせるだけだ。

 一度ぐっと言葉を飲み込み、努めて冷静にアシェラの目を横目で見ながら告げる。

 

「 …… レイナは、本当に大事な友達なんだ。ただ、それだけだ」

 

 その言葉には、自分でも驚くほど、何のてらいもなかった。けれど、本当に彼女は代えの効かないほどに大事な友達なのだ。

 本心からの言葉と、その予想外の響きを聞いてアシェラの表情から、すっと悪戯っぽい色が消えた。

 代わりに、ほんの少しだけ、唇が尖る。まるで、面白くない、とでも言うように。

 彼女は「 …… ふん」と小さく鼻を鳴らすと、ぷいっとワゴンの方へ向き直った。

 

「 …… なら、一つもらうわ。一番甘いやつ。アンタも食べるんでしょ」

 

 有無を言わさず彼女は二つ注文してしまう。支払いも俺が財布を出す前に済ませていた。

 クレープを受け取ると、再び歩き出した。アシェラはカスタードとチョコの甘いやつを、俺はいつものチョコバナナを。

 

 アシェラが自分のクレープを軽く示しながら、前を見たまま言った。

 

「食べながら帰りましょうか。少し休みたいし、夜の準備もあるから」

「……ああ」

 

 黙って頷き、歩きながらクレープを頬張る。甘いクリームが口の中に広がる。アシェラも小さな口で、しかし結構な勢いでクレープを平らげていく。人通りの少なくなってきた道を歩き、食べ終えたところでちょうど通りかかったコンビニのゴミ箱に包み紙を押し込んだ。

 

 


 

 

 鍵を開け部屋に入ると、にゃあ、とデライラが出迎える。アシェラはそれを無言で一撫ですると、玄関で靴を脱いだ俺に、言った。

 

「シュウ」

「ん?」

「アンタは今日はもう帰りなさい。連続で疲れたでしょうし、学校をサボったなら家のこともあるでしょう」

 

 その声にはいつもの命令口調とは違うどこか突き放すような、それでいて妙に平板な響きがあった。

 アシェラのらしくないとも言える気遣い。その真意は分からない。だが、反射的に反論していた。

 

「いや……帰ったってどうせお説教だ。だから……どうせ怒られるし、今夜までは付き合うよ。案内役くらいはできるはずだ」

 

 予想外の申し出だったのだろう。アシェラは一瞬驚いたように目を見開いた。だがすぐにその表情は仕方ない、とでも言うような、あるいは少しだけ呆れたような複雑な色合いに変わった。

 

「……そう。アンタが自分で決めたなら、止めはしないわ」

 

 ふぅ、と小さく息をついて、彼女は続けた。

 

「ただし、足手まといになるようなら容赦しないから。その覚悟はあるのね?」

「……ああ」

「よろしい」

 

 アシェラは短く頷くと、ローテーブルの上のノートパソコンを顎で示した。

 

「なら私が準備している間、そこの端末で情報を洗い出しなさい。対象は『蒼い幻影』と、それ以外でこの街で起きている新しい異常な噂。何か引っかかるものがあれば報告すること」

 

 それだけ言うと、彼女は奥の寝室へと消えていった。

 

 リビングのローソファに腰を下ろし、ノートパソコンを開いた。自分で決めたこととはいえ、やはり気分は重い。だが、やるしかない。

 

 検索窓にキーワードを打ち込む。画面に映し出されるのは情報の断片。解決済みの事件を除いてもこの街にはまだ得体のしれない『何か』が蠢いている気配が濃厚に漂っている。

 

 眉間にしわを寄せ、ひたすら画面を睨んだ。

 窓の外はいつの間にか完全な夜の色に染まっている。部屋の中は、パソコンのモニターの明かりだけ。アシェラの部屋からは、時折、金属を整備するような音が聞こえる。彼女も夜に備えている。

 

 どれくらい時間が経っただろう。肩が凝り固まってきたのを感じて大きく伸びをした、その時だった。

 ガチャリ、と奥の部屋のドアが開く音がした。

 振り返るとアシェラが立っていた。黒いスーツに着替え、背中にはギターケース。装備は万端だ。昼間の雰囲気とは違う、研ぎ澄まされた空気を纏っている。

 

「何か分かった?」

「いや……やっぱり、昨日のヤツに直接繋がりそうな新しい情報はほとんどない。けど、気になる噂はいくつか。それでもいいか?」

 

 俺の報告に、アシェラは表情を変えずに頷いた。

 

「ないよりはマシよ。準備はできたわ。今夜は偵察。行くわよ、シュウ」

 

 その声には何の迷いも感じられない。夜の闇へと踏み出す決意がそこにはあった。

 ノートパソコンを閉じ、立ち上がる。

 

「……ああ」

 

 短く答え、アシェラの後を追ってセーフハウスのドアを開けた。

 ひやりとした夜の空気が肌を撫でる。

 

 どこか湿り気を帯びている街灯の少ない裏通りを選んで歩くと、足音だけが、妙に大きくアスファルトに響いた。アシェラは俺の少し前を常に周囲への警戒を怠らない様子で、静かに、しかし確かな足取りで進んでいく。背負われたギターケースのシルエットが、月明かりに黒々と浮かび上がっていた。

 

 俺はと言えばただその後ろをついていくだけだ。案内役という名目だが、この暗闇と静寂の中では方向感覚すら怪しい。時折、路地の暗がりに何かが潜んでいるような気がして、無意識に背筋が伸びる。昼間の情報収集で目にした数々の悍ましい噂話が、この夜の闇の中で妙な現実味を帯びて感じられた。

 

「……なあ」

 

 沈黙に耐えかねて、アシェラの背中に声をかけた。

 

「結局、今日はこのままただ歩き回るだけなのか? 何か、具体的なアテがあるわけじゃないんだろ?」

 

 アシェラは足を止めずに、前を見たまま答えた。

 

「基本的にはね。けど、さっきアンタが集めた情報の中に少しだけ気になるものがあったわ。少しこの辺りを回ったらそれを確かめに行こうかしら」

「気になる情報?」

「ええ。これよ」

 

 アシェラがジャケットのポケットから取り出した小型の端末を歩きながら俺に見えるように傾けた。そこには俺が半信半疑でピックアップした、一つの都市伝説が表示されている。

 

『悪魔の目撃談・寂れた港湾地区にて』

 

「……悪魔、ねぇ」

 

 口に出してみて、その言葉の持つ禍々しさを反芻する。

 

「また、随分とベタなネーミングだよな」

「まだ詳しくは見れてないから、概要をお願いできる?」

 

 アシェラに促され、昼間に読んだ記事の内容を思い出しながら説明した。

 

「ああ……。なんでも最近町外れの、今はほとんど使われてない古い港湾地区……昔の労働者が集まってたような、ちょっと荒れたエリアに出るらしい。杖を持った人影のような姿で、そいつが現れるとありえない現象が起こるって……物がひとりでに動いたり、急に霧が立ち込めたり、近くにいた人間が原因不明の体調不良を訴えたり。まあ、よくある怪談話の類だと思うけど」

「杖を持った人影……異常現象……」

 

アシェラは、そのキーワードを反芻するように呟いた。その横顔は、いつになく真剣だ。

 

「シュウ」

「ん?」

「昨夜、私たちが遭遇したあいつ……あれの攻撃手段を覚えてる?」

 

「青白い火の玉みたいなやつとか、触れたものを壊す靄とか……」

 

 あの悪夢のような光景が蘇る。物理法則を無視したかのような、理解不能な現象の数々。

 

「そう」

 

 アシェラは頷く。

 

「あれもまた、『この世のものとは思えない現象』だった。D細胞由来の身体能力強化や再生能力とは、明らかに異質な力。……そして、今回の『悪魔』の噂も、同じ匂いがするわ」

 

 彼女の瞳に鋭い光が宿る。

 

「物理的な干渉じゃない。私たちの知るD細胞能力とは違うものに感じるわ」

 

 あの蒼い靄も、この悪魔の噂も、確かに俺たちの常識が通用しない。

 何か別の法則で動いているような気がする、そう考える方が自然だろう。

 

「この『悪魔』と『蒼い幻影』が、同じ種類の存在か、あるいは関連があるのかどうか……それは分からない。

 でも確かめに行く価値はあるわ。どんな些細な情報でも、今の私たちにとっては無視できない」

「……おい、マジで行くのかよ。それに、港湾地区ってここから結構遠いぞ」

「アンタが付き合うって言ったんでしょう?」

 

 アシェラは振り返りもせずに、冷たく言い放った。

 

「それに、これは『仕事』よ。案内しなさい」

 

 その言葉にぐっと詰まる。そうだ、自分で決めたことだ。

 今更怖気付いている場合じゃない。

 

 人気のない夜道を俺たちは再び歩き出す。目指すは町の外れ、忘れられた港湾地区。

 潮の匂いが夜風に乗って、微かに鼻を掠め始めていた。

 




ここから序幕後半戦。
章タイトルをつけました。

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