放課後戦線/魔科不死戯アンダーナイト   作:果汁飲料撲滅委員会名誉顧問

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20 『日常』は来るもの拒まず

 

 

 1限終わりの通学路は閑散としていて、人とすれ違うことはほとんど無かった。

 

「ふんふんふ〜ん」

 

 レイナは鼻歌を口ずさんでいてご機嫌だが、俺の心はどんよりと重かった。

 何せ、二日も無断欠席をしたし今日だって1限をバックれたのだ。どんな大目玉が飛んで来ることか。

 

 やがて校門が見えてくる。

 いつもと同じ何の変哲もない風景のはずなのに、今日はまるで裁判所へ向かう罪人の心境だった。

 

「……」

 

 ごくりと無意識に息を呑んだ時、ふいに、隣を歩いていたレイナが手を握ってきた。

 驚いて彼女の方を見ると、レイナは悪戯っぽく片目をつむり、それから苦笑いを浮かべていた。

 

「大丈夫だって。無断欠席で怒られるのは、シュウだけじゃない。私も一緒なんだから」

 

 その言葉と手のひらから伝わる温もりに、強張っていた肩の力が抜けるのを感じた。

 

「……サンキュ」

「いいってことよー」

 

 二人で並んで昇降口へと足を踏み入れる。普段なら生徒たちの喧騒で満ちているはずの場所も、今はしんと静まり返っていて、俺たちの靴音だけがやけに大きく響いた。

 

 自分の下駄箱を見つけ、上履きを取り出す。

 隣ではレイナも同じように靴を履き替えていた。その手際の良さというか、本当に何も気にしていないような横顔を見ていると、少しだけ、ほんの少しだけ、心の重荷が軽くなるような気がした。なるほど、怒られる時は一緒だというのは確かに心強い。

 

 すっかり二限目の授業が始まっているらしく、どの教室からも物音一つ聞こえてこない。シンとした廊下を猫のように忍び足で進み、自分たちの教室──2年C組のプレートが掛かった教室の前に辿り着く。俺とレイナはアイコンタクトを交わし、コッソリと後ろのドアに手をかけた。軋む音すら立てさせないよう、細心の注意を払ってそっと開ける。

 

「す、すみません。遅刻しました」

 

できるだけ殊勝な態度を心がけ、蚊の鳴くような声で謝罪しながら教室へと足を踏み入れた──……その瞬間。

 

「末永、貴様ぁ……ッ!」

 

 教壇から地響きのような声が飛んできた。ピキピキと額に青筋を浮かべているのは──ヨレたジャージを威圧的に着こなす、恰幅のいい男。その風貌は、一言で表すならゴリラの擬人化だ。

 

 しまった、と内心で舌打ちする。

 月曜の二限は数学。我らが担任──鬼瓦の授業だった。

 曲がったことは大嫌い。時代遅れの熱血指導を信奉し、融通という言葉は彼の辞書には存在しない。

 まさに名前の通りの鬼教師。そのくせ専門は理系、それも数学という文武両道、攻守両刀のインテリゴリラなのである。

 

 その鋭い眼光が今、俺と隣で同じように縮こまっているレイナを正確に捉えていた。

 

「春草、貴様もかッ! 二人揃って、この私を舐めているなッ! 遅刻した罰だ! 末永! まずはお前からだ、この問題を解いてみろォッ!」

 

 鬼瓦先生は手にしていたチョークを黒板に叩きつけるようにして、凄まじい速さで数式を書き殴った。

 

「イチからヒャクまでの整数が書かれたカードがヒャク枚あるッ! この中から一枚引くとき! サンでもゴでも割り切れるカードを引く確率……ではないッ! サンでもゴでも割り切れないカードは、いったい何枚あるか答えよォォォォッ!!」

 

 ビリビリと空気が震えるほどの声量と、ねっとりとした悪意。もはや問題の内容より、そのプレッシャーだけで失神しそうだ。

 黒板には、こう殴り書きされていた。

 

 問:1から100までの整数で、3でも5でも割り切れないものは何個あるか答えよ。

 

「あぁ!?」

 

 思わず叫んだ。

 うわ、なんだこれ。確率かと思ったら個数かよ、紛らわしいな。

 でも、やることは変わらないか。

 

 えーっと、まず全体は100個。3で割り切れるのは、100÷3 で 33 個。5で割り切れるのは、100÷5 で 20 個。単純に足すと 33+20=53 個だけど、これだと3でも5でも割り切れる数、つまり15の倍数を二重に数えちゃってるな。15の倍数は、100÷15 で 6 個。だから、3または5で割り切れる数は、33+20−6=47 個か。で、求めたいのは「3でも5でも割り切れないもの」だから、全体の100からこの47を引けばいい。ということは……。頭の中でベン図のようなものを描き、数字を整理していく。

 

「……答えは、53個!」

 

 確信を持ってそう答えた。教室中の好奇と嘲笑と、ほんの少しの期待が入り混じった視線が一斉に突き刺さるのを感じる。

 

「──正解ィィィィッ!!」

 

 鬼瓦が賞賛ではなく明らかな敵意と苛立ちを乗せた絶叫を上げた。その瞬間、彼の右手から白い閃光が、殺意を伴って放たれる。一本のチョークが、野球の投手が投げるストレートのような速度と威力で俺に向かって飛来した。

 

 ヒュッ、と風を切る音。

 咄嗟に顔を逸らす間もなく、熱い痛みが左頬を走った。

 

「いっ……」

 

 じわり、と生温かいものが頬を伝う感覚。指で触れると、微かに血が滲んでいた。

 このインテリゴリラめっ……!

 

「だがマグレじゃないだろうな、もう一問だあああああっ!」

 

 俺の小さな呻きなど意にも介さず、鬼瓦は獲物をいたぶる蛇のような目で俺を睨めつけ、再び黒板に向かった。

 チョークが叩きつけられ、今度は先程よりもさらに禍々しいオーラを纏った数式がまるで呪詛のように黒板に刻まれていく。

 

「クックック……! この一見単純に見えてその実、底なし沼の恐怖を味わわせてやろうッ!」

 

 まだやるのかよ、普通にキツい!

 さっきので脳みそ使い果たしそうなのに、今度は何が出てくるんだよ……!

 このゴリラ、俺を殺す気か!?

 

「これはただの計算問題などではない! 貴様のその腐った精神構造そのものを炙り出し、その矮小さを白日の下に晒すための試練なのだァ! 貴様の精神が先に音を上げるか、それとも万に一つの偶然で正解にたどり着くか、見物させてもらうぞォ!」

 

 鬼瓦が書き終えるのを待つ間、内心で悪態をつきまくった。

 そして、完成した問題を見て、今度こそ本気で眩暈がした。

 

「数列エー・エヌがある! 初項エー・イチはヒャクだ! そして次の項、エー・カッコエヌ足すイチカッコ閉じは、前の項エー・エヌの値をだな、よぉーく聞けよ、にぃで割ってから、イチを足した数に等しい! つまり! エー・カッコエヌ足すイチカッコ閉じ イコール エー・エヌ割るに足すイチ! この関係がずぅぅぅっと、未来永劫成り立つとする!

 さて、そこで問題だ! エヌの値を限りなく、かぎりぃぃぃなく、もぉぉぉぉぉぉっと限りなく、宇宙の果てまで大きくしていった場合! この数列エー・エヌの値は、ある一定の値に近づいていくと考えられる! その近づいていく値を! 美しい整数で!ただちに答えよォォォォッ!!」

 

 

 問:数列 a(n) がある。その初項 a(1)=100 であり、項の間には常に a(n+1)=a(n)÷2+1 という関係が成り立つ。

 n を限りなく大きくするとき、a(n) が近づく値を整数で答えよ。

 

 

「はぁ!? なんだこの回りくどい説明の問題は! 『項の間には常にこの関係が成り立つ』ってこれ、漸化式じゃねーか! おい、これ来期の数Bの範囲だろ! まだちゃんと習ってねーよ、授業の進度ガン無視かよ!」

 

 しかも初項が100で、次が100÷2+1で51。その次が51÷2+1で26.5、途中で整数じゃなくなる。

 なのに最後は整数で答えろというなんとも邪気の溢れた問題だ。

 

 俺のイライラは完全に振り切れていた。だが、鬼瓦は腕を組んで仁王立ちし、せせら笑うかのように俺を見ている。ここで解かなければ、この地獄は終わらない。

 

「フン、未習範囲だろうが何だろうが解いてみせろと言っているのだ!

 それとも何か? 言い訳か? 聞き苦しいぞ末永ァ……!」

「俺はゴリゴリの文系だぞ、ざけんな!」

 

 もうどうにでもなれだ。習ってなかろうが、目の前にある以上、解くしか道はない。

 

 こういう、ある値に収束する数列の極限値を求める問題は、その収束値を仮にαとおくのが定石だ。そうすると、n がとんでもなく大きくなれば、a(n) も a(n+1) も、どっちも限りなくαに近づく。ということは、問題文にある関係式a(n+1)=a(n)÷2+1 の a(n+1) と a(n) の両方を、このαで置き換えて方程式を立てられるはずだ。つまり、α=α÷2+1、か。なんだ、結局は見た目よりずっと単純な一次方程式じゃんか。両辺を2倍して、2×α=α+2。α を左辺に移項して整理すると、2×α−α=2。つまり、α=2。……は? これだけ? こんな仰々しい前フリと挑発しておいて、答えは2かよ! 初項が100だろうが2000だろうが、この関係式なら最終的に2に収束するってことか。確かに、もし最初の項が2だったら次の項は2÷2+1でやっぱり2。その次も2。ずっと2のままだ。なるほどな、そういうカラクリか。こんな見た目だけ脅しつけてくるような問題出しやがって、ゴリラめ……!

 

 ふぅ、と一つ息を吐く。

 無駄に神経をすり減らされたという疲労感と、それを解き明かしたわずかな達成感が複雑に絡み合う。だが、答えは出た。

 

「答えは2だ、このクソゴリラッッッ!」

 

 半ばヤケクソで、しかし正確な答えを叩きつけた。もう限界だ。

 そのままズルズルと床にへたり込みそうになるのを、なんとか壁にもたれかかることで堪える。頭がガンガンする。

 

「チィッ、正解だ! それはそれとして後で職員室に来るよう!」

「あっ、この流れで見逃されないことってあるんだ!?」

「やかましいいいっ、続けて春草! この問題を解けぇぇい!」

 

 そしてまた鬼瓦は黒板にチョークを叩きつけ、新たな数文字を刻んでいく。その執拗さに、もはや恐怖を通り越して一種の呆れすら覚えていた。

 

「おい、レイナ。今日のゴリラはヤバい! 答えられなかったらどうなるかわかったもんじゃないぞ……!」

 

 壁にもたれたまま、小声でレイナに警告を送る。

 しかし、レイナは俯いたまま何も答えない。

 

「シャラアアアアアップ、末永ァ! さあ春草よ、この問題を解いてみよ!」

 

 

 問:赤玉3個、白玉2個が入った袋から、同時に2個の玉を取り出すとき、取り出し方は全部で何通りあるか。

 

 

忖度(そんたく)入ってるだろ、ざけんな!」

 

 思わず叫んだ。

 この問題は言うほど難しくはない!

 これならレイナでも大目玉は回避でき──……

 

 

 

 

「ばなな」

 

 

 

 

 ぽつり、と。

 まるでこの世の真理でも呟くかのように、虚な目をしてレイナがそう言った。

 

「……」

「……」

 

 思わずゴリラと目を見合わせる。いや、鬼瓦先生と。

 その顔面が、みるみるうちに般若のような形相へと変わっていくのがスローモーションで見えた。

 教室が、水を打ったようにしん、と静まり返る。窓の外から聞こえる体育の授業の掛け声だけが、やけに現実離れして響いていた。何拍か、心臓の音がやけに大きく聞こえるほどの時間が過ぎた後。

 

「廊下にィィィッ、立っとレェェェェェイナァァァッ!」

 

 鬼瓦の絶叫が、ついに教室の静寂を切り裂いた。

 その瞬間、俺の額に鋭い衝撃。

 

「ひでぶっ!?」

 

 弾丸のようなチョークが、今度は寸分違わず俺の額の中心に命中していた。なんでやねん。流れ弾にも程があるだろ。

 

 もはや完全にトリップしてしまっているレイナは変わらず虚ろな目をしている。その様子が何かのスイッチになったのか、鬼瓦は文字通り跳躍し、レイナの席へと詰め寄った。

 そして、まるで子猫(こねこ)の首根っこでも掴むかのように、レイナの制服の襟首をそのゴリラめいた腕で鷲掴みにすると、何の躊躇もなく、教室の後ろのドアからポイっと廊下へと放り出していた。軽い悲鳴と共に、レイナの姿が視界から消えた。

 

 


 

 

 普通ならばランチの喧騒に包まれているはずの時間帯。

 俺と、隣で小さくなっているレイナは、職員室の長テーブルの前に立たされていた。

 目の前には腕を組み、仁王立ちする鬼瓦先生。その表情は先程までの教室での激昂が嘘のように、どこか凪いでいる。だが、その静けさが逆に不気味だった。

 

 

 バチン!

 

 予備動作はなかった。

 まるで弓の弦が引き絞られ、一気に解き放たれたかのような鋭い音と共に俺の額に衝撃が走る。

 

「いってぇぇぇぇ!?」

 

 思わず顔を押さえて蹲りそうになる。教室でチョークが命中した、まさにその同じ箇所だ。二度も同じ一点をピンポイントで攻撃されたせいで、痛みは先程の比ではなく脳髄の奥まで響き渡るように鋭い。涙が滲む。

 

「末永。お前は成績がいいんだ。この大事な時期に、内申点を無駄に下げるような真似をするんじゃない。推薦を狙うつもりなら、この数日のことは少し響くぞ」

「ご、ごもっともです……」

 

 嵐のような怒声ではなく、低く、静かで、だからこそ重みのある声だった。

 あれだけ無茶苦茶な振る舞いを見せた鬼瓦だが、こうして改めて向き合うと教師としては至って真面目な人間なのだと思い知らされる。

 

「何か、悩みでもあるのか? 俺でよければ聞くが」

 

 その、あまりにも意外な言葉に顔を上げた。鬼瓦の目が、どこか心配そうにこちらを見ている。

 

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、ご心配をおかけしました」

 

 レイナはおろか、両親にすら細かく話すわけにはいかないんだ。アシェラとのことなど天地がひっくり返っても言えるはずがない。当たり障りのない返答をするしかなかった。

 

「そうか。だが、夜遊びは控えるように。最近は本当に危ないからな。お前たちが思っている以上に、この街は物騒になっている」

 

 その言葉には単なる教師としての忠告以上の、切実な響きが込められているような気がした。

 そして鬼瓦は机の上に置いてあったプリントの束をトントン、と指で軽く叩いて整えた。

 

「……そして春草。これは課題だ。流石にあれは進学を志望する生徒としては論外だぞ」

「ひゃう……」

 

 そこそこ分厚い量の紙束をレイナは両手で受け取り、完全に涙目になっている。

 さっきまでのショートっぷりから一転して今はただの怯える小動物だ。

 鬼瓦は進路指導も担当しているからこそ、生徒の学力に関しては特に厳しい。こうなるのはある意味必然とも言えた。

 

「末永、数日空けた罰だ。春草が課題でわからないことがあったならば、お前が責任を持ってしっかり教えることだ。それで、今回の件は少しは多めにみてやる」

「お、押忍……」

 

 それは罰というより、むしろ俺への助け舟のようにも聞こえた。

 

「では解散。飯はしっかり食えよ。午後も遅れるな」

 

 それだけ言うと、鬼瓦先生は再び自分の仕事に戻った。

 俺とレイナは、まるで嵐が過ぎ去った後のように呆然としながらも、そそくさと職員室を後にした。

 

 さて、この時間ならもはや購買(戦場)は全滅しているだろう。例によって今日は弁当も持っていない。どうしたものかと本格的に頭を抱えた。昼飯を抜くのは、このところの心身の消耗を考えるとかなり厳しい。

 

「うう、ごめんね。シュウ。私のせいで……こんなことになっちゃって」

 

 隣で、レイナが俯きながら消え入りそうな声で謝ってきた。

 その大きな瞳は、またしても潤んでいる。

 

「いや、これは最初にサボりに誘った俺の責任だろ。それより、さっきの課題……大丈夫か? 少し心配になってきた」

「昔っから理系科目はどうしてもダメでさー……。数学はもちろん、化学と物理も、もう結構置いてかれてて……このままだと、本当に……」

 

 またレイナが涙目になる。ポロポロと大粒の雫が零れ落ちそうだ。

 こいつは目指す学部はいわゆる栄養学やスポーツ科学系の、文系理系どちらの知識も高いレベルで要求される場所だ。

 だからこそ、文系科目も理系科目の両方が必要になる。

 

 ……本当ならば陸上のスポーツ推薦で、こんな苦労をせずとも進学できたはずだった。だがレイナは怪我をしてしまった。

 だからこそ、道が絶たれたことの弊害が今、想像以上に残酷な形で彼女にのしかかっている。

 

「でも、生物はお前確かトップクラスの成績だろ。得意な二科目くらいで受験できるところもあるんじゃないか?」

「それが第一志望も第二志望もそうもいかなくて……。なんか、よくわかんないけど、選択科目が四科目だか五科目だか必要なんだー……」

 

 泣きながら、それでもどこか他人事のように言う。本当に大学入試のシステムを詳しく調べているのか怪しいものだ。

 

「……余裕あったら、だけど。他科目も、少しは見てやるよ」

 

 思わずそんな言葉が口をついて出ていた。

 教師からの罰とか、そういうのを抜きにして。

 

「ホント!?」

 

 瞬間。レイナの顔がぱあっと輝いた。

 さっきまでの涙はどこへやら、こういうポジティブというか切り替えの早いところは本当に羨ましいと思う。

 

 そうこうしているうちに、グゥゥ、と俺の腹の虫が盛大に抗議の声を上げた。廊下になんとも情けない音が響き渡る。

 

「はぁ……。そういえば今日、母さん寝てたからメシがないんだった」

 

 完全に忘れていた。緊張の糸が切れた途端、強烈な飢餓感が襲ってくる。

 それを聞いてかレイナは悪戯っぽく笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

「ふっふっふ、末永クン。私はこれを見越して──……じゃん!」

 

 どこから取り出したのか──いや、本当にわからないんだが。

 マジシャンの鳩よろしく、レイナの両手には、いつの間にかビニール袋に包まれた複数のパンが綺麗に収まっていた。

 カレーパン、焼きそばパン、揚げ餅、そしてコロッケパン。どれもこれも、我が校の購買において一線級の人気を誇り、昼休み開始と同時に熾烈な争奪戦が繰り広げられる、選ばれし者(エリート)たちだ。

 

「うお、よくそんなに揃えられたな……。今日の購買、もう壊滅してるはずだぞ」

「持つべきものはコネクションだよ。即ち、購買のオバチャンとの親密度(なか)

 

 レイナは得意げに胸を張る。

 そうか、しょっちゅう購買の売店のカウンター越しにパートのオバチャンと井戸端会議に花を咲かせているのは、こういう時のための布石だったというのか。

 

 恐らくは三限目の休み時間あたり、まだ棚に陳列される前の、入荷したてのホカホカなやつをいくつか横流ししてもらったのだろう。

 

 まったく、抜け目のないやつだ。

 

「うっ……まじで腹減るな、それ見てると。匂いがもうテロだろ」

 

 ソースと炭水化物の暴力的なまでの香りが、俺の空っぽの胃袋を直接刺激する。

 

「でしょー。でも私は優しいから今ならなんとカフェオレ一本と、この焼きそばパン様をトレードすることもやぶさかではないのだ」

 

 レイナは、焼きそばパンをこれ見よがしに俺の目の前で揺らす。

 

「レートがあまりに釣り合ってねぇだろ、焼きそばパンの大暴落じゃねえか。……おっけ、そこの自販機でいいか?」

 

 購買で毎日鎬を削っている食い盛りの男子生徒たちがこの光景を見たら、血の涙で川ができるであろう暴落っぷりだ。リーマンショックもかくやだろう。

 

「交渉成立ー。じゃあ、揚げ餅もオマケしてしんぜよう! さすがの私も、これ全部は食べきれないしね。

 あ、でも。ちょっと釣り合ってないから、もう一つだけお願い聞いてくれる?」

「なんだよ、もう一本くらいいるのか?」

 

 言うと、レイナはこちらを振り返って──……

 

「久々に、屋上にいかない?」

 




文字数膨れたので14万くらいあるかも……
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