放課後戦線/魔科不死戯アンダーナイト   作:果汁飲料撲滅委員会名誉顧問

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3 科学的根拠に基づいてるタイプの都市伝説

 

 駅に着き、ホームに滑り込んできた電車に乗り込む。

 運良く空いていた席に脱力するように体を預けた。スマホを取り出し、メッセージアプリを開く。

 

 画面には、昨日アシェラから送られてきた命令が表示されていた。

 

アシェラ

アシェラ

近隣の妙な事件と行方不明者の

リストを作って

 

明日の昼までに

 

こんな夜にいきなりすぎる

既読

今何時だと思ってるんだ

既読

アシェラ

やらなかったらどうなるか

 

わからないほどバカでは

ないわね:)

 

無茶がすぎる

既読

もう寝ようとしてたんだが

既読

既読スルーやめーや

 

あっ、これ拒否権ないヤツっすか

 

(´・ω・`)

 

 

 

 改めて見ると酷い。名前を後で暴君に変えておこう。成長期真っ盛りの大事な睡眠時間を徴収するとはけしからん。

 

「おはよ、シュウ」

 

 ふいに隣から声をかけられた。いつの間にか電車が駅に止まり乗り込んできたレイナがこちらを覗き込んでいる。

 

「うわ、顔色わる。珍しいね、夜ふかし?」

「……あぁ、おはよ。ふぁ……」

 

 欠伸を噛み殺しながら答える。

 

「ほら、こないだ言ってただろ? それでオカルトとか都市伝説とか、妙に興味が湧いてきちゃってさ」

 

 我ながら苦しい言い訳だ。けれど、真実など話せるはずもない。

 

「へえ、 シュウがオカルトねぇ。珍しい」

 

 レイナは意外そうな、それでいて少し面白そうな顔をしている。

 

「これがまあ、調べると出るわ出るわ。ホットなのだと最近、珍走族がいなくなったなって思ったら根城の旧競技場に『鬼』が出たから解散したとか」

「なんか毒を以て毒を制すってカンジだねぇ」

「言い得て妙」

 

 昨日のことを思い出す。

 怪物に立ち向かう、人ならざる少女(彼女)。化け物にはそれ相応の自浄作用のようなものを、と考えれば案外的をいているのかもしれない。

 

 なんて考えているとレイナが、じとっとした目を向けてくる。

 

「で、夜更かしなんてしちゃって余裕そうだけど。今日の小テストは大丈夫なんですかー?」

「あ? ああ、今日のか。まあ範囲も狭いし、普通に授業受けてたら問題ないだろ?」

「くっ……。これだから、ナチュラルに地頭がいい(ヤツ)は……!」

「いてっ、おい痛ぇよ! この馬鹿力!」 

 

 レイナが悪態をつきながら、わざとらしく俺の肩をバンバン叩く。

 

 その時だった。

 ブブッ、とスマホが短く震える。ポケットから取り出し、何気なく画面を確認する。メッセージアプリの通知。送り主は──やはり、アシェラ。

 

『昼休みに屋上。時間厳守』

 

 たったそれだけ。用件のみ。簡潔すぎる命令。

 その無機質な文字列に心のどこかでその呼び出しに、ほんの少しだけ何かを期待しているような、そんな奇妙な感覚があることも否定できない。

 

 そんなことを考えていると、ふと、窓の外に視線が吸い寄せられた。嫌な予感が背筋を走る。無意識に、ホームへと視線を滑らせる。電車が減速し、次の駅のホームへと滑り込むところ。行き交う人々、ベンチの老人、スマホを見る学生──その中に、ひときわ目立つ銀色の髪を見つけてしまった。

 

 ホームの柱の影。朝のラッシュには似つかわしくないラフなパーカーとジーンズ姿のアシェラが、ただそこに立っていた。見られている。監視されている。昨日、記憶処理が効かないと分かった俺に対する、『監視対象』という言葉が、冷たい現実味を帯びて迫ってくる。

 

 そして──目が合った。窓越しに彼女は俺を見て、にやり、と口の端を吊り上げた。

 

「はぁ……」

 

 今日何度目かわからないため息を吐く。

 日常は、ゆっくりと音を立てながら崩れ去っていっている。

 


 

 キーンコーンカーンコーン……

 

 昼休みを告げるチャイムが、やけに大きく頭に響いた。

 アシェラからの呼び出し。正直、気は重い。

 けれどあの訳の分からない状況に、そして彼女自身に、無視できない何かを感じているのも確かだった。重い足取りながらも、どこか引き寄せられるように、屋上へと続く階段を上った。

 

 最上階、重い鉄製のドアの前に立つ。普段は固く施錠されている場所だ。

 ポケットを探り、古びた鍵を取り出した。なんで屋上の合鍵なんて持ってるのか……まあ、それには色々と事情があるのだが、目の前のことに比べれば今となっては些事なので割愛だ。

 

 ガチャリ、と重い金属音が響いた。

 

 ギィ、と軋む音を立ててドアを押し開ける。

 目に飛び込んできたのは突き抜けるような快晴の青空と、がらんとした古びたコンクリートの床。強い日差しが、少しだけ目に痛い。久しぶりに入ったが、ここは相変わらず何も変わっていない。

 

 誰もいない屋上に踏み出した、まさにその瞬間──視界の端で何かが空を切った。

 

 反射的にそちらを見る。

 少女が、舞っていた。

 まるで重力などこの世に存在しないかのように、ただ軽々と高いフェンスを飛び越え、ほとんど音もなく屋上のコンクリートへと着地する。その一連の動作だけが、スローモーションのように目に映った。

 

 着地した彼女──アシェラはこちらを一瞥すると何でもないことのように軽く肩をすくめた。

 午後の強い日差しを受けて、風に銀色の髪がきらきらと光を散らす。汗ひとつかいていない、人形のように整った白い顔。全てを見透かすような、深紅の瞳。

 昨日見た戦闘時のスーツ姿とは違う、ラフなパーカー姿だというのに。その存在そのものがこの現実の風景から、良い意味で浮き上がっているように見えた。

 

 ──綺麗だ、と。

 単純にそう思った。心を奪われるというのは、まさにこういうことなのだろう。

 

「……来たわね」

 

 その声で、我に返る。

 

「ああ。まあな」

 

 まだ少しだけ動揺を隠せないまま、彼女に向かって歩き出した。俺がその非現実的な光景にまだ言葉を失っている間に、アシェラは既にこちらに向き直っていた。

 

「時間は有限よ。──報告、してもらいましょうか。昨夜言った件、まとめたんでしょうね?」

 

 空から降ってきたことなどまるで無かったかのように、彼女はすぐに本題を切り出した。

 

「……分かってるよ」

 

 指先で操作し、昨夜、睡眠時間を犠牲にしてどうにかまとめた情報のファイルを開く。画面にはお世辞にも整理されているとは言えないテキストデータが並んでいる。

 

「どーぞ。言われた通りの近隣の変な事件、行方不明者情報。ついでに集めた都市伝説やら噂話やら……昨日の夜なべしてまとめた力作」

 

 最後の部分にほんの少しだけ皮肉を乗せて、スマホの画面をアシェラに向ける。

 

「……一応言っておくけど。俺は探偵じゃないし、専門家でもない。ほとんどがネットで拾っただけの情報だ。……だからあんまり期待されても、困る」

 

 差し出さしたスマホにアシェラは無言で視線を落として、その白い指で慣れたように画面をスクロールさせ始めた。真剣な表情で、俺が集めた情報──そのガラクタの山かもしれないデータ──に目を通していく。

 

 やがて、アシェラは表を上げた。どこかその顔は上機嫌だ。

 

「素人にしては上出来ね」

 

 予想外の、しかしどこか含みのある褒め言葉。

 

 一瞬、反応に困った。

 素直に受け取っていいのか、それとも何か裏があるのか。俺が戸惑っているとアシェラは俺のスマホを返し、ふぅ、と息をついた。

 

 彼女がそこで初めて、ほんの少しだけ口元を緩めたように見えた。いつもの皮肉な笑みとは違う、もう少しだけ素直な……いや、やっぱりどこか上から目線な評価の表情か。

 

「……いいわ。今回の働きは認めてあげる」

 

 少しだけ間を置いて、続ける。まるで、施しを与えるかのような口調で。

 

「ご褒美に、今度デライラのお腹を触らせてあげるわ」

「いや釣り合って無ぇ!」

 

 もったいぶっただけに思わず転げた。

 労力と対価の天秤が全力で地面にめり込んでいる。何かしらの方に引っ掛かるのではなかろうか。

 

「何よ、肉球もご所望かしら」

「違うんだよなぁ……!」

 

 ダメだ、完全に調子が狂う!

 こいつの事は正直まだよくわからない。ただ、猫バカなのかもしれないことだけは頭の片隅に入れた。

 

 「……まあいいわ。それで」

 

 アシェラはそんな俺の様子に不満なのか、頬を膨らませながらスマホを再び軽く指で弾く。

 

「報告にあった、いくつか直接確認したい場所のことだけど。──今夜、アンタに案内してもらうから。準備しておきなさい」

 

 


 

 あれから、授業など当然頭に入るわけもなく。

 放課後になったらレイナの誘いも断り、家へとすぐに直帰した。

 

 夕食を食べて、仮眠を取ってその時を待つ。

 約束の時間は、夜11時。場所は駅前公園の時計の下。

 

 現在時刻は夜10時。

 リビングからは親父が見ているであろうテレビの音が、壁を隔てて微かに漏れ聞こえてくる。母さんは……もう自室に戻っただろうか。家の明かりは、もうほとんど消えている。

 

 今だ。

 

 音を立てないように部屋の窓の鍵に手をかけた。

 ひやりとした夜気が部屋に流れ込んで来る。それに構わず窓枠を乗り越え、するりと外へ出た。

 二階の部屋の屋根に一度降り立ち、雨樋(あまどい)を慎重に伝いながら物置小屋の屋根を経由して地面へと降り立つ。まるで熟練の空き巣か、あるいは家出を決行する少年のような。我ながらどこか後ろめたい動きだった。

 

 悪いことをしている──そんな妙な背徳感と、反比例するかのような奇妙な高揚感が入り混じって胸を焼く。

 

 息を殺し、自宅の敷地から抜け出す。見慣れたはずの住宅街の道が、深夜の静寂の中では、まるで知らない場所のように見えた。時折通り過ぎる車のヘッドライトから身を隠しながら、俺は足早に駅へと向かった。

 

 普段、決して乗ることのない時間帯の電車。

 自分が本当に『日常』から切り離され、アシェラがいる『非日常』へと、また一歩足を踏み入れてしまったような。そんな奇妙な、そして少しだけ不安な感覚があった。

 

 空いているシートに深く腰掛け窓の外を流れる夜景を、ただ黙って見つめていた。

 

 ──公園の中央、少しレトロなデザインの時計塔。

 その真下に、彼女は既に立っていた。

 昼間の屋上で見たようなラフな格好ではない。夜の闇に溶け込むような、体にフィットした黒いスーツ。背中には真っ黒で大きなギターケース。昼間の彼女とは別人に見えるほど、研ぎ澄まされた『仕事』の気配を纏っている。その姿はやはりどこか人間離れしていて、そして危ういほど綺麗だと思った。

 

「……よう」

 

 俺が近づくと、アシェラはこちらを向き、わずかに眉を寄せた。

 

「あら。少し早かったわね」

「まあな。遅れるよりはマシだろ」

「それはそうだけど。……でも、目標地点に動きがあるのは、もう少し後の予測なのよね」

 

 アシェラは、ふむ、と顎に手を当てる。

 

「そうね、少しだけ時間でも潰しましょうか」

「は?」

 

 スタスタと歩き出したアシェラについていく。

 連れてこられたのは駅前の比較的新しい通りにある、夜でも営業している洒落たカフェだった。

 

 店員に案内され、窓際の席に着く。

 アシェラはメニューを見るまでもなく、慣れた様子で店員に告げた。

 

「ホットコーヒーを一つ」

 

 そして、俺の方に向き直る。

 

「アンタも何か頼みなさいよ。……ああ、ここは私が出すから」

 

 その言葉に、少し驚いた。

 

「いや、悪いよ」

「あのね。こんな夜更けに呼び立てたんだから、これくらいは当然でしょう? それとも、何か不満でも?」

「い、いや、不満とかじゃなくて……」

 

 そこまで言うなら、とここはご馳走になることにした。妙に律儀なところがあるんだな、と内心で思わず感嘆しつつ。

 

 しかし問題は何を頼むかだ。メニューには色々な飲み物がある。隣のアシェラが頼んだのはコーヒー。ここで俺がジュースやココアを頼むのはどうなのだろう。子供扱いをされそうで、癪だ。

 

 ……よし。

 

「……じゃあ、俺も同じので」

 

 見栄を張った。普段ほとんど飲まないくせに。

 

 やがて、二つのコーヒーカップがテーブルに運ばれてきた。黒い液体から湯気と共に独特の、少し焦げたような香りが立ち上る。アシェラはそれを当然のように、優雅な仕草で口へと運んでいる。

 

 俺も覚悟を決めてカップに口をつけた。

 

 これが、大人の味というやつか──……

 にっっっっっっが!!!!!!

 

 反射的に顔が歪むのを止められない。

 なんだこれ、 苦すぎる! やっぱり無理だ、これ!

 生まれて初めてまともに飲むコーヒーがこんなにも破壊的な味だったとは。

 

「……ぷっ…………くく……」

 

 向かいの席から明らかに笑いをこらえている声が聞こえる。アシェラが俺の引きつりまくった顔を見て、肩を震わせている。

 

「の、飲めないなら正直にそう言えばいいのに。見栄っ張りね、アンタ」

「べ、別に飲めなくはないって! そう、ちょっと、予想以上に熱かっただけ……!」

 

 必死で強がるが、声は無様に上ずる。くそ、こいつにいきなり弱みを見せた。悔しい!

 

「はいはい、熱かったのねー」

 

 もう完全に面白がっている口調で軽く受け流され、自分のコーヒーを優雅に飲んでいるアシェラに酷い敗北感を覚えた。静かに頭を抱えたくなったが、それ以上に確かめたいことがある。

 

 俺は、まだ口の中に残る苦味を無視して、単刀直入に聞いた。

 

「なあ、アシェラ」

 

彼女が、窓の外からゆっくりと俺に視線を戻す。

 

「そもそもなんだけど……お前、一体、何と戦ってるんだ? あの化け物みたいなやつらは、何なんだ?」

 

 問いに、アシェラはゆっくりとコーヒーカップをテーブルに置いた。ソーサーにカップが触れる、カチャリという小さな音だけが、妙にクリアに響く。

 

 そして、俺の目をじっと見据えて、言う。

 

「……詮索好きね、アンタは」

 

彼女は、カップに残った黒い水面を見つめながら、静かに続けた。

 

「あんまり深入りすると自分の首をいつか締めることになるわよ? 知らない方がいいことだって世の中にはあるんだから」

 

 明確な警告だった。

 だが彼女はすぐに、諦めたようにため息をついた。

 

「……でも、これからアンタを切った貼ったに巻き込むわけだし。何も知らないままってのも、確かに酷な話か」

 

 彼女は何かを決意したように、あたりを軽く見回した。そしてテーブルの隅にある呼び出しボタン──それをわざと間を置いて二度、押した。

 

 すぐに先ほどとは別の、おそらくは責任者らしきスーツ姿の男性店員が音もなくテーブルにやってきた。アシェラはその店員に他の客には聞こえないような低い声で告げた。

 

「悪いけど少しの間、この区画の人払いをお願いできる? 機密性の高い話をしたいから」

 

 物騒な依頼にも関わらず、店員は表情一つ変えず「かしこまりました」と深く頭を下げて、すぐに下がっていった。あまりにもスムーズな連携。まるでこういう事態への対応が、予め決められていたかのように。

 

 すぐに周囲のテーブルから、客が自然な様子で席を立っていく。

 やがて窓際のこの一角には俺とアシェラ以外、誰もいなくなった。

 アシェラはそれを確認すると、再び俺に向き直った。その瞳にはこれから語られるであろう『機密』の重さが宿っているようだった。

 

 彼女は、しばらくの間、言葉を探すように黙っていた。やがて、覚悟を決めたように口を開く。

 

「どこから話したものか……そうね。まず、念の為の確認に聞くけれど」

 

 彼女は俺の目を真っ直ぐに見る。

 

『D細胞』……この名前を聞いたことはあるかしら?」

 

 全く聞き覚えのない単語だ。SF映画か何かに出てきただろうか。俺は正直に首を横に振った。

 

「いや、知らない。初めて聞いた」

 

 俺の答えにアシェラは「そ」とだけ短く返し、ほんの少しだけ安堵したような表情を見せた気がした。俺が知っていたら、何か不都合でもあったのだろうか。

 

「D細胞は……そうね、簡単に言えば『超人細胞』とでも呼ぶべきものよ。人に移植され、もし完全に適合した場合はその適合者に人知を超えた再生能力と驚異的な身体能力を与えるわ。……昨日アンタが見た、私のような力よ」

 

 彼女はカップに残ったコーヒーを一口だけ飲むと、静かに語り始めた。

 確かに彼女の再生能力や身体能力は異常だった。それが、D細胞というものの力……。

 

「ただし、その恩恵を受けられる者はほんの一握り。誰にでも適合するわけじゃないの。適合する確率は、種類にもよるけれど極めて低いわ。最初の……オリジナルに至っては、良くて1パーセント。改良を重ねた第二世代型でようやく16パーセント程度ね」

 

 低い。低すぎる確率だ。

 

「そして、適合できなかった場合……末路は、基本的に二つ」

 

 彼女の声が、わずかに翳る。

 

「一つはその場で体が細胞を拒絶し、崩壊して死に至る。……けれど、より厄介なのは死ななかった場合よ。死ななかったとしても人の形と理性を失った、制御不能の『化け物』になる。……昨日、アンタが廃工場で見たような連中よ。私たちは、それを『異常適合者』と呼んでいるわ」

 

 異常適合者。あの、爪の化け物。精神が捻じ曲がり、化け物になった成れの果て。

 

「そして、私の任務は、世界各地に現れる、そうした異常適合者を狩ること」

 

 彼女の瞳に、冷たい、しかし強い光が宿る。

 

「そしていつか、このD細胞という災厄を世界中にばら撒いた全ての元凶たる存在を突き止め、捕えること。……それが私の任務、『D案件』

 

 重い言葉の断片が頭の中で渦巻く。目の前の少女が背負っているもの、その途方もない重さの一端をようやく理解し始めていたのかもしれない。カフェの中の作り物の静寂が、やけに重く感じられた。

 

 アシェラは俺の反応を窺うでもなく、そこで話をぴしゃりと打ち切った。

 

「……私の身の上話は、これで終わり」

 

 その声はもう先ほどまでの、どこか内面を吐露するような響きを含んでいない。完全にいつもの彼女の、感情を排した冷徹な響きに戻っていた。

 

「いい、シュウ。今、私が話したことは他言無用。絶対に誰にも漏らさないこと。親兄弟でもね」

 

 彼女の瞳の奥が、冷たく光る。

 

 言葉はそこで切れた。だが後に続くであろう無慈悲な結末は、言われなくても十分に伝わってきた。

 俺は、ただこくりと頷くことしかできない。

 

「よろしい」

 

 アシェラは満足したのか、まるで何もなかったかのように、テーブルの上の俺のスマホに視線をやる。

 

「さて。それじゃあ本題。例の市営競技場の『鬼』の話よ」

 

 彼女の指が、集めた噂話のリストを再びなぞり始める。

 俺たちの夜の『仕事』が、いよいよ始まろうとしていた。

 

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