放課後戦線/魔科不死戯アンダーナイト   作:果汁飲料撲滅委員会名誉顧問

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1 末永シュウは目覚めたい

 

 ──ふと、目が覚めた。

 

 と、いうよりも意識が戻ったと言う方が正しいのかもしれない。

 まるで白昼夢を見ていたような感覚、気がつけばここにいた。

 

 目の前には我が家が、どうやらチャイムを押したところで正気に戻ったようだ。

 この感覚には覚えがある、確か昨日も記憶を失ってここで目が覚めたんだ。

 

 そんな物思いに耽っていると、玄関のドアが開く。

 

「ちょっと、シュウ! 二日連続でこんな時間まで、どういうつもり!?」

 

 勢いよく飛び出してきたのは、母さん──末永ミノリだ。

 こんな時間と言われたので玄関に置いてある振り子時計に目が行った、どうやら時刻は午後10時半ほど。

 

「わかってるよ、ごめん」

「悪さしてたんじゃないでしょうね、近頃夜中は危ないのよ!?」

「わかってるって」

「わかってない! 大体ね、昔っからシュウは──……」

 

 母さんはこの通り、若干ヒステリックだ。

 なので、こういう時は相槌だけ打って別のことを考えるのがちょうどいい。

 

 俺はなぜ記憶を失っているのか。

 走り出してからの記憶がとてもあやふやなのだが、駅でどこかに『行け』と謎の直感があった。

 そして今日だけでなく昨日のこと、バイトの面接に行った事ごと自分が言い出すまでさっぱり忘れていた。

 頭には靄がかかったかのように、さっぱりと家に帰るまでの記憶が消えている。多分、ここまでに何かがあったのだろう。

 

 グゥ〜

 

 と、そんな事を考えていると腹から大きな音が鳴った。

 

「あんたね、大体ね。あったかいのが一番美味しいのに、人の気も知らないでほっつき歩いて……」

「ごめんって、それで今日の晩ご飯は?」

「ミネストローネとハンバーグ。あっためてあげるからさっさと中入りなさい、ただでさえ寒いんだから風邪ひくわよ!」

 

 ははは、外で立ち話(せっきょう)始めたのはアンタでしょうに。

 ……などとは口が裂けても言えない。矛盾はあれど正義はオカンにあり、言い返すだけ無駄である。万一やり返せば、それこそ不毛な第二ラウンドが始まってしまう。

 

 ともあれ、靴を揃えて家に上がる。

 学ランを脱いでハンガーにかけ、身軽になったのならさっさと居間へ。

 

 我が家の居間はリビング、ダイニング、キッチンと3部屋がくっついていてかなり広い。

 そんなリビングの中心に大きなL字のソファーが一つ、その角に一人の男が座っていた。

 

「ただいま」

 

 それだけ声をかけるも、父さん──末永ダイスケはこちらを振り向かない。

 テレビには録画してあった今期深夜アニメ、それを真剣に見ているわけでもなく惰性でぼうっと眺めている。

 返事がないのはいつものこと。多分、根本的に俺に興味がないのだろう。

 

 そう思っていると。

 

「今日も」

 

 唐突に父が口を開いた。

 それからおもむろにリモコンをいじり、録画を止めて。

 

「お前が帰るのが遅かったから、まだ風呂に入れていない」

 

 相変わらず、こちらを振り向かない。

 嫌味なのかなんなのか、父は何が言いたいのかさっぱりとわからない。

 

 しばらくの居心地の悪い静寂の後、チンと間の抜けた音が鳴った。それを幸いにキッチンへ赴き、父と距離を取る。

 

 レンジにはハンバーグ、ラップを向けば湯気が舞い昇る。

 夕食を一式、キッチンから持ち出してダイニングで手早く食事を済ませる。

 その間も、父は無言だった。

 

「ご馳走様」

 

 手を合わせて足早に食器を片付け、居心地の悪い居間を去る。

 

 洗面所へ向かえば、丁寧に畳まれたパジャマとフカフカのバスタオルがあった。きっと、母さんのしたことだろう。

 風呂場へ行けば湯船が張られていて、ご丁寧に剥いた入浴剤まで桶に入れてある。

 

 別段、この家に不満があるわけではない。

 ただ、少し居心地は悪いと思ってる。母さんは、なんだかんだ俺のことを思っているのだろうけれど、少しうるさすぎるし。

 

 何より──父の事が、家族なのに何も分からないから。

 無愛想で、不気味で、何を考えているのかよく分からなくて。

 

「はぁ……」

 

 未来といい、今といい、息が詰まりそうで仕方がない。

 


 

 寝て起きて、朝日は昇る。

 

 寝ぼけ目を擦りながらも弁当を作る母、やっぱり何も喋らない父、居心地のどこか悪い家をさっさと出て電車に揺られる。

 ただ、何をするわけでもなくスマホの液晶をぼうっと眺めていた。

 

『美山商店街裏路地に大量の血痕、被害者はどこへ』

 

 なんて記事が目に入った。

 駅から学校とは反対方向だが、最寄りで起こった事件でやはり最近の治安の悪さを実感する。

 

 同時に、その程度にしか感じていない自分に違和感を覚えた。

 昨日のニュースの時もそうだ、まるで現場にいたはずのことを他人事として捉えているような。

 

「シュウ、シュウ」

 

 と、思考に耽っていると肩を叩いて呼びかけられた。振り返るとそこにはレイナがいた。

 

「おう、おはよう。襟少し立ってるぞ」

「え、ほんと? 急いで出てきたから……ってそうじゃない、昨日のあの後!」

 

 レイナはぷりぷりと頬を膨らませている。それで昨日の事を思い出して思わず顔を覆った。

 

「あーいや、ごめん。でもほら、家の鍵はさ。忘れたら流石に焦るだろ?」

「むー、けど本当に商店街のニュース見た時は生きた心地しなかったんだから!」

 

 どことなく、本当のことを話すのを避けてしまった。

 しかし、レイナが時間のことを持ち出したことでまた、違和感が頭を過ぎる。

 

「学校と反対方向だろ? 大丈夫だって」

「うーん、それもそっか。それより昨日話せず終いだった事なんだけど、オープンキャンパスのパンフレット見たら——」

 

 彼女の声が耳に流れ込む中、俺の視線はふと窓の向こうに引っかかった。

 白銀の髪が朝日を跳ね返すたび光の粒みたいに輝いてた。()()()()()の黒い服に背中に大きなものを背負っている。身の丈ほどの真っ黒なギターケースだ。

 

 違う、アレはそんなものは背負わない。ケースはただの偽装(フェイク)。もっと物騒で、外見に似合わない野蛮なモノだったはずだ。

 

 あれ、なんで俺はこんなことを知っているんだろう。

 

「シュウ、聞いてる?」

「あ、ああ……悪い、ちょっと待て」

 

 ドアが開く音と同時に俺は立ち上がった。

 けれども、彼女はもういない。人混みに溶けるように消えていった。

 

 


 

 

 C県波高市。

 物心ついた時からずっと住んでいる、この街の名前だ。ありふれた地方都市、と呼ぶのが一番しっくりくるのかもしれない。

 

 電車の窓に額を押し付け、流れていくオレンジ色の景色をぼんやりと眺める。

 

 新都の輝きが届かないこの辺りは時間が止まっているような緩やかな停滞感に包まれている。田舎ってわけじゃない、コンビニもファミレスもある。

 でも少し路地に入ればいつから空き家なのか分からない古い建物が並んでいる。

 

『次はー、鉄鋼団地。鉄鋼団地』

 

 そして、この街の輪郭をさらにぼやけさせている郊外には異様な風景が広がっている。

 

 ──廃工場群。

 

 高度経済成長期の時代の残骸。

 巨大なタンクや、錆びて赤茶けた鉄骨が打ち捨てられた巨人の骨組みのように空に向かって突き出している。立ち入り禁止のフェンスなんてあってないようなもので中はどこまでも広く、薄暗くて静かだった。

 

 そんな、光と影がまだらに存在する街。

 昨日までなら、その退屈な風景の一部として見過ごしていたはずの日常。けれど今の俺には違って見えていた。

 

 放課後のチャイムが鳴るや否や教室を飛び出し、一直線に来た。

 銀髪の彼女は、確かにここの最寄りで電車を降りた。彼女を探すとして、めぼしい場所はおそらくここ一帯。

 

 とはいえ確証なんて何もない。ただ衝動的に来なければならない気がした。消えてしまった記憶に、彼女に関わる『何か』がこの忘れられた場所にあるような、そんな予感がしたのだ。

 

 しかし巨大な建屋がまるで墓標のようにいくつも並んでいて、途方もない広さに少し眩暈がする。

 

 入り口のシャッターが歪んで半開きになっている建屋を見つけ、躊躇いつつも身を滑り込ませる。

 

「……誰か、いるか?」

 

 声を出してみたが、虚しく反響するだけだった。いるはずもない、と自分に言い聞かせる。

 

 いくつかの建屋を巡り、錆びた通路を歩く。どこもかしこも同じような光景で焦りだけが募っていく。

 自分の足音と、時折風が吹き抜ける音、遠くで何かが軋む金属音。それ以外は何も聞こえない。

 

「流石に、なんの手がかりも無さすぎたかなぁ」

 

 諦めかけた、その時だった。

 不意に、鋭い金属音が鼓膜を打った。

 

 キィンッ!

 

 ただの物音とは明らかに違う。

 何か硬いもの同士が激しくぶつかり合ったような、鋭利な響き。

 

 全身の神経が逆立つような感覚。

 息を殺し、慎重に足を運ぶ。一番奥にある、ひときわ大きな建屋から聞こえてくるようだった。

 

 壁の崩れた部分から、そっと中を覗き込む。

 

 

 ──息が、止まった。

 

 

「────な」

 

 何だ、あれは。

 

 壁の崩れた隙間から覗き込んだ先。

 広大な廃工場の煙たいフロアで繰り広げられていた光景は、俺の理解を、常識を、一瞬で粉々に打ち砕いた。

 

 西日が差し込む、錆びた鉄骨の影の下。

 銀色の髪を振り乱し、少女が黒く鈍い光を放つ大剣を構えている。

 

 そして彼女が対峙しているのは人だったもの、としか言いようがなかった。

 

「なんだ、あれ──!」

 

 あれはもう人間じゃない。正気を失った、ただの『化け物』だ。

 ボロ切れのような服をまとい、痩せこけた体は不自然な角度に折れ曲がっている。虚ろな目は焦点が合っておらず、半開きの口からは獣のような低い唸り声が漏れている。

 

 だが、何より異様なのはその両腕だ。

 異様に伸びた腕の先。

 指があるべき場所からは骨とも金属ともつかない鋭利で歪な形状の『爪』が何本も生えていた。

 肉を引き裂くためだけに存在するような禍々しい刃が、鈍い光を反射している。

 

 少女が振るった黒い大剣と、化け物の爪が激突する。オレンジ色の火花が派手に散り、衝撃が壁越しに俺の体まで震わせた。

 

 信じられないスピードだった。目で追うのがやっとだ。

 少女はまるで重力を感じさせないかのように身を翻し、化け物の凶刃を紙一重で躱す。その動きは人間離れしていた。

 対する化け物は、ただ破壊衝動のままに刃の爪を無差別に振り回している。コンクリートの床が抉れ、近くにあったドラム缶が紙くずのように切り裂かれる。もしあの爪に掠められでもしたら、人間なんて一瞬でミンチだろう。

 

「グォオオオオオッ!!」

 

 獣の咆哮が廃工場全体に響き渡った。

 

 悪い夢だ。

 そう思おうとしても、目の前の光景がそれを許さない。

 金属がぶつかり合う衝撃音、化け物の咆哮。時折聞こえる少女の鋭い呼吸音。

 全てが生々しく、現実だと告げている。声を出そうとしても、喉がひきつって音にならない。

 

 恐怖。驚愕。混乱。

 昨日俺が断片的に見て、そして忘れさせられた記憶。

 あの路地裏で起きていたことの正体。

 それはこんなにも暴力的な『非日常』だったのだ。

 

 俺はただ壁の隙間からこの世のものとは思えない死闘を瞬きすら忘れて見つめることしかできなかった。

 

 金属と骨肉がぶつかり合う、耳障りな音が止まない。少女は息をするように死線をくぐり抜け、化け物の攻撃をいなしていく。大剣は重いはずなのに、まるで体の一部のように軽々と振るわれ、時には盾のように爪を受け止め、時には鋭い斬撃となって化け物の体を浅く切り裂く。

 

「グギィィィィィッ!」

 

 痛みを感じているのか、それとも単なる威嚇か。

 化け物は甲高い奇声を上げながら、さらに凶暴性を増していく。鋭利な爪が空気を切り裂き、分厚い鉄板の壁に深い爪痕を残す。火花が散り、金属の破片が飛び散る。

 少女が先ほどまで立っていた場所が、一瞬で破壊された。

 

 声にならない叫びが喉の奥でつかえる。もし自分が巻き込まれていたら、と想像するだけで全身の血の気が引いていく。隠れているトタンの壁が、頼りない紙のようにしか思えなかった。

 

 少女は後方に跳躍し、間一髪で直撃を避ける。

 着地と同時に今度は低い姿勢から駆け出し、化け物の足元を狙って大剣を薙いだ。しかし、化け物は異様な俊敏さでそれを飛び越え天井近くの鉄骨に爪を突き立ててぶら下がる。その姿は、巨大な虫か蜘蛛のようだった。

 

 戦闘の衝撃で、隠れていた壁の一部がガラガラと大きな音を立てて崩れ落ちた。

 

「まずっ──」

 

 しかし、そう思った時にはすでに遅く。

 剥き出しになった俺の姿を化け物の虚ろな目が正確に捉えていた。

 

「グォオオオオオッ!!」

 

 耳をつんざくような咆哮と共に化け物が標的を変え、一直線に飛びかかってくる。

 鋭利な爪が、目前に迫る。

 

「う、うわぁぁぁっ!」

 

 もう駄目だ──そう覚悟した、瞬間。

 

「危ない!」

 

 強い衝撃。

 俺は少女によって横へと思い切り突き飛ばされた。

 バランスを崩して床に倒れ込む俺の目の前で、少女が俺がさっきまでいた場所に立ちはだかる。

 迫る化け物の爪を、その細腕には不釣り合いな大剣で渾身の力で受け止めていた。

 

 キィィィィン、と鼓膜が破れそうなほど激しい金属音が響き渡る。

 

 だが化け物の突進の威力は、彼女の防御力をわずかに上回ったらしい。

 ギリギリと骨と肉が混じり合って軋むような、聞くに堪えない嫌な音。

 

 そして──。

 

 

 ザシュッ

 

 

 衝撃に耐えきれず少女の左腕が、肩口から綺麗に断ち切られ、宙へと舞ったのだ。

 

「……あぇ」

 

 ──俺を、庇ったせいで。

 間抜けな声を出した。

 理解が追いつかなかった。現実を受け入れることを拒否していた頭が、よりブラックアウトしていく。

 

「……チッ」

 

 そんな中で少女の小さな舌打ちだけが聞こえた。

 片腕を失った、だというのに表情には苦痛の色はおろか動揺すら欠片も見当たらない。

 

「ガアアアッ!」

 

 化け物が再び飛びかかってくる。

 対して少女は。

 

「ふッ!」

 

 残った右腕で、抜き身の大剣をこともなげに横薙ぎに振り抜いただけだった。

 

 たった、一閃。しかし。

 

「ガギャッ」

 

 化け物の巨大な体は何の抵抗もできずに、まるで熟れた果実が裂けるかのように二つになる。

 空気の抜けたような断末魔を吐いて、化け物はどさりと重い音を立てて床に落ちた。

 

 訪れた完全な静寂。

 床に座り込んだまま、目の前で起こった出来事を呆然と見つめていた。

 

 少女は勝った。だが……。

 戦闘が終わり、思考が追いついてから視線が自然と彼女の左肩へと向かう。

 

 そこにあるはずの腕がない。血が流れるでもなく、ただ不自然に途切れている。

 

 俺のせいで、彼女は。

 俺がここにいなければ。俺が見つからなければ、彼女が腕を失うことなんて。

 全身が震える、腹から罪悪感という名の酸が迫り上がって喉を焼いている。

 

「……あ、ぅ」

 

 耐えきれずに口から悪感が溢れかける。

 

 しかし、そんな人間的な感傷は。

 次の瞬間には意味のないものへと打ち消され、逆流した。

 

 少女が自らの切断された左肩。

 そこからはおびただしいはずの出血はなく、代わりに白い水蒸気のようなものがゆらりと立ち上っていた。

 

 そして──……

 

「──え?」

 

 思わず、呟いた。

 

 断面からまるで時間を巻き戻すかのように新しい腕が、急速に『生えて』くるのだ。骨が形作られ、肉が盛り上がり、皮膚が再生していく。瞬く間に、元通りに。

 

 そのあまりにも人間離れした、生命の(ことわり)を根底から覆す光景。

 

 俺は先ほどの罪悪感すら忘れ、ただ畏怖に近い感情で、呆然とその異形の再生を見つめていた。

 やがて完全に再生した腕を少女は二、三度軽く握り開くと、当たり前のようにただ一言、小さく呟いた。

 

「……ん。少し細い。鍛え直しね」

 

 常識外れの光景。平然とした言葉。思考は完全に停止し、ただ目の前の光景(げんじつ)を焼き付けている。

 

「……さて」

 

 氷のように冷たい声が、投げかけられる。

 

「いつまでそうしてるつもり?」

 

 少女は鋭く、美しい深紅の視線を向けた。

 

 ドクン、と心臓が大きく跳ねる。

 俺は、彼女から、もう目が離せなくなっていた。

 




しばらく毎日投稿します、序幕30話ほどは完結させてるのでそこまで
高評価・お気に入り、感想、よろしくお願いします
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