放課後戦線/魔科不死戯アンダーナイト   作:果汁飲料撲滅委員会名誉顧問

16 / 21
15 累ねる絶望

 

 ゴォォォォンッ!!

 

 たった一発、比較的小さく見えた火球が倉庫全体を揺るがすほどの轟音と共に凄まじい爆発を引き起こす。

 

「うおっ!?」

 

 咄嗟に近くにあった鉄骨の残骸の影へと身を滑り込ませる。見た目以上の、あるいは質量の法則すら無視したかのような、理不尽なまでの破壊力。俺など一瞬で消し炭だ。

 

 アシェラは──?

 爆炎と粉塵の向こう、彼女は既に体勢を立て直して再び悪魔へと肉薄していた。あの爆発すら、彼女の前進を止めるには至らなかったらしい。

 

 その距離が、もう数メートルというところまで詰まった時だった。

 

 ドン、と鈍い音が響く。

 次の瞬間、足元のコンクリートがまるで生き物のように蠢き始めた。

 ひび割れが走り、隆起し。そして──鋭利な槍の穂先のように尖って、アシェラへと向かって下から突き上げるように、何本も何本も、迫り上がってきたのだ。

 

 土塊と鉄筋が混じり合った無数の巨大な槍。

 それはアシェラを確実に串刺しにせんと、殺意を持って迫る。

 

 だが、彼女は跳んだ。

 迫り来る土の槍衾を、まるで重力など存在しないかのように、高く、軽やかに。

 彼女は自らを貫こうと突き上げてきた槍の一本を、空中でこともなげに蹴りつけ、それを新たな足場とする。

 

 跳躍。

 さらに別の槍へ。

 

 まるで不安定な足場を飛び移る曲芸師のように。

 縦横無尽に隆起した槍の上を駆け上がりながら、アシェラは悪魔との距離をさらに一息に詰めていく。

 

 「おおおおおっ!」

 

 空中で体勢を立て直したアシェラが咆哮と共に悪魔へと斬りかかる。

 黒い大剣が、闇を切り裂き肉薄する。

 だが悪魔はそれを──人の腕とは似て非なる蹄のついた剛腕で、こともなげに受け止めた。

 

 しかし、それで止まるアシェラではない。

 即座に剣を引き、流れるような動作で連撃を叩き込む。

 斬り上げ、薙ぎ払い、突き──人知を超えた速度と技が悪魔の巨躯を襲う。

 一瞬、悪魔がたたらを踏む。だが、一進一退に見えた攻防は、やはり絶対的な体格差と膂力の前に、徐々に彼女の方が押され始めていた。

 

 ガキィィンッ!!

 

 ひときわ甲高い金属音が響き渡り──アシェラの手から、黒い大剣が弾き飛ばされた。

 回転しながら宙を舞い、遠くの壁に突き刺さる。

 

「こいつ……! 力だけなら、私を完全に上回るか!」

 

 アシェラが忌々しげに呟くのと、悪魔の蹄が突き出されるのはほぼ同時だった。

 咄嗟に両腕でガードするアシェラ。だが、防御ごと吹き飛ばすような凄まじい衝撃。

 彼女の体は、まるで木の葉のように後方へと弾き飛ばされた。

 

 そして、アシェラを吹き飛ばした悪魔は──その巨躯に似合わぬ静けさで音もなく飛翔した。

 爛々と輝く赤い双眸が捉える先は──瓦礫の影に隠れる、俺。

 

「けひっ!」

 

 歪んだ、嘲るような呼気。

 巨大な山羊の顎が、俺を丸呑みにせんと大きく開かれる。黒く粘つく唾液が糸を引いているのが見えた。

 

「やばっ──!」

 

 その速度は目で捉えていても体が反応できない、避けきれな「させるかっ!」

 

 吹き飛ばされ、まだ空中で体勢を崩しかけていたアシェラが叫んだ。

 

 落下しながらも自らの着ていた黒いジャケットの襟を掴むと、空中で独楽(コマ)のように回転し、遠心力を利用して力任せに放り投げた。

 

 それはただの布のはずだった。

 だが投げられたジャケットは、まるで命を吹き込まれたかのように、鋭い回転と共に空気を切り裂く。

 

 布の繊維が再結合・硬質化していくかのように──その形状を、みるみるうちに変化させていく。折り畳まれ、圧縮され、そして──その先端は、剃刀のように鋭利な黒い半月状(ブーメラン)の刃へと変貌を遂げていた。

 

 空気を切り裂く音すら置き去りにするような速度で、黒い刃は正確無比な軌道を描き──……悪魔へと迫る。

 

 ザシュッ!!

 

 肉を断つ、鈍く湿った音。

 

「ギァァアアッ!?」

 

 悪魔の絶叫が、ラボ全体に響き渡った。

 投げつけられた黒い刃──アシェラのジャケットだったもの──は狙い過たず、悪魔の右腕を肩口から綺麗に切り飛ばしていたのだ。

 

 悪魔が腕を押さえて絶叫する、その間隙。

 吹き飛ばされた勢いを利用し、アシェラは近くのコンテナ壁を強く蹴った。重力に逆らうかのような跳躍で、落下軌道から一転、俺のすぐ目の前に猫のようにしなやかに着地する。

 

 それとほぼ同時。

 悪魔の腕を切り飛ばした黒い刃──ジャケットだったもの──が綺麗な弧を描き、主の手元へと正確にブーメランのように滑空して戻ってきた。

 

 パシリ、と。

 アシェラはそれをこともなげに空中で掴む。

 瞬間あれほど鋭利な凶器と化していたそれはまるで手品が解けたかのように、へにゃりと形を歪め──彼女の手の中でくたりとしたただの黒いジャケットへと戻った。

 

「わ、悪い、助かった! すまん、もっと離れる!」

 

 九死に一生を得た安堵と恐怖がないまぜになった声で叫び、すぐに距離を取ろうとする。

 

「次はないわよ! ……で」

 

 アシェラは手にしたジャケットを無造作に肩にかけながら、忌々しげに片腕を失ってもなお健在の悪魔を睨み据える。その声には明らかな苛立ちが滲んでいた。

 

 そして、()()は起こった。

 

 悪魔の切り落とされたはずの右腕の断面から──ずるり、ずるりと、何か黒く粘つくものが蠢きながら『生えて』きているのだ。

 

 それはまるで意思を持つ泥か、あるいは悪性の腫瘍のように脈打ちながら、急速に腕の形を成していく。

 爛れたような皮膚が瞬く間に再生し、腱が繋がり、骨が形成され──ほんの数秒で完全に元通りの不気味なまでに強靭な腕へと戻ってしまった。

 

「……なるほど、D細胞。いよいよ見逃せないわ」

 

 アシェラは目の前の異様な再生能力に眉一つ動かさず、吐き捨てるように言った。

 肩にかけたジャケットを羽織り直し、再び悪魔へと対峙する。その手には、もう剣はない。

 

「ブモオオオオオオオッ!」

 

 完全復活を果たした悪魔が咆哮を上げる。

 

 そして再びの肉弾。

 巨躯を揺らし、床を蹴り、アシェラへと突進してくる。

 武器を失ったアシェラ。純粋な肉体だけのぶつかり合い。リーチの差はあまりにも、圧倒的に不利だった。

 

 アシェラは、もう俺のことなど見ていない。目の前の悪魔──その異様な再生能力と、規格外の膂力に全神経を集中させている。

 

 ここにいても、足手まといになるだけだ。それは、嫌というほどわかっている。

 今、できることは──ただ一つ。アシェラの武器、あの大剣(つるぎ)を取りに行くことだけだ。

 

 決断と同時に、背を向けた。とにかく、ただ駆け出す。

 剣が突き刺さっているのは──かなり上方の壁。この巨大な倉庫は吹き抜け構造になっていて、壁際に設置された錆びた鉄製の階段が見える。あれで上層へ上がれるはずだ。

 

「……無事でいてくれよ……アシェラ!」

 

 祈るような呟きが漏れる。

 階段を駆け上がりながら、一瞬だけ、階下の戦闘を振り返る。

 

「この──!」

「ガアアアアアッ!」

 

 アシェラの鋭い呼気と、悪魔の獣じみた咆哮が交錯する。

 リーチもパワーも、悪魔の方が圧倒的に上。武器さえない。

 だというのにアシェラはその猛攻を、まるで流水のように、あるいは舞うように。最小限の動きで捌き、受け流していた。

 躱し、いなし、時にはカウンター気味に掌打を叩き込む。

 

 ──そうか、あいつ、前に言ってた!

  截拳道(ジークンドー)とかいう、親父仕込みの体術!

 

 剣を失った状態で、あの巨体を相手に素手で渡り合っているとは。

 素人の目からしても神業としか言いようがない。だが、あの体格差だ。どれだけ技で凌ごうと体力的な消耗は計り知れない。長くは続かないだろう。

 

 焦りが背中を押す。とにかく上へ。

 階段を駆け上がり、息を切らせながら、ようやく剣が突き刺さったコンテナの前へとたどり着いた。黒い刀身が、分厚い鉄板に深々と突き刺さっている。

 

 柄に両手をかけ、全体重を乗せて力任せに引き抜こうとした。

 だが──びくともしない。まるで、コンテナと溶接でもされているかのように、剣は微動だにしなかった。

 

 違う、ひたすらに──重いのだ。

 あいつ、いつもこんな鉄塊を背負って、振り回して、戦っていたというのか──!

 信じられない、人間の筋力で扱える代物じゃない!

 

「くそっ、抜けろよ! 抜けてくれよ、このっ!」

 

 渾身の力を込めて、歯を食いしばって引き抜こうとする。だが大剣はびくともしない。まるで地面に根を張った巨木のように、俺の非力な腕力など歯牙にもかけない。

 

「この、このぉっ!」

 

 これは無謀なのかもしれない。こんなことをしている意味なんて、ないのかもしれない。

 アシェラは強い。規格外だ。剣がなくたってあの悪魔を倒すことだってできるのかもしれない。

 けれど、絶対に負けないという確証だって、どこにもない。

 

 ぐるぐるとネガティブな思考ばかりが頭を支配する。

 アシェラの勝利を心の底から信じきれない自分が、今はひどく恨めしい。

 

 それでも。

 ここで何もせずに、ただ祈るように見ているだけなんて、もっと嫌だ。絶対に。

 

 

 バチンッ!!

 

 

 階下から肉と骨が叩きつけられるような、鈍く、嫌な破裂音が響いた。

 はっとして視線を落とす。

 そこには──悪魔の、鞭のようにしなった腕の一撃をまともに受けて壁まで思い切り吹っ飛ばされているアシェラの姿があった。受け身を取る間もなかったのか、叩きつけられた彼女の左腕が、ありえない方向にぐにゃりと曲がっているのが見えた。

 

 だが、彼女は呻き声一つ上げなかった。

 吹き飛ばされた勢いのまま床を転がると、こともなげに立ち上がり──そして自ら、折れた左腕を掴んだ。

 ぼきり、と乾いた音を立てて躊躇なく関節を正常な位置へとへし折り戻す。

 次の瞬間には腕は完全に元の状態へと再生していた。

 まるで、壊れた人形の部品をはめ直したかのように。

 

「いっ……!」

 

 再生したとはいえ、見ているだけで痛々しかった。

 無傷で済むはずがない、あのままでは確実にジリ貧だ。

 

 何か、何かしないと──!

 

「お願いだ、抜けろ! 抜けてくれ、頼む!」

 

 もはや祈りに近かった。力の限り、柄を握りしめる。

 彼女の助けになる力を、一瞬だけでもいい。この手に──!

 

 

 

 

 

 ガシャンッ!

 

 ──その願いはまるで聞き届けられたかのように、呆気なく叶えられた。

 突然、剣がコンテナ壁から引っこ抜けたのだ。

 勢い余って、床に派手に尻餅をつく。

 

「あ、あれっ?」

 

 呆然と、手の中にある大剣の柄を掴み直す。

 相変わらず死ぬほど重い。だが先ほどまでとは違い、持ち上げられないほどの絶望的な重さではない。

 アドレナリンか、俗にいう火事場の馬鹿力(ヒステリックストレングス)というやつだろうか。

 

 いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない!

 

「おおおおりゃあっ!」

 

 立ち上がりざま、全身のバネを使って超質量の剣を階下のアシェラへと向けて思い切り放り投げた。

 無茶苦茶な投擲。だが、奇跡的に狙いは正確だった。黒い鉄塊はまるでアシェラへと吸い寄せられるように、綺麗な放物線を描いて飛んでいく。

 

「──いい子ね。今度、気が向いたらデライラを好きなだけ触らせてあげるわ!」

 

 悪魔の攻撃を躱した直後、アシェラは落下してくる大剣の柄をこともなげに片手で掴み取った。

 その勢いのまま、流れるように身を翻し──振り抜く!

 

「ギャアアアアアッ!」

 

 再び、悪魔の絶叫。再生したばかりの右腕が、今度は肘から先、綺麗に宙を舞った。

 やはり、そうだ!

 武器さえあれば、アシェラはやれる!

 

「はあああああっ!」

 

 好機と見たのだろう。アシェラは機を逃さず、一気に悪魔へと肉薄する。

 形勢は逆転した。優位は入れ替わった。相手の異様な再生能力と、大まかな性能(スペック)も把握した。

 

 ──ならば、百戦錬磨の彼女がここで負けるはずがない!

 

 逸る気持ちを抑え、急いで階段を駆け下りる。

 そして、戦闘の邪魔にならないギリギリの距離まで近づいた。

 

攻撃(ぶつり)が通じるっていうのならね!

 竜だろうが、蛸だろうが、悪魔だろうが──!」

 

 アシェラの、勝利を確信したかのような咆哮が響く。

 大剣が悪魔の巨躯を何度も捉え、確実にダメージを与えている。

 押している、いける!

 

「ギィィィィッ!」

 

 苦し紛れ、といった様子で悪魔が甲高く叫ぶ。

 そして再生しかけていた腕の断面あたりから、再び赤黒い火球(オーブ)が迸った。

 

「──インコースぅ、だッ!」

 

 だが、アシェラはそれを待っていたかのように鋭い踏み込みと共に、大剣(ブレード)を横薙ぎに振り抜いた。

 凄まじい打撃音。火球はまるで打ち返された剛速球のように、放たれた以上の速度で悪魔自身へと直撃した。小規模な爆発が悪魔の胸部で弾ける。

 

 一手一手、確実に、念入りに、相手の攻撃手段と選択肢を潰していく。

 動きも明らかに鈍くなっている。

 勝利は、目前だった。

 

 しかし。

 

 

 

 ぴきん

 

 

 

 まただ。

 脳髄を直接焼くような、鋭い閃光。

 頭の中で、何かが警鐘を鳴らす。

 

 ──よくないものが、来る。

 俺の奥底で、何かがけたたましく警鐘を鳴らす。

 

「アシェラ!」

 

 物陰から身を乗り出しほとんど絶叫していた。

 

「何かがやばい! 離れろ!」

 

 だが、アシェラの意識は完全に目の前の敵に集中していた。

 とどめを刺す、ただその一点に。

 

「いいえ、ここで決める!」

 

 熱中した彼女の声が警告を掻き消す。このままじゃ──!

 

「ダメだ、離れてくれッ!」

 

 考えるよりも先に駆け出していた。

 無防備なアシェラの背中に向かって必死に叫ぶ。

 その俺の姿と声が、ようやく彼女の意識を現実に引き戻したのだろうか。

 アシェラがほんの一瞬だけ、俺の方を驚いたように見た。

 

 その動きがコンマ数秒、止まる。

 そしてまるで何かに弾かれたように、本能的に、ほんの半歩だけ、後ろへ跳び退いた。

 

 ──それが、生死を分けた。

 

 とてつもない勢いで。

 蒼い閃光が倉庫の壁を突き破り、あるいは虚空から生まれ落ちて、一直線に駆け抜ける。

 

 音はない。

 ただ、視界の全てを塗り替える、絶対的な蒼。

 ()()はアシェラが寸前まで立っていた空間を蹂躙し、体勢を崩していた悪魔をその中心で捉え、一瞬にして包み込んだ。

 

 蒼炎。

 触れたものを存在ごと否定する、絶対零度の拒絶の光。悪魔は声も上げられなかった。

 抵抗も、苦悶も、許されない。ただ蒼い光の中で、その枯れ木のような体が形を失い、焼け爛れるように溶けて──……一欠片の灰すら残さずに、完全に『消滅』した。

 

 半歩下がった位置でアシェラはその光景を目の当たりにし、ただ絶句していた。

 彼女の大剣を持つ手が、微かに震えている。

 

 悪魔が消え失せた、その虚空。

 まるで傷口が塞がるかのように、あるいは無から有が染み出すように、蒼い光の名残が揺らめき、収束していく。

 

 熱はない。ただ肌を刺す絶対的な冷気と、空間そのものが軋むような違和感だけがあった。

 

 ()()はゆっくりと、しかし確実に、人の形を象っていく。

 輪郭は曖昧で、確かな実体(かたち)を結ぶことすら拒絶しているかのようだ。

 この、魂ごと凍てつかせるような存在感(プレッシャー)

 この、存在そのものが放つ拒絶感。

 

「随分早い再開ね……! ファック……!」

 

 アシェラがギリ、と歯噛みする。

 

 そうだ。間違いない。

 あれは昨夜。

 俺たちを絶望の淵に叩き落とした──蒼い幻影。

 

 (かたち)なき(かお)が、ふ、とこちらを『認識』した。

 

 空気が死んだ。時間が歪む。

 呼吸ができないほどの冷気が、俺たちの存在そのものを内側から侵食してくるようだ。

 

 だが、幻影はすぐには動かなかった。

 人型を成した蒼い靄は、ただ静かにそこに立っている。

 ゆらりと輪郭を揺らしながら、まるで俺たちの絶望を、恐怖を、観察するかのように。

 次に何が起こるのか全く予測がつかない。圧倒的な存在感と、嵐の前の静けさにも似た沈黙が、破壊された倉庫の空間を支配する。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。